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第32話 囚われ人
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――――また別のテーブルでは、山盛りになった馳走を文字通り食い散らかすセアドと、嫌悪しながらも監視するロレンスの姿があった。
「ガッ、ガッ、ガッ……ふむ~んん……こいつはムショでは味わえねえ、俺様の人生でベスト5には入る……ぃい~イ飯じゃあねえエかアアアア……生き返るぜえええ~」
「……セアド。貴様は処刑を待つだけの大罪人の身。今回の遺跡から宝玉を奪還するまでの一時的な戦力……つまりは奴隷に過ぎんのだ。高級な待遇など、本来あってはならぬのだ。少しは遠慮していただこう」
「いイ~じゃあねエーかよオオオ~。俺様は鍵こじ開けたり戦ったりで立派に働いてんじゃあねえかアアア~。死ぬ前にちっとは味あわせろイ。……まア。ここのママさんが腕を振るうディナ~も美味いがァ、さすがに王宮での接待用の贅を凝らしたフルコースにはちぃと劣っちまうがあなあァ~。ほれほれ、ロレンスちゃんも食えよォ~。美味えぞおオン」
脂ののったローストチキンを取り出し、セアドはロレンスに薦めるが……ロレンスは嫌悪を露わにした。
「う……い、いや……私は……脂っこいのとか苦手で――――むう!? 我が王宮の料理にも手を出していたのか!?」
嫌悪以上に、驚きを露わにするロレンス。
「あ~たぼ~うヨオ~……解錠用の針金で抜け出し……チョイチョイ~っと、おつまみ、なぁ。あ~れは濃厚で芳醇な味わいながらァ……ヘルシーでボリュームもあるぅ……すンンンンばらし~い味だったなあァァ~……」
その言葉にロレンスは顔を手で覆い、平生のように忌な気な顔をした。
「……だからか……あの隣国からの来賓との接待で私だけ食事が出なかったのは…………あの時はお腹が空いて、接待にも身が入らなくて他の官僚からも怒られたんだよなあ…………」
セアドは一旦食べるのを止め、疑問を浮かべる。
「ンン? 腹ァ減ったんならぁ、チョチョイっと城下町まで買いに出りゃあいいじゃあねえのかあん? 時間さえありゃあ、それこそォ、こ~の酒場とかよオ」
ロレンスは驚きつつ、杖を床に突き立て声を張る。
「そ、そのような無作法が出来るか! 例え時間があろうとも……私事で勝手に退席するなど!」
「……王宮ではぁ、そん~な決まり事でもあんのかイ?」
「えっ」
――何気ない疑問を突き付けられ、逆にロレンスが固まってしまった。何とか理由を探し、語ろうとする。
「い、いえ……勝手に退席したら……その、失礼にあたるかと思って……それは! 我が君ほど自由過ぎるのも……良くない、と、思うし…………」
セアドはローストチキンを大きな口でかじりつき、肉を頬張りながら聴いていたが、ロレンスが黙りそうになると――大声を出した。
「――かぁーッ!! まったく、おカタイねえェェェ!! 息苦しいったらぁ、あぁありゃあしねえエエエエ!!」
セアドは食べかけのチキンの骨をロレンスへ向け、語る。
「いいかい、ロレンスちゅあァん。 自分の人生は、自分のモンだぜ。他人がどう言おうがァ、どんな顔色しようがァ、自分は自分! 他人は他人! そして俺は俺だああああ~。もっと自分の欲求に素直に……自由に生きてみろぉぉぉぉ~」
チキンをまたひとかじりして、どこか思うところでもあるのか、伏した目で続ける。
「……そりゃあ、俺様みてえに人の道大外れして……表街道歩けねえような人間にゃあ、なっちゃあいけねえがよ……自分の心と! 魂は! フリ~ダムぅッッッ……! ……にしておかねえと――生きづらさを抱えるだけだぜえ。」
ロレンスは、心当たりがありつつも、虚勢を張ってみる。
「…………む……ご、極悪人の言う説法など、誰が――――」
