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第3話 出逢い
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店主に力なく手を振り、武具店【因果応報】を後にしたヒロシは改めて買った装備と所持金を確認する。
防護ジャケットは結構な重量だ。10kg以上はある。これを着てマラソンでもすればかなりのトレーニングになるであろうほどの負荷だ。
もちろん、その分防御は万全だ。これを羽織った胴体にはその辺にあるような刃物はおろか、銃弾ですらも通さないだろう。
ヒロシは、「日ノ本もアメリカに負けずおっかねえ国になったな」と一言呟き、次に木刀を握ってみた。
さっき触った太刀より断然軽い。あっちは鋼でこっちは木材。当然と言えば当然だ。
だが、子供の頃から玩具代わりに振るったことのある得物。その硬さと重量をよく確かめてみれば――――十分に武器になる。そうヒロシは理解した。
元々、木刀とは剣士が鍛練のために振るう物だが、真剣のように刃こそ無いものの力自慢が敵の脳天に振り下ろすだけで簡単に人間を殺せる。切れ味が無くとも十分に凶器なのだ。
むしろ、この重量に多少なりとも慣れているヒロシにとっては太刀よりこちらの方が扱いやすいかもしれない。ヒロシは店の前で何度か振ってみてそう感じた。
これならば、セラミックのアタッチメントやら何やらを用いずとも自分の身を守り、かつ敵を殺さずに済む。
日ノ本人の魂たる太刀を持てないのは悔しいがヒロシはこれが正解だ、と納得することにした。
店主からのサービスで貰った傷薬五個。どうやら外科手術に用いられるほどの止血・消毒効果のある高級軟膏のようだ。
今日日はアメリカに匹敵する凶悪事件も頻発する日ノ本。それに何とか追いすがるように日ノ本の医術や薬学は進歩を続けている。
もちろん、重傷を負うような揉め事は避けたいが、これは頼りになる――――ヒロシは一人傷薬のラベルの説明文を読んで頷いた。
所持金は……一万三千五百YEN。大した買い物は出来ないだろうが、これ以上全く何も買えないというほどでもない。
「さて……何処に行くか……」
防護ジャケットの重みを背に感じ、腰に木刀を提げて次の目的を考える。
顎に手を当て、しばしその場で沈思黙考する。
(……俺は父さんや母さんからこの街のことは少しは聞いてきた。だが、やっぱ自分で街を歩いてみないことにはわからねえことだらけだぜ)
ヒロシは確かに日ノ本人の父とその妻、夫婦で『祭り』に優勝した両親からこの街の話を聞いてはいた。
だが、ヒロシの家の家訓……『財産は軽々しく譲渡しない』ことを筆頭に余程の非常時でない限り『自分の代の人生は自分で努力して何とかせよ』という自立する為の掟もあった。
故に、ヒロシは『祭り』とカオスシティに関して攻略に何らかのアドバンテージになるような情報は持っていない。両親から漠然としたイメージを教わった程度である。
この街について、実感を伴った情報が欲しい……さっきの店主から受けたようなこの街の傾奇者の印象を。
――――人間の印象を知りたい。
ならば、人が集まる所にでも出向けば良いのではないか?
