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第136話 孤独と偏愛
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――――一方。アルスリアはヴォルフガングと共に、本国領地内の住居エリアを並んで歩いていた。
「――もう夕方か。最近になって陽が落ちるのが早くなったな……」
「――ええ、お父様。着々と近付いていて、待ち望まれているのです。あの夕日すらも、我々の為すべきことを、ね……」
「……むう。そうだな…………私も含め、我がガラテアは神仏や偶像など信仰しないが……我々が創世樹のもとで新時代を迎え…………真にこの星にとって良き種へと生まれ変わることを、運もまた後押ししているのかもしれん。新人類の創造を――――」
――それぞれの住まいへと向かうアルスリアとヴォルフガング。『種子の女』と、人間ながら科学の力でサイボーグ化して生き長らえているこの養父と養子は……義兄弟や実子であるリオンハルト以上に温かで、親子の親愛の情が感じられる関係性を築いているように見える。平生のアルスリアのアルカイックスマイルはなおにこやかに輝き、リオンハルト以上の鉄面皮で顔を覆っているはずのヴォルフガングも、頻りに表情をほころばせて優しく笑う。
「――私としては、この世界がようやく刷新進化され、新時代を迎えられることももちろんだが…………もっと個人的な情を言えば、お前がそのように幸せそうに微笑みかけてくれることが嬉しい。それほどまでに……『養分の男』……いや……お前の言う『花婿』と結ばれるのが嬉しいんだな。」
――創世樹の内部で、『種子の女』と『養分の男』がひとつに溶け合い、融合するという一般的な人間で言う結婚初夜などとはまるで次元が違う、異常とも言っていい結婚式だが、前々から感情を露わにしているように、その乱暴な結婚初夜をアルスリアはただただ心を昂らせ、待ち望んでいる。
ヴォルフガングの問いかけに、もちろん興奮した様子でアルスリアは答える。
「――――それはもちろんですよ!! それが私にとって本懐であり…………最も添い遂げるべき悲願なのですから!! ……それに――――」
ひと息、高揚して本懐を半ば恍惚と叫ぶアルスリアだが、突然声のトーンを落とし気味に言った。
「……何だ?」
「…………お父様の前でこんなことを言うのは本当に申し訳ないのですが――――私は、婚約者をこの目で見るまで、とても孤独な日々でした。それは私が『種子の女』としてこの星に生を受けた身ゆえ、致し方ないことだとは思っています。」
「――アルスリア……それは――」
「解っております。『種子の女』の特性上、私に最初に接触した生命体が最も心に強く想う者の似姿を私は取ってしまう。始めはお父様の妻…………血は繋がらなくとも私にとっては亡きお母様か。その似姿を取った私を、お父様は最初は妻の代わりにしようとなされた。しかし……すぐにお母様とは別物だとご理解くださり、代わりに夫婦とはなれずとも義で繋がった親子としての愛情をかけてくださった。それはガラテア帝国での立場上、とてもありがたいことだった。もしお父様が……この帝国に多く存在する……いいえ。存在せざるを得なかった冷血軍人そのものであったなら、私を突き放し、単なる創世樹発動の鍵の為の手駒としてのみ扱ったでしょう。」
――少し俯いていたアルスリアだが、再びにこやかに面を上げ、頭上のヴォルフガングの顔に向け微笑んだ。
「――だからこそ、花婿と出逢えたことが、何より嬉しいのです! 人間の姿を取っているとはいえ、種として全く異なる私の…………唯一の同胞であり、結婚相手なのですから!!」
「――ふふっ…………そうか。私なりに……お前に愛情をかけてきたつもりだったが……決して無駄ではなかったのだな……」
――ヴォルフガングは目を細めて苦々しく笑った。
姿は人間そのものでも、決して人間とは異なる『種子の女』。グロウのように旅仲間に無償の愛を注がれたものとは違い、ガラテア帝国内部ではアルスリアの存在は酷く扱いづらいものだったのだろう。
ヴォルフガングもまた、冷酷に任務をこなす軍人と、人間の父親としての板挟みに遭い……アルスリアはもちろん、実子のリオンハルトにすら歪な親子関係を持ったままになってしまっていた。
