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第40話 勇者の帰還

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「――ぬんッ!!」


 微塵の容赦もなくロレンスの首へ振り下ろされた刃は――――





 ――――ギイィィィンンンン…………! 




 突如、魔王の魔刃と、ロレンスの首の間の空間に――――刃が現れ、止めた!! 



「む!? ――ちいっ…………」



 何かを察した魔王は、途端に飛び退いた。



 俄かに、空間に刃の切っ先、剣の刀身、そして身体と、ひと際眩い緑色の光と共に順に現れ――――



「――――ラ、ラルフ殿――――ッ!!」



「――魔王ッ!! 戻って来たぞッッ!!」



 ――平生の冷静で勇敢なる面持ち、否、何か、その力強さを何乗にもしたような輝きすら感じられる青年、ラルフが現れた――――勇者の帰還だ。



「……今の輝き。そして力は――――ちいっ……我ながら厄介な物を残しておいたものだ…………!」



 魔王は激昂とも、また己自身の何か、落ち度のようなモノを含んだ激情を発する。



「だが、私は一歩も退かぬッ! 『勇者』ラルフ。私に憑依されてもなお人間共に味方するか…………」


「――――無論だ!」


「――ならば、貴様らの信じる人間と共に滅びるがいいッ!!」


 魔王が鮮血の魔刃を構えると同時に、ラルフは己の気を――――勇者の光の英気オーラを増幅させ、仲間たちを包んだ! 



「――う……こ、これは!? もしや、ラルフ殿の……」

「ラルフ様と同じ……勇者の力!」

「なんと温かで……強壮な力なのだ……どんな強心剤よりも効きそうだ……!」

「……やれる! あたしたち、まだ戦えるよ!!」

「なぁんてこったァ。生き返るぜええええ! やるっきゃねエエエエッ!!」

「これが…………これが本気の勇気のSOULだぜ…………!!」

「フーッ!! アチキの精神テンション……今こそが猫人ねこひと人生で最強の時にゃッ!!」



 ラルフが放った英気は、忽ちのうちに全員の傷を癒し、ラルフと同じ強壮なる『勇者』の力が全身に漲った! 

 
「――――すまない、みんな…………出来ることなら魔王と戦うなど、恐ろしい目には遭わせたくは無かった。もっと早く、復活する前に宝玉を取り返すべきだった――――だが、もう逃げ場はない! 奴を、ここで倒さなければ……全人類が滅びる。一度は奴にしてやられた俺だが――――共に戦ってくれるのか…………?」



 ふと、ラルフは負い目を感じたままの、伏した目で後ろの『人間』たちを見遣った。



 だが、仲間たちの眼に――――もう迷いも、恐れも無かった。


 皆がそれぞれに『無論だ』と言う代わりに首肯する。



「……そうか。どうやら、本当に『勇者』と呼ばれるべきなのは――――やはり、みんなのような『人間』たちだ。その勇気――――きっと奴を打ち砕くだろう。」



 ――改めて、ラルフは剣の切っ先を魔王に向け……闘志を高ぶらせ咆哮した。



「いくぞ!! みんなの生命いのち、今一度俺が預かるッ! 奴を――――魔王をここで討つんだッ!!」


 ――ロレンスはじめ、仲間たちは再び構えた。



「――来い、勇者・ラルフ! そして人間共よ! 手ずから滅びと真理を与えてやろうッ!!」



 魔王は轟然と雄叫びを上げ、猛スピードで突進してくる!! 


「――右に避けろッ!! それから上へ飛べッ!!」


 ラルフの一瞬、そして的確な判断で全員、魔王の魔刃の一太刀を躱し、続けざまに撃って来た爆炎も避けられた。


「いいか! いかに相手が魔王と言えど、戦いの基本は同じ! 冷静に、落ち着いて敵の動きを見て……仲間と連携するんだッ! ましてや、今は『勇者』の力が耐久力の面でも皆の助けとなる。奴から一発や二発喰らっても簡単には死にはしない!!」


 そう叫んだ後、ラルフは漲る英気をひと際輝かせ、宙を飛んで魔王に上から斬りかかる! 



「――むッ!!」


 魔王は鮮血の魔刃でラルフの剣を受ける――――しかし――


「破亡の爆雷よッ!!」


 一分の隙も与えずロレンスの雷撃魔術が炸裂し、一瞬、雷撃に全身を痺れさせる!! 


「――ぬ、う――――」



「行くぜえ、ウルリカちゃんンンン!!」
「上等ッ!!」



 ウルリカとセアドが魔王を左右から挟み撃ちにする形で突撃し、連撃を喰らわせる!! 



