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309:人の欲望
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コットワッツの砂漠の端、タロスの家があった場所近くに移動した。
砂漠と森の境にある大きな木の前に扉君を出す。
膜を張り隠匿もかける。
ワイプの家のように街で家を調達してこよう。
あの砂漠の光景が衝撃だったのだろう。
体を動かしてもダメだったか。
風呂に入れ、身体のいたるところに出来た内出血を消していく。
いつもなら、すよすよと気持ち良さげに眠りについているのに、
少し辛そうだ。
『大丈夫。なにも心配いらない。
ゆっくり眠るといい。』
言霊を使い彼女の額に口づけを落とす。
これで、ゆっくり眠れるだろう。
あ、彼女がゆっくり眠れるのなら、その最長時間は24時間だといっていた。
今から丸2日は眠ってしまうのか。
腹がすくまで眠るだろうか。
まぁ、いい。先ほどと違って、すよすよという言葉がぴったりな寝息を立てている。
先にセサミナのところに行くか。
『月無し石よ。少し出かけてくる。
彼女になにかあったら必ず知らせてくれ。』
石はくわんくわんと光って承諾してくれた。
(セサミナ!今いいか?
(兄さん!もちろん!姉さんは?今どこですか?連絡なくて心配してました!)
(彼女は寝ている。)
(え?なにかあったんですか?)
(今どこだ?)
(執務室です。ルグとドーガーがいます。)
(そちらに行っていいか?)
(ええ、もちろん。)
セサミナの執務室に移動すると、相変わらず、
書類関係が散乱していた。
「セサミナ、元気そうだ。ルグもドーガーも変わりないか?」
「兄さんこそ。姉さんは?寝ている間に来ないといけないことがあたんですか?」
「奥方様に何かあったんですか?」
「いや、そうじゃない。目が覚めれば、こちら顔を出す予定だ。
今、タロスの家近くにいるんだ。」
「だったら、この屋敷で寝て頂いてもよかったのに。」
「ああ、そうだな。それはまた次回だ。さっきまで、王都にいたんだ。」
マトグラーサの砂漠で見たこと以外、
イリアスでニックと会えたこと、軍に戻ったこと、ワイプから5本とったこと、
今は槍術を中心に鍛錬していることを話した。
「そうですか。さすが姉さんですね。ニック殿にも何度かお会いしてます。
戻られたというのは良い話ですね。」
「ああ、そうだ、お前、チャクボに金を渡していたんだな?」
「!誰から?ニック殿ですか?どうして?」
「いや、話の流れだ。改めて礼を言う。ありがとう、セサミナ。
私は常にお前に守られていた。感謝する。」
「ああ、兄さん。なにも、なにも言わないでください。
わたしの方こそ、感謝しているのです。タオルもゴムも順調です。
ガラスも工房が張り切ってますし、紅玉等の採掘も再開しました。
砂漠石を採取していた者たちのなかで、体力のあるものは、
そちらに従事してもらっています。」
「そうか。ああ、2つほどセサミンに報告する話がある。
これは彼女から聞けばいいだろう。
トックスはどうしている?」
「ええ、店を開いて繁盛していますよ。空いた時間で
蜘蛛の糸に研究もしています。買い取った宿屋の内装を任せたんですが、
評判がいいんです。そうだ、食の祭りは次の混合いはじめの月の日です。
他国にも通達を出しています。」
「そうか、デイのハムがうまかったぞ。イリアスの最初の村は豆の甘煮が。
イリアスの王都ではメイガの味付けをしたものがうまかったな。」
「ああ、いいですね。姉さんのことだ、また思いつかないようなものを
作ったんじゃないんですか?」
「ああ、それも2、3ある。彼女が起きれば振舞おう。」
「それは、甘味ですか?」
ドーガーが食いついてくる。
「甘味もあるな。魚の新しい食べ方も。たのしみにしておけ。
そうだ、少しばかりだが、20リングと50リングを稼いだんだ。
歌と踊りを披露してな、それで20リング。
メイガの羽根の飾りを50リングで。オートが買ってくれた。
あのオートが今、資産院の院長だ。知っていたか?」
「え?踊り?え?姉さんが?え?2人で?
ああ、オート、オート殿ですね、その通達は来ています。
ダードとルタネの話も。結局使い込みがばれるのを恐れて?
それだけではないでしょうが、こちらからはもう何もできない。
なんにせよ、コットワッツとすれば、商品開発で儲けを出すだけです。
ああ、ラルトルガの土地がこちらに来た分の税も決まりました。
妥当な額です。
米と小麦がコットワッツ領内で調達できます。」
「そうか、よかったな。」
「ええ。あの、ほんとに姉さんは寝てるだけなんですか?
