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第6話 冒険者か女の子か
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ブラックは冒険者と見られる女の前に出て、一度品定めでもするようにその姿を確認してからこう言った。
「ふん……どの程度の冒険者がいるかと思えば、こんな程度か。血流が良い癖に、どうにも脳に酸素が足りていないようだな」
「……あ? 何よ、おっさん。人をジロジロ見て……喧嘩売ってんの?」
「い、いえ! 全然、そんなつもりじゃ……ブラックさん、駄目ですよ!」
突然、挑発に乗り出すブラックをラルフは制止しようと声をかけるが……。
「構わん。任せておけと言っている」
ブラックは制止を振り切り、続ける。
「ふむ。怒り次第では血流も変化し、少しは脆弱な脳にも酸素が届くかもな」
「何よ、血流とか酸素とか……あんた医者か何か? うっさんくさ……」
「ふふ。ありがたいことに、君は私を医者の端くれだと認識してくれるわけか。だが、君はどうかな?」
「……あァ?」
女の目に敵意が篭る。右腕を音もなく愛用の戦斧へと伸ばしてさえいる。
「ブ、ブラック殿……!」
(待て、ロレンス。何か考えがあるはずだ。任せてみよう)
今度はロレンスがブラックを止めようとしたが、ラルフが抑える。
(だが、本当に大丈夫なのか……? ただいたずらに挑発しても怒らせるだけじゃあないのか?)
抑えつつも、ブラックの策に不安を感じている。いざと言う時は女を止めようと、ラルフは女に見えないように剣に手を置く……。
「……冒険者としてはイマイチかもしれんが……いやはや。『女』としても多大な可能性を秘めているというのに、全く以て勿体ない娘だな……」
「……い!? あたしの、『女』として……だって!?」
――女は思わぬアプローチの仕方に、露骨に戸惑った。
「聴こえなかったのかね? 一人の女性として、大きく魅力がある、と言うのに……その可能性を自ら潰していると言ったのだ」
「な、な……」
「これでは、男共も近寄るまいな。覇気も無く、武骨な鎧と戦斧を担いでここで項垂れているような女では。美しい顔立ちとプロポーションが泣くぞ」
「な、何言ってんだよ、いきなり!? な、なんでそんなことがあんたわか――――」
「君が認めた通り、医者風情だからだよ。手術台に横たわる患者は老若男女、皆、裸だからな……スリーサイズなど、もはや鎧を着込んでいようと解るさ。……上から……ふーむ……きゅうじゅ――――」
「わーっ! わーっ! やめろ! やめて! この変態親父!!」
赤髪の女は、顔中の気色をその髪色と同じにしてアタフタと取り乱している。
「む? 冒険者の癖に、羞恥心があるのか? ――おい、ラルフ。この女、やはり同行人としては失格かもしれんぞ?」
「もう! 何だってのよ!? あんたら、あたしに何させたいの!?」
「……ブ、ブブ、ブラック殿っ! 破廉恥が過ぎますぞ! そ、そのように女性の……スリー、サイズを人前で暴くなど……」
(……この若者は若者で初心なものだな……そんなことだから婚姻率は下がり、出生率問題になるのだ)
性的な話題で女のペースを掻き乱したブラックは、密かに後ろで小さくなっているロレンスの青さにどこか懐かしさを感じた。
「自分は冒険者として充分有能だ、と証明したいかね? ならば、仕事としてこんな話がある――ラルフ」
「はい」
ラルフは察し、書状を女に読ませた。
「……え、は? ……宝玉『憎悪の泪』奪還……勇者についてったら、褒美が……?」