(人が集まって話し合う場所……まだ陽は高いけど、BARでも探してみっかな)
ヒロシは人が集まり自由に歓談する場……大衆酒場のような店を求め、歩き始めた。
――――
――――――――
――――――――――――
中心街ゆえか、それらしき酒場もすぐに見つかった。
そこは小さなガーデニングやアールデコ調のデザインや装飾が散りばめられたお洒落な店……小さめのドアの上に『BAR・マインドトリップ』と刻まれた金属のプレートが鋲で以て打ち付けられている。傍らには和製イタリア風料理などのメニューが書かれた黒板も置かれている。
ヒロシは期待を持ってドアを開ける。
中にはピアノ演奏による小粋な旋律が響き渡っていて、小さいながらも店の品性の高さをさらに倍にしている。
中へ入り二、三歩進むと、料理も人気だからなのかはわからないが結構な数の客が飲食と、一心不乱に演奏する金髪の女性、そしてピアノの側のお立ち台で長い髪を振り乱して踊るダンサーを楽しんでいる様子だった。
(……BARに来て何も頼まずに客の話だけ聞いていくのは無粋だよな。俺も何か頼むか)
ヒロシは出入り口から真っ直ぐ進み、店内の全景が見渡せる場所を探し……店主と思しき佇まいのママさんが内側に立つカウンターへ歩を進めた。
「ありゃ。見ない顔だねえ。いらっしゃーい、ゆっくり飲んでいってね~」
ママさんは煙管をふかしながらやんわりとした調子でヒロシを迎えた。
そのカウンターの中央には、長めの黒髪の女性が座っている。
「邪魔するぜ……君、隣いいか?」
ヒロシは女性の隣まで歩み寄り尋ねる。
「あら。いいですよ~。たまには他所から来た人と飲みたいわ~」
女性は笑顔で答えてくれた。
「Excuse me……失礼するぜ、よっ、と……」
ヒロシは、女性の隣の席に腰掛ける。
「そうだな……俺はイタメシが好きなんだ。ママさん、軽食程度に良いメニューはあるかい? 酒は……赤ワイン頼むぜ」
「赤ワインね……軽食ぐらいなら、ウチのオリジナルピザとチーズオムレツなんかどうだい?」
「おお、そりゃ好物だぜ。それで頼む」
「あいよ~」
ママさんは返事をして、同じカウンター内の従業員に指示し、自身はワインを用意する。
「……貴方、ワイン好きなの?」
隣で一服する女性が穏やかに話しかける。
「おう。ワインと言わずビールに日本酒にリキュール。何でも好きだぜ」
「へえ~。私と同じね……」
女性は優しく微笑んで、手元のグラスを傾け、一口飲む。
――――ヒロシは奇妙な感覚を覚えた。
傍らで酒を嗜むこの女性からは、えも言われぬ安らいだ雰囲気を感じる。
その佇まいからは何年も親交を深めた友人とも、この歳まで散々面倒を見てくれた両親ともどこが違う親しみを感じたのだ。
「……あんた……えっと……傾奇者、か?」
ヒロシは的外れな気もしたが、その独特の雰囲気を持つ女性に、カタギの人間とは違う傾奇者なのか、確かめてみた。
「あら? そう見える~? ふふ。確かに『祭り』は毎年観にいってるし、この街に馴染みは深いけど傾奇者ってわけじゃあないわよぉ」
やはりというべきか、女性は傾奇者ではないと言う。
「……すまねえ。傾奇者って言われて嫌がるヤツもいるよな」
「私は気にしないわ。『祭り』を楽しみに毎年この街に来てるんだもん。むしろ傾奇者に間違われるなんて嬉しいくらいよ」
と、そこへママさんが丁寧な手さばきでグラスを差し出す。
「はい兄さん、赤ワインお待ち~。ピザとオムレツはもうちょい待ってねー」
「あ? ……ああ、ありがとう、ママさん……」
ヒロシはグラスを手に持つ。
「……貴方、イタメシ好きなのね~?」
女性が興味深そうにヒロシの顔を覗き込んで問う。
「……昔、こんな感じのBARでバイトしててな……イタメシ料理は一通りそこで身に付けた。今もたまに自分で作るぜ」
「へえ~! すごーい。何だかお洒落ねー」