「「オオラオラオラオラオラオラオラーーーッッ!!」」



 怪力を誇るウルリカと、それを模倣したセアド。加えることの、『勇者』の強壮なる力。



 痺れも癒えぬうちに、2人の戦斧の轟乱打を浴びる!! 



 魔王の全身から真っ黒い血が迸る――――ようやく、魔王に初めて一撃ダメージを与えたのだ! 


「まだまだまだまだまだあああああァァァァァーーーーッッッ!! YEAHHHHHHHHHHHHH!!」



 すかさず、3人が飛び退くと同時に、ヴェラの音波動を真正面から当てた! 


「ぐっ…………こいつら……ッ!!」



 この音波動も先ほど戦っていた時とは比べ物にならぬほど強く、魔王の身体に、灼けるような爆熱を以て衝撃を与えた。



 どうやら、『勇者』の力は、法力による単なる補助強化効果バフだけではないようだ。


 『勇者』の神聖なる力。その属性は、文字通り魔の力の権化たる魔王の身体には特効ウィークのようだ。



「ぐぎぎ…………この藪蚊共がアーーーーッッッ!!」



 魔王は怒気と共に、猛然と破壊魔法を、ヴェラ目掛けて撃った。

(やっべ、これ避けられね――)



「――女神の御加護を、はああーっ!!」

 避けきれず防御したヴェラだったが、刹那、分厚い法力の防護壁に包まれ、衝撃から身を守られた――――ベネットの法術だ。


 ここでもやはり、『勇者』の力に加えて……さらに法術を強化する髪飾り。しかと集中すれば、先ほど盗賊たちを焼き殺した爆炎さえ防ぐことが出来そうだ。

「――シィィィィ――――!」


 ルルカが、風そのもののような音を立てて、刃を舞わせ、遠心力を何倍にもして魔王を斬り付ける。


「――小娘が――――!」

 独特のステップ。現代音楽やクラシック、民族音楽、様々な曲調のリズムや特色を織り交ぜたステップで、魔王を翻弄する。魔王の太刀すら、軽やかに躱し、無数の斬撃を叩き込む。



「――なぁらぁば、これでどうだ!!」


 魔王は叫ぶなり、地面を満身の拳骨で殴りつけ、地響きを起こした! 


「――くっ!」


 さすがに、地に足を付けないとステップは踏めない。ルルカはよろめき、構えも乱れる。



「そこだ! 死ねェェイ!!」



 ――魔王の凶刃が、ルルカの腹を貫いた――――



「――ぐっ……はっ…………」



 鋭い痛みよりも先んじて、灼けるような高熱を貫かれた腹部に感じる…………。



「くくく! ただの剣ではない…………我が魔力と呪いを込めた刃だ。死ぬまで体力が減り続けるぞ…………苦しみ藻掻くがいい!!」


「――ルルカお姉様ああああああーーーッッッ!!」

 ベネットが叫ぶと同時に、ルルカの腹から剣が引き抜かれ、鮮血が舞う――――



「――!? 何ッ!!」



 ルルカがよろめき、そのまま倒れるかと思われたが、緑色の英気が輝き、穿たれた傷口は広がるどころか――――みるみる塞がっていく! 



「――この『勇者』の力を得た時に傷が治ったので、もしやと思ったが…………『勇者』の光の英気はこういう使い方も出来るわけか。これで回復薬が無くとも、治療が出来る――――」



 魔王がルルカの後ろを見ると、ブラックが銃を構えている。



「――ちいっ! 癒し手は半分潰したものだと思っていたが…………小癪な!」


 ブラックは、もう回復に用いる薬など、原材料の薬草ひとつ持っていない。弾も麻酔弾を含め、ほとんど尽きたはずだ。


 なのに、瞬時にルルカの重傷を治した。



 法術使いのヒーラーでもないのに? 



「法術……の類いとは異なるだろうが……『勇者』の力を精神力でコントロールし、使役できる……この英気を『傷を癒す』と念じて『撃ち放す』とイメージしただけで、『回復する弾を撃てる』のだな…………やれやれ、医学を志す者からすれば馬鹿に冗談が総動員だな…………」



 仲間に向け、英気の使い道のひとつを示したブラック。


 これで、回復役は2人体制だ。依然変わりなく。否、むしろ瞬時に回復出来る分、強化されている。


「――この……ッ……人間共めがアアーーーッッッ!!」


「みんな、一旦飛び退けッ!!」


 魔王が尚も怒気と共に衝撃波を放ったが、ラルフがまたもすぐに統率したので皆、避けられた。


「攻撃の手を緩めるなっ! 前衛は立て続けに! 円を描いて動き続けるんだ!! ベネットとブラックさんは回復を! 『念じ』続けてくれっ!!」


 ラルフの均整の取れた指示通りに、ウルリカ、ロレンス、セアド、ルルカは次の手が終わればまた次の一手、と魔王に怯むことなく攻撃を叩き込み続ける! 戦斧で、刃戟で、魔術で。魔王に的を絞らせないよう、常に動き続けて冷静に対応して見せた。



