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第2話 日ノ本男子の魂
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武具を扱う店は意外と近くにあった。
公園を北へ抜けてすぐ、『刀剣、ミリタリー、護身用品、その他装飾品を取り扱っております!武具店【因果応報】より!』と書かれた看板が立つ店舗が見えた。
(どの程度の武具が手に入るかわかんねえが……取り敢えず入ってみるか……)
ヒロシは迷っている時間も惜しい、とばかりに店の扉を開いた。
「いらっしゃーいっ! 【因果応報】へようこそーお!」
店の中に入るとすぐにハンチング帽を被り髭を蓄えた、小太りの店主が元気な声で出迎えてくれた。
「おう、おやっさん。適当に身を守れる装備はねえかな?」
武具を扱う店なので警戒され邪険に扱われると思っていたのだが、店主のフレンドリーな態度にヒロシはフランクに要望を伝えた。
「んん? 兄さん、この街の人じゃあねえな……観光客かい?」
「観光客……へへ、それだけで済んでりゃあ苦労はねえってな」
「……ははあ。兄さんも傾奇者かい。『祭り』で一働きしようってのかい」
「まあな」
ヒロシと店主は共にニヤリと笑みを浮かべる。
どうやら、武具を求めに来る傾奇者は少なくないようだ。店主は日常茶飯事、と言った風情でお勧めの商品を運んでくる。
「なら、これはどうだい! 銘はねえが、なかなかの切れ味だぜ。殺傷力を抑えるために刃にセラミックのアタッチメントも付けられるぜ」
店主はまず、この日ノ本が戦乱の世だった時代には世界一切れ味が鋭いとされていた刃物――――無銘の太刀を見せてきた。
「おお、これが日ノ本の太刀かよ……持ってみていいか?」
「どうぞどうぞ。なんなら、そこの練習台で切れ味を試してみてもいいぜ!」
「よっ、と……やっぱカタナは重てえな……ありがたく試させてもらうぜ」
店主は店の空間が広い位置に、中心に棒を通して立ててある革の塊を指差す。中は緩衝材がぎっちりと詰められているようだ。
ヒロシは練習台に歩み寄り、太刀を構えた。
「……ふーっ……はあっ!!」
ひと呼吸の後、裂帛の気合いと共に太刀を袈裟型に振った。
――――ヒロシは剣術を修めているわけではない。日ノ本人の父に憧れ、せいぜい木刀を趣味の延長で振るった程度だ。
それでも――――
「……おお……何て切れ味だ……真っ二つかよ…………」
言うが早いか、力任せに振った太刀は、しゅぱっ、と薄く切れる音を立てた。剣術を齧った程度のヒロシの腕力でも練習台をスッパリと両断してしまった。緩衝材の繊維が舞う。
「よっ! 兄さんやるねえ! お見事!」
「はは、すっげえな!!」
想像以上の太刀の切れ味にヒロシは小躍りする。これさえあれば護身は充分――――否、付属のアタッチメントを付けなければ頑強な猛者ですら簡単に殺せてしまう――――ヒロシはそう思った。
「だがな、兄さんよ。太刀を扱える奴はこの街にゃあ沢山いるのさ……どうだい? この防護ジャケットと併せて買ってみれば、なあ?」
店主はすかさず防護材がみっちり詰まったジャケットを見せてきた。防護材の鈍い音が鳴る。
「そうだな……じゃあ、さっそく……頂いちまおうかな」
「兄さん、免許は持ってるよな?」
今だに銃社会が取り沙汰されるヒロシの故郷・アメリカ。ヒロシ自身も刀剣や銃器の類いの免許は当然のように持っていた。
懐から取り出し、免許を見せる。
「拝見するぜ……ほーう、兄さんアメリカから来たのかい。日ノ本語(ひのもとことば)上手だねえ……うん、問題ねえ」
店主は免許を確認し、ヒロシに返す。
「さて! 太刀を一本に防護ジャケットのセットだ。併せて……十五万八千YENになるぜ!」
「う……」
ここでヒロシは重大な見落としをしていた。
――――金が全く足りない。
長らくアメリカに住んでいたヒロシは、日ノ本の物価がどういうものか想像もつかなかったのだ。
入国する際に、手持ちのアメリカドルはほぼ全て日ノ本YENに換金したのだが――――せいぜい、五万YEN程度しかない。
どうする? 所持金が全然足りないぞ。
――――待てよ。
簡単なことではないか。
「こうすりゃあ、よお!」
ヒロシは手に持っていた太刀を、そのまま店主の眉間に突き付けた!
