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第2話 宝玉『憎悪の泪』
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レチア王国は森が茂り、気候も温暖な美しい島国であったが、きわめて小さな国だ。
厳重な警備が敷かれる港で乗客たちは三度の通行手形と身分証明の提示を求められた。
港を抜け、海の匂いがそのまま漂うのは城下町だ。街の北にあるやや大きな建物が王宮のようだ。城を含め、城下町の面積はたった3キロ平方キロメートルにも満たない。
「あの建物だな」
先ほど船長と会話をしていた青年は、自分に課される『使命』を想像し、表情を引き締め……王宮へ急いだ。
<<
王宮の中は意外に質素な造りだった。
天井に巨大なステンドグラスが張られているとか、豪奢な金銀の装飾が辺り一面になされているとかそういった様子もなく……簡素な石造りの、公民館のような建物だ。
青年は守衛に国王から送られてきた書面を見せると城中の兵士たちから恭しく、丁寧な挨拶を受けた。
「こちらが謁見の間です。我が君は既に玉座に腰掛け、貴方様をお待ちしております」
謁見の間の前の大きな扉を守る屈強な近衛兵が、金属の重々しいその扉を開く……。
――謁見の間も意外に小さな造りで、目の前の玉座に座する王の足元まで赤い絨毯が敷かれている以外は質素な執務室だった。
青年は王の眼前……3mほどの距離で膝まづき、深く頭を下げた。
「……招致に応じて只今馳せ参じました……ラルフでございます」
ラルフと名乗った青年の姿をしっかりと見定め、王は威厳たっぷりに頷いた。
「……うむ。その美しい藍色の髪……その緋色の瞳……何より、『勇者』特有の光の英気……間違いない。この写真と、方々より伝え聞いた噂通りじゃ」
そう言って手に持っていた書類の束を、すぐ近くに控えている側近に渡すと、改めてラルフを睥睨する。
「遠路はるばる御苦労である。武勇と叡智の誉れ高き『勇者』……ラルフよ」
「はっ……それで……ご用命は、如何なる内容でしょうか?」
「……うむ。早速だが……そちに頼みたいことがある。実はな…………」
小国の王は、如何にも頭痛の種である、と言った風情で頭に手を置き深く溜め息を吐いてから……重々しく話を始めた。
「…………我がレチアの国が……古代より代々管理してきた『宝玉』が盗み出されてしまったのだ…………」
「宝玉……?」
「無論、単なる財宝などではない。その宝玉には太古の昔……人類最大の災厄である――――『魔王』が封じられておるのだ…………」
「!! ……『魔王』…………」
その言葉に、ラルフは動揺と緊張を隠し切れなかった。背筋に冷たいものが流れ落ちるような感覚を覚える。王はラルフの反応ももっともだ、と頷き、続ける。
「そうじゃ……かつてこの世にいずこよりか現れ、人類に仇なした忌むべき存在・魔王! 悪しき化け物共の軍勢を率い、人類を破滅の半歩手前まで追い詰めた、真に恐ろしき悪の権化よ……当時の人類が総力を結集しても打倒は叶わなかった…………」
王は、期待を込めた強い眼差しでラルフを見る。
「だが、文献などでそちも知っておろう……時の為政者たちも、もはやこれまでか、と魔王に屈しかけた時、『それ』は……『勇者』は現れた! 絶望の底に突き落とされた人々に勇気を与え統率し……素晴らしき叡智と光の御業を以て、ようやっと魔王に深手を負わせ……一つの宝玉――――『憎悪の泪』に封印することに成功したのだ」
「……そして、その『憎悪の泪』が、何者かによって盗み出されてしまった……」
王は再び溜め息ののち、憂いの双眸と声で答える。
「然り。不幸中の幸いとでも言うべきか、既に下手人の行方は解っておる。この小さき島国の南端にある遺跡……かつて我が王国が管理していた遺跡に彼奴らは潜んでおる。既に先遣隊の報告により……確かに賊共が『憎悪の泪』を持っておることを確認した」
玉座から身を乗り出し、強い口調を何重にも重ねるように重々しく、ラルフに告げる。
「……もしも、連中が宝玉から力を引き出し……魔王がこの世に再び現界するようなことになれば――――わかるな? 『勇者』ラルフよ? 古より語り継がれ、受け継がれて来たという現代の『勇者』である、そちにしか託せぬ使命なのだ」
ラルフは立ち上がり、右腕を胸元まで掲げて誓約の構えを取り、高らかに叫んだ。
「はっ! 不肖・ラルフ! 身命を賭して……賊から宝玉『憎悪の泪』を取り返して見せますッ!!」
少し間があって、ラルフは一つ気掛かりなことを思い出した。
「……ところで……この国に居る兵士たちは随分少ないようですが、先遣隊はどうなったのです……もしや、既に賊共の手にかかって!?」
「む、んん…………それはの…………」
王は呼気を唸らせ……何やら含みのある間を空けたのち、こう答えた。
「――――うーん☆ 皆、入口付近まで調べて『こりゃあヤベエ』って思ったから退却させたよ! 不確定要素だらけのまま潜入させたら、あたら兵を失うことになるじゃん、ん? んんー?」
「――――は? …………」
突然の王の素っ頓狂なトーンの反応に、勇者・ラルフは気の抜けた声を漏らした。
