創世樹

mk-2

文字の大きさ
上 下
135 / 223

第134話 傷心の改造兵

しおりを挟む
「――――なあ…………本国まで戻って来たのはいいけどよ…………メラン、本当に大丈夫なのかよお…………?」




 ――ニルヴァ市国の戦いでエリーたちに圧倒され、激しく傷付きながらも生還したライネス。ガラテアの旗艦で治療を受け、本国で重ねて治療を受けた彼らは一先ずの待機場所として広々とした応接室に居た。ライネスは落ち着かないのか、机の上で胡坐をかいてふらふらと身体を揺らす。



「――さアなあ……あのタイミングでアルスリア中将補佐閣下が出撃されて良かったってトコだろうなあ……」




「――けっ……あの作戦は最悪だったよ。強者が揃ってんのに、1人もぶっ殺せやしなかった。欲求不満だよ……ああ~イライラするう~……メランがいればなぁ~…………エッチした~い。」




 ――バルザックと改子は、グロウの練気チャクラを通した石つぶてをまともに喰らってしまったメランをそれほど心配していないように見える。バルザックは暇が出たとばかりに携帯端末から小説投稿サイトへ投稿する小説の続きを太い指で操作しながら書き、改子は行儀悪く立ったり座ったり、ナイフを抜き放つ練習をしたりとライネス以上に落ち着かない。




「……お、おめえら……メランのこと…………気にならねえのかよ…………?」




 ――グロウの精神干渉を受けてからメランと共に、本来の人間らしい感性を取り戻したと見えるライネスは、まるで仲間の無事を意に介さないバルザックと改子へ不安感を募らせる。





「――むゥん? まあ、そりゃあ元気に戻ってきて欲しいたァ思うが…………何をそんなに心配するってんだああ?」



「――ハアァ~? 何言ってんのライネス。あたしらいっつもお互いの命の心配なんかしたことないじゃん。全力で強い敵ぶっ殺しに行って、全力でぶっ殺されて終わり。いつもそんなノリでやってきたじゃん。たかが死ぬことの何が恐いってのぉ? まあ、メランみたいなセックスフレンドが近くに居ないとムラムラしっぱなしだけどさあ。」



 ――改造兵特有の、一般人とは大きく隔たりのある認知の歪み。生命への意識の軽さ。ライネス自身も、そんなことは改造兵になって以降、グロウの精神干渉を受けるまでは蚊ほども意識したことが無かったが――――




「……おい、改子!! てめえ、本気でそう思ってんのかよ!?」




「……ああん?」




「――メランはてめえを庇って……死んで欲しくなくて楯になったんだぜ!? てめえの為に…………それがわかんねえのか!? 仲間を想って…………!!」




「――ハアん? 何ぃそれえ。ライネス。あんたやっぱあのグロウとか言うガキになんかされてから変だよ。仮に死んだって、また代わりの改造兵が仲間に加わって殺し合いに行く。それの何がそんなにキョドってるわけえ~?」




「――――こォのッ…………!!」




 ――ライネス自身、己の胸の内のモヤモヤした感情が何なのか上手く理解出来ていないし、言葉にも出来ない。




 だが、ライネスの心の真芯は、重傷を負った仲間を蚊ほども思わない者への義憤と不安感に満ちていた。改子の心ない言葉に、堪らず胸倉を掴んで引き寄せる――




「――てめえッ……もう一遍言ってみやがれッ!! メランは……おめえの彼女みたいなもんじゃあねえか!! そんでそれ以前に俺らの仲間だろ!! マジで、何も感じてねえってのか!!」




「――んっ……マジで何言ってんのォ、ライネス? メランは、別に彼女じゃあねーし。つーか、殺し合いとセックスし合う以外の恋人同士の遣り取りなんざ、あたしが知ってるわけねええぇし。つか、久々にやる気……? いいよ。あたしイラついてしょうがなかったし。ライネスも、イラついてんっしょ…………?」




 俄かに練気を立ち昇らせ、臨戦態勢に入ろうとする改子。応接室が殺気で満たされる――――




「――くっ…………そうじゃあねえ…………そうじゃあねえんだ…………俺がやりたいのは、そんなことじゃあねえんだ――――!!」




 ――ライネスの、これまで感覚的に経験したことの無い、苦悶。それは闘争によって生じる傷からの痛覚などではなく――――紛れもなく、仲間を想う親愛の情だった。ライネス自身、その情を頭と心で理解し切れずに戸惑い続けているのだった。




「――ハア? じゃあ一体何だっつーのよ。あんただって暴れたいんだろうが。」




 ――殺気立った改子が、ナイフを抜き放とうとする刹那――――





「――――2人共、やめてぇ!!」




 ――俄かに、応接室に飛び込んできた、メランの声が響く。いつもの通り甘ったるい声質ながら、その声色は切実だ――――




「――め、メラン!! 無事だったのか…………良かったぜ! もう戻らねえのかと…………!!」




「――おっ! 戻ったのか、メランんん。重傷を負ったはずだが…………問題ねえのか?」




 ――バルザックは仲間同士の私闘、またその発端となりかけたメランが戻って来たというのに、やはり気の抜けたような声で言う。




 ――メランは本国の医療機関に担ぎ込まれてはや一ヶ月近くの療養をしたが……玉のような美しい肉体のあちこちに、痛々しい傷の縫合痕が見える。紫色の髪も艶やかで美しかったはずだが、今は伸び方も疎らなボサボサの長髪になっている。極めつけは――――




「――お、おめえ…………その左目――――!!」





「……ええ……そうよン…………完全にあの子……グロウくんの石つぶてが眼球を砕いてて、治すには改子とおんなじようにぃ…………細胞から作り出す再生医療が必要で、時間がかかるってぇ――――」




 ――――メランの左目は、砕かれて失明していた。代わりに、改子と同じ電子視覚センサーを埋め込まれ、視覚情報を補っていた。ガラテア軍の技術力ならばセンサーアイひとつで視力は回復したも同然だが――――




「――メラン……嘘だろ…………おめえまで、そんな身体に……そんな目ん玉になっちまうなんて――――」




 ――ライネスは意気消沈とした。再生医療でいずれは完全回復出来るとは言え、深手を負った仲間の痛ましい姿に…………助け切れなかった自分の弱さに頭を垂れてしまった。




「――おーい。ライネスぅ、何処見てんのォ? あったしのこのイライラムラムラを収める為に…………殺し合ってくれるんじゃあないのォ!? ゴラァッ!!」




 ――しかし戦闘モードに入った改子は収まりがつかない。自身の右目のセンサーアイを明滅させ、今にもライネスにナイフを突き立てようとする――――




「――やめてえ、改子っ…………!!」





「――あ……?」





 ――全身を傷みながらも、駆け寄ってふわり、と改子を抱き締めるメラン。改子は一瞬呆気に取られたが、すぐにメランから消毒液と血と、香水の混じった心地良い香りがする。




「――おオい、お前ら、やめとけエい。もうすぐここにリオンハルト准将閣下が来られるんだぞ。私闘は厳罰処分。給料さっぴかれるんじゃあ済まねえぞおン。」




「――あ~……ちょっと消毒液が邪魔だけど…………やっぱイイ匂いするわあ~…………メラン~…………あたし、今すぐバチコリ、ヤリ合いたいだけどお…………」




「――――うん