できれば、妻たちと会っていただきたいのですが。
あの王都の土産。渡した後がそれはそれはひどかった。」
「ひどい?どういうことだ?気に入らなかったのか?鏡と紅だろ?」
「ひどいというか、すごいというか。
なぁ、ルグ、ドーガー、お前たちのところもひどかっただろ?」
「ええ。妹は今も兄さまと呼んでくれますし、
奥方様はいつ来るのだと毎日聞きます。
あと母も毎日化粧をするようになって、なんだか以前より元気になりましたよ。」
「わたしのところも、奥方様からの土産と、次の子供のことを祝ってもらったこと、
なにか必要なものはないかと聞いただけで、涙を流していました。」
「?」
「姉さんに感謝していているということですよ。」
「ああ、それなら本人にきてみろ。
そのように騒がれるのは嫌がるかもしれないしな。」
「ああ、そうですね。姉さんに聞いてみましょう。
明日にはこちらに来ていただけますか?」
「いや、2日後だな。ゆっくり寝ろと言霊を使ったから、2日は寝るだろう。」
「そうなんですか?ではその間兄さんは?」
「また、王都に戻る。ちょっとワイプと話があるんだ。
ルグ、ドーガー、彼女も槍術を始めた。
起きたら、手合わせをしてやってくれ。
まだ、型を最初から最後まで流す段階だ。」
「はい!!ぜひ!!」
「はい!今なら勝てますね!」
「ドーガー、聞いてなかたのか?ワイプ殿と互角になっての槍術だ。
土台が違うぞ?」
「それでも経験はどうしようもないのですよ!」
ドーガーは勝つ気でいてる。若いな。
でまた後日と、いうことで、そのままワイプの家に移動した。
作り置きの食事はここで作ってしまおう。
おうどんとお茶漬けも作っておけばいい。
(ワイプ!家の台所を借りているぞ。)
(マティス君、どうしました?モウは?)
(家で寝ている。あの後、倒れるように眠り込んだ。2日は寝ていると思う。)
(ああ、そうでしょうね。もっと、鍛錬する量を増やせばよかった。
あの2人ではへたにつかれるだけでしたね。申し訳ない。)
(お前が謝ることではない。砂漠の事、報告したのか?)
(それはまだです。オート院長には荷が重すぎるし、あれは資産院の管轄外です。
ガイライ殿には報告するつもりなので、月が昇れば、家に呼びます。
かまいませんか?)
(ああ、もちろん。なにか作っておこう。)
(ああ、それは助かりますね。早めに戻ります。)
(わかった。)
手軽に話しながら食べられるもの。
ああ、焼うどんだ。あれは炒めるだけだ。
あとは酒のあてがあればいいか。
一通り作り終えてから、彼女の様子を見に行く。
まだ豪快に寝ていた。おふとんをかぶせ、ぎゅっと包み込みこむ。
こうすると彼女が喜ぶのだ。
ほら、口元が笑っている。
また、額に口づけを落として、ワイプの家に戻った。
月が昇る。離れはじめまで一日が短い。
彼女の故郷の1日で2回月が昇る。夜もほぼ重なっている月があるので明るい。
「マティス!モウが寝込んだと聞いたが、大丈夫なのか!」
「ガイライ、大丈夫だ。寝ているだけだ。
合わさり後の2日分は故郷で平気で寝るそうだ。
ワイプの話は聞いたのか?」
「いや、これからだ。軍部隊長として聞くだけでいいといわれた。
ニックは来ない。わたしだけだ。」
「ああ、そうか。それで、ワイプは?」
「いや、先に家に行くようにとだけ。」
「では、飯の用意をしておこう、すぐ帰ってくるだろう。」
皿に並べたときにワイプが帰ってきた。
「すいません、お待たせしましたか?ああ、いい匂いだ。
仕事から戻ったら飯があるというのは
いいですね。マティス君、やはりここに住みなさい。」
「嫌だ。」
「残念です。」
食べながら、話が始まる。
「合わさりの月の日に、この大陸の人間はほぼ全員砂漠には出ません。
砂漠石を産出する国はそれぞれの方法で石を収穫する以外には。
欲望が膨れ上がる。普段の夜でもかなりの回避策を持っていないとダメです。」
「ワイプ、そんなことはわかってる。
弾丸工場の話は聞いた。
その時はうまいものと、数式と、モウを抱きしめて落ち着いたのだろう?」
「ええ。結局、あの工場といっていいのか
あの方法は外部から違法だということはできない。
ただ、そうやって作っているということ、資産院が把握している。
そのことも極秘扱いになりました。
軍部との協議の上です。」
「ニバーセルとすれば、
安く弾丸ができるのなら方法はどうでもいいということか?」
「そうなりますね。中央院にも報告は上げていない。あげれば、あの方法は、
肯定されるでしょう。だったら知らさないほうがいい。」
「彼女は気にしていたぞ?」
「そうでしょうね。あれで気に病むのでしたら今回のはダメですね。」
「なにがあった?」
「合わさりの月の日に、マティス君たちに呼ばれて砂漠に行きました。」
「!」
