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第1話 青年の影

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 ある日。

 穏やかな潮風が頬を撫ぜる渡航船の上で、ある青年は一人、遠く、どこかぼんやりと呟いた。

「ここが。王国、か……」

 青年の眼前には、小さな島国が見える。

 小さいながらも、風光明媚な街、そして城が在った。この船が着港しようとしているのは、この島国のこれもまた小さな港だ。

 遠巻きながらも、港の賑わいやレンガ造りの街の小綺麗な面持ちを見れば、その島国が中の上程度の栄えがあることがわかる。

「アレがレチア王国だよ、お兄さん」

 声がした方に振り向けば、恰幅の良いこの船の船長がパイプを燻らし、ニッコリと微笑む姿があった。

「小さな国だが、どうだい。なかなかの国だろ? 魚も果物も酒も美味い。治安はまずまず良好。観光業も王国自ら参画してバラエティー豊か。どうだい、気に入りそうかい?」

 パイプの煙と潮風に灼かれてしゃがれ声の船長は景気の良さそうな面持ちで青年に訊ねる。

「……はは。まだ初めて来た国のことを自分にとって良いか悪いかなんて判断出来ませんよ。勿論、良い国であることを願ってますが……」

「ガハハ。そりゃあそうか! もっともだ。お兄さんは観光でこの国まで?」

 少し苦笑いをしながらも、素直に今の評価を口にする青年に、船長は一声豪笑したのち、若者と話したいのか青年に興味深そうにさらに訊ねた。

「……俺は、あの国の王に呼ばれたんです」

 特別威張るでも自称するでもなくそう答える青年だったが、船長は眉根をぴくりと寄せ、目を少し開かせて一瞬、驚きの間を置いた。

「……へえーっ! するってえとお兄さん! 王様からの勅命か何かかい! ほぉー! こりゃたまげた。大事な客人を乗せてたんよなあー! どのような用で?」

「それは言えません。いや、というより……まだ詳しいことは知らされていなんですよ。王に直接謁見して、用命を賜る次第です」

「へえ……いやいや、船に乗る時にそう言って貰えりゃ、こっちゃあ、一等客室に乗ってもらったもんだ……勿体ねえよお兄さん」

「いえいえ……そんなに特別扱いされるような者ではないですよ。どうか畏まらず……それに旅をして長いと、雑魚寝も当たり前ですから。ベッドのある部屋があれば充分過ぎますよ」

 青年は両手を顔の近くで大きく振り、気遣いを見せる。

「ふーむ……どんな用事か知らねえが……あの国の王様は名君だと評判だよ。特に財政管理がいい。王国自ら観光業に大きく力を注いでて、外来客にも親切……何を隠そう、俺の甥っ子もいっぱしの兵士でね、牢屋の看守なんかを立派に務めてて……ガハハ。それで、酒場のママさんも――――」

「あはは……」

 船長は饒舌に、半ば一方的に青年に話しかける。青年は若干渋い顔をしながらも、しばらく聞き役に回っていた。

「――――おっと、いけねえいけねえ。もう船を停めねえと……ところでお兄さん。仕事は何を? 見た所剣士か傭兵……冒険者みてえだが?」

「俺ですか? 俺は――――」

 その時。

 一際強い潮風が吹いた。船は揺れ、水飛沫が青年と船長の間に降り注ぐ。

「――!?」

「――――ただの慈善活動者ですよ。ボランティアが主な目的で旅をしてます」

「ん? え……そ、そうかい」

「? どうかされましたか? 船長?」

「い、いや……歳のせいか、目がぼやけてきやがってな……船の降りる頃合いまではまだ間があるから、部屋で休んでてくださいな……ゲホッ! ゴホン」

「そうですか。ではそうさせて頂きます。それでは……」

 そう言って微笑み、軽く会釈をして、青年は客室に戻っていった。

 船長はしばらくその場に佇み、青年の後ろ姿を……目をしきりに擦りながら見ていた。

「……やべえ、本当に歳かな……一瞬……あの優しそうな兄さんが――――化け物か何かに見えたのは――――」

 ――――間もなく船は港に乗り付け、乗客たちは橋を渡り……レチア王国に足を踏み入れた。
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