書状を読み、女は一度気を鎮めた。
「……これは危険な任務だ。だから我々は優秀な冒険者を捜しているのだよ――――『性別など歯牙にもかけぬ』、凄腕の冒険者を、な……」
「…………」
女の目に、単なる鬼気とは違う、情熱の焔が灯った。己のプライドをなじられ、その穢れを拭い去りたいという、プロとしての発奮だ。
「……上等じゃん……あたしも役に立ってやろうじゃん。あたしがこんな仕事に何の問題もない、優秀な戦力になるって、証明してやるよ! うん、決めた!」
「ほお? さっきとは打って変わってハッキリとした顔色になったではないか。いい顔だ。脳の酸素濃度も『冒険者』のそれになっていることだろう。やはりこの女は役立つな……」
「ええい! 『この女』はやめろ! 変態親父!! ……あたしには、ウルリカ! ウルリカ=ウォーレンってしっかりした名前があんだから!」
女冒険者……ウルリカ=ウォーレンは旅の荷と、かなりの重量の戦斧を担いで立ち上がり、気炎を吐いた。
「……で? その様子だと仲間、まだ集めるんでしょ? 酒場とか行ってみよーよ! 案外、同業者の飲み仲間が来てるかもだし!!」
「……我々について来るのか。ありがとう、ウルリカ。非礼を詫びよう……宝玉を奪還した暁には、王からだけでなく、私からも褒美をやろうではないか――――このリストの中から、何が良いかね? 筋力増強プロテインか? 男性的になれるホルモン剤か? ……それとも、一般人の女性らしい作法や身だしなみの講義をお望みかね? くくくく……」
「……くっ……こ、こんのヤブ医者……! この仕事が終わったら、覚えてろ~っ……さあ、行くよ! あんたがラルフで、もう一人がロレンスね?」
「私のことはブラックと呼びたまえ。お嬢さん」
「あんたに訊いてねぇーっ!! ……ちぃっ!」
そう舌打ちして、ズカズカとウルリカは先にギルドを後にしようと歩き出した。
(……やはり、プライドを焚き付けるぐらいで正解だったな。結果として嬉嬉として仲間に加わってくれたよ)
(……ブラックさん……結果はどうあれ、人が悪過ぎますよ……)
ウルリカの気骨溢れる背中を見て、ブラックとラルフは小声でそう言葉を交わした。
――だが、ウルリカは内心、後ろの男たちにとって意外なことを考えていた。
(……で、でも……女性としての作法や身だしなみとか……女子力とか…………ちょ、ちょっと、欲しいかも…………)
冒険者・ウルリカは仄かに顔を赤らめ、密かにそう思った。
「ふん……どの程度の冒険者がいるかと思えば、こんな程度か。血流が良い癖に、どうにも脳に酸素が足りていないようだな」
「……あ? 何よ、おっさん。人をジロジロ見て……喧嘩売ってんの?」
「い、いえ! 全然、そんなつもりじゃ……ブラックさん、駄目ですよ!」
突然、挑発に乗り出すブラックをラルフは制止しようと声をかけるが……。
「構わん。任せておけと言っている」
ブラックは制止を振り切り、続ける。
「ふむ。怒り次第では血流も変化し、少しは脆弱な脳にも酸素が届くかもな」
「何よ、血流とか酸素とか……あんた医者か何か? うっさんくさ……」
「ふふ。ありがたいことに、君は私を医者の端くれだと認識してくれるわけか。だが、君はどうかな?」
「……あァ?」
女の目に敵意が篭る。右腕を音もなく愛用の戦斧へと伸ばしてさえいる。
「ブ、ブラック殿……!」
(待て、ロレンス。何か考えがあるはずだ。任せてみよう)
今度はロレンスがブラックを止めようとしたが、ラルフが抑える。
(だが、本当に大丈夫なのか……? ただいたずらに挑発しても怒らせるだけじゃあないのか?)
