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第11話 姉弟の愛情のカタチ
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魔法屋『シュシュ』はこじんまりとして清潔感のある店だった。
簾の掛かった出入口を潜るとすぐ目の前にカウンターがあり、両脇には何やら魔術書や参考書らしき類いの本が棚にきちんと整頓されて入っている。
ソロルはカウンターの上に貼り付けていた『只今休憩中。十分後には戻ります』の書き置きを外し、自身はカウンターの後ろに廻り、椅子に腰掛けて接客の姿勢を取った。
「あ! 僕も勉強の続きしなきゃ!」
マーくんも店の奥に入り、勉強机に向かって何やら読書とノート取りを始めた。店の奥は居住スペースらしく、玩具やゲーム、テレビなどもある。微かに見える奥の本棚には漫画やアニメのDVDも見える。
「……さて! 改めて魔法屋『シュシュ』へようこそ! お大尽である貴方には最高のサービスをさせてもらうわ!」
「あ、ありがとよ」
高価な宝石を渡したとはいえ、全財産まで渡したわけではない。そのことに多少は後ろ髪を引かれる思いのヒロシだったが、弟に対して嗜虐の悦びに浸っている姉と、その姉に戦闘ではまず敵わないことを考えて割り切った。
「そうねえ……まずは、マーくんの聖水を採取するのを手伝ってもらえた御礼に……上位錬成した聖水をプレゼントしましょうかね!」
「い? でも、聖水は今渡したばっかじゃ――」
「ふふ。いいから見てて」
そう言うとソロルはたった今採取したばかりのマーくんの聖水を何やら古めかしい釜に注ぎ……さらに傍に置いてある試験管に入った紫色の溶液を足して……両手をかざして呪文を唱え始めた。
「……我が手の下の秘薬は清らなる君子の魂と冷厳なる龍脈の恵み……水と大地の精霊の御業を以て……濃醇なる宝薬と倍加への贄と捧げん……エクマンサンシーフォーメーラーサンダーラー……」
呪文を唱えながら、両手で螺旋を思わせる魔力の軌跡を描きながら指を滑らかに動かす……。
「……我、ここに精霊より秘術の行使への契りを得たり……はぁっ!!」
――――そうソロルが叫ぶと、釜から眩い光が溢れ出した! 思わず目を細めるヒロシ。
「む……う……?」
光が収まってから再び目を開くと――――一瞬のうちにカウンターの上にはガラスの小瓶が無数に並んでいた。
「ふむ……ちょうど十本は錬成できたか……上出来ね♪」
秘術の成果に満足したのか、ソロルは得意気そうに鼻を鳴らした。
「はい! この小瓶を……よっと、五本差し上げます」
「……これは、何なんだ?」
ヒロシの問いに、ソロルは先ほど路地裏で見せた意地の悪そうな邪悪な笑みを浮かべる。
「うふふ……これはマーくんの聖水をベースに、倍加と凝縮の薬品を私の魔術で錬成した宝薬……その名も!!」
「……その名も!?」
もったいぶって回答に溜めを作るソロルにヒロシが鸚鵡返しに訊く。
「その名も――――『マーくんの超!! 聖水』よッ!!」
「まんまじゃあねえかーっ!!」
もっともなヒロシの突っ込みを流しつつ、ソロルは手早く半分の五本をカウンターの内側にある棚に仕舞った。
「うふふふふふ……ただのマーくんの聖水ではないわ……通常よりも遥かに臭素、色素、栄養素、精神エネルギー、そして旨味を極限まで凝縮したスペシャルな薬品よ!!」
「「旨味!?」」
ヒロシと店の奥にいるマーくんが同時に叫ぶ。
(OH MY GOD……飲用としても考慮されてんのかよ……どっちにしろ――――)
「『どっちにしろ、俺は使う気がしない。』……そう思った? ふくく」
「エッ!?」