「――それだぁよ。世の中のオ、『誰か』が決めた『何か』に囚われている。自分にとって不快な事でも……義務であるなら全てやらねばならぬ、という観念に囚われ……自分を檻の中にぶち込んじまってる。本当に檻に入る必要なんか無くってもなあ。まあ、大抵の人間は『義務』とか何かの観念に囚われている方が楽ってえ奴も多いけどなぁ。」
「…………」
セアドの語り口に思うところがあるロレンスは、だんだん真面目に彼の言葉に聴き入り始めた。
「――――人間は、弱え。言葉だとか、理屈だとか、ルールだとか……そういうもんに囚われたがる。――――だがよ。そんなもんは生きる苦しさを正当化し、誤魔化しているに過ぎねえ。……他人を羨んで自分を卑下するか……逆に、お高く留まっちまうか…………どっちにしろぉ、頭カタく生きたって碌なことはねえと思うぜ。」
「…………」
「誰かが言った『言葉』。『言葉』ってぇ代物は……なるほど、便利なモンだわいなああ。他者に情報を伝え、表現し、知識や感情を与える。…………だがなあ。残念ながらァ、『言葉』は万能じゃあねエ。人間……生きていく上でのしがらみや、ままならない感情は理屈や定義、『言葉』じゃあ処理し切れねえモンがある。なのに、だ。そういう蟠りまで人は無理矢理『言葉』で収めて制御しようとする。――――人間の言う『言葉』『理屈』なんてのは……夢、幻みてエなモンよお。そのまんまだと不安になるから、人は『言葉』にして『解った気になろうと』する……そんで納得した気になってぇ、自分を騙そうとする。」
ここで……これまで同行してきたセアドの顔色に、初めて翳りのようなモノが見えたことに、ロレンスは気付いた。
「……俺ア……それに長えこと気付かずに、己の業を全うし切れずにいたら……気が付きゃあ、何処に行ってもお縄についちまう極悪人のまんまで人生を頭からケツまで終えることになっちまった。若しくは、生まれる時代が違い過ぎたとしか…………」
「――セアド…………」
セアドとロレンスは感傷に浸りながらも、会話は続いた。
「人間の業とか、言葉や論理じゃあ包み切れねえ感情のしがらみ。それを理解し切り、自分の中で処理できるかは……心がけ次第かねえ。それにゃあ、一度や二度、『論理』や『言葉』という檻から脱獄する程度じゃあ……足りねえと思うんだよ。そういう心の作業は……多分、どんな人間にも必要じゃあねえかなア……上はアンタみたいな王侯貴族から…………下は俺様みてえな下卑た悪党まで……」
天井を仰いで語っていたセアドだが、途端に豪笑し、こう告げた。
「カカカカカ……! こう話してっと、どっちが『自由人』でどっちが『囚われ人』かわかりゃあしねエ!! わ~らっちまうわなあああァ……へっへっへ。」
――ロレンスは、目の前の豪笑する男。紛れもない凶悪犯であるはずの破廉恥漢の中に――――自由の翼とでも言うべき精神を獲得し、『達した』者のようなスッキリとした感情を感じ取った。
ロレンスは…………王宮ではまず言わないような会話を、思い切って彼に投げかけた。
「……し、しかし…………本当に変われるのだろうか……私も。こんな、『言葉』や『論理』や『理屈』に縛られ……ガチガチに凝り固まってしまっているような私でも…………」
セアドは、普段の凶悪な笑みではなく……実に心の篭った、優しい笑顔で答えた。
「……変われるとも。自分で、自分のこと、細胞レベルで理解しようとする……その意志さえ持ってりゃあ、きっと、な。」
「……自分を、理解する…………」
セアドは、再び豪笑した。
「へへ、た~のむぜぇ~ロレンスちゃん。……明日、遺跡の途中で野垂れ死のうが、予定通り処刑されようが……死にゆく俺様のようなフリ~ダム! な野郎からのせめてもの遺言……ロレンスちゃんみてえな真面目で誠実で…………だが檻に囚われかけてるようなかわい子ちゃんへの愛だとでも思ってよぉぉぉぉ! カッカッカッ!」