「ああ、わたしの欲の方は大丈夫ですよ。それよりも、弾丸工場の天幕で
ま、人の欲望というあらゆるものが行われていましたよ。
マトグラーサの豪族、王都の貴族連中もいました。」
「砂漠にか?何をしていた?」
「だから人間の欲を満たしていましたよ、月の光を浴びながらね。
男、女、飯、酒、砂中からでてくる砂漠石を我先に集めるものもいました。」
「欲か、それをモウは見たのか?それは寝込むな。」
「ま、きれいなものでもないですからね。最初の幕内はそれでしたよ。
それを見て、わたしを呼んでくれたんです。
幕は全部で20。残りもすべて見て回りました。
彼女は目を閉じ、耳も閉じてもらいましたがね。声は少し聞こえたようですね。」
「なにが聞こえた?」
「断末魔でしょうか?」
「ああ、欲か、ありとあらゆる。」
「ええ。マトグラーサが主催しているようです。客は貴族連中ですね。
細切れにされていたのは、罪人のようでしたが、なんの罪かまではわかりません。
弾丸を作る上で役に立たなくなったものたちかもしれません。
最終的に20の幕の中で生きて動いていたのは客のみでした。
あとはマトグラーサの側の監視者、満足げに帰っていきましたよ。
動けなくなったものはそのまま砂の上に残されていました。
蜘蛛が出てきて食べるのでしょう。
その数は、ざっと50。弾丸工場で働いていた半数です。」
「働いて、そのまま殺されたと?」
「おそらく。強制労働で罪びとが死んでいくのはよくある話です。
鉱山か、南方討伐か、未開地開発か。
あのまま働き続けていても遅かれ早かれ死んでいくことでしょう。
それを他の人間の欲望に掛かって死んだだけだと。
そもそも砂漠でも強制労働は禁止なんですがね。
それは名目だけになっているかもしれない、他の国では当然のことかもしれない。
新年の王の言葉で認められるかもしれない。
事実そんな話も中央院の方で出ていました。
それを確かめるのに遅くなったんですよ。」
「この話は?マティスとワイプだけ?」
「ええ、モウは見ていないと思いたい。
しかし、見ていなくても気付いているでしょう。」
「マティス、これ以上彼女をマトグラーサにかかわらせるな。
領内も砂漠にも入るな。」
「わかっている。今回は私の判断が甘かった。渓谷側はなんら問題は無かったんだ。
砂玉を除いたところは、コットワッツ以上に砂漠石が吐き出されていた。
やはり蜘蛛の大量発生が問題なんだ。
砂漠を北上している間に魚をさばいたりしたんだが、
その血や臓物は一切砂に落としていない。
彼女が言うんだ、穢れを落としてはダメだと。故郷での話らしいが、
それで蜘蛛たちが来たら嫌だということでな。
実際、ワイプの蜘蛛は虫があれば虫を食べる。食べ物がないから砂玉を作るんだ。
今回の血肉で、蜘蛛が大量発生するだろう。
しかし、食べるものがないから砂漠全体に広がる。
そして砂玉を作る。砂漠石は出てこれない。
人を使って、砂玉を取る。合わさりの月の日に処分する。この繰り返しか?
いつから?取れなくなったとする10年前?その前から?
彼女は海蜘蛛の糸こそがマトグラーサの砂漠石採取方法だと言った。
それが、外部に漏れ、海蜘蛛が絶滅。それで、砂漠石が取れなくなった。
最近になって砂蜘蛛の糸も使えることに気付いたんじゃないかと。」
「ん?では、海蜘蛛の糸の効用が外に漏れて、海蜘蛛が絶滅。
強引に強制労働で収穫、死人はそのまま。そこに砂蜘蛛が現れて死肉を食べる。
大量発生し、糸の効用を発見、その流れ?かもしれないのばかりだ。」
「そうだ。わかったところでどうとなるものでもない。
ただ、変動はあったんだ。マトグラーサの砂漠でも。それがなにかはわからない。
そもそも800年前のコットワッツの変動の記録がないのがおかしいと。
彼女は恐ろしいことを言ったぞ、記憶を改ざんしてるとな。」
「具体的に。」
「新年の王の言葉、真名の宣言でいろいろやらかしていると。
コットワッツの変動はなかったことに。
昔から石は取れていなくて、王都から買っていると。苦難の600年がはじまると。」
「それはあり得ない!!」
「そうだ、私もそういった。しかし、新年の言葉の後に記憶が混濁するのは事実だ。
そうだろ?」
「そういわれればそうですが、しかし!」
「私の場合は、セサミナと和解している。これは変動がなければありえない。
だが、どこにいても、あれ?と思うだけでそれで終わりだと。」
「それはあくまでも、モウの彼女の想像ですよね?」
「もちろんだ。確証はない。あたりまえだ。記憶が本当に飛んでいても
気付かないんだからな!かまわないさ、それで事が進んでいるのならな。
だが、私は違う。変動の記憶がなければ、彼女の記憶もなくなる。
変動があったからこその今があるんだ。
それが事実なら彼女の記憶が無くなるんだぞ!