自分の思考を先読みしたソロルに思わずヒロシは声を漏らす。ソロルは邪悪さと思い遣りが半々といった感じの妙な表情をしている。
「確かに飲んでしまっても身体に害は一切ないわ。むしろ魔力の籠った宝薬は、飲んだ者にとてつもないエネルギーを与えるでしょうね。でも、それよりも――――」
「……それよりも?」
またも鸚鵡返ししてしまうヒロシ。
「――――この宝薬は、何かと取引や交渉に使えるはずよ。単なる飛び道具や触媒はもちろん……例えば、美少年に特別な欲望を抱いている性癖の持ち主にもね。私のように……ふふふふふふふ」
「な、なるほど」
ヒロシは堪え切れずに欲情したソロルの恍惚とした表情にドン引きしつつも、使い道はあるものだ、と妙に納得し『マーくんの超!! 聖水』入りの小瓶を五本受け取った。
「ああ、それからこれも! こっちは宝石をくれた御礼に」
「……?」
まだ何かあるのか、と不思議に思うヒロシに、ソロルは同じくカウンターの内側に鎮座しているダイヤル式金庫の鍵を解除し……中身を取り出して見せた。
「この魔法の腕時計を差し上げます!」
「……腕時計?」
ソロルが取り出し、カウンターの上に置いた物は、一見普通の金属製の腕時計だった。
「魔法の腕時計? 見た目、普通の腕時計みてぇだけど……」
「ふふん。この腕時計には……特別なチカラが備わっているのよ! 例えば――――あそこにカップ麺があるわよね? これを……」
ソロルは徐ろにカップ麺を持ってきて、傍のケトルに煮えていた熱湯を注いで適当な大きさの皿で蓋をした。
「通常ならほど良い状態になるのに三分はかかるカップ麺。でも、この腕時計を持って念じれば……」
「……?」
ソロルは腕時計を持ってひと呼吸した。たったそれだけだ。
「はい! 完了!」
「へ? 完了ってまさか……」
「そのまさかよ」
つい数秒前に熱湯を入れたばかりのカップ麺。熱湯が乾麺に水分を与えるどころか、まだ容器の底まで熱湯が達していないはず。
達していないはず――――そのカップ麺の蓋を取れば、その予測は裏切られる。
そう。つい数秒前に湯を注いだばかりのはずのカップ麺が、食べ頃の状態になっているのだ!
「す、すげえ! こいつは――――」
「ふふ、それだけじゃあないわ。あの振り子時計。振り子の動きを見て」
今度は壁に掛けてある振り子時計を見遣り、同じく腕時計を持ってひと呼吸念じる。
振り子時計は規則正しく振り子を振り、無機的に時を刻んでいる。
――――と、思いきや……振り子が振れるペースが目に見えて遅くなった! きっかり一秒間隔で振れるはずの振り子時計が、ひと振りするのに三秒はかかっている…………。
「マジかよ……この腕時計……時間を操れるのかよ!?」
「うーん……それはちょっと言い過ぎね……」
ソロルはカウンター越しにヒロシに向き直り、腕時計を置く。
「この腕時計は厳密には『指定した対象一体のみの時間を加速・減速出来る』の。某奇妙な冒険漫画の悪役みたいにこの世の時間そのものを操る、とまではいかないのよ。それに……」
「それに!?」
「この腕時計のチカラを引き出すには傾奇のエネルギーが要る。対象の大きさと質量、構造の複雑さでも必要なエネルギー量は全然違う。この小さめのカップ麺が煮える状態まで加速するのに……傾奇メーターから見て大体十ポイント。振り子時計を減速するなら三十ポイントぐらいかな」
「傾奇ポイントに依るのか……いや、それでもすげえよ、この腕時計……」
「貴方の今の傾奇ポイントは?」
「そ、そりゃ、えーっと……これぐらいだ!」
ヒロシは慌ててメーターをソロルに見せる。
「ふーん。百八十五ポイントか……今のままなら、ほぼ使い物にはならないわね。このカップ麺を一瞬で食べ頃にするのには百ポイント以上は必要ね」