「なっ……ひやあああアアアア、強盗だァーーーッ!!」
「強盗じゃあないぜ……俺はただこの太刀をあんたの方に向けただけだ。この切っ先の行方は、そうだな……この店の商品を……一点あたり十YENに負けてくれりゃあ、安全な方向へ変えてもいいぜ」
ヒロシと店主の間に、ビリビリと殺気と緊張感が張り詰める。
「むぐぐぐっ…………エエーい、持ってけ、このヒョットコがアーッ!!」
そして、店主は観念して店中の貴重な商品を次々とヤケ気味にヒロシに放り投げた。
「ふはは……はーっはっはっはっ!!」
ヒロシの高笑いが店中に響き渡る――――
――――
――――――――
――――――――――――
(……って出来たらいいのになあ~ッ!)
そんな非人道的な空想を思い浮かべたものの、ヒロシはぐっと堪えた。
もしかしたら、こうすることで『傾いた』ことになり、いくらか傾奇ポイントも貯まるかもしれない。
だが、ヒロシは気付いてしまった。
――――店の奥の奥に、得体の知れない被り物をした男が仁王立ちしていることに。
その男は某映画泥棒撲滅キャンペーンで、映画館で映画を観る際に本編の前に必ず登場するカメラの被り物をしたキャラクターに酷似していた。男は被り物のレンズを銃器のように構え、こちらを注視している。
どんな仕込みをしているのかは解らない。
解らないが、その被り物のガードマンからはとてつもない殺気を向けられているのをヒロシは感じる。
どうやら店主が太刀を渡した瞬間から既に臨戦態勢には入っていたらしい……。
(……駄目だ。ここでそんな傾奇をやっちゃ、きっと俺は殺される。それも息をつく暇もなく瞬殺で)
ヒロシは肩の力を抜き、嘆息した。そして店主に告げる。
「……すまねえおやっさん。持ち合わせがねえや……そっちの防護ジャケットだけならいくらだ?」
「なんだ、せっかく来たのに刀買えねえのか? ジャケットだけなら……四万五千八百YENだが……」
日ノ本人の魂・太刀。男なら誰もが一度は憧れる武器・太刀。
今は手に入らないとわかり、ヒロシはガッカリした表情で答える。
「……ああ……それでいい。防護ジャケットだけ買うよ……」
しゅん、と意気消沈したヒロシの顔を見て、店主は豪快に笑い飛ばした。
「おいおい、なんだいなんだい! 急にしょぼくれた顔してよお! ……ようし! わざわざアメリカから来て、『祭り』を目指す兄さんに、サービスしてやろう!」
「えっ……マジか!?」
店主は商品棚をまさぐり、何やら布袋を取り出した。
(ま……まさか、特別に太刀を譲ってく――――)
「ほれ! 防護ジャケットに、この傷薬と木刀を付けて……出血大サービスっ! セットで四万YENポッキリだ! どうだ!?」
一瞬期待してしまったヒロシはズルっ、とよろめいてしまった。力なく返答をする。
「……ああ……ありがとよおやっさん……恩に着るぜ……」
「おう! まいどー!」
(……これじゃあ、この店のおやっさんの方が傾奇者らしいぜ……ちくしょう…………ん?)
すると、店主の胸元が何やら温かな緑色の光を放った。
「お? おほほ、よっしゃ! 十五ポイントゲットだぜ。ガハハ!」
そう言うと店主は胸元からヒロシと同じ測定器――――傾奇メーターを取り出し、微笑んだ。
「今年は良いセン行きそうだぜ! 予選通過ぐれえは出来るかな? 兄さんも頑張れよ! ほい、お勘定」
なんと、店主も『祭り』を目指して予選の最中の傾奇者だったのだ。
「……く……この街……そしてこの街の人たちは……深いぜ…………」
店主の傾奇者としての粋な計らいにブツブツと呟き、早くも敗北にも似た感覚を味わいながら、ヒロシは財布からユキチが刷られた紙を四枚取り出した――――
防護ジャケットと木刀、そして傷薬を五個手に入れた!