抑えつつも、ブラックの策に不安を感じている。いざと言う時は女を止めようと、ラルフは女に見えないように剣に手を置く……。
「……冒険者としてはイマイチかもしれんが……いやはや。『女』としても多大な可能性を秘めているというのに、全く以て勿体ない娘だな……」
「……い!? あたしの、『女』として……だって!?」
――女は思わぬアプローチの仕方に、露骨に戸惑った。
「聴こえなかったのかね? 一人の女性として、大きく魅力がある、と言うのに……その可能性を自ら潰していると言ったのだ」
「な、な……」
「これでは、男共も近寄るまいな。覇気も無く、武骨な鎧と戦斧を担いでここで項垂れているような女では。美しい顔立ちとプロポーションが泣くぞ」
「な、何言ってんだよ、いきなり!? な、なんでそんなことがあんたわか――――」
「君が認めた通り、医者風情だからだよ。手術台に横たわる患者は老若男女、皆、裸だからな……スリーサイズなど、もはや鎧を着込んでいようと解るさ。……上から……ふーむ……きゅうじゅ――――」
「わーっ! わーっ! やめろ! やめて! この変態親父!!」
赤髪の女は、顔中の気色をその髪色と同じにしてアタフタと取り乱している。
「む? 冒険者の癖に、羞恥心があるのか? ――おい、ラルフ。この女、やはり同行人としては失格かもしれんぞ?」
「もう! 何だってのよ!? あんたら、あたしに何させたいの!?」
「……ブ、ブブ、ブラック殿っ! 破廉恥が過ぎますぞ! そ、そのように女性の……スリー、サイズを人前で暴くなど……」
(……この若者は若者で初心なものだな……そんなことだから婚姻率は下がり、出生率問題になるのだ)
性的な話題で女のペースを掻き乱したブラックは、密かに後ろで小さくなっているロレンスの青さにどこか懐かしさを感じた。
「自分は冒険者として充分有能だ、と証明したいかね? ならば、仕事としてこんな話がある――ラルフ」
「はい」
ラルフは察し、書状を女に読ませた。
「……え、は? ……宝玉『憎悪の泪』奪還……勇者についてったら、褒美が……?」
書状を読み、女は一度気を鎮めた。
「……これは危険な任務だ。だから我々は優秀な冒険者を捜しているのだよ――――『性別など歯牙にもかけぬ』、凄腕の冒険者を、な……」
「…………」
女の目に、単なる鬼気とは違う、情熱の焔が灯った。己のプライドをなじられ、その穢れを拭い去りたいという、プロとしての発奮だ。
「……上等じゃん……あたしも役に立ってやろうじゃん。あたしがこんな仕事に何の問題もない、優秀な戦力になるって、証明してやるよ! うん、決めた!」
「ほお? さっきとは打って変わってハッキリとした顔色になったではないか。いい顔だ。脳の酸素濃度も『冒険者』のそれになっていることだろう。やはりこの女は役立つな……」
「ええい! 『この女』はやめろ! 変態親父!! ……あたしには、ウルリカ! ウルリカ=ウォーレンってしっかりした名前があんだから!」
女冒険者……ウルリカ=ウォーレンは旅の荷と、かなりの重量の戦斧を担いで立ち上がり、気炎を吐いた。
「……で? その様子だと仲間、まだ集めるんでしょ? 酒場とか行ってみよーよ! 案外、同業者の飲み仲間が来てるかもだし!!」
「……我々について来るのか。ありがとう、ウルリカ。非礼を詫びよう……宝玉を奪還した暁には、王からだけでなく、私からも褒美をやろうではないか――――このリストの中から、何が良いかね? 筋力増強プロテインか? 男性的になれるホルモン剤か? ……それとも、一般人の女性らしい作法や身だしなみの講義をお望みかね? くくくく……」
「……くっ……こ、こんのヤブ医者……! この仕事が終わったら、覚えてろ~っ……さあ、行くよ! あんたがラルフで、もう一人がロレンスね?」
「私のことはブラックと呼びたまえ。お嬢さん」
「あんたに訊いてねぇーっ!! ……ちぃっ!」
そう舌打ちして、ズカズカとウルリカは先にギルドを後にしようと歩き出した。
(……やはり、プライドを焚き付けるぐらいで正解だったな。結果として嬉嬉として仲間に加わってくれたよ)
(……ブラックさん……結果はどうあれ、人が悪過ぎますよ……)
ウルリカの気骨溢れる背中を見て、ブラックとラルフは小声でそう言葉を交わした。
――だが、ウルリカは内心、後ろの男たちにとって意外なことを考えていた。
(……で、でも……女性としての作法や身だしなみとか……女子力とか…………ちょ、ちょっと、欲しいかも…………)
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