「そ、そっか」
「でも安心して。この腕時計は使っても溜めた傾奇ポイントそのものは消費しないわ。必要なエネルギーに応じたポイントが必要なだけ。それに、裏を返せばどんどん傾奇ポイントを溜めていけば、一瞬でもっと長く、もっと大きく指定した対象の時間を加速・減速出来るのよ。貴方の努力次第ね」
一通り説明し終わると、改めてソロルは腕時計をヒロシに手渡す。
「貴方も傾奇者として『祭り』で優勝を目指すんでしょう? 私たち姉弟も観客席から応援してるわね!」
先ほどまでの殺気立った雰囲気はどこへやら。ソロルは聖水を入手出来たことと思わぬ臨時収入による喜びですっかりヒロシに対しフレンドリーに接してくる。
多少現金な印象を受けたが、思わぬ援助にヒロシは素直にソロルに感謝した。
「ありがとよ! アンタには負けたが、本選ではいっちょ派手にキメて見せるぜ!」
「はい! 幸運を!」
「よっとっと、兄さん、頑張ってねー!」
ヒロシが去ろうとするとマーくんも見送りに出てきた。
ヒロシは改めてマーくんの顔を見て、心配になった。
この姉弟は、一見仲の良い普通の姉弟だが、姉から弟に対して嗜虐と支配の欲望を向けられている。
こんな歪な姉弟関係で、マーくんは幸せなのだろうか?
「……なあ、マーくんよお。本当にお前はこれでいいのか? こんなに姉さんにいじめられて……(ドS過ぎんだろ……)」
「――――ううん! 全然いいんだ!」
辛い表情をすると思っていたヒロシだが、意外にもマーくんは心から屈託のない笑みを浮かべた。
「ソロル姉さんは、確かにちょっと恐いけど……魔法使いの師匠として尊敬してるし……僕にとって唯一の大好きな姉さんなんだ!!」
「まあ! マーくんったら!」
ソロルは愛しそうにマーくんの頭をくしゃくしゃ撫でる。マーくんは照れながら机に戻った。
マーくんに聞こえぬよう、小さな声でソロルはヒロシにこう言った。
「……確かにマーくんをいじめていることに……私は罪を感じてるわ。同時に、自分の目を背けたくなるような性癖も……でもね」
ソロルは目を伏している。
「……私たち姉弟には両親がいないの。まだ幼いあの子は、その空虚感に負けそうになって……本当は無気力状態になってしまいそうなの。その様子を見て、私は思った」
「…………」
「『この子は、私が目いっぱい構ってあげないと駄目だ』って。でないと、決して優しいとはいえないこの世の中であの子は潰れてしまう。やり方が過激なのは解ってる……それでも、せめてあの子が自立して覇気を得るようになるまでは……私が目いっぱい可愛がらないといけないの。自立さえ出来れば……私も接し方を改めるつもりよ」
「……そうだったのか」
「どう他人に軽蔑されても構わないわ。それでも、これが私たちなりの幸せの求め方なの。貴方もそうでしょう? 傾奇者としての挑戦と、自分なりの幸せを求めて……人は幸せの形は違っても、その必死さは同じはずよ」
ソロルは初めて、憂いを帯びた弱々しい笑みを浮かべた。
「……俺の幸せは、俺が手に入れる。他人がマジで生きようとしてるのを咎めるつもりまではねえよ――――疑ってすまなかった」
ヒロシは単なる戯れではなく、これも姉弟の愛情の形だと、認め切れない部分はありつつも、その人格の貴賎を疑った非礼を詫びた。
「……いいのよ。こんな生き方しか出来ない私も無力なの――――さあ! これで用事はおしまい! 張り切ってまずは予選突破。頑張って!!」
ヒロシは、少し複雑な想いを胸にしつつも、新たな収穫を手に……魔法屋『シュシュ』を後にした。
『マーくんの超!! 聖水』入り小瓶を五本手に入れ、さらに指定した対象を加速・減速出来る『魔法の腕時計』を手に入れた!!