傍にいる王の側近も、何やら天を仰ぎ頭を抱えている。
厳重な警備が敷かれる港で乗客たちは三度の通行手形と身分証明の提示を求められた。
港を抜け、海の匂いがそのまま漂うのは城下町だ。街の北にあるやや大きな建物が王宮のようだ。城を含め、城下町の面積はたった3キロ平方キロメートルにも満たない。
「あの建物だな」
先ほど船長と会話をしていた青年は、自分に課される『使命』を想像し、表情を引き締め……王宮へ急いだ。
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王宮の中は意外に質素な造りだった。
天井に巨大なステンドグラスが張られているとか、豪奢な金銀の装飾が辺り一面になされているとかそういった様子もなく……簡素な石造りの、公民館のような建物だ。
青年は守衛に国王から送られてきた書面を見せると城中の兵士たちから恭しく、丁寧な挨拶を受けた。
「こちらが謁見の間です。我が君は既に玉座に腰掛け、貴方様をお待ちしております」
謁見の間の前の大きな扉を守る屈強な近衛兵が、金属の重々しいその扉を開く……。
――謁見の間も意外に小さな造りで、目の前の玉座に座する王の足元まで赤い絨毯が敷かれている以外は質素な執務室だった。
青年は王の眼前……3mほどの距離で膝まづき、深く頭を下げた。
「……招致に応じて只今馳せ参じました……ラルフでございます」
ラルフと名乗った青年の姿をしっかりと見定め、王は威厳たっぷりに頷いた。
「……うむ。その美しい藍色の髪……その緋色の瞳……何より、『勇者』特有の光の英気……間違いない。この写真と、方々より伝え聞いた噂通りじゃ」
そう言って手に持っていた書類の束を、すぐ近くに控えている側近に渡すと、改めてラルフを睥睨する。
「遠路はるばる御苦労である。武勇と叡智の誉れ高き『勇者』……ラルフよ」
「はっ……それで……ご用命は、如何なる内容でしょうか?」
「……うむ。早速だが……そちに頼みたいことがある。実はな…………」
小国の王は、如何にも頭痛の種である、と言った風情で頭に手を置き深く溜め息を吐いてから……重々しく話を始めた。
「…………我がレチアの国が……古代より代々管理してきた『宝玉』が盗み出されてしまったのだ…………」
「宝玉……?」
「無論、単なる財宝などではない。その宝玉には太古の昔……人類最大の災厄である――――『魔王』が封じられておるのだ…………」
「!! ……『魔王』…………」
その言葉に、ラルフは動揺と緊張を隠し切れなかった。背筋に冷たいものが流れ落ちるような感覚を覚える。王はラルフの反応ももっともだ、と頷き、続ける。
「そうじゃ……かつてこの世にいずこよりか現れ、人類に仇なした忌むべき存在・魔王! 悪しき化け物共の軍勢を率い、人類を破滅の半歩手前まで追い詰めた、真に恐ろしき悪の権化よ……当時の人類が総力を結集しても打倒は叶わなかった…………」
王は、期待を込めた強い眼差しでラルフを見る。
「だが、文献などでそちも知っておろう……時の為政者たちも、もはやこれまでか、と魔王に屈しかけた時、『それ』は……『勇者』は現れた! 絶望の底に突き落とされた人々に勇気を与え統率し……素晴らしき叡智と光の御業を以て、ようやっと魔王に深手を負わせ……一つの宝玉――――『憎悪の泪』に封印することに成功したのだ」
「……そして、その『憎悪の泪』が、何者かによって盗み出されてしまった……」
王は再び溜め息ののち、憂いの双眸と声で答える。
「然り。不幸中の幸いとでも言うべきか、既に下手人の行方は解っておる。この小さき島国の南端にある遺跡……かつて我が王国が管理していた遺跡に彼奴らは潜んでおる。既に先遣隊の報告により……確かに賊共が『憎悪の泪』を持っておることを確認した」
玉座から身を乗り出し、強い口調を何重にも重ねるように重々しく、ラルフに告げる。
「……もしも、連中が宝玉から力を引き出し……魔王がこの世に再び現界するようなことになれば――――わかるな? 『勇者』ラルフよ? 古より語り継がれ、受け継がれて来たという現代の『勇者』である、そちにしか託せぬ使命なのだ」
ラルフは立ち上がり、右腕を胸元まで掲げて誓約の構えを取り、高らかに叫んだ。
「はっ! 不肖・ラルフ! 身命を賭して……賊から宝玉『憎悪の泪』を取り返して見せますッ!!」
少し間があって、ラルフは一つ気掛かりなことを思い出した。
「……ところで……この国に居る兵士たちは随分少ないようですが、先遣隊はどうなったのです……もしや、既に賊共の手にかかって!?」
「む、んん…………それはの…………」
王は呼気を唸らせ……何やら含みのある間を空けたのち、こう答えた。
「――――うーん☆ 皆、入口付近まで調べて『こりゃあヤベエ』って思ったから退却させたよ! 不確定要素だらけのまま潜入させたら、あたら兵を失うことになるじゃん、ん? んんー?」
「――――は? …………」
突然の王の素っ頓狂なトーンの反応に、勇者・ラルフは気の抜けた声を漏らした。
傍にいる王の側近も、何やら天を仰ぎ頭を抱えている。
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