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第181話 残された可能性
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――――それからエリーたちは、これまでの冒険をかいつまんで酋長に話した。
ガラテア帝国という超大国の存在。それによって世界中にばら撒かれたあらゆる惨禍。エリーの出生と冒険者に至る道程。遺跡でのグロウとの出逢い。そこから世界各地での様々な冒険。そして創世樹と二柱の神、『養分の男』『種子の女』による生命の刷新進化が間近に迫っていること。ガラテア軍はそれに介入して幻霧大陸と創世樹が持つ肥沃な土地とエネルギー、さらに自分たちにとって都合の良いように人類を人為的に、生まれながらに+100にも+1000にもなる超生命を産み出そうとしていること――――
「――――なるほど…………私どもにはこの地より外の世界は皆目解りませんが……我らが始祖が大洋を渡って芽吹かせた生命は、発展と進化以上に…………贖い切れぬほどの惨禍ももたらしてしまっているのですな…………世界と関わろうとしなかった我々の立場としては、何とも複雑な気持ちでございます。」
――酋長は、何代にも渡ってこの幻霧大陸で暮らし続けて来た。それゆえ外の世界のことは無知に等しいはずだが、予想以上に理解を示した。その理解力、情況への適応力の高さはまるで――――
「――たった今、大洋より外から侵入して来た我々現代人の話を聴いて、その理解と適応の早さ…………思えば、グロウにも出逢った当初からそんな特徴がありましたね。やはりこの幻霧大陸の始祖民族の方々は……グロウという種と同類、あるいは眷属に相違ないようですね。」
テイテツはこれまでの情報からそう判断した。
テイテツの脳裏には、これまでのグロウの発言や挙動で引っかかったことを思い返していた。
ナルスの街でガラテア軍を撃退しつつも街から追放されてしまった時、風呂に入る為に湯を沸かそうとした際に『火山は何処か』などと問いかけたことなど…………些細な言葉だが、グロウが太古の昔の始祖民族の暮らしの風習や自然との共生などを示唆するものは既に最初からあったのだ。
「……とにかく、このままガラテア軍の思い通りに事を運ばせてしまうと、本来の生命の刷新進化とは違う、歪んだ形で人類の歴史に無かったほどの大量殺戮に繋がってしまうかもしれないんだ。それを食い止めるには、ここの人たちからのもっと詳しい創世樹にまつわる情報が欲しい。何か知りませんか…………?」
グロウは切実な眼差しで、酋長に問いかける。しゃがれた低い声で酋長はひと息唸った。
「――確かに、創世樹による生命の刷新進化は何の過不足も無く、創世樹の御意思のみで行われねばなりませぬ。そこへ特定の種が介入し、過分に偏った力を持って生まれて来るような歪みをもたらされては…………下手をすればこの星の行き先が危うい――――もとより、我々は創世樹を守り、正しく生命の刷新進化が為されるのを見届けることが使命なのです。わかりました。男神様にご協力いたします。しかし、よもや今代の女神様までがそのガラテアという軍勢に取り入れられているとは…………。」
酋長は快諾しつつも、仮にも創世樹を動かす二柱の神の片割れである女神様……アルスリアがガラテアの野望に組していることに戸惑っているようだ。
「ありがとう。でも……具体的に何をすればいいかな…………。」
――アルスリアの意志にグロウが創世樹の内部で抵抗する以外、目立った解決策はこれまで見当たらない。酋長はまた唸ったのち、切り出した。
「――これは女神様の御意思やこれまで生きてきて育ちになった記憶や情緒などを無視することで大変心が痛むのですが…………創世樹はまさにこの星に根付いた頃より、自らの生命の刷新進化自体に何か異常や障害が発生した時の為に、創世樹の中に蓄積した情報を再構築して刷新進化を正常に行なえるようにする術がございます。それにはまずは我らが聖地……名を『苗床』とお呼びする地にて創世樹の御姿を露わにし、男神様にお力添えいただければきっと…………」
「――女神、『種子の女』の初期化。言うなれば初期化修復ですね。『苗床』とグロウの力が、云わばリカバリーディスクとなるわけですか…………。」
「――左様でございます。女神様には本当に気の毒ですが……これまでの記憶と意志を一度全てお忘れいただき、『種子の女』としての使命のみ執行する本来の女神様に還っていただくのです。そうすれば生命の刷新進化は間違いなく行なわれるはずです。」
――テイテツがコンピューター知識になぞらえて解釈し、それを酋長は首肯する。アルスリアには全記憶を消去し、本来の生命の刷新進化の機能だけ履行する『種子の女』へと立ち返らせる。そうなればガラテアの野望も、アルスリアの邪悪な欲望も全て打ち消すことが出来そうだが――――