それは受け入れられない!」
「ああ、そうですね。彼女と会う前にもどって、彼女がいない状態になっても、
その時はそれでいいんでしょう。だって、あった事実がないんですから。
でも、耐えられませんね。しかし、想像の話だ。ガイライ殿?あなたは?」
「・・・何とも言えない。なぜ、そんなことをする必要がある?
砂漠石の為か?なにか変動があるたびにそのことを隠すため?
そのほうが危険すぎる。だれかが気付くはずだ。」
「月が沈んだあとがなぜ明るいか疑問にも持たないのに?だれが疑問に思う?」
「 「!!」」
「それがダメだとは言ってないんだ。それで世の中が廻っているのなら、
それでいいんだ。彼女がいればいい。それだけなんだ。」
「あなたはそうなんですけどね。しかし、対策のしようがない。
最悪は彼女も記憶が飛ぶかもしれないということ?」
「それはないと彼女が断言した。だから絶対ない。」
「あー、そうですね。しかし、彼女が故郷に戻ることは?」
「!」
「そんなことを考えているときりがないですね。
あなた、新年はかならずモウと彼女と一緒にいなさい。
それしかできません。彼女のことを紙に書き出しても、記憶が飛べば
疑問に思うだけで、なにもならない。考えるだけ無駄です。」
「王を殺せばいい。」
「また無理なことを。今の王が死んだって、次の王が出て来るだけです。
この世界をあなたたち2人だけにしますか?
それはモウが望むこと?違うでしょ?」
「・・・。」
「マティス、新年のことはともかく、
マトグラーサの砂漠には行くな。渓谷側はいいかもしれないが、
マトグラーサ側は行くな。領内もだ。その行為が違法であれ、合法となっても、
我々にはなにもできないし、することもない。
モウが気にするようなら、わたしとワイプに任せていると言えばいい。
いいな?」
「わかった。」
「それで、いまモウはどこに?」
「コットワッツに戻っている。当分はコットワッツにいる。」
「そうか。コットワッツか。かなり前だな。
領主館の外観はさほど変わっていないな?
あの耳かきが欲しいんだ。軍部と家に置いておきたい。」
「わたしも飴の補充もしないといけませんしね。近いうちに寄りますよ。
今はリンゴ飴がありますからね。あれはいいですね。」
「あれは手間がかかるんだ。彼女に感謝しろ。」
「ええ、もちろん。」
「マティス?彼女はこのことに関して何と言ってる?」
「・・・私の記憶がなくなって、緑の目が無くなっても、
目の前に自分が現れたら、また私が彼女に惚れるから問題はないと。」
「「・・・・。」」
「そうだ、問題は無い。うむ。
彼女が目覚めるときにはそばにいたいからな。
帰ることにしよう。ではな。」
そうだ、問題なぞない。
不安というのは誰かにぶちまけることで落ち着くこともあるのだな。
「まさしく緑の目だな。」
「そうですね。今回の話はちょっと懐疑的ですが、
対策の立てようがない。もしも、もしも本当にそのようなことが起るのなら、
このうまい飴も、
いままで食べさせてもらったうまい食事の記憶が無くなるということですよ?