「……両親からは、やれ、脂分が多すぎだの、野菜が足りないだの文句言われっけどな。俺が俺の為に楽しんで作ってんだよ。とやかく言われる道理はねえ」
「ふうん。私は料理全然駄目! 外食か親に作ってもらってばっかりなの。これでも練習してるんだけどね~……」
女性は大袈裟に伸びをする。ヒロシに対して何の警戒心も抱いていないようだ。むしろ親しげですらある。
「……あんた、何て名前だ? 俺はヒロシ。アメリカから『祭り』に参加しにこの街に来たんだよ」
何となく、この女性はこちらも警戒心の類いは持たなくていいような気がする――――そんな気がして、ヒロシは名を名乗った。
「まあ! 貴方アメリカからわざわざ!? へー! 日ノ本言葉、上手ー! 私はこの日ノ本の貿易都市・コウベから毎年来てるの――――名前は、アオザワ=ユカリっていうの!」
女性との間に何か奇妙な予感、のようなモノをヒロシは感じた。コウベは父・トオルがアニメーターとしてよく勤めたスタジオのある街だからだ。
――――予選終了まであと四時間三十九分――――
防護ジャケットは結構な重量だ。10kg以上はある。これを着てマラソンでもすればかなりのトレーニングになるであろうほどの負荷だ。
もちろん、その分防御は万全だ。これを羽織った胴体にはその辺にあるような刃物はおろか、銃弾ですらも通さないだろう。
ヒロシは、「日ノ本もアメリカに負けずおっかねえ国になったな」と一言呟き、次に木刀を握ってみた。
さっき触った太刀より断然軽い。あっちは鋼でこっちは木材。当然と言えば当然だ。
だが、子供の頃から玩具代わりに振るったことのある得物。その硬さと重量をよく確かめてみれば――――十分に武器になる。そうヒロシは理解した。
元々、木刀とは剣士が鍛練のために振るう物だが、真剣のように刃こそ無いものの力自慢が敵の脳天に振り下ろすだけで簡単に人間を殺せる。切れ味が無くとも十分に凶器なのだ。
むしろ、この重量に多少なりとも慣れているヒロシにとっては太刀よりこちらの方が扱いやすいかもしれない。ヒロシは店の前で何度か振ってみてそう感じた。
これならば、セラミックのアタッチメントやら何やらを用いずとも自分の身を守り、かつ敵を殺さずに済む。
日ノ本人の魂たる太刀を持てないのは悔しいがヒロシはこれが正解だ、と納得することにした。
店主からのサービスで貰った傷薬五個。どうやら外科手術に用いられるほどの止血・消毒効果のある高級軟膏のようだ。
今日日はアメリカに匹敵する凶悪事件も頻発する日ノ本。それに何とか追いすがるように日ノ本の医術や薬学は進歩を続けている。
もちろん、重傷を負うような揉め事は避けたいが、これは頼りになる――――ヒロシは一人傷薬のラベルの説明文を読んで頷いた。
所持金は……一万三千五百YEN。大した買い物は出来ないだろうが、これ以上全く何も買えないというほどでもない。
「さて……何処に行くか……」
防護ジャケットの重みを背に感じ、腰に木刀を提げて次の目的を考える。
顎に手を当て、しばしその場で沈思黙考する。
(……俺は父さんや母さんからこの街のことは少しは聞いてきた。だが、やっぱ自分で街を歩いてみないことにはわからねえことだらけだぜ)
ヒロシは確かに日ノ本人の父とその妻、夫婦で『祭り』に優勝した両親からこの街の話を聞いてはいた。
だが、ヒロシの家の家訓……『財産は軽々しく譲渡しない』ことを筆頭に余程の非常時でない限り『自分の代の人生は自分で努力して何とかせよ』という自立する為の掟もあった。
故に、ヒロシは『祭り』とカオスシティに関して攻略に何らかのアドバンテージになるような情報は持っていない。両親から漠然としたイメージを教わった程度である。
この街について、実感を伴った情報が欲しい……さっきの店主から受けたようなこの街の傾奇者の印象を。
――――人間の印象を知りたい。
ならば、人が集まる所にでも出向けば良いのではないか?