結果的に、この親子3人の関係性は、一見リオンハルトがヴォルフガングから遠ざけられ、親の愛を受けられなかったように見えるが…………特異な存在として力も強いアルスリアの方が、実は愛されてはいてもその心は孤独だった。
3者が、3様とも近くにいながら孤独。そして義兄弟であるリオンハルトとアルスリアは片や激しく苛立ち、片や戯れに心を弄ぶようなコミュニケーションしか取れないいがみ合い方を繰り返してしまっている。
そういう見方をすれば、3人とも幸福とは言い難い人生を送っているのだった。
ただ、アルスリアにとって救いなのは、世界システムという大義名分もあるが、自分にとって運命の相手である『養分の男』といずれ結ばれる、という筋書きが存在することだった。その思い入れは、過剰で、異常なまでに一方的な愛だった――――
「――お前の家だな。最近外装を変えたか? 何か雰囲気が変わった。」
――アルスリアの家。外装は、草花などのガーデニングが少し増えている程度だが…………。
「――いえいえ。大した変化はないですよ。また明日からの任務に励みます。」
「……そうか。ではまた…………」
――そうして、ヴォルフガングは自らの邸宅に向け、歩き去っていった。
アルスリアはその背中を見送り、遠く離れた処で自分の家の玄関扉を開ける。
「――――ふう…………ふふふ。さて……あとどのくらいかな。グロウと睦み合える日が来るのは。半年くらい? 3ヶ月? いや、きっともっと――――」
――軍服を脱ぎながら、自室へと上がり、独り言を呟く。
「――――ああ……会いたい。1日、1秒でも早く一緒になりたい…………こんなに、好きになれるなんて…………」
アルスリアは壁に掛かっている衣服を引っ張り、自らの頬へ撫でつけた。アルスリアの服ではない――――
「――――こんな、飾り物をありったけ貼り付けても、まだ満たされない。いや……満たされるものか。こんな、お揃いの服や写真じゃあなくて、創世樹の結婚式場で一緒になれる日が待ち遠しくってならない――――本当に。待ち遠しい。ふふふふ。」
――――暗い部屋で溜め息を漏らすアルスリア。その家の内装、壁と言う壁には――――グロウの写真や絵、旅装束のレプリカや人形などが夥しく大量に貼り付けられていた。直に、足の踏み場も怪しくなるだろう。アルスリアはただただそれらを見つめ、笑った――――
「――もう夕方か。最近になって陽が落ちるのが早くなったな……」
「――ええ、お父様。着々と近付いていて、待ち望まれているのです。あの夕日すらも、我々の為すべきことを、ね……」
「……むう。そうだな…………私も含め、我がガラテアは神仏や偶像など信仰しないが……我々が創世樹のもとで新時代を迎え…………真にこの星にとって良き種へと生まれ変わることを、運もまた後押ししているのかもしれん。新人類の創造を――――」
――それぞれの住まいへと向かうアルスリアとヴォルフガング。『種子の女』と、人間ながら科学の力でサイボーグ化して生き長らえているこの養父と養子は……義兄弟や実子であるリオンハルト以上に温かで、親子の親愛の情が感じられる関係性を築いているように見える。平生のアルスリアのアルカイックスマイルはなおにこやかに輝き、リオンハルト以上の鉄面皮で顔を覆っているはずのヴォルフガングも、頻りに表情をほころばせて優しく笑う。
「――私としては、この世界がようやく刷新進化され、新時代を迎えられることももちろんだが…………もっと個人的な情を言えば、お前がそのように幸せそうに微笑みかけてくれることが嬉しい。それほどまでに……『養分の男』……いや……お前の言う『花婿』と結ばれるのが嬉しいんだな。」
――創世樹の内部で、『種子の女』と『養分の男』がひとつに溶け合い、融合するという一般的な人間で言う結婚初夜などとはまるで次元が違う、異常とも言っていい結婚式だが、前々から感情を露わにしているように、その乱暴な結婚初夜をアルスリアはただただ心を昂らせ、待ち望んでいる。
ヴォルフガングの問いかけに、もちろん興奮した様子でアルスリアは答える。
「――――それはもちろんですよ!! それが私にとって本懐であり…………最も添い遂げるべき悲願なのですから!! ……それに――――」
ひと息、高揚して本懐を半ば恍惚と叫ぶアルスリアだが、突然声のトーンを落とし気味に言った。
「……何だ?」