――――現在ヒロシの傾奇ポイント百八十五ポイント。予選終了まで三時間ちょうど。予選通過に必要な傾奇ポイント百十五ポイント――――
簾の掛かった出入口を潜るとすぐ目の前にカウンターがあり、両脇には何やら魔術書や参考書らしき類いの本が棚にきちんと整頓されて入っている。
ソロルはカウンターの上に貼り付けていた『只今休憩中。十分後には戻ります』の書き置きを外し、自身はカウンターの後ろに廻り、椅子に腰掛けて接客の姿勢を取った。
「あ! 僕も勉強の続きしなきゃ!」
マーくんも店の奥に入り、勉強机に向かって何やら読書とノート取りを始めた。店の奥は居住スペースらしく、玩具やゲーム、テレビなどもある。微かに見える奥の本棚には漫画やアニメのDVDも見える。
「……さて! 改めて魔法屋『シュシュ』へようこそ! お大尽である貴方には最高のサービスをさせてもらうわ!」
「あ、ありがとよ」
高価な宝石を渡したとはいえ、全財産まで渡したわけではない。そのことに多少は後ろ髪を引かれる思いのヒロシだったが、弟に対して嗜虐の悦びに浸っている姉と、その姉に戦闘ではまず敵わないことを考えて割り切った。
「そうねえ……まずは、マーくんの聖水を採取するのを手伝ってもらえた御礼に……上位錬成した聖水をプレゼントしましょうかね!」
「い? でも、聖水は今渡したばっかじゃ――」
「ふふ。いいから見てて」
そう言うとソロルはたった今採取したばかりのマーくんの聖水を何やら古めかしい釜に注ぎ……さらに傍に置いてある試験管に入った紫色の溶液を足して……両手をかざして呪文を唱え始めた。
「……我が手の下の秘薬は清らなる君子の魂と冷厳なる龍脈の恵み……水と大地の精霊の御業を以て……濃醇なる宝薬と倍加への贄と捧げん……エクマンサンシーフォーメーラーサンダーラー……」
呪文を唱えながら、両手で螺旋を思わせる魔力の軌跡を描きながら指を滑らかに動かす……。
「……我、ここに精霊より秘術の行使への契りを得たり……はぁっ!!」
――――そうソロルが叫ぶと、釜から眩い光が溢れ出した! 思わず目を細めるヒロシ。
「む……う……?」
光が収まってから再び目を開くと――――一瞬のうちにカウンターの上にはガラスの小瓶が無数に並んでいた。
「ふむ……ちょうど十本は錬成できたか……上出来ね♪」
秘術の成果に満足したのか、ソロルは得意気そうに鼻を鳴らした。
「はい! この小瓶を……よっと、五本差し上げます」
「……これは、何なんだ?」
ヒロシの問いに、ソロルは先ほど路地裏で見せた意地の悪そうな邪悪な笑みを浮かべる。
「うふふ……これはマーくんの聖水をベースに、倍加と凝縮の薬品を私の魔術で錬成した宝薬……その名も!!」
「……その名も!?」
もったいぶって回答に溜めを作るソロルにヒロシが鸚鵡返しに訊く。
「その名も――――『マーくんの超!! 聖水』よッ!!」
「まんまじゃあねえかーっ!!」
もっともなヒロシの突っ込みを流しつつ、ソロルは手早く半分の五本をカウンターの内側にある棚に仕舞った。
「うふふふふふ……ただのマーくんの聖水ではないわ……通常よりも遥かに臭素、色素、栄養素、精神エネルギー、そして旨味を極限まで凝縮したスペシャルな薬品よ!!」
「「旨味!?」」
ヒロシと店の奥にいるマーくんが同時に叫ぶ。
(OH MY GOD……飲用としても考慮されてんのかよ……どっちにしろ――――)
「『どっちにしろ、俺は使う気がしない。』……そう思った? ふくく」
「エッ!?」
自分の思考を先読みしたソロルに思わずヒロシは声を漏らす。ソロルは邪悪さと思い遣りが半々といった感じの妙な表情をしている。
「確かに飲んでしまっても身体に害は一切ないわ。むしろ魔力の籠った宝薬は、飲んだ者にとてつもないエネルギーを与えるでしょうね。でも、それよりも――――」
