創世樹

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第221話(最終話) 星の光は愛の祝福

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 ――――それから数ヶ月が経った。




 セフィラの街では、幻霧大陸での戦争が報じられて以降、セリーナの安否を気遣うあまり、やつれながらも仕事をこなすミラの姿があった。





 通信手段が一時的の見込みとはいえ途絶された状態では、それも確認出来なかった。





 町人たちが心配の目を送りながらも、ミラは気丈に振る舞っていた。




 ある時、雑貨店で特産のリンゴを買って帰ろうとすると――――あちこち傷だらけになりながらも、帰還したセリーナの姿があった。





 セリーナはどう振る舞っていいのか、ばつの悪そうな顔をしたが――――すぐにミラは荷物を地に落として、セリーナの胸元に飛び込んだ。





 ――ミラは我を忘れて歓喜し、涙ながらに頬ずりをしながら……お帰りなさいませ、セリーナ様、私のセリーナ様、お帰りなさいませ、と何度も声を荒らげて抱き締めた。





 一頻り泣くミラを宥めて、ただいま、と声を掛けたのち、セリーナはミラの肩を抱き寄せて、街に入っていった。町人たちは皆、今夜は祝杯だ、と叫んだ――――





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 ――――ライネスはその後、リオンハルトの提案通り移民先の住民登録を持ち、かつて旧ガラテア帝国軍の被害を強く受けた僻地にて自ら農奴となりに行った。





 ――リオンハルトが前もって注意した通り、その土地の住民たちは反ガラテアとして色濃く旧ガラテア軍人への義憤と憎悪を募らせていた。




 ライネス自身も覚悟はしていたが、やはり極めて不当で、理不尽な扱いを日常生活の全てにおいて強烈に受けることとなった。





 現地での水も食料も粗悪なものをあてがわれ、労働者としての仕事を他の農民と比較にならぬほどに増やされ、また作物の収穫期になっても大きく割りを食うことになった。



 日常的に罵声を浴びせられ、鋭く冷たい視線には晒され、暴力は振るわれ…………果てはあばら家も同然なライネスの仮住まいに何度となく落書きをされたり石を投げられたり、時にはそのあばら家が付け火で全焼してもなんら補償を受けられないことすらあった。





 ――――ライネスは、内心怒りや苛立ち、悲しみを湧き上がらせつつも、決して彼らに手を上げることはせず、じっと堪えた。堪え続けた。





 『それが俺の償い切れない罪の償いに少しでもなるなら、安いもんだぜ』と、孤独の中でも誰ともなしに呟いて自身を勇気づけた。





 ――そんなライネスにも、宝物はあった。





 買い直したとはいえ粗末な携帯端末に残された画像と、常に大事に身に付けているくしゃくしゃの写真――――バルザック、改子、そしてメランと4人で写っている写真を。





 彼はつらくなると、決まってその写真を誰にも見られないように取り出し、一頻り眺めるのだった。





 ――写真は、記念撮影などと言う畏まったものでは当然なく、改造兵として戦闘狂だった頃に単なる戯れ程度に撮ったものだった。ピントも合っていないし、構図も不安定だ。おまけにまともな倫理観を得る前の、4人とも禍々しい表情をたたえている頃の、お世辞にも快い画とは言えない写真だ。





 それでもライネスは、かつて暴虐の限りを尽くした仲間たちの顔を何度も眺めては、『こいつらの分も生きるんだィ』と自身を奮起し、何度でも立ち上がった。バルザックと改子とメランが享受出来なかった人間の生を……例えどんなに理不尽に弾圧されようとも、甘んじて受け入れることが出来た。





 ――その後数十年。とうとう病に冒され危篤状態となった時には――――旧ガラテア帝国軍の被害から世代も交代し、かつての開拓民の子や孫たちはライネス=ドラグノンの罪を赦し、病院で治療を受けては、と進言した。




 だが、ライネスは固辞した。最後まで働いて、働いて……働きながら天寿を全うする覚悟であることを、かつての冷遇を与えて来た者たちの子や孫たちに伝えた。





 彼らが「そのようなことをされても困る」と困惑されると、ライネスも仕方なしにひとつだけ甘えるとした。





 ――それは自分が力尽き死んだら、どんなに粗末でもいいから自分の遺体を処理して土に埋めて欲しい、とだけ頼んだ。そして…………共に埋める物はとっくに壊れた携帯端末とくしゃくしゃになった写真。そして埋めた土の上に適当な石ころを置いてくれるだけでいいと言い遺した。





 ――――ライネス=ドラグノンが天寿を全うした日。激しく劣化したかつての仲間の写真は、劣化による歪みのせいか、禍々しいはずの4人の顔つきが優しく微笑んでいるように見えたという――――。




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 ――――ライザ=トラスティはその後、リオンハルトの志を継ぎ、デスベルハイム跡地に新政権、新国家を立ち上げ、国主として国のまつりごとを治める為に腐心し、日夜東奔西走した。