(人が集まって話し合う場所……まだ陽は高いけど、BARでも探してみっかな)
ヒロシは人が集まり自由に歓談する場……大衆酒場のような店を求め、歩き始めた。
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中心街ゆえか、それらしき酒場もすぐに見つかった。
そこは小さなガーデニングやアールデコ調のデザインや装飾が散りばめられたお洒落な店……小さめのドアの上に『BAR・マインドトリップ』と刻まれた金属のプレートが鋲で以て打ち付けられている。傍らには和製イタリア風料理などのメニューが書かれた黒板も置かれている。
ヒロシは期待を持ってドアを開ける。
中にはピアノ演奏による小粋な旋律が響き渡っていて、小さいながらも店の品性の高さをさらに倍にしている。
中へ入り二、三歩進むと、料理も人気だからなのかはわからないが結構な数の客が飲食と、一心不乱に演奏する金髪の女性、そしてピアノの側のお立ち台で長い髪を振り乱して踊るダンサーを楽しんでいる様子だった。
(……BARに来て何も頼まずに客の話だけ聞いていくのは無粋だよな。俺も何か頼むか)
ヒロシは出入り口から真っ直ぐ進み、店内の全景が見渡せる場所を探し……店主と思しき佇まいのママさんが内側に立つカウンターへ歩を進めた。
「ありゃ。見ない顔だねえ。いらっしゃーい、ゆっくり飲んでいってね~」
ママさんは煙管をふかしながらやんわりとした調子でヒロシを迎えた。
そのカウンターの中央には、長めの黒髪の女性が座っている。
「邪魔するぜ……君、隣いいか?」
ヒロシは女性の隣まで歩み寄り尋ねる。
「あら。いいですよ~。たまには他所から来た人と飲みたいわ~」
女性は笑顔で答えてくれた。
「Excuse me……失礼するぜ、よっ、と……」
ヒロシは、女性の隣の席に腰掛ける。
「そうだな……俺はイタメシが好きなんだ。ママさん、軽食程度に良いメニューはあるかい? 酒は……赤ワイン頼むぜ」
「赤ワインね……軽食ぐらいなら、ウチのオリジナルピザとチーズオムレツなんかどうだい?」
「おお、そりゃ好物だぜ。それで頼む」
「あいよ~」
ママさんは返事をして、同じカウンター内の従業員に指示し、自身はワインを用意する。
「……貴方、ワイン好きなの?」
隣で一服する女性が穏やかに話しかける。
「おう。ワインと言わずビールに日本酒にリキュール。何でも好きだぜ」
「へえ~。私と同じね……」
女性は優しく微笑んで、手元のグラスを傾け、一口飲む。
――――ヒロシは奇妙な感覚を覚えた。
傍らで酒を嗜むこの女性からは、えも言われぬ安らいだ雰囲気を感じる。
その佇まいからは何年も親交を深めた友人とも、この歳まで散々面倒を見てくれた両親ともどこが違う親しみを感じたのだ。
「……あんた……えっと……傾奇者、か?」
ヒロシは的外れな気もしたが、その独特の雰囲気を持つ女性に、カタギの人間とは違う傾奇者なのか、確かめてみた。
「あら? そう見える~? ふふ。確かに『祭り』は毎年観にいってるし、この街に馴染みは深いけど傾奇者ってわけじゃあないわよぉ」
やはりというべきか、女性は傾奇者ではないと言う。
「……すまねえ。傾奇者って言われて嫌がるヤツもいるよな」
「私は気にしないわ。『祭り』を楽しみに毎年この街に来てるんだもん。むしろ傾奇者に間違われるなんて嬉しいくらいよ」
と、そこへママさんが丁寧な手さばきでグラスを差し出す。
「はい兄さん、赤ワインお待ち~。ピザとオムレツはもうちょい待ってねー」
「あ? ……ああ、ありがとう、ママさん……」
ヒロシはグラスを手に持つ。
「……貴方、イタメシ好きなのね~?」
女性が興味深そうにヒロシの顔を覗き込んで問う。
「……昔、こんな感じのBARでバイトしててな……イタメシ料理は一通りそこで身に付けた。今もたまに自分で作るぜ」
「へえ~! すごーい。何だかお洒落ねー」
「……両親からは、やれ、脂分が多すぎだの、野菜が足りないだの文句言われっけどな。俺が俺の為に楽しんで作ってんだよ。とやかく言われる道理はねえ」
「ふうん。私は料理全然駄目! 外食か親に作ってもらってばっかりなの。これでも練習してるんだけどね~……」
女性は大袈裟に伸びをする。ヒロシに対して何の警戒心も抱いていないようだ。むしろ親しげですらある。
「……あんた、何て名前だ? 俺はヒロシ。アメリカから『祭り』に参加しにこの街に来たんだよ」
何となく、この女性はこちらも警戒心の類いは持たなくていいような気がする――――そんな気がして、ヒロシは名を名乗った。
「まあ! 貴方アメリカからわざわざ!? へー! 日ノ本言葉、上手ー! 私はこの日ノ本の貿易都市・コウベから毎年来てるの――――名前は、アオザワ=ユカリっていうの!」
女性との間に何か奇妙な予感、のようなモノをヒロシは感じた。コウベは父・トオルがアニメーターとしてよく勤めたスタジオのある街だからだ。
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