今食べものもだ。マティス君が作ったとしても教えたのは彼女ですから。
彼女がいてこそのうまいものだ。それが消える。
しかし、舌は覚えているでしょう。問題ですね。」
「そうだな。耳は聞こえるようになり、ニックは戻ってきている。
そのきっかけがその時の都合のいいように解釈するのだろう。
無駄になるかもしれないが、出来事を書き出していこう。」
「しかし、それを見ても思い出せなければ、余計に混乱しますよ?」
「そうだが、それしか今の時点でできることはないだろう?」
「ま、そうですね。わたしも書き留めていきましょうかね。」
「それで?そのリンゴ飴はどんなものなのだ?すこし分けてくれ。」
「え?これですか?貴重なんですよ?仕方がないですね。」
砂漠と森の境にある大きな木の前に扉君を出す。
膜を張り隠匿もかける。
ワイプの家のように街で家を調達してこよう。
あの砂漠の光景が衝撃だったのだろう。
体を動かしてもダメだったか。
風呂に入れ、身体のいたるところに出来た内出血を消していく。
いつもなら、すよすよと気持ち良さげに眠りについているのに、
少し辛そうだ。
『大丈夫。なにも心配いらない。
ゆっくり眠るといい。』
言霊を使い彼女の額に口づけを落とす。
これで、ゆっくり眠れるだろう。
あ、彼女がゆっくり眠れるのなら、その最長時間は24時間だといっていた。
今から丸2日は眠ってしまうのか。
腹がすくまで眠るだろうか。
まぁ、いい。先ほどと違って、すよすよという言葉がぴったりな寝息を立てている。
先にセサミナのところに行くか。
『月無し石よ。少し出かけてくる。
彼女になにかあったら必ず知らせてくれ。』
石はくわんくわんと光って承諾してくれた。
(セサミナ!今いいか?
(兄さん!もちろん!姉さんは?今どこですか?連絡なくて心配してました!)
(彼女は寝ている。)
(え?なにかあったんですか?)
(今どこだ?)
(執務室です。ルグとドーガーがいます。)
(そちらに行っていいか?)
(ええ、もちろん。)
セサミナの執務室に移動すると、相変わらず、
書類関係が散乱していた。
「セサミナ、元気そうだ。ルグもドーガーも変わりないか?」
「兄さんこそ。姉さんは?寝ている間に来ないといけないことがあたんですか?」
「奥方様に何かあったんですか?」
「いや、そうじゃない。目が覚めれば、こちら顔を出す予定だ。
今、タロスの家近くにいるんだ。」
「だったら、この屋敷で寝て頂いてもよかったのに。」
「ああ、そうだな。それはまた次回だ。さっきまで、王都にいたんだ。」
マトグラーサの砂漠で見たこと以外、
イリアスでニックと会えたこと、軍に戻ったこと、ワイプから5本とったこと、
今は槍術を中心に鍛錬していることを話した。
「そうですか。さすが姉さんですね。ニック殿にも何度かお会いしてます。
戻られたというのは良い話ですね。」
「ああ、そうだ、お前、チャクボに金を渡していたんだな?」
「!誰から?ニック殿ですか?どうして?」
「いや、話の流れだ。改めて礼を言う。ありがとう、セサミナ。
私は常にお前に守られていた。感謝する。」
「ああ、兄さん。なにも、なにも言わないでください。
わたしの方こそ、感謝しているのです。タオルもゴムも順調です。
ガラスも工房が張り切ってますし、紅玉等の採掘も再開しました。
砂漠石を採取していた者たちのなかで、体力のあるものは、
そちらに従事してもらっています。」
「そうか。ああ、2つほどセサミンに報告する話がある。
これは彼女から聞けばいいだろう。
トックスはどうしている?」
「ええ、店を開いて繁盛していますよ。空いた時間で
蜘蛛の糸に研究もしています。買い取った宿屋の内装を任せたんですが、
評判がいいんです。そうだ、食の祭りは次の混合いはじめの月の日です。
他国にも通達を出しています。」
「そうか、デイのハムがうまかったぞ。イリアスの最初の村は豆の甘煮が。
イリアスの王都ではメイガの味付けをしたものがうまかったな。」
「ああ、いいですね。姉さんのことだ、また思いつかないようなものを
作ったんじゃないんですか?」
「ああ、それも2、3ある。彼女が起きれば振舞おう。」
「それは、甘味ですか?」
ドーガーが食いついてくる。
「甘味もあるな。魚の新しい食べ方も。たのしみにしておけ。
そうだ、少しばかりだが、20リングと50リングを稼いだんだ。
歌と踊りを披露してな、それで20リング。
メイガの羽根の飾りを50リングで。オートが買ってくれた。
あのオートが今、資産院の院長だ。知っていたか?」
「え?踊り?え?姉さんが?え?2人で?
ああ、オート、オート殿ですね、その通達は来ています。
ダードとルタネの話も。結局使い込みがばれるのを恐れて?
それだけではないでしょうが、こちらからはもう何もできない。
なんにせよ、コットワッツとすれば、商品開発で儲けを出すだけです。
ああ、ラルトルガの土地がこちらに来た分の税も決まりました。
妥当な額です。
米と小麦がコットワッツ領内で調達できます。」
「そうか、よかったな。」
「ええ。あの、ほんとに姉さんは寝てるだけなんですか?
