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第172話 感情の生死
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――――駆動音が重く低くこだまする動力部。グロウの練気《チャクラ》が起動キーとなった部屋に行くと、テイテツが大量の端末を手に手に、あらゆるデータを調べたり記録したり…………本来の学者然とした調査に没頭しているようだった。
「――おや。エリー。今は…………もう夜の23:00ですか。存外と長く調査に没頭してしまっていましたね。まだ寝ないのですか?」
「――あ、ごめんテイテツ。邪魔しちゃった?」
エリーはテイテツの集中を解いてしまったか、と少し反省する。
「――いえ。声を掛けていただいてちょうど良かったです。長時間没頭し過ぎてエネルギーの補給を忘れるところでした。夜食を摂って休憩とします。」
――そう告げて、テイテツは端末から放たれる光に埋もれている鞄に手を伸ばし、夜食を取り出した。あらかじめ用意していたサンドイッチとスポーツドリンクだ。デザートにリンゴを半玉。頭脳労働に糖分は欠かせないらしい。
「……寝ないの、なんて言いつつ、テイテツも無理するわよね。調査ぐらいゆっくり、それも誰かと協力しながらやればいいのに。あっ。あたしは~……そう言いつつ難しいことわかんない……けど。あはは……」
「――学者という人種の病……というのは些か言い過ぎですか。調査に没頭するあまりの不摂生は習性のようなものです。お気になさらず。それに、確かに人海戦術的な調査も効果的ではありますが…………私は元々個人のパフォーマンスで何でもやる人間ですから、集団に溶け込んで何かをするにはどうも向かないようで…………。」
「――あー……テイテツってガラテア帝国の研究者の頃からそうだったもんね…………素直にぼっちで孤独ですって認めたら~?」
「――む……孤独……孤独、か…………。」
――テイテツはドリンクを飲みつつ何か思い当たる節があったのか、考え込み始めた。
「――あっ……ごめんごめん! 冗談のつもりだったけど言い過ぎたわ…………怒った? 許して~!」
――エリーが口が過ぎたことを素直に謝るが、テイテツが思い当たるのはそこではないらしい。
「――いえ。それはいいのです。事実ですから。客観的に見ればそれは事実…………ですが、私の主観では、改造手術を受ける以前の激情的な人格だった頃から……何かに没頭している時に、不思議と『孤独』という言葉に相当するような精神的な苦痛はあまり感じたことがないのです。これは……私が常軌を逸した鈍感ゆえですかね。それとも過集中? うーむ――――」
――テイテツはそのまま、深遠な学術の世界へ意識を投じ、ああでもない、こうでもないと脳内で論じ始めてしまった。エネルギーを消耗した身体と脳を鑑みてサンドイッチを口に含み、モゴつかせてるだけまだマシな方だが。
「……テイテツって、本当に考えるのが好きよね。学者らしいわ。あたしもガイも学問なんてサッパリだから今まであんま寄り添うこととか出来なかったね。よくあたしたちについてきてくれたもんだわ…………。」
「――む…………それはまあ……ガラテア帝国という国家の一存で……エリーのような遺伝子混合ユニットの人間を生み出してしまったことや、戦闘狂へと改造された兵士……強壮化させ過ぎる薬物など…………研究者としての責任も多分に感じてはいますからね。この人間社会における負債は必ず誰かが引き受け、清算せねばなりません――――とは言いつつ、清算し切れる見積もりもまるで存在しないことが頭痛の元ですが。エリーにもガイにも……そしてセリーナにも…………私が関わった世界中の多くの人間に贖い切れないモノを与えてしまっていますからね。」
「……それがテイテツの本当の気持ちなら、あたしからは何も言わないよ。これ以上テイテツ1人責めたって仕方ないし。それより、前から思ってたんだけどさー…………」
「……何でしょう?」
エリーはしゃがみ込み、テイテツのバイザー越しの目を見て言った。
