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2019年10月1日。スペシャリストたち

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 10月1日。

 今日は行きつけの精神病院への通院の日だった。

 いつも早めに診察の時間を予約しているので、大抵は早く済む。

 だが今日は患者が多いのか、予定よりだいぶ遅れた。診察時間自体はいつも5分とかからない塩対応さ加減なのだが、待ち時間が長かった。結果、作業所への出席が20分ほど遅れてしまった。

 精神病院は僕自身が統合失調症の治療の為に通院している身だが、あまりあの場に居たくない。

 なにぶん、患者が皆精神を病んでいるわけだから病院全体の雰囲気が陰鬱だ。中には大声で叫んだり暴れたりする患者もいるし、今日も待ち時間が長いからと一方的に受付にクレームを入れる老婆や、まるで会話が成立せず危うく職員の方と衝突しかけている男もいた。僕は単純に身の危険を感じることもあるので長居はしたくない。

 『そりゃあ、職員や精神科医も塩対応になるよな』ともっともな考えに至る。精神科医と聞くと何となく徳が高そうなイメージを持つ人もいるかもしれないが、実際は非常にドライで感情的になることはまずもって無いような人がほとんどだ。

 それはそうだ。

 精神が病んでいる人に対して、一々同情したり悲しんだりと優しい気持ちで接していたら、やがて医者の方が病気になってしまう。半ば機械的に患者と接する医者を僕は否定出来ないし、診察時間が5分以下の流れ作業だろうが甘んじて受け入れる。

 だが、そんな患者に対する接し方の最適解も納得解もほぼ存在しない現代日本。精神病院というものが、かつては医療施設などではなく、理性を失った患者を檻に閉じ込める収容所だったのも悲しいほどに納得がいってしまう。今現在もそんな人権を知らん顔した収容所が何処かにある、という現状もとても悲しい。困難とはいえ、治療する為に患者は病院を頼るというのに。


 さて、暗い話になりそうだから別の話にしよう……どうもこのエッセイを書き始めてから、最初は世の理不尽に対する文をしたためて『いやいや、これではいかん。暗いぞ』と話題を明るい材料が多く含まれている物に途中でシフトする流れがパターン化して来た気がする……。


 今日は遅刻しつつも作業所へ出席し、月イチで来られる年配の……80近くだろうか? 先生から絵手紙を教えて貰った。

 いつも火曜日はその先生とは別に60過ぎぐらいの先生がテキスタイル(染色織物)を教えている。他にもアート全般やデザイン、作業所発の商品化プロジェクトなど。

 この先生は大変気合いの入った人で、例え障害を抱えたメンバー相手だろうと、間違ったことをしたりノロノロと動けないでいると容赦なく叱り付けて喝を入れてくる。

 本人が芸術家寄りで感情を優先するお人柄ゆえなのだろうが、正直苦手意識はある。ガミガミと叱り付けることも真に教育的とは思わない。

 ただし、芸術的なモノを創り出す為のアドバイスは非常に的確。


 僕自身も、以前デザインワーク系の作業をしていた時、どう構図を決めるか、とかどんな配色でどんな形にしようか、とか迷っていると、声をかけてくれた。


『貴方は必要以上に考え過ぎたり、迷い過ぎたり、悩み過ぎる癖がある。もっと感覚を最優先にして、頭より先に手をスピーディに動かすぐらいでやってみなさい。そうすれば貴方自身の精神性にとっても大きなプラスになる』

 とアドバイスを頂いた。

 しばらく実践し続けてみて、その通りだと思った。


 作為的になり過ぎずに、自分の感性をダイレクトに出力する。


 『現状を見る』→『考える』→『作業する』

 の3つのリズムではなく、


 『見る』→『作る』


 ぐらいの2つリズムの瞬発力だ。何なら


『見ると同時に(現在進行形で)作る(手を動かす)』

 の1つだけのリズムであった方がいいくらいだ。そうすれば自分の根源からの創作に必要な筋肉の助けになる。


 同じことを音楽の先生から発声練習を教わっている時も言われた。


 『聴く』→『考える』→『声を出す』

 の3つリズムではダイレクトで瞬発力のある発声は出来ない。


 『聴くと同時に発声している』

 ぐらいが当面の目標だ。


 さっきのテキスタイルを担当し、『考え過ぎない』大切さを教えてくれた先生は、そう言えば先月は大病を患ったのか1ヶ月療養していた。退院してから今日が初顔合わせだ。

 いつもキリキリと気迫のある先生なのだが、退院直後のせいか血色が悪く、何だか歳を取ったような疲れた顔に見えた。大丈夫だろうか?


 とまあ、最近はずっと、手間暇かけて作る美術品は時間と熟考を経て創るのもいいかもしれないが、なるべく考え過ぎずに自分の感性を1リズム、1テンポで作品に表現することを心掛けるようにしている。恐らく、創作活動という点だけでなく普段の精神衛生上もこの方が良いのだろう。


 さて、そのテキスタイルの先生の前に言いかけた絵手紙の先生だが、こちらは育ちの良い上品な感じの温厚な先生だ。頻繁にヨーロッパなどにも旅行に行く、所謂『お嬢様』な感じの先生。今日も季節は秋だということで、秋の植物だとか果実だとかを絵手紙に描いた。マロニエの実とか若いススキとか。


 温厚で人当たりの優しい先生なので自然とリラックスして制作出来るのだが、意外にも頑固なのか実はあまり作る作品に対して自由度を多く設けてはくれない。

 秋のテーマと言ったら秋の自然物を描く。

 この絵を描くなら構図はこうで、書くメッセージはこう。やや固着した教え方だ。


 だが、僕の通う作業所では敢えて、先生ごとの弱さや至らなさを咎めることはしない。

 何故なら、そういった先生たち自身の個性も大事にすることが、メンバーの個性や感性を大事にすることになるからだ。

 ガミガミ叱りつつも身のあるアドバイスをしてくれる先生なら、向上心を持って高いレベルの創意工夫をしたい生徒には合っている。

 人当たりがよく温厚な先生なら、それはそれで創作をただ楽しみたい人には安らげるひと時だ。

 ――などと、ついつい僕は周囲の人の人となりや精神性、行動などを観察する癖がある。年代や立場は関係なくそうしてしまう。


 親から『人間ウォッチングを常にしなさい』と子供の頃から教わっているのもあるだろうが、単に人間に興味があるんだろう。僕は。

 考え過ぎる、悩み過ぎるとか誰彼構わず人間観察してしまうとか、精神的な癖は僕も含めて人それぞれ多くあると思うが、願わくば『癖をプラスな方向へコントロール』出来るようになりたいものだ。
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