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第33話 勇者、その存在と生涯

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「さっきから気付いてたぜ。おめえが皆の過去とか悩んでること……一人一人聴いてたのをよ」

「んー……悪気は無いんだろうけどさー。聴かれっぱなしってのはちょっとねー。軽くプライバシーの侵害じゃあない?」

 ヴェラとウルリカは一見批判しているようだが、表情や声色はまんざらでもない、といった風情である。それ以上に、ラルフに対する期待のような感情――それが強いようだ。

「アチキらの話だけ聴いといて、自分の事、何も話さないのはズルいにゃっ! さあ吐いてくださいさいッ!!」

「俺様もォ興味あぁるなアアアア~……『勇者』とも呼ばれる者が、一体どんな人生送ってんのかをよおおお~」

 ベネットとセアドも興味津々。目付きギラギラとした面持ちでラルフからの話を待っている。

 ロレンスが、どこか申し訳ないな、と言った面持ちながら告げる。

「我がレチア王国や、近隣諸国では『勇者』に関する研究が行なわれて長いのです。よろしければラルフ殿。『勇者』とは……どういった存在なのか教えていただけませぬか?」

わたくしたち気になりますわ。よくよく思えば、『勇者』という御方と行動を共にできること自体稀ですわよね。よろしければ話して下さらないかしら」

 ルルカも他の皆同様、ワクワクしたような顔つきだ。

「…………」

 ラルフは、今度は自分が聴かれるのか、と思い……一瞬迷ったが――わざわざ隠すことでもないし、一人だけ黙るのはフェアではないな、と思い直し、口を開いた。

「……そうだな。話しておこう……俺の事」

 皆が同じテーブルに着いた所で、全員の顔を睥睨した後、語り始める――――

「俺のような『勇者』という者は、実は普通の人間とは違う――――『無』から生まれた存在なんだ。」

「――――『無』から生まれた――――!?」

 ロレンスをはじめ、皆が一瞬、狼狽えた。それを気にして、ラルフは改める。

「あ、いや……『無』からっていうのは少し言い過ぎだな。……『勇者』というのは……ある時を境に、世界に点在する『聖域』とでも言うべき場所があって……この世界に何らかの危機が迫ってきた時、その危機から救うのに相応しいモノが、異世界からその『聖域』に召喚されてくるんだ。その瞬間に、基本的な世界の知識を与えられて……あとは言伝に災厄が迫る場所へひたすら旅をしていく――――目的はそれだけだ。あとはこの世界の人間と一緒かな。肉体も大した違いはない……はず。」

「異世界……って。元は何処から来たのよ!? 宇宙人ってこと!?」

 ウルリカも動揺を抑えられず、問う。

「……それはわからない。召喚される前の記憶は、『自分が勇者である』という以外、全く無いんだ――だが、この世界と何らかのエニシがあって召喚されるのは間違いない。この世界の、太古の昔に生きていた人間……『原初の勇者』とでも言うべき人間が存在して……その勇者が『世界に危機が迫る度、己の分身が舞い降りるよう』姿見と志の伝承の儀式を『聖域』に施していったらしいんだ。以来……世界に危機が迫る度に、世界中の何処かに点在している『聖域』が基点となって、俺の祖先たちが現れたわけだ」

 そこでラルフは、どこかばつが悪そうに頬を掻く。

「……まあ……明らかに人間と生まれ方が違う『勇者』に、『祖先』とか『家族』という概念があるのか、怪しいものだけどな……俺は、勝手にご先祖様だと思っている。」

 ブラックは手を顎に当て、疑問をぶつけた。

「……『災厄から世界を救う』という使命を終えたら『勇者』はどうなってしまうんだ?」

「……俺の意識の奥の奥は、宇宙の神と繋がっているはず。災厄が去ったなら……そう神が判断したならば、俺の心を通じて再び異世界に――――若しくは単なる宇宙の塵へと還るはずです。全ての根源に。死なない限り、災厄が去らない限りは天寿を全うし、次の勇者が来るまでこの世界に存在し続けます」

「つまり、純然たる血肉からなる子孫を残すことは出来ないわけか。性別も、いわば飾りのようなもの……そこだけは人間とは違うな」

「確かに……そうですね、ブラックさん」

 学者であるブラック、そしてロレンスは唸った。

「勇者の子孫は人間で、世界に今も存在して散り散りになっていると言う説が通説だったのですが……それは誤りだったようですな」

「何だか寂しい話ですわね……他人や世界に力を尽くすためにのみ生まれて……使命を終えたら天へ還ってしまわれるなんて……」

「さしずめぇ、『救世主』ってわけかよオ。この世界の人間側にとっちゃあ、都合のいい話だがなあああアアア~……」

「他人から見ればそう思えるかもな……だが、俺自身はその使命や存在意義に納得しているつもりさ。」

 ラルフは笑みを浮かべて、誇らしく言う。

「そう。俺はこの世界にいた『原初の勇者』の志を引き継いでここにいるんだ。かつて世界最悪の災いである――――『魔王』を打ち倒した始祖の」



 ――――? 