 自身もガラテア軍人であったことから、ライネスほどの苛烈さではないが、軍縮し、武力を専守防衛以下にまで落とした途端に、旧ガラテア帝国軍としての汚名から国際社会から激しいバッシングを受け、半ば暴徒と化した者に自宅を何度となく荒らされた。



 ライザはライネスが農奴しての余生を受け入れたことと同様、どんな理不尽な扱いにもじっと耐え、自分たちはもう二度と世界への侵略はしないことを何万遍も宣言し続け、国際社会への信頼関係を築き上げることと、一気に貧しいものとなった新国家で窮乏する国民を保障し、暮らしを守ることに全力を注いだ。



 ライザのそのどこまでもひたむきな姿勢は部下たちは勿論、国民からも大きく支持されていった。





 かつてのリオンハルトの恋人として当初は己の操を貫き通すつもりでいたが、全ては国民の為に…………愛したリオンハルトの遺志の為に…………そう覚悟して、他国の有力な一家の者と婚約し、支援を受けることで少しでも新国家を安定させることに心血を注いだ。




 ――幸い、婚約者も理解のある人格者であり、決してライザに不当な扱いを強いることなく、自国と新国家が手を取り合って平和主義の国造りへが成るように共に歩んでくれた。




 ――彼女自身、5人の子を儲けたが、ある程度養育したら5人ともそれぞれ世界の有力者のもとへ身柄を送った。無論、新国家の恒久和平の実現の為である。





 総てを投げ打つような彼女の生き方に、近しい者も子供たちも当初は非難するような言葉も投げかけられたが、やがて彼女のひたむきさと献身、道徳感に根負けする形で、共に新国家を盤石なものへとしていった――――。




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 イロハは世界中に預けていた莫大な経営資金を引き出して廻り、いよいよ腰を据えて商売をする準備を始めた。





 約50億年という経年劣化で、お金そのものもだいぶ傷んでいたが、イロハは逆にこれ幸いに、と、鍛冶錬金術師の技を振るい、世の破損紙幣や純金、貨幣を鋳造し直す商売を始めたところ、これが大いに好評だった。




 イロハが構えた店はどんどんと大きくなり、持ち前の強心臓とフットワークの軽さを武器にあらゆる相手を商売を重ね、資金は潤沢なものになっていった。





 ――イロハは、利益最優先ではいずれ叩かれるものっス、と浮かれることなく、余った資金は発展途上の小国家への投資や、慈善団体の基金の設立などに投じた。





 やがては職を求めて訪ねて来る者も多く雇い、彼らの衣食住と福利厚生まで手厚く対処した。





 そして――――エリーたちの子供を授かる計画に巨費が必要との報せを受け、すぐさま大金を融資した――――





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 ――――エリーとガイとテイテツはデスベルハイムに居を移し、旧ガラテアの研究施設を借りてエリーとガイの子供を作る為の挑戦が始まった。






 特にテイテツは、エリーという存在を生み出してしまった元ガラテアの研究者として、今こそ借りを返す時、と、身命を賭して全身全霊で研究に当たった。





 過去のデータベースを閲覧。体外受精などの検討。エリー自身の不妊になっている抵抗力を弱める実験。あらゆる手を尽くした。





 ――およそ3年後。エリーに妊娠の兆候が確認された。




 皆、歓喜に湧き、祝福をした。エリーもガイも、涙ながらに喜んだ。




 ――――約7ヶ月後。死産が確認された。エリーたちは妊娠した時の何倍もの悲しみの涙を流した。




 それから数年間で、合計4人エリーは妊娠したが、4人とも死産してしまった。





 ガイの提案で、子供を儲けることを諦めて、夫婦2人で過ごすことも思案した。その門出も兼ねて、アナジストン孤児院跡地を訪れた。





 元院長は本当に逞しく生きて帰ったエリーの姿に泣いて喜んだ。そして、ささやかながら結婚式を催してはどうか、と提案した。





 エリーとガイはそれを受け入れ、セリーナにミラにイロハなど、呼べる所縁のある者は全員呼んで、挙式した。





 エリーは喜びの涙を流し、それを見たガイももらい泣きしたのち――――もう涙は流したくない、と、幻霧大陸の広い土地で新居を構え、静かに暮らして行こうとした。





 ――――僅か1年後。研究を続けていたテイテツが新しい治療法を発見し、一生の頼み、とエリーたちに伝え、初めて妊娠した時とは比べ物にならぬほどの覚悟をして施術を受けた。






 ――――ついに、妊娠から10ヶ月後。1人の子が産まれた。産後も経過はきわめて良好。





 エリーたちはやはり涙を流した。が、これはこれまでで最も喜びに満ちた涙だった。






 エリー28歳。ガイ32歳。幻霧大陸の広々とした大地の新居で、慎ましくも幸せに暮らしていった。育つ子供にはかつての冒険譚という寝物語を聞かせながら――――





 ――――創世樹は、星を離れ宇宙の彼方へ飛び立っている。そこにはグロウとアルスリアの魂だけがある。





 2人の魂は、今や遠く離れたエリーたちの幸せを感じ取り、祝福するように星の光となるのだった――――『創世樹』END
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