「――――テイテツってさ。ぶっちゃけ…………もう感情取り戻してんじゃあないの…………?」
「――――は?」
――テイテツが一瞬呆けた声を出す。
「――――自覚ないと思うけどさー…………ずっと昔に、ルハイグ……だったっけ? に、脳手術を受けたって言ってたけど…………ここしばらくのテイテツ見てると、何か感情が動いているように感じるもん。ほら、今だってあたしが言ったことに驚いた反応してる。もしかして、感情が蘇ってきてんじゃあないの――――?」
「――――私が……感情を取り戻しつつある? そんなはずは――――いや、しかし――――。」
――己の孤独は何処から来るのか。そう考え込んでいたはずのテイテツだったが……もっと根本的な『感情を取り戻しつつあるのでは』というエリーの問いかけに対し、その脳内の論理の迷宮を『感情の機能』へと転じていった。
「――――私は確かにルハイグの執刀のもと、感情を司る脳組織を切除し、さらに抑制する電子脳を埋め込まれたはず。人体スキャンでも電子脳が埋まっていることは確認した。脳は――――いやしかし、脳の深部のスキャンは撮ったことが無いし…………撮るには設備が足りなくて――――」
――俄かに、テイテツは己自身を疑い始める。
「――ほら。やっぱり何かさ……あたしに聞かれて、何かそわそわ焦ってるように見えるよ? この戦艦には医務室とかあったよね? 一度、ちゃんと調べてみたら?」
「……検討してみます。出来るだけ早いうちに――――エリー。」
「…………何?」
「ありがとうございます。おかげで、もっと私の知らないことが理解出来そうです。それから――――」
「……それから?」
「――――エリー、そしてガイのサポートはこれからも変わらず続けて行きます。この先何が待ち受けていようと、2人の幸福の為に私は力を尽くします。急激な状況の変化が続きますが、改めて言っておきます。」
――エリーは、優しく微笑んだ。
「……感謝すんのはあたしの方。ありがと。今まで助けてくれて……これからもよろしく――――」
「…………」
――感謝の言葉を返したエリーだったが、テイテツはもう次の調査へと没頭してしまった。エリーの声も聴こえぬほどに。艦内の仕組みに加え、己自身のことも――――
「――おや。エリー。今は…………もう夜の23:00ですか。存外と長く調査に没頭してしまっていましたね。まだ寝ないのですか?」
「――あ、ごめんテイテツ。邪魔しちゃった?」
エリーはテイテツの集中を解いてしまったか、と少し反省する。
「――いえ。声を掛けていただいてちょうど良かったです。長時間没頭し過ぎてエネルギーの補給を忘れるところでした。夜食を摂って休憩とします。」
――そう告げて、テイテツは端末から放たれる光に埋もれている鞄に手を伸ばし、夜食を取り出した。あらかじめ用意していたサンドイッチとスポーツドリンクだ。デザートにリンゴを半玉。頭脳労働に糖分は欠かせないらしい。
「……寝ないの、なんて言いつつ、テイテツも無理するわよね。調査ぐらいゆっくり、それも誰かと協力しながらやればいいのに。あっ。あたしは~……そう言いつつ難しいことわかんない……けど。あはは……」
「――学者という人種の病……というのは些か言い過ぎですか。調査に没頭するあまりの不摂生は習性のようなものです。お気になさらず。それに、確かに人海戦術的な調査も効果的ではありますが…………私は元々個人のパフォーマンスで何でもやる人間ですから、集団に溶け込んで何かをするにはどうも向かないようで…………。」
「――あー……テイテツってガラテア帝国の研究者の頃からそうだったもんね…………素直にぼっちで孤独ですって認めたら~?」
「――む……孤独……孤独、か…………。」
――テイテツはドリンクを飲みつつ何か思い当たる節があったのか、考え込み始めた。
「――あっ……ごめんごめん! 冗談のつもりだったけど言い過ぎたわ…………怒った? 許して~!」
――エリーが口が過ぎたことを素直に謝るが、テイテツが思い当たるのはそこではないらしい。