「――でも、思うんだけどさ…………もし、上手くいって……ガラテアの間違った生命の刷新進化を正せても……ヒトが、人間がその後生き残る可能性って確実には…………」
エリーが、自分なりにずっと思っていた疑問をここでぶつける。
「――――それこそ、運命です。創世樹が、人間をこの星にとって害悪だとご判断なされれば、刷新進化を終えた後の世界では人間は存在しない星となるでしょう。もちろん、まだ存在してもいい、生き残るだけの価値があると判断なされれば人間は残ります。そればかりはもはや誰にも予想も修正も出来ない運命なのです。」
「……そっか。薄々そんな気がしてた。もし創世樹が『あたしら要らない』って判断されりゃ、あたしらこの世から消えちゃうわけね。確認しといて良かったわ…………。」
「エリー……」
「お姉ちゃん……」
――――生命の刷新進化は、本来人間の手など及ばない神の意志に等しい。残したい種を選り好みすることは出来ない。それは理論的にはガラテアが強行しようとしている野望と本質があまり変わらない。
人間はこの星から永遠に消え去るかもしれない。その未来に、一同は頭をもたげてしまうのだった。
「……みんな。」
一時、沈黙が起こったが、グロウが声を出した。
「……その…………確信は無いから約束出来ないけれど……僕は、人間もこの星に残って欲しいと思うよ。これまで、僕にとっては短い時間だったけれど……人間の愛しいところを、僕はいっぱい学べたから。」
「――グロウ……」
「――もちろん、事が始まればどうなるかはわからない。でも、最後のギリギリまで、僕は人間に残って欲しい。そう願いたい。願ってみるよ。」
――グロウは、神妙な面持ちながら笑顔でそう口にした。
これまでのエリーたちと共にしてきた旅では、決して人間の強さや美しさのみを見られたわけではない。むしろ、冷酷さや残忍さ、強欲や愚かさも数限りなく見て来たはずなのだ。
それでも心は少年そのものなグロウは笑顔で人間を肯定した。確約など出来ない。なれど肯定した。
「――ふぁふぁふぁ。男神様が人間の存続を信じてくださるならば、これほど心強いことはございません。さあ。事は一刻を争うのでしょう? 私についてきてくださいませ。聖地の『苗床』へと案内致します――――」
――そう言って酋長は立ち上がり、洞窟の中の集落のさらに奥へと手招きした――――
ガラテア帝国という超大国の存在。それによって世界中にばら撒かれたあらゆる惨禍。エリーの出生と冒険者に至る道程。遺跡でのグロウとの出逢い。そこから世界各地での様々な冒険。そして創世樹と二柱の神、『養分の男』『種子の女』による生命の刷新進化が間近に迫っていること。ガラテア軍はそれに介入して幻霧大陸と創世樹が持つ肥沃な土地とエネルギー、さらに自分たちにとって都合の良いように人類を人為的に、生まれながらに+100にも+1000にもなる超生命を産み出そうとしていること――――
「――――なるほど…………私どもにはこの地より外の世界は皆目解りませんが……我らが始祖が大洋を渡って芽吹かせた生命は、発展と進化以上に…………贖い切れぬほどの惨禍ももたらしてしまっているのですな…………世界と関わろうとしなかった我々の立場としては、何とも複雑な気持ちでございます。」
――酋長は、何代にも渡ってこの幻霧大陸で暮らし続けて来た。それゆえ外の世界のことは無知に等しいはずだが、予想以上に理解を示した。その理解力、情況への適応力の高さはまるで――――
「――たった今、大洋より外から侵入して来た我々現代人の話を聴いて、その理解と適応の早さ…………思えば、グロウにも出逢った当初からそんな特徴がありましたね。やはりこの幻霧大陸の始祖民族の方々は……グロウという種と同類、あるいは眷属に相違ないようですね。」
テイテツはこれまでの情報からそう判断した。
テイテツの脳裏には、これまでのグロウの発言や挙動で引っかかったことを思い返していた。
ナルスの街でガラテア軍を撃退しつつも街から追放されてしまった時、風呂に入る為に湯を沸かそうとした際に『火山は何処か』などと問いかけたことなど…………些細な言葉だが、グロウが太古の昔の始祖民族の暮らしの風習や自然との共生などを示唆するものは既に最初からあったのだ。
「……とにかく、このままガラテア軍の思い通りに事を運ばせてしまうと、本来の生命の刷新進化とは違う、歪んだ形で人類の歴史に無かったほどの大量殺戮に繋がってしまうかもしれないんだ。それを食い止めるには、ここの人たちからのもっと詳しい創世樹にまつわる情報が欲しい。何か知りませんか…………?」
