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197:いくら
しおりを挟む彼女と離れるのは断腸の思いだが、
自分の考えたドレス姿が見たいという欲望のほうが勝ってしまった。
ルグにはよくよく言い聞かせたあるので大丈夫であろう。
ドーガーを置いていくかとも思ったが、彼女と2人にすると
思いもつかないことを何の疑問もなくやらかすのでダメだ。
ルグはその点、妻帯者で子もいる。
常識はあるのだ。ダメなものははっきりと注意はできるだろう。
セサミナがドーガーの肩に手をやり、私はセサミナの方に手を置く。
運ぶことを意識すれば移動ができるのは実験済みだ。
「では、いってくる」
三回目の送り出しでトックスの店先に移動した。
ジットカーフ帝都はやはり臭う。
「兄さん、この臭いは?」
「セサミナ様、くさいです。」
「ああ、ガムを噛んでおけ、口の中に入れておくだけでいい。」
「トックス殿!おられるか!」
月が昇ってから大分たつが、寝てはいまい。
明かりも漏れている。
「だれだ!明日にしてくれ!」
「砂漠の民、ティスだ、客を連れてきた、少し時間をもらえないか?」
ドダドダと奥から出て来て慌てたように扉を開けてくれた。
「あんた、旦那!これはまた美丈夫を連れて来たな?
あれ?奥さんは?」
「すまないが、中に入れてくれ。」
「ああ、そうだな、さ、中へ。」
「先日はすまなかったな。
改めて言うのもおかしいが、私の名はマティスという。
手配書が廻っていたので、名を変えていた。それはすぐに破棄されるだろう。
そして、こちらの方は、コットワッツ領主、セサミナ様だ。
今は護衛としてそばにいる。私の弟だ。」
「隣国の領主様!いや、あんたのことは知ってたよ。奥さんがマティスと呼んでいたしな。
兄貴なんだ。
で、ほんとに紹介してくれるんだ?
えーと、ジットカーフ帝都で毛皮服飾を扱ってるトックスだ。よろしくな。」
「はじめまして、ご主人。
ご主人の作っていただいた上着は素晴らしかった。あれを着てニバーセル王都の会合にでたのです。
皆が興味深く見ておりました。ありがとうございます。」
「ああ、あれを着てくれたのか!でも、あれはこの旦那の意匠だ。
しかし、そうか、会合にね。うれしいね。で?その報告じゃないだろ?新しい毛皮でも手に入ったのか?」
「いや、愛しい人のドレスの相談をと。」
「兄さん!先にタオル地のローブのことを相談させてください!
兄さんのはきっと時間がかかるでしょ?
先にドーガーとコンブでも取ってきてくださいよ。その間で終わらせますから。
ドーガー?なんだ?」
「いえ、ここ服はかっこいいですね!ポッケの意匠がいい。」
「ははは、コットワッツの人間はポッケにこだわるな。兄ちゃんは細身だから
少し大きめの口のポッケの意匠があうぞ?」
「そうですか!」
「ほら!ドーガー!個人の買い物は後だ!
服より、菓子より、コンブなんだろ?」
「そうです!マティス様!ご一緒していただけますか?」
「先に済まそうか。トックス殿、月が昇っている港に行くのは問題ないだろうか?」
「?港の管理のものがずっといるからそこに顔を出せばいいが?なにしに?」
「船の櫂に絡まる海藻をもらいに」
「?それは喜んでもらえるだろうが、今から?馬車でも距離があるぞ?」
「いいや、大丈夫だ。
ああ、これは妻からだ。先日の礼だ。セサミナ、説明してやってくれ。
では、すぐに戻る。なにかあれば呼べ、繋げておく。ドーガー行くぞ。」
「はっ!」
「いってらっしゃい。」
いったん外に出て、ドーガーの肩に手を置き、アスクの港に移動した。
ここも匂うが、海の匂い、漁村の匂いだ。
「マティス様、ここも臭いますね。ガムを噛んでいてこの状態なら、
なければどんなものか。」
「ここの匂いはなれる。海の匂いだ。帝都はまた別の匂いだ。」
「そうなんですか?あ!向こうに明かりがあります。あそこでしょうか?
しかし、夜の海はきれいいですね。初めて見ました。」
「そうだな。砂漠のようだ、きれいだ。」
この景色も愛しい人とみたいな、そう思った。
「ごめん、責任者の方はいるか?」
「うるせぇ!誰だ!開いてるから入ってこい!」
出迎えはないので、勝手にはいる。
魚をさばいているのか、独特なにおいがする。
ドーガーもこの匂いには弱いのか、顔色が悪い。
「遅くにすまない。
以前に櫂にからむ海藻をもらったものだが、またもらってもいいだろうか?」
「あ?海藻?あー!聞いたぜ!変わった夫婦が海藻掃除をしてくれたって!
なんだ?それをしにこんな時間に来たのか?その奥さんといっしょじゃないのか?どうした?
海の向こうなんてもんに興味を持ってたって話じゃないか?
大事にいてるのか?」
「ああ、もちろんだ。今は遅いんでな、家で留守番をしている。
あれに土産で持って帰りたい。いいだろうか?」
「土産?あれがか?がはははは!もっといいもん持って帰ってやれよ!
海藻なら好きにしていいぞ!取ってある奴を持って帰ってもいが、
できれば絡んでる方をとってくれ!海に落ちるなよ!」
「ああ、気を付けよう。ところで、それは?」
小さな魚をさばいていたのだ。
「ああ、メスの魚だ。できるだけ子持ちは海に返すが、数匹は紛れ込む。
子持ちは処理するのが面倒だから売れない。
仕方がないからここでさばいて食うのさ。まかないってやつだ。」
「その卵は?食べないのか?」
「これか?気持ち悪いこと言うな。これは食わない。餌にもならないから処分だ。」
「カニの足は餌になるんだろ?」
「そうだ、しかし、魚の卵で魚を釣るのはさすがにどうなんだ?って話だからな。」
「なるほど、面白いな。その話と一緒にその卵をもらえないか?
妻の土産にしたい。」
「おいおい!ごみを土産にしてどーするんだ?ほんとに大事にしてやってるのか?」
「もちろんだ。珍しいものが好きなんだ。」
「そうか?だったらいいが。じゃ、これもってけよ。ああ、この入れ物ごとやるよ。」
「ああ、ありがとう。では、これを。少しだがもらってくれ。酒だ」
「酒!!今日はついてる!!ごみの処分をしてもらった上に酒までもらうとはな!
奥さんを大事にしてやってくれよ?」
「もちろんだ。ありがとう。」
皮袋にバッカスの石から帝都の宿で飲んだ酒を詰めて渡しておく。
たぶん、愛しい人が言っていた、いくらだ。
魚の卵と言っていたから。
違っていたら、それはそれで処分すればいい。
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