「――いえ。それはいいのです。事実ですから。客観的に見ればそれは事実…………ですが、私の主観では、改造手術を受ける以前の激情的な人格だった頃から……何かに没頭している時に、不思議と『孤独』という言葉に相当するような精神的な苦痛はあまり感じたことがないのです。これは……私が常軌を逸した鈍感ゆえですかね。それとも過集中? うーむ――――」
――テイテツはそのまま、深遠な学術の世界へ意識を投じ、ああでもない、こうでもないと脳内で論じ始めてしまった。エネルギーを消耗した身体と脳を鑑みてサンドイッチを口に含み、モゴつかせてるだけまだマシな方だが。
「……テイテツって、本当に考えるのが好きよね。学者らしいわ。あたしもガイも学問なんてサッパリだから今まであんま寄り添うこととか出来なかったね。よくあたしたちについてきてくれたもんだわ…………。」
「――む…………それはまあ……ガラテア帝国という国家の一存で……エリーのような遺伝子混合ユニットの人間を生み出してしまったことや、戦闘狂へと改造された兵士……強壮化させ過ぎる薬物など…………研究者としての責任も多分に感じてはいますからね。この人間社会における負債は必ず誰かが引き受け、清算せねばなりません――――とは言いつつ、清算し切れる見積もりもまるで存在しないことが頭痛の元ですが。エリーにもガイにも……そしてセリーナにも…………私が関わった世界中の多くの人間に贖い切れないモノを与えてしまっていますからね。」
「……それがテイテツの本当の気持ちなら、あたしからは何も言わないよ。これ以上テイテツ1人責めたって仕方ないし。それより、前から思ってたんだけどさー…………」
「……何でしょう?」
エリーはしゃがみ込み、テイテツのバイザー越しの目を見て言った。
「――――テイテツってさ。ぶっちゃけ…………もう感情取り戻してんじゃあないの…………?」
「――――は?」
――テイテツが一瞬呆けた声を出す。
「――――自覚ないと思うけどさー…………ずっと昔に、ルハイグ……だったっけ? に、脳手術を受けたって言ってたけど…………ここしばらくのテイテツ見てると、何か感情が動いているように感じるもん。ほら、今だってあたしが言ったことに驚いた反応してる。もしかして、感情が蘇ってきてんじゃあないの――――?」
「――――私が……感情を取り戻しつつある? そんなはずは――――いや、しかし――――。」
――己の孤独は何処から来るのか。そう考え込んでいたはずのテイテツだったが……もっと根本的な『感情を取り戻しつつあるのでは』というエリーの問いかけに対し、その脳内の論理の迷宮を『感情の機能』へと転じていった。
「――――私は確かにルハイグの執刀のもと、感情を司る脳組織を切除し、さらに抑制する電子脳を埋め込まれたはず。人体スキャンでも電子脳が埋まっていることは確認した。脳は――――いやしかし、脳の深部のスキャンは撮ったことが無いし…………撮るには設備が足りなくて――――」
――俄かに、テイテツは己自身を疑い始める。
「――ほら。やっぱり何かさ……あたしに聞かれて、何かそわそわ焦ってるように見えるよ? この戦艦には医務室とかあったよね? 一度、ちゃんと調べてみたら?」
「……検討してみます。出来るだけ早いうちに――――エリー。」
「…………何?」
「ありがとうございます。おかげで、もっと私の知らないことが理解出来そうです。それから――――」
「……それから?」
「――――エリー、そしてガイのサポートはこれからも変わらず続けて行きます。この先何が待ち受けていようと、2人の幸福の為に私は力を尽くします。急激な状況の変化が続きますが、改めて言っておきます。」
――エリーは、優しく微笑んだ。
「……感謝すんのはあたしの方。ありがと。今まで助けてくれて……これからもよろしく――――」
「…………」
――感謝の言葉を返したエリーだったが、テイテツはもう次の調査へと没頭してしまった。エリーの声も聴こえぬほどに。艦内の仕組みに加え、己自身のことも――――
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