グロウは切実な眼差しで、酋長に問いかける。しゃがれた低い声で酋長はひと息唸った。
「――確かに、創世樹による生命の刷新進化は何の過不足も無く、創世樹の御意思のみで行われねばなりませぬ。そこへ特定の種が介入し、過分に偏った力を持って生まれて来るような歪みをもたらされては…………下手をすればこの星の行き先が危うい――――もとより、我々は創世樹を守り、正しく生命の刷新進化が為されるのを見届けることが使命なのです。わかりました。男神様にご協力いたします。しかし、よもや今代の女神様までがそのガラテアという軍勢に取り入れられているとは…………。」
酋長は快諾しつつも、仮にも創世樹を動かす二柱の神の片割れである女神様……アルスリアがガラテアの野望に組していることに戸惑っているようだ。
「ありがとう。でも……具体的に何をすればいいかな…………。」
――アルスリアの意志にグロウが創世樹の内部で抵抗する以外、目立った解決策はこれまで見当たらない。酋長はまた唸ったのち、切り出した。
「――これは女神様の御意思やこれまで生きてきて育ちになった記憶や情緒などを無視することで大変心が痛むのですが…………創世樹はまさにこの星に根付いた頃より、自らの生命の刷新進化自体に何か異常や障害が発生した時の為に、創世樹の中に蓄積した情報を再構築して刷新進化を正常に行なえるようにする術がございます。それにはまずは我らが聖地……名を『苗床』とお呼びする地にて創世樹の御姿を露わにし、男神様にお力添えいただければきっと…………」
「――女神、『種子の女』の初期化。言うなれば初期化修復ですね。『苗床』とグロウの力が、云わばリカバリーディスクとなるわけですか…………。」
「――左様でございます。女神様には本当に気の毒ですが……これまでの記憶と意志を一度全てお忘れいただき、『種子の女』としての使命のみ執行する本来の女神様に還っていただくのです。そうすれば生命の刷新進化は間違いなく行なわれるはずです。」
――テイテツがコンピューター知識になぞらえて解釈し、それを酋長は首肯する。アルスリアには全記憶を消去し、本来の生命の刷新進化の機能だけ履行する『種子の女』へと立ち返らせる。そうなればガラテアの野望も、アルスリアの邪悪な欲望も全て打ち消すことが出来そうだが――――
「――でも、思うんだけどさ…………もし、上手くいって……ガラテアの間違った生命の刷新進化を正せても……ヒトが、人間がその後生き残る可能性って確実には…………」
エリーが、自分なりにずっと思っていた疑問をここでぶつける。
「――――それこそ、運命です。創世樹が、人間をこの星にとって害悪だとご判断なされれば、刷新進化を終えた後の世界では人間は存在しない星となるでしょう。もちろん、まだ存在してもいい、生き残るだけの価値があると判断なされれば人間は残ります。そればかりはもはや誰にも予想も修正も出来ない運命なのです。」
「……そっか。薄々そんな気がしてた。もし創世樹が『あたしら要らない』って判断されりゃ、あたしらこの世から消えちゃうわけね。確認しといて良かったわ…………。」
「エリー……」
「お姉ちゃん……」
――――生命の刷新進化は、本来人間の手など及ばない神の意志に等しい。残したい種を選り好みすることは出来ない。それは理論的にはガラテアが強行しようとしている野望と本質があまり変わらない。
人間はこの星から永遠に消え去るかもしれない。その未来に、一同は頭をもたげてしまうのだった。
「……みんな。」
一時、沈黙が起こったが、グロウが声を出した。
「……その…………確信は無いから約束出来ないけれど……僕は、人間もこの星に残って欲しいと思うよ。これまで、僕にとっては短い時間だったけれど……人間の愛しいところを、僕はいっぱい学べたから。」
「――グロウ……」
「――もちろん、事が始まればどうなるかはわからない。でも、最後のギリギリまで、僕は人間に残って欲しい。そう願いたい。願ってみるよ。」
――グロウは、神妙な面持ちながら笑顔でそう口にした。
これまでのエリーたちと共にしてきた旅では、決して人間の強さや美しさのみを見られたわけではない。むしろ、冷酷さや残忍さ、強欲や愚かさも数限りなく見て来たはずなのだ。
それでも心は少年そのものなグロウは笑顔で人間を肯定した。確約など出来ない。なれど肯定した。
「――ふぁふぁふぁ。男神様が人間の存続を信じてくださるならば、これほど心強いことはございません。さあ。事は一刻を争うのでしょう? 私についてきてくださいませ。聖地の『苗床』へと案内致します――――」
――そう言って酋長は立ち上がり、洞窟の中の集落のさらに奥へと手招きした――――
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