――――予選終了まであと四時間五十四分――――
公園を北へ抜けてすぐ、『刀剣、ミリタリー、護身用品、その他装飾品を取り扱っております!武具店【因果応報】より!』と書かれた看板が立つ店舗が見えた。
(どの程度の武具が手に入るかわかんねえが……取り敢えず入ってみるか……)
ヒロシは迷っている時間も惜しい、とばかりに店の扉を開いた。
「いらっしゃーいっ! 【因果応報】へようこそーお!」
店の中に入るとすぐにハンチング帽を被り髭を蓄えた、小太りの店主が元気な声で出迎えてくれた。
「おう、おやっさん。適当に身を守れる装備はねえかな?」
武具を扱う店なので警戒され邪険に扱われると思っていたのだが、店主のフレンドリーな態度にヒロシはフランクに要望を伝えた。
「んん? 兄さん、この街の人じゃあねえな……観光客かい?」
「観光客……へへ、それだけで済んでりゃあ苦労はねえってな」
「……ははあ。兄さんも傾奇者かい。『祭り』で一働きしようってのかい」
「まあな」
ヒロシと店主は共にニヤリと笑みを浮かべる。
どうやら、武具を求めに来る傾奇者は少なくないようだ。店主は日常茶飯事、と言った風情でお勧めの商品を運んでくる。
「なら、これはどうだい! 銘はねえが、なかなかの切れ味だぜ。殺傷力を抑えるために刃にセラミックのアタッチメントも付けられるぜ」
店主はまず、この日ノ本が戦乱の世だった時代には世界一切れ味が鋭いとされていた刃物――――無銘の太刀を見せてきた。
「おお、これが日ノ本の太刀かよ……持ってみていいか?」
「どうぞどうぞ。なんなら、そこの練習台で切れ味を試してみてもいいぜ!」
「よっ、と……やっぱカタナは重てえな……ありがたく試させてもらうぜ」
店主は店の空間が広い位置に、中心に棒を通して立ててある革の塊を指差す。中は緩衝材がぎっちりと詰められているようだ。
ヒロシは練習台に歩み寄り、太刀を構えた。
「……ふーっ……はあっ!!」
ひと呼吸の後、裂帛の気合いと共に太刀を袈裟型に振った。
――――ヒロシは剣術を修めているわけではない。日ノ本人の父に憧れ、せいぜい木刀を趣味の延長で振るった程度だ。
それでも――――
「……おお……何て切れ味だ……真っ二つかよ…………」
言うが早いか、力任せに振った太刀は、しゅぱっ、と薄く切れる音を立てた。剣術を齧った程度のヒロシの腕力でも練習台をスッパリと両断してしまった。緩衝材の繊維が舞う。
「よっ! 兄さんやるねえ! お見事!」
「はは、すっげえな!!」
想像以上の太刀の切れ味にヒロシは小躍りする。これさえあれば護身は充分――――否、付属のアタッチメントを付けなければ頑強な猛者ですら簡単に殺せてしまう――――ヒロシはそう思った。
「だがな、兄さんよ。太刀を扱える奴はこの街にゃあ沢山いるのさ……どうだい? この防護ジャケットと併せて買ってみれば、なあ?」
店主はすかさず防護材がみっちり詰まったジャケットを見せてきた。防護材の鈍い音が鳴る。
「そうだな……じゃあ、さっそく……頂いちまおうかな」
「兄さん、免許は持ってるよな?」
今だに銃社会が取り沙汰されるヒロシの故郷・アメリカ。ヒロシ自身も刀剣や銃器の類いの免許は当然のように持っていた。
懐から取り出し、免許を見せる。
「拝見するぜ……ほーう、兄さんアメリカから来たのかい。日ノ本語(ひのもとことば)上手だねえ……うん、問題ねえ」
店主は免許を確認し、ヒロシに返す。
「さて! 太刀を一本に防護ジャケットのセットだ。併せて……十五万八千YENになるぜ!」
「う……」
ここでヒロシは重大な見落としをしていた。
――――金が全く足りない。
長らくアメリカに住んでいたヒロシは、日ノ本の物価がどういうものか想像もつかなかったのだ。
入国する際に、手持ちのアメリカドルはほぼ全て日ノ本YENに換金したのだが――――せいぜい、五万YEN程度しかない。
どうする? 所持金が全然足りないぞ。
――――待てよ。
簡単なことではないか。
「こうすりゃあ、よお!」
ヒロシは手に持っていた太刀を、そのまま店主の眉間に突き付けた!