「…………お父様の前でこんなことを言うのは本当に申し訳ないのですが――――私は、婚約者をこの目で見るまで、とても孤独な日々でした。それは私が『種子の女』としてこの星に生を受けた身ゆえ、致し方ないことだとは思っています。」
「――アルスリア……それは――」
「解っております。『種子の女』の特性上、私に最初に接触した生命体が最も心に強く想う者の似姿を私は取ってしまう。始めはお父様の妻…………血は繋がらなくとも私にとっては亡きお母様か。その似姿を取った私を、お父様は最初は妻の代わりにしようとなされた。しかし……すぐにお母様とは別物だとご理解くださり、代わりに夫婦とはなれずとも義で繋がった親子としての愛情をかけてくださった。それはガラテア帝国での立場上、とてもありがたいことだった。もしお父様が……この帝国に多く存在する……いいえ。存在せざるを得なかった冷血軍人そのものであったなら、私を突き放し、単なる創世樹発動の鍵の為の手駒としてのみ扱ったでしょう。」
――少し俯いていたアルスリアだが、再びにこやかに面を上げ、頭上のヴォルフガングの顔に向け微笑んだ。
「――だからこそ、花婿と出逢えたことが、何より嬉しいのです! 人間の姿を取っているとはいえ、種として全く異なる私の…………唯一の同胞であり、結婚相手なのですから!!」
「――ふふっ…………そうか。私なりに……お前に愛情をかけてきたつもりだったが……決して無駄ではなかったのだな……」
――ヴォルフガングは目を細めて苦々しく笑った。
姿は人間そのものでも、決して人間とは異なる『種子の女』。グロウのように旅仲間に無償の愛を注がれたものとは違い、ガラテア帝国内部ではアルスリアの存在は酷く扱いづらいものだったのだろう。
ヴォルフガングもまた、冷酷に任務をこなす軍人と、人間の父親としての板挟みに遭い……アルスリアはもちろん、実子のリオンハルトにすら歪な親子関係を持ったままになってしまっていた。
結果的に、この親子3人の関係性は、一見リオンハルトがヴォルフガングから遠ざけられ、親の愛を受けられなかったように見えるが…………特異な存在として力も強いアルスリアの方が、実は愛されてはいてもその心は孤独だった。
3者が、3様とも近くにいながら孤独。そして義兄弟であるリオンハルトとアルスリアは片や激しく苛立ち、片や戯れに心を弄ぶようなコミュニケーションしか取れないいがみ合い方を繰り返してしまっている。
そういう見方をすれば、3人とも幸福とは言い難い人生を送っているのだった。
ただ、アルスリアにとって救いなのは、世界システムという大義名分もあるが、自分にとって運命の相手である『養分の男』といずれ結ばれる、という筋書きが存在することだった。その思い入れは、過剰で、異常なまでに一方的な愛だった――――
「――お前の家だな。最近外装を変えたか? 何か雰囲気が変わった。」
――アルスリアの家。外装は、草花などのガーデニングが少し増えている程度だが…………。
「――いえいえ。大した変化はないですよ。また明日からの任務に励みます。」
「……そうか。ではまた…………」
――そうして、ヴォルフガングは自らの邸宅に向け、歩き去っていった。
アルスリアはその背中を見送り、遠く離れた処で自分の家の玄関扉を開ける。
「――――ふう…………ふふふ。さて……あとどのくらいかな。グロウと睦み合える日が来るのは。半年くらい? 3ヶ月? いや、きっともっと――――」
――軍服を脱ぎながら、自室へと上がり、独り言を呟く。
「――――ああ……会いたい。1日、1秒でも早く一緒になりたい…………こんなに、好きになれるなんて…………」
アルスリアは壁に掛かっている衣服を引っ張り、自らの頬へ撫でつけた。アルスリアの服ではない――――
「――――こんな、飾り物をありったけ貼り付けても、まだ満たされない。いや……満たされるものか。こんな、お揃いの服や写真じゃあなくて、創世樹の結婚式場で一緒になれる日が待ち遠しくってならない――――本当に。待ち遠しい。ふふふふ。」
――――暗い部屋で溜め息を漏らすアルスリア。その家の内装、壁と言う壁には――――グロウの写真や絵、旅装束のレプリカや人形などが夥しく大量に貼り付けられていた。直に、足の踏み場も怪しくなるだろう。アルスリアはただただそれらを見つめ、笑った――――
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