散髪したら893に似てるって言われたから

mk-2

文字の大きさ
上 下
7 / 7

第7話 お役所仕事なんてこんなもんなんでしょ! と言うのは嘘だと信じたい

しおりを挟む
 やがて、893さんたちはピクリとも動かなくなった。気を失っただけなのか、それとも…………

「ヒッ……ヒアアアアアアア……」

 お姉さん――――いや、病んだ性のもと相手を虐待し抜く妖女「朱魅」さんは血に塗れたブーツを翻し……艶やかながらも禍々しい笑みを浮かべながら、こちらに戻ってくる。

(こ……殺される…………ころ――――ころ――――)

 僕は恐怖のあまり身体の芯から凍りつき、竦み上がった。その場から逃げようにも、足腰も立たなかった。

 朱魅さんは滑らかな唇から、はあーっ、と呼気を吐く。艶やかさの中に獰猛な魔獣の息遣いのようなものが混ざっているように感じた。

「ヒッ……ヒッ……ころ……ころさな……」

 言葉が出ない僕に近付き、朱魅さんはこう言った。

「……はあーっ……私のこれだけの殺戮を見ても、特務隊の人格は目醒めないわけ? 随分と血にグルメな人格ねえ。一体どれほどの病んだ性を孕んでいるのか……ますます興味が湧いたわ……」

 いや! 病んでるのはそっちだから! 僕はパンピーで特務隊なんぞとは無縁ですから!! 

 そう叫びたかったが、やはり声が出ない。出てくれない。

「……おわっ!? なんじゃあ、このえげつない怪我をした男らは!?」

「ちっ……このままここにいても厄介なだけね――――ついてきて!」
「あ、あのう――――」

 この場に留まるのは得策ではない。朱魅さんは僕の手を引き走り出した。

 もはや是も非も無い――――僕は涙を流し鼻水を噴きながらこの恐い妖女と共に逃げ出した。

――――
――――――――
――――――――――――

 しばらく朱魅さんと走った先は、倉庫が立ち並ぶ港だった。倉庫の一角で僕は肩で息をし、うなだれる。

「ぜエッ……ぜエッ……」
「ふーう……ここまで来ればしばらくは追ってこないわね」

 朱魅さんはこの程度の修羅場は当然のようにくぐり抜けてきたらしい。息が上がってないどころか顔色ひとつ変えず涼しげだ。

「ふーん……これだけ時間が経っても、特務隊の本性は表れず……か……」

「ぜエッ……いや……だから……そんなんじゃあ……ないって……言ってるじゃあ……ないですか……ぜエッ……」

 息も絶え絶えに僕は誤解だと主張する。

 朱魅さんは何やら真っ赤な保護カバーを被せたスマートフォンを胸元から取り出した。タッチパネルを操作しながら、こう告げる。

「このままじゃあジリ貧ね。うちの組織……『カーネル』の上層部に応援を頼まなくっちゃ」

「だから話聞いてくださいよおおおおおお!」

 僕が主張した誤解は朱魅さんの耳に入らなかったか、意識の彼方にジャイアントスイングの末投げ捨てられた。

「……もしもし。こちら朱魅。特務隊員の一人と合流。しかし記憶の封印が強いのか人格が表れないわ。上に掛け合って応援を寄越して。今すぐ」

――――
――――――
――――――――

 朱魅さんの電話を受けた男はこう答えた。
「わかった。引き続き特務隊員を保護してくれ。今からクラスAの幹部に掛け合ってみる。じゃあまた」

 男は通話を切ると、すぐに別の人物へ通話を試みた。

「もしもし。ギョウブ=コタニ氏か? 大至急、K市8番ポートで待機している朱魅に応援部隊を送って欲しい。……はい。必要な予算は明日の正午には口座に振り込ませていただく。では」

 今度は某所の執務室に座るコタニと呼ばれた男が、また更に別の人物へと連絡をする。

「もしもしー。コタニやけども、なんや、急ぎの用事らしいけんども、応援が欲しいらしいで……あ? 優先度? 大至急らしいから……AAAクラスの案件なんでねーの? とにかく兵隊を寄越せっちゅうとるから……緊張状態のR国との紛争でねーの? ワシ、管轄外やからようわからんわ……とにかく頼むわ」

 更に別の人物から人物への連絡。

「なーにー? アタシ、これからテ〇ミュ観に行かなくっちゃならないから忙しいんだけどー!? ……AAAクラスの案件で兵が必要? そりゃあ、戦争かもねー。ま、時間もないしテキトーに報告しとくわ! それじゃ!」

――――

「その件ならバルバチョフさんに――」

――――――――

「今はストライキ中だ。用件なら、そうだな、イカガワ先生へ繋いで――」

――――――――――――

「これは一大事だな! すぐにあの御方に――」

――――
――――――
――――――――

 そんな連絡に次ぐ連絡の紆余曲折を経て…………

「……ハイ。こちらソ国大統領官邸の、プッチン=プーリン大統領だが――――」


 間違いだらけの、しかしパワースケールだけは跳ね上がっていく伝言ゲームの中、ついに齟齬そごが十二分に含まれた連絡は超大国の大統領のもとへ紛れ込んできた。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。

藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった…… 結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。 ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。 愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。 *設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 *全16話で完結になります。 *番外編、追加しました。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

貴族家三男の成り上がりライフ 生まれてすぐに人外認定された少年は異世界を満喫する

美原風香
ファンタジー
「残念ながらあなたはお亡くなりになりました」 御山聖夜はトラックに轢かれそうになった少女を助け、代わりに死んでしまう。しかし、聖夜の心の内の一言を聴いた女神から気に入られ、多くの能力を貰って異世界へ転生した。 ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。 ✳︎不定期更新です。 21/12/17 1巻発売! 22/05/25 2巻発売! コミカライズ決定! 20/11/19 HOTランキング1位 ありがとうございます!

失った真実の愛を息子にバカにされて口車に乗せられた

しゃーりん
恋愛
20数年前、婚約者ではない令嬢を愛し、結婚した現国王。 すぐに産まれた王太子は2年前に結婚したが、まだ子供がいなかった。 早く後継者を望まれる王族として、王太子に側妃を娶る案が出る。 この案に王太子の返事は?   王太子である息子が国王である父を口車に乗せて側妃を娶らせるお話です。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

処理中です...