「なっ……ひやあああアアアア、強盗だァーーーッ!!」
「強盗じゃあないぜ……俺はただこの太刀をあんたの方に向けただけだ。この切っ先の行方は、そうだな……この店の商品を……一点あたり十YENに負けてくれりゃあ、安全な方向へ変えてもいいぜ」
ヒロシと店主の間に、ビリビリと殺気と緊張感が張り詰める。
「むぐぐぐっ…………エエーい、持ってけ、このヒョットコがアーッ!!」
そして、店主は観念して店中の貴重な商品を次々とヤケ気味にヒロシに放り投げた。
「ふはは……はーっはっはっはっ!!」
ヒロシの高笑いが店中に響き渡る――――
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(……って出来たらいいのになあ~ッ!)
そんな非人道的な空想を思い浮かべたものの、ヒロシはぐっと堪えた。
もしかしたら、こうすることで『傾いた』ことになり、いくらか傾奇ポイントも貯まるかもしれない。
だが、ヒロシは気付いてしまった。
――――店の奥の奥に、得体の知れない被り物をした男が仁王立ちしていることに。
その男は某映画泥棒撲滅キャンペーンで、映画館で映画を観る際に本編の前に必ず登場するカメラの被り物をしたキャラクターに酷似していた。男は被り物のレンズを銃器のように構え、こちらを注視している。
どんな仕込みをしているのかは解らない。
解らないが、その被り物のガードマンからはとてつもない殺気を向けられているのをヒロシは感じる。
どうやら店主が太刀を渡した瞬間から既に臨戦態勢には入っていたらしい……。
(……駄目だ。ここでそんな傾奇をやっちゃ、きっと俺は殺される。それも息をつく暇もなく瞬殺で)
ヒロシは肩の力を抜き、嘆息した。そして店主に告げる。
「……すまねえおやっさん。持ち合わせがねえや……そっちの防護ジャケットだけならいくらだ?」
「なんだ、せっかく来たのに刀買えねえのか? ジャケットだけなら……四万五千八百YENだが……」
日ノ本人の魂・太刀。男なら誰もが一度は憧れる武器・太刀。
今は手に入らないとわかり、ヒロシはガッカリした表情で答える。
「……ああ……それでいい。防護ジャケットだけ買うよ……」
しゅん、と意気消沈したヒロシの顔を見て、店主は豪快に笑い飛ばした。
「おいおい、なんだいなんだい! 急にしょぼくれた顔してよお! ……ようし! わざわざアメリカから来て、『祭り』を目指す兄さんに、サービスしてやろう!」
「えっ……マジか!?」
店主は商品棚をまさぐり、何やら布袋を取り出した。
(ま……まさか、特別に太刀を譲ってく――――)
「ほれ! 防護ジャケットに、この傷薬と木刀を付けて……出血大サービスっ! セットで四万YENポッキリだ! どうだ!?」
一瞬期待してしまったヒロシはズルっ、とよろめいてしまった。力なく返答をする。
「……ああ……ありがとよおやっさん……恩に着るぜ……」
「おう! まいどー!」
(……これじゃあ、この店のおやっさんの方が傾奇者らしいぜ……ちくしょう…………ん?)
すると、店主の胸元が何やら温かな緑色の光を放った。
「お? おほほ、よっしゃ! 十五ポイントゲットだぜ。ガハハ!」
そう言うと店主は胸元からヒロシと同じ測定器――――傾奇メーターを取り出し、微笑んだ。
「今年は良いセン行きそうだぜ! 予選通過ぐれえは出来るかな? 兄さんも頑張れよ! ほい、お勘定」
なんと、店主も『祭り』を目指して予選の最中の傾奇者だったのだ。
「……く……この街……そしてこの街の人たちは……深いぜ…………」
店主の傾奇者としての粋な計らいにブツブツと呟き、早くも敗北にも似た感覚を味わいながら、ヒロシは財布からユキチが刷られた紙を四枚取り出した――――
防護ジャケットと木刀、そして傷薬を五個手に入れた!
――――予選終了まであと四時間五十四分――――
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