「……それよりも?」
またも鸚鵡返ししてしまうヒロシ。
「――――この宝薬は、何かと取引や交渉に使えるはずよ。単なる飛び道具や触媒はもちろん……例えば、美少年に特別な欲望を抱いている性癖の持ち主にもね。私のように……ふふふふふふふ」
「な、なるほど」
ヒロシは堪え切れずに欲情したソロルの恍惚とした表情にドン引きしつつも、使い道はあるものだ、と妙に納得し『マーくんの超!! 聖水』入りの小瓶を五本受け取った。
「ああ、それからこれも! こっちは宝石をくれた御礼に」
「……?」
まだ何かあるのか、と不思議に思うヒロシに、ソロルは同じくカウンターの内側に鎮座しているダイヤル式金庫の鍵を解除し……中身を取り出して見せた。
「この魔法の腕時計を差し上げます!」
「……腕時計?」
ソロルが取り出し、カウンターの上に置いた物は、一見普通の金属製の腕時計だった。
「魔法の腕時計? 見た目、普通の腕時計みてぇだけど……」
「ふふん。この腕時計には……特別なチカラが備わっているのよ! 例えば――――あそこにカップ麺があるわよね? これを……」
ソロルは徐ろにカップ麺を持ってきて、傍のケトルに煮えていた熱湯を注いで適当な大きさの皿で蓋をした。
「通常ならほど良い状態になるのに三分はかかるカップ麺。でも、この腕時計を持って念じれば……」
「……?」
ソロルは腕時計を持ってひと呼吸した。たったそれだけだ。
「はい! 完了!」
「へ? 完了ってまさか……」
「そのまさかよ」
つい数秒前に熱湯を入れたばかりのカップ麺。熱湯が乾麺に水分を与えるどころか、まだ容器の底まで熱湯が達していないはず。
達していないはず――――そのカップ麺の蓋を取れば、その予測は裏切られる。
そう。つい数秒前に湯を注いだばかりのはずのカップ麺が、食べ頃の状態になっているのだ!
「す、すげえ! こいつは――――」
「ふふ、それだけじゃあないわ。あの振り子時計。振り子の動きを見て」
今度は壁に掛けてある振り子時計を見遣り、同じく腕時計を持ってひと呼吸念じる。
振り子時計は規則正しく振り子を振り、無機的に時を刻んでいる。
――――と、思いきや……振り子が振れるペースが目に見えて遅くなった! きっかり一秒間隔で振れるはずの振り子時計が、ひと振りするのに三秒はかかっている…………。
「マジかよ……この腕時計……時間を操れるのかよ!?」
「うーん……それはちょっと言い過ぎね……」
ソロルはカウンター越しにヒロシに向き直り、腕時計を置く。
「この腕時計は厳密には『指定した対象一体のみの時間を加速・減速出来る』の。某奇妙な冒険漫画の悪役みたいにこの世の時間そのものを操る、とまではいかないのよ。それに……」
「それに!?」
「この腕時計のチカラを引き出すには傾奇のエネルギーが要る。対象の大きさと質量、構造の複雑さでも必要なエネルギー量は全然違う。この小さめのカップ麺が煮える状態まで加速するのに……傾奇メーターから見て大体十ポイント。振り子時計を減速するなら三十ポイントぐらいかな」
「傾奇ポイントに依るのか……いや、それでもすげえよ、この腕時計……」
「貴方の今の傾奇ポイントは?」
「そ、そりゃ、えーっと……これぐらいだ!」
ヒロシは慌ててメーターをソロルに見せる。
「ふーん。百八十五ポイントか……今のままなら、ほぼ使い物にはならないわね。このカップ麺を一瞬で食べ頃にするのには百ポイント以上は必要ね」
「そ、そっか」
「でも安心して。この腕時計は使っても溜めた傾奇ポイントそのものは消費しないわ。必要なエネルギーに応じたポイントが必要なだけ。それに、裏を返せばどんどん傾奇ポイントを溜めていけば、一瞬でもっと長く、もっと大きく指定した対象の時間を加速・減速出来るのよ。貴方の努力次第ね」