できれば、妻たちと会っていただきたいのですが。
あの王都の土産。渡した後がそれはそれはひどかった。」
「ひどい?どういうことだ?気に入らなかったのか?鏡と紅だろ?」
「ひどいというか、すごいというか。
なぁ、ルグ、ドーガー、お前たちのところもひどかっただろ?」
「ええ。妹は今も兄さまと呼んでくれますし、
奥方様はいつ来るのだと毎日聞きます。
あと母も毎日化粧をするようになって、なんだか以前より元気になりましたよ。」
「わたしのところも、奥方様からの土産と、次の子供のことを祝ってもらったこと、
なにか必要なものはないかと聞いただけで、涙を流していました。」
「?」
「姉さんに感謝していているということですよ。」
「ああ、それなら本人にきてみろ。
そのように騒がれるのは嫌がるかもしれないしな。」
「ああ、そうですね。姉さんに聞いてみましょう。
明日にはこちらに来ていただけますか?」
「いや、2日後だな。ゆっくり寝ろと言霊を使ったから、2日は寝るだろう。」
「そうなんですか?ではその間兄さんは?」
「また、王都に戻る。ちょっとワイプと話があるんだ。
ルグ、ドーガー、彼女も槍術を始めた。
起きたら、手合わせをしてやってくれ。
まだ、型を最初から最後まで流す段階だ。」
「はい!!ぜひ!!」
「はい!今なら勝てますね!」
「ドーガー、聞いてなかたのか?ワイプ殿と互角になっての槍術だ。
土台が違うぞ?」
「それでも経験はどうしようもないのですよ!」
ドーガーは勝つ気でいてる。若いな。
でまた後日と、いうことで、そのままワイプの家に移動した。
作り置きの食事はここで作ってしまおう。
おうどんとお茶漬けも作っておけばいい。
(ワイプ!家の台所を借りているぞ。)
(マティス君、どうしました?モウは?)
(家で寝ている。あの後、倒れるように眠り込んだ。2日は寝ていると思う。)
(ああ、そうでしょうね。もっと、鍛錬する量を増やせばよかった。
あの2人ではへたにつかれるだけでしたね。申し訳ない。)
(お前が謝ることではない。砂漠の事、報告したのか?)
(それはまだです。オート院長には荷が重すぎるし、あれは資産院の管轄外です。
ガイライ殿には報告するつもりなので、月が昇れば、家に呼びます。
かまいませんか?)
(ああ、もちろん。なにか作っておこう。)
(ああ、それは助かりますね。早めに戻ります。)
(わかった。)
手軽に話しながら食べられるもの。
ああ、焼うどんだ。あれは炒めるだけだ。
あとは酒のあてがあればいいか。
一通り作り終えてから、彼女の様子を見に行く。
まだ豪快に寝ていた。おふとんをかぶせ、ぎゅっと包み込みこむ。
こうすると彼女が喜ぶのだ。
ほら、口元が笑っている。
また、額に口づけを落として、ワイプの家に戻った。
月が昇る。離れはじめまで一日が短い。
彼女の故郷の1日で2回月が昇る。夜もほぼ重なっている月があるので明るい。
「マティス!モウが寝込んだと聞いたが、大丈夫なのか!」
「ガイライ、大丈夫だ。寝ているだけだ。
合わさり後の2日分は故郷で平気で寝るそうだ。
ワイプの話は聞いたのか?」
「いや、これからだ。軍部隊長として聞くだけでいいといわれた。
ニックは来ない。わたしだけだ。」
「ああ、そうか。それで、ワイプは?」
「いや、先に家に行くようにとだけ。」
「では、飯の用意をしておこう、すぐ帰ってくるだろう。」
皿に並べたときにワイプが帰ってきた。
「すいません、お待たせしましたか?ああ、いい匂いだ。
仕事から戻ったら飯があるというのは
いいですね。マティス君、やはりここに住みなさい。」
「嫌だ。」
「残念です。」
食べながら、話が始まる。
「合わさりの月の日に、この大陸の人間はほぼ全員砂漠には出ません。
砂漠石を産出する国はそれぞれの方法で石を収穫する以外には。
欲望が膨れ上がる。普段の夜でもかなりの回避策を持っていないとダメです。」
「ワイプ、そんなことはわかってる。
弾丸工場の話は聞いた。
その時はうまいものと、数式と、モウを抱きしめて落ち着いたのだろう?」
「ええ。結局、あの工場といっていいのか
あの方法は外部から違法だということはできない。
ただ、そうやって作っているということ、資産院が把握している。
そのことも極秘扱いになりました。
軍部との協議の上です。」
「ニバーセルとすれば、
安く弾丸ができるのなら方法はどうでもいいということか?」
「そうなりますね。中央院にも報告は上げていない。あげれば、あの方法は、
肯定されるでしょう。だったら知らさないほうがいい。」
「彼女は気にしていたぞ?」
「そうでしょうね。あれで気に病むのでしたら今回のはダメですね。」
「なにがあった?」
「合わさりの月の日に、マティス君たちに呼ばれて砂漠に行きました。」
「!」