「…………」
ロレンスはしばし俯き、手元のハーブティーを一口飲んで――――
「……はい…………」
セアドに対し嫌悪するでも反発するでもなく…………かけてくれた厚意に対して、素直に感謝の首肯をした。『檻の中の囚われ人』から『社会での囚われ人』に対する思い遣りに、ただ感謝をした。
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ロレンスとセアドとは2つほど離れたテーブルで葡萄酒を飲みつつも……ラルフは静かに微笑んだ。
(冥府に繋がれることが決まってしまった囚人と、社会での囚われ人、か……)
「――立場や運命は違っても、人間は皆、囚われ人、か。そして自由を目指そうとする」
<<
<<
<<
――――油が切れてきたのだろうか。酒場のランプの灯りが、小さく揺らめき……店の中がますます暗くなってきた。ママさんが、ひとつひとつ丁寧に油を補充していく。
「……過去の記憶やしがらみ。被虐の傷跡。後悔や己自身に惑う。囚われながらも自由を目指す――――人間は…………実に多様だな。……その人生に暗い夜が漂う時にも……人は暁空が来るのを信じて、矛盾を孕みつつも前に進む…………それがきっと――――」
ラルフは静かに目を閉じ、己自身の心に対して刻み込んだ。
仲間を。人間が何ゆえ、生きるのか。その力は何なのかを、しかと識った。
「――――おいおい。何をぶつぶつ言っているのかね? 勇者・ラルフ」
「――はっ。」
ふと目を開けると……ブラックが声をかけていた。
否。仲間たち全員が、どこか嬉しいような心持ちで微笑みながら、ラルフの周りに集まってきていた。
ママさんも告げる。
「――――悪いねえ。結局、あんたが皆の話を聴いてるの、バレちった。今度は……あんたが聴かせてあげたらどうだい?」
「…………俺の、こと?」
仲間たちは、聞き耳を立てていたことを咎めるでもなく、好奇心からラルフに興味を抱いていた――――
「ガッ、ガッ、ガッ……ふむ~んん……こいつはムショでは味わえねえ、俺様の人生でベスト5には入る……ぃい~イ飯じゃあねえエかアアアア……生き返るぜえええ~」
「……セアド。貴様は処刑を待つだけの大罪人の身。今回の遺跡から宝玉を奪還するまでの一時的な戦力……つまりは奴隷に過ぎんのだ。高級な待遇など、本来あってはならぬのだ。少しは遠慮していただこう」
「いイ~じゃあねエーかよオオオ~。俺様は鍵こじ開けたり戦ったりで立派に働いてんじゃあねえかアアア~。死ぬ前にちっとは味あわせろイ。……まア。ここのママさんが腕を振るうディナ~も美味いがァ、さすがに王宮での接待用の贅を凝らしたフルコースにはちぃと劣っちまうがあなあァ~。ほれほれ、ロレンスちゃんも食えよォ~。美味えぞおオン」
脂ののったローストチキンを取り出し、セアドはロレンスに薦めるが……ロレンスは嫌悪を露わにした。
「う……い、いや……私は……脂っこいのとか苦手で――――むう!? 我が王宮の料理にも手を出していたのか!?」
嫌悪以上に、驚きを露わにするロレンス。
「あ~たぼ~うヨオ~……解錠用の針金で抜け出し……チョイチョイ~っと、おつまみ、なぁ。あ~れは濃厚で芳醇な味わいながらァ……ヘルシーでボリュームもあるぅ……すンンンンばらし~い味だったなあァァ~……」
その言葉にロレンスは顔を手で覆い、平生のように忌な気な顔をした。
「……だからか……あの隣国からの来賓との接待で私だけ食事が出なかったのは…………あの時はお腹が空いて、接待にも身が入らなくて他の官僚からも怒られたんだよなあ…………」
セアドは一旦食べるのを止め、疑問を浮かべる。
「ンン? 腹ァ減ったんならぁ、チョチョイっと城下町まで買いに出りゃあいいじゃあねえのかあん? 時間さえありゃあ、それこそォ、こ~の酒場とかよオ」