 ――――!? 


「う――――」



 ラルフは、突然――――頭痛がした。



 視界が、急に暗くなる――――



 砂嵐のような、頭の中の雑音と共に――――何かが、脳裏に去来した。



(何だ、これは。魔王…………勇者…………)




 その幻像ヴィジョンの中には――――ラルフが父祖と崇める『勇者』のようなイメージと、禍々しき姿のバケモノ――――そして――――それらが一緒くたになったような想念の狭間に、己自身の姿を視た――――



 <<

 <<

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「――――どうした、ラルフ?」

「ラルフ殿……?」

「――う……く…………」

「ラルフ様、大丈夫ですか? ……顔色が、真っ青ですわ……」

 頭を押さえながらも、ラルフは、自分の意識が正常であることを確認し、答える。

「……何でもない。ちょっと頭痛と目眩がしただけだ」

「……ふーむ…………」

 ブラックがラルフの顔や脈拍などを診る。

「ふむ。大したことではないようだ。ここまで、一行を率いて張り切って来たからな。疲労か……或いは酒に酔っただけか?」

「あ……酒は、確かに普段飲まないから、そうかもしれない」

「い? ラルフお前、酒も碌に飲まねえのかよ!? そりゃあ勿体ないぜー……楽しいからもっと飲め飲め!!」

 自分の酒瓶を持って来ようとするヴェラをすかさずルルカとベネットが掴んで止める。

「およしになって! お酒は個人の自由ですわ、押しつけは駄目ですよ、ヴェラ様!」

「酒は飲んでものまれるニャーッ!! 確かに楽しいけど……自分の価値観を押し付けたら、美術館ミュージアムと一緒にゃよ~?」

「う……そ、そんな簡単にあんな野郎になるわけ――――」

「どうせあげるなら……その酒、アチキに寄越すニャーッ!! アルコールの勢いそのままにこの後ルルカお姉様と愛を交わし合うのニャーッ!!」

「ベネット???」

「おめぇ結局自分が飲みてえだけじゃあねえか!!」

 女3人が揉み合う中、ブラックは言う。

「……まあ、本来、旅の道中でこの王国に寄り……即席ながらもここまでカラフルな個性キャラクターの人間たちを率いて来たのだ。疲労で頭痛ぐらいは当然かもな」

「ホントそれ! あたしだったら頼まれてもリーダーとかまとめ切れないわ……」

「……人を束ねる労苦。私も痛いほど解りますぞ……ですが、『勇者』としての立ち振る舞いや物腰を見て、やはり並の人間よりずば抜けた統率力です。改めて感謝をいたします、ラルフ殿」

「まったくだぜぇえぇえぇ。明日からも頼りにしてるぜ――――『勇者』サマよォオオオ!!」

 ラルフは、少し呆気にとられながらも……タフでユーモア溢れる仲間たちを見て思わず微笑んだ。

「――ああ。明日こそ、必ず宝玉『憎悪の泪』を取り返して……この世界を災いから救ってみせる。――――みんな。俺からも頼りにしてる。」

 すると、ママさんが両手をパンパン、と叩いた。

「ハイハイ。話は聴かせてもらったよ。アンタ達、物凄い大役を仰せつかってるみたいねー。ならとっとと部屋で休みな。疲れてちゃあ、やれることもやれないだろ? さあ、休んだ休んだ! 今日の酒場はそろそろ店仕舞いだよ!」

「やれやれ。私もさすがに疲れた。歳には勝てんな……」

「はいにゃっ!! 宝玉奪還の前にやることはやっておくにゃ!! ルルカお姉様~! 早くベッド・インするにゃあああ~♡」

「まあ♡ ベネットったらはしたない子……うふふ。でも楽しみね…………」

「また明日ね、ラルフ!」

 一行は宿の旦那の手引きで、部屋のある2階へと入っていく。

「ラルフさんとか言ったね? アンタも休みなよ……見たところ一番大事な役、任されてるみたいじゃない。ささ。もう寝な」

「はい……」

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 ――――酒場を後にしながらも、ラルフは違和感を拭えないでいた。


(――――一体、何なんだ? さっきの幻像ヴィジョンは…………俺と関係があるのか…………?)
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