「ああ、わたしの欲の方は大丈夫ですよ。それよりも、弾丸工場の天幕で
ま、人の欲望というあらゆるものが行われていましたよ。
マトグラーサの豪族、王都の貴族連中もいました。」
「砂漠にか?何をしていた?」
「だから人間の欲を満たしていましたよ、月の光を浴びながらね。
男、女、飯、酒、砂中からでてくる砂漠石を我先に集めるものもいました。」
「欲か、それをモウは見たのか?それは寝込むな。」
「ま、きれいなものでもないですからね。最初の幕内はそれでしたよ。
それを見て、わたしを呼んでくれたんです。
幕は全部で20。残りもすべて見て回りました。
彼女は目を閉じ、耳も閉じてもらいましたがね。声は少し聞こえたようですね。」
「なにが聞こえた?」
「断末魔でしょうか?」
「ああ、欲か、ありとあらゆる。」
「ええ。マトグラーサが主催しているようです。客は貴族連中ですね。
細切れにされていたのは、罪人のようでしたが、なんの罪かまではわかりません。
弾丸を作る上で役に立たなくなったものたちかもしれません。
最終的に20の幕の中で生きて動いていたのは客のみでした。
あとはマトグラーサの側の監視者、満足げに帰っていきましたよ。
動けなくなったものはそのまま砂の上に残されていました。
蜘蛛が出てきて食べるのでしょう。
その数は、ざっと50。弾丸工場で働いていた半数です。」
「働いて、そのまま殺されたと?」
「おそらく。強制労働で罪びとが死んでいくのはよくある話です。
鉱山か、南方討伐か、未開地開発か。
あのまま働き続けていても遅かれ早かれ死んでいくことでしょう。
それを他の人間の欲望に掛かって死んだだけだと。
そもそも砂漠でも強制労働は禁止なんですがね。
それは名目だけになっているかもしれない、他の国では当然のことかもしれない。
新年の王の言葉で認められるかもしれない。
事実そんな話も中央院の方で出ていました。
それを確かめるのに遅くなったんですよ。」
「この話は?マティスとワイプだけ?」
「ええ、モウは見ていないと思いたい。
しかし、見ていなくても気付いているでしょう。」
「マティス、これ以上彼女をマトグラーサにかかわらせるな。
領内も砂漠にも入るな。」
「わかっている。今回は私の判断が甘かった。渓谷側はなんら問題は無かったんだ。
砂玉を除いたところは、コットワッツ以上に砂漠石が吐き出されていた。
やはり蜘蛛の大量発生が問題なんだ。
砂漠を北上している間に魚をさばいたりしたんだが、
その血や臓物は一切砂に落としていない。
彼女が言うんだ、穢れを落としてはダメだと。故郷での話らしいが、
それで蜘蛛たちが来たら嫌だということでな。
実際、ワイプの蜘蛛は虫があれば虫を食べる。食べ物がないから砂玉を作るんだ。
今回の血肉で、蜘蛛が大量発生するだろう。
しかし、食べるものがないから砂漠全体に広がる。
そして砂玉を作る。砂漠石は出てこれない。
人を使って、砂玉を取る。合わさりの月の日に処分する。この繰り返しか?
いつから?取れなくなったとする10年前?その前から?
彼女は海蜘蛛の糸こそがマトグラーサの砂漠石採取方法だと言った。
それが、外部に漏れ、海蜘蛛が絶滅。それで、砂漠石が取れなくなった。
最近になって砂蜘蛛の糸も使えることに気付いたんじゃないかと。」
「ん?では、海蜘蛛の糸の効用が外に漏れて、海蜘蛛が絶滅。
強引に強制労働で収穫、死人はそのまま。そこに砂蜘蛛が現れて死肉を食べる。
大量発生し、糸の効用を発見、その流れ?かもしれないのばかりだ。」
「そうだ。わかったところでどうとなるものでもない。
ただ、変動はあったんだ。マトグラーサの砂漠でも。それがなにかはわからない。
そもそも800年前のコットワッツの変動の記録がないのがおかしいと。
彼女は恐ろしいことを言ったぞ、記憶を改ざんしてるとな。」
「具体的に。」
「新年の王の言葉、真名の宣言でいろいろやらかしていると。
コットワッツの変動はなかったことに。
昔から石は取れていなくて、王都から買っていると。苦難の600年がはじまると。」
「それはあり得ない!!」
「そうだ、私もそういった。しかし、新年の言葉の後に記憶が混濁するのは事実だ。
そうだろ?」
「そういわれればそうですが、しかし!」
「私の場合は、セサミナと和解している。これは変動がなければありえない。
だが、どこにいても、あれ?と思うだけでそれで終わりだと。」
「それはあくまでも、モウの彼女の想像ですよね?」
「もちろんだ。確証はない。あたりまえだ。記憶が本当に飛んでいても
気付かないんだからな!かまわないさ、それで事が進んでいるのならな。
だが、私は違う。変動の記憶がなければ、彼女の記憶もなくなる。
変動があったからこその今があるんだ。
それが事実なら彼女の記憶が無くなるんだぞ!