ロレンスは驚きつつ、杖を床に突き立て声を張る。
「そ、そのような無作法が出来るか! 例え時間があろうとも……私事で勝手に退席するなど!」
「……王宮ではぁ、そん~な決まり事でもあんのかイ?」
「えっ」
――何気ない疑問を突き付けられ、逆にロレンスが固まってしまった。何とか理由を探し、語ろうとする。
「い、いえ……勝手に退席したら……その、失礼にあたるかと思って……それは! 我が君ほど自由過ぎるのも……良くない、と、思うし…………」
セアドはローストチキンを大きな口でかじりつき、肉を頬張りながら聴いていたが、ロレンスが黙りそうになると――大声を出した。
「――かぁーッ!! まったく、おカタイねえェェェ!! 息苦しいったらぁ、あぁありゃあしねえエエエエ!!」
セアドは食べかけのチキンの骨をロレンスへ向け、語る。
「いいかい、ロレンスちゅあァん。 自分の人生は、自分のモンだぜ。他人がどう言おうがァ、どんな顔色しようがァ、自分は自分! 他人は他人! そして俺は俺だああああ~。もっと自分の欲求に素直に……自由に生きてみろぉぉぉぉ~」
チキンをまたひとかじりして、どこか思うところでもあるのか、伏した目で続ける。
「……そりゃあ、俺様みてえに人の道大外れして……表街道歩けねえような人間にゃあ、なっちゃあいけねえがよ……自分の心と! 魂は! フリ~ダムぅッッッ……! ……にしておかねえと――生きづらさを抱えるだけだぜえ。」
ロレンスは、心当たりがありつつも、虚勢を張ってみる。
「…………む……ご、極悪人の言う説法など、誰が――――」
「――それだぁよ。世の中のオ、『誰か』が決めた『何か』に囚われている。自分にとって不快な事でも……義務であるなら全てやらねばならぬ、という観念に囚われ……自分を檻の中にぶち込んじまってる。本当に檻に入る必要なんか無くってもなあ。まあ、大抵の人間は『義務』とか何かの観念に囚われている方が楽ってえ奴も多いけどなぁ。」
「…………」
セアドの語り口に思うところがあるロレンスは、だんだん真面目に彼の言葉に聴き入り始めた。
「――――人間は、弱え。言葉だとか、理屈だとか、ルールだとか……そういうもんに囚われたがる。――――だがよ。そんなもんは生きる苦しさを正当化し、誤魔化しているに過ぎねえ。……他人を羨んで自分を卑下するか……逆に、お高く留まっちまうか…………どっちにしろぉ、頭カタく生きたって碌なことはねえと思うぜ。」
「…………」
「誰かが言った『言葉』。『言葉』ってぇ代物は……なるほど、便利なモンだわいなああ。他者に情報を伝え、表現し、知識や感情を与える。…………だがなあ。残念ながらァ、『言葉』は万能じゃあねエ。人間……生きていく上でのしがらみや、ままならない感情は理屈や定義、『言葉』じゃあ処理し切れねえモンがある。なのに、だ。そういう蟠りまで人は無理矢理『言葉』で収めて制御しようとする。――――人間の言う『言葉』『理屈』なんてのは……夢、幻みてエなモンよお。そのまんまだと不安になるから、人は『言葉』にして『解った気になろうと』する……そんで納得した気になってぇ、自分を騙そうとする。」
ここで……これまで同行してきたセアドの顔色に、初めて翳りのようなモノが見えたことに、ロレンスは気付いた。
「……俺ア……それに長えこと気付かずに、己の業を全うし切れずにいたら……気が付きゃあ、何処に行ってもお縄についちまう極悪人のまんまで人生を頭からケツまで終えることになっちまった。若しくは、生まれる時代が違い過ぎたとしか…………」
「――セアド…………」
セアドとロレンスは感傷に浸りながらも、会話は続いた。