一通り説明し終わると、改めてソロルは腕時計をヒロシに手渡す。
「貴方も傾奇者として『祭り』で優勝を目指すんでしょう? 私たち姉弟も観客席から応援してるわね!」
先ほどまでの殺気立った雰囲気はどこへやら。ソロルは聖水を入手出来たことと思わぬ臨時収入による喜びですっかりヒロシに対しフレンドリーに接してくる。
多少現金な印象を受けたが、思わぬ援助にヒロシは素直にソロルに感謝した。
「ありがとよ! アンタには負けたが、本選ではいっちょ派手にキメて見せるぜ!」
「はい! 幸運を!」
「よっとっと、兄さん、頑張ってねー!」
ヒロシが去ろうとするとマーくんも見送りに出てきた。
ヒロシは改めてマーくんの顔を見て、心配になった。
この姉弟は、一見仲の良い普通の姉弟だが、姉から弟に対して嗜虐と支配の欲望を向けられている。
こんな歪な姉弟関係で、マーくんは幸せなのだろうか?
「……なあ、マーくんよお。本当にお前はこれでいいのか? こんなに姉さんにいじめられて……(ドS過ぎんだろ……)」
「――――ううん! 全然いいんだ!」
辛い表情をすると思っていたヒロシだが、意外にもマーくんは心から屈託のない笑みを浮かべた。
「ソロル姉さんは、確かにちょっと恐いけど……魔法使いの師匠として尊敬してるし……僕にとって唯一の大好きな姉さんなんだ!!」
「まあ! マーくんったら!」
ソロルは愛しそうにマーくんの頭をくしゃくしゃ撫でる。マーくんは照れながら机に戻った。
マーくんに聞こえぬよう、小さな声でソロルはヒロシにこう言った。
「……確かにマーくんをいじめていることに……私は罪を感じてるわ。同時に、自分の目を背けたくなるような性癖も……でもね」
ソロルは目を伏している。
「……私たち姉弟には両親がいないの。まだ幼いあの子は、その空虚感に負けそうになって……本当は無気力状態になってしまいそうなの。その様子を見て、私は思った」
「…………」
「『この子は、私が目いっぱい構ってあげないと駄目だ』って。でないと、決して優しいとはいえないこの世の中であの子は潰れてしまう。やり方が過激なのは解ってる……それでも、せめてあの子が自立して覇気を得るようになるまでは……私が目いっぱい可愛がらないといけないの。自立さえ出来れば……私も接し方を改めるつもりよ」
「……そうだったのか」
「どう他人に軽蔑されても構わないわ。それでも、これが私たちなりの幸せの求め方なの。貴方もそうでしょう? 傾奇者としての挑戦と、自分なりの幸せを求めて……人は幸せの形は違っても、その必死さは同じはずよ」
ソロルは初めて、憂いを帯びた弱々しい笑みを浮かべた。
「……俺の幸せは、俺が手に入れる。他人がマジで生きようとしてるのを咎めるつもりまではねえよ――――疑ってすまなかった」
ヒロシは単なる戯れではなく、これも姉弟の愛情の形だと、認め切れない部分はありつつも、その人格の貴賎を疑った非礼を詫びた。
「……いいのよ。こんな生き方しか出来ない私も無力なの――――さあ! これで用事はおしまい! 張り切ってまずは予選突破。頑張って!!」
ヒロシは、少し複雑な想いを胸にしつつも、新たな収穫を手に……魔法屋『シュシュ』を後にした。
『マーくんの超!! 聖水』入り小瓶を五本手に入れ、さらに指定した対象を加速・減速出来る『魔法の腕時計』を手に入れた!!
――――現在ヒロシの傾奇ポイント百八十五ポイント。予選終了まで三時間ちょうど。予選通過に必要な傾奇ポイント百十五ポイント――――
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