それは受け入れられない!」
「ああ、そうですね。彼女と会う前にもどって、彼女がいない状態になっても、
その時はそれでいいんでしょう。だって、あった事実がないんですから。
でも、耐えられませんね。しかし、想像の話だ。ガイライ殿?あなたは?」
「・・・何とも言えない。なぜ、そんなことをする必要がある?
砂漠石の為か?なにか変動があるたびにそのことを隠すため?
そのほうが危険すぎる。だれかが気付くはずだ。」
「月が沈んだあとがなぜ明るいか疑問にも持たないのに?だれが疑問に思う?」
「 「!!」」
「それがダメだとは言ってないんだ。それで世の中が廻っているのなら、
それでいいんだ。彼女がいればいい。それだけなんだ。」
「あなたはそうなんですけどね。しかし、対策のしようがない。
最悪は彼女も記憶が飛ぶかもしれないということ?」
「それはないと彼女が断言した。だから絶対ない。」
「あー、そうですね。しかし、彼女が故郷に戻ることは?」
「!」
「そんなことを考えているときりがないですね。
あなた、新年はかならずモウと彼女と一緒にいなさい。
それしかできません。彼女のことを紙に書き出しても、記憶が飛べば
疑問に思うだけで、なにもならない。考えるだけ無駄です。」
「王を殺せばいい。」
「また無理なことを。今の王が死んだって、次の王が出て来るだけです。
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それはモウが望むこと?違うでしょ?」
「・・・。」
「マティス、新年のことはともかく、
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マトグラーサ側は行くな。領内もだ。その行為が違法であれ、合法となっても、
我々にはなにもできないし、することもない。
モウが気にするようなら、わたしとワイプに任せていると言えばいい。
いいな?」
「わかった。」
「それで、いまモウはどこに?」
「コットワッツに戻っている。当分はコットワッツにいる。」
「そうか。コットワッツか。かなり前だな。
領主館の外観はさほど変わっていないな?
あの耳かきが欲しいんだ。軍部と家に置いておきたい。」
「わたしも飴の補充もしないといけませんしね。近いうちに寄りますよ。
今はリンゴ飴がありますからね。あれはいいですね。」
「あれは手間がかかるんだ。彼女に感謝しろ。」
「ええ、もちろん。」
「マティス?彼女はこのことに関して何と言ってる?」
「・・・私の記憶がなくなって、緑の目が無くなっても、
目の前に自分が現れたら、また私が彼女に惚れるから問題はないと。」
「「・・・・。」」
「そうだ、問題は無い。うむ。
彼女が目覚めるときにはそばにいたいからな。
帰ることにしよう。ではな。」
そうだ、問題なぞない。
不安というのは誰かにぶちまけることで落ち着くこともあるのだな。
「まさしく緑の目だな。」
「そうですね。今回の話はちょっと懐疑的ですが、
対策の立てようがない。もしも、もしも本当にそのようなことが起るのなら、
このうまい飴も、
いままで食べさせてもらったうまい食事の記憶が無くなるということですよ?
今食べものもだ。マティス君が作ったとしても教えたのは彼女ですから。
彼女がいてこそのうまいものだ。それが消える。
しかし、舌は覚えているでしょう。問題ですね。」
「そうだな。耳は聞こえるようになり、ニックは戻ってきている。
そのきっかけがその時の都合のいいように解釈するのだろう。
無駄になるかもしれないが、出来事を書き出していこう。」
「しかし、それを見ても思い出せなければ、余計に混乱しますよ?」
「そうだが、それしか今の時点でできることはないだろう?」
「ま、そうですね。わたしも書き留めていきましょうかね。」
「それで?そのリンゴ飴はどんなものなのだ?すこし分けてくれ。」
「え?これですか?貴重なんですよ?仕方がないですね。」
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