「人間の業とか、言葉や論理じゃあ包み切れねえ感情のしがらみ。それを理解し切り、自分の中で処理できるかは……心がけ次第かねえ。それにゃあ、一度や二度、『論理』や『言葉』という檻から脱獄する程度じゃあ……足りねえと思うんだよ。そういう心の作業は……多分、どんな人間にも必要じゃあねえかなア……上はアンタみたいな王侯貴族から…………下は俺様みてえな下卑た悪党まで……」
天井を仰いで語っていたセアドだが、途端に豪笑し、こう告げた。
「カカカカカ……! こう話してっと、どっちが『自由人』でどっちが『囚われ人』かわかりゃあしねエ!! わ~らっちまうわなあああァ……へっへっへ。」
――ロレンスは、目の前の豪笑する男。紛れもない凶悪犯であるはずの破廉恥漢の中に――――自由の翼とでも言うべき精神を獲得し、『達した』者のようなスッキリとした感情を感じ取った。
ロレンスは…………王宮ではまず言わないような会話を、思い切って彼に投げかけた。
「……し、しかし…………本当に変われるのだろうか……私も。こんな、『言葉』や『論理』や『理屈』に縛られ……ガチガチに凝り固まってしまっているような私でも…………」
セアドは、普段の凶悪な笑みではなく……実に心の篭った、優しい笑顔で答えた。
「……変われるとも。自分で、自分のこと、細胞レベルで理解しようとする……その意志さえ持ってりゃあ、きっと、な。」
「……自分を、理解する…………」
セアドは、再び豪笑した。
「へへ、た~のむぜぇ~ロレンスちゃん。……明日、遺跡の途中で野垂れ死のうが、予定通り処刑されようが……死にゆく俺様のようなフリ~ダム! な野郎からのせめてもの遺言……ロレンスちゃんみてえな真面目で誠実で…………だが檻に囚われかけてるようなかわい子ちゃんへの愛だとでも思ってよぉぉぉぉ! カッカッカッ!」
「…………」
ロレンスはしばし俯き、手元のハーブティーを一口飲んで――――
「……はい…………」
セアドに対し嫌悪するでも反発するでもなく…………かけてくれた厚意に対して、素直に感謝の首肯をした。『檻の中の囚われ人』から『社会での囚われ人』に対する思い遣りに、ただ感謝をした。
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ロレンスとセアドとは2つほど離れたテーブルで葡萄酒を飲みつつも……ラルフは静かに微笑んだ。
(冥府に繋がれることが決まってしまった囚人と、社会での囚われ人、か……)
「――立場や運命は違っても、人間は皆、囚われ人、か。そして自由を目指そうとする」
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――――油が切れてきたのだろうか。酒場のランプの灯りが、小さく揺らめき……店の中がますます暗くなってきた。ママさんが、ひとつひとつ丁寧に油を補充していく。
「……過去の記憶やしがらみ。被虐の傷跡。後悔や己自身に惑う。囚われながらも自由を目指す――――人間は…………実に多様だな。……その人生に暗い夜が漂う時にも……人は暁空が来るのを信じて、矛盾を孕みつつも前に進む…………それがきっと――――」
ラルフは静かに目を閉じ、己自身の心に対して刻み込んだ。
仲間を。人間が何ゆえ、生きるのか。その力は何なのかを、しかと識った。
「――――おいおい。何をぶつぶつ言っているのかね? 勇者・ラルフ」
「――はっ。」
ふと目を開けると……ブラックが声をかけていた。
否。仲間たち全員が、どこか嬉しいような心持ちで微笑みながら、ラルフの周りに集まってきていた。
ママさんも告げる。
「――――悪いねえ。結局、あんたが皆の話を聴いてるの、バレちった。今度は……あんたが聴かせてあげたらどうだい?」
「…………俺の、こと?」
仲間たちは、聞き耳を立てていたことを咎めるでもなく、好奇心からラルフに興味を抱いていた――――
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