 ――――今や、魔王を圧倒しうる、一騎当千の一団とすらなっていた。


 それは、重ね重ね視える『勇者』の英気に依るところも大きいが……無論それだけではない。


 ラルフによる統率と、元々持っていた皆の高い能力と特長。そして強力な装備品…………。




 何より、目の前の『魔王』を、決して解き放ってはならない。ここで止める。



 その強い覚悟が、皆の戦力の限界値を引き出していたのだ。



 それはもはや――――高々2日程度の、出身もまるで違う寄せ集めの一団の連携力では無かった。



 この世ならざる伝説の『魔王』と相対するのに、この世に息づく伝説の『勇者』と共に在る――――彼の勇気と覚悟、カリスマ性の成せる奇跡であった。



「――――我が根源よ。我が光の源よ……無尽の力となりて、解き放て…………喰らえッ!! 六重神風《ゼクスシュツルム》――――!!」



 そして、魔王のような邪悪に特効の――――勇者の神聖なる力を込めた必殺剣が炸裂した。


 
 バジュウウウウ…………と、魔王の肉体に、6つの刻印がしかと刻まれた。赤黒い煙が上がる――――



「ぬうううううッ!! 勇者如きが、小賢しい…………ッッッ!!」


 ラルフが再び戦いに戻った途端に形勢が不利になり、自らの歯牙を砕かんばかりに怒気と苛立ちを募らせる魔王。



 しかし。



 ふっ、と魔王の表情が真顔になった。



 と、同時に……何か得体の知れない気色を魔王から感じる。


「!? みんな、一旦退れっ!!」


 いち早く不気味な変化に気付いたラルフは、皆に攻撃を止め退るよう指示した。



「…………」


 魔王は、立て続けに受けた攻撃で、全身から黒煙を吹きながらも……しばらく無表情で佇んでいる。先程まで絶え間なく放っていた怒気も急に鎮まっている…………。



 にたり……と、静かに微笑んだ。




「ふっ……ははは。たかが勇者、たかが人間とどこか油断していたようだ。いいだろう。私が憎悪の化身である『魔王』」たる所以…………それを見せてやる。『憎悪』を以て――――この世界の人間共を…………一気に廃滅させてくれる…………!」


 そう静かに、しかし魔王の威厳と圧を持って呟くと…………ふわっ…………と、静かに空中に浮かび始めた。



「――集えッ!! この世界中に存在する総ての『憎悪』の思念よ!! 私のこの身を媒体とし…………その烈しき絶望と怒りの叫びを轟かせ…………人間共を飲み込む魔と成り、膨れ上がれ…………!」




 そう叫んだ瞬間、魔王は一瞬にしてさらに天高く急上昇し…………そして、虚空の中からあらゆる禍々しい気を取り込んでいく! 



「ラ、ラルフ殿……もしやこれは…………奴の言う通り、とてつもなく巨大な……夥しく大量の憎悪が吸収されていく――――いや、増幅しているのか!?」


 ロレンスの戸惑いに、ブラックも感嘆混じりに声を上げる。



「ま、魔王の身体が…………歪みながら膨張していく…………! 奴め、とうとう一気にこの世界を飲み込みつもりか!?」



 高く宙に止まっていてもはっきりと聴こえてくる。



 増幅し、膨れ上がった世界中の憎悪に比例して、ゴキゴキ……と骨や肉皮を砕きながら異常に膨れ上がっていく不快な音が、世界にこだまする。みるみるうちに、魔王の眼や口、臓器ごと歪み…………めりめりめり、と増大し……どんどん原型を留めぬ悍ましき異形と化していく…………! 



 地獄の窯の底で響くような、低く、恐ろしい声が降ってくる――――



「――地獄に落ちた時、『人間』として存在したこと…………その度し難しカルマを――――未来永劫贖い続けろォオオオオオオオオオオオオーーーーッッッッ!!」




 ――殺気に満ちた雄叫びとも、断末魔の悲鳴とも似つかぬ声を張り上げたのち、大地が激しく震えだす――――!! 



「――――そんなことには…………させない…………ッ!!」



 天上の意志ある肉塊に向け、ラルフは剣を構え、光の英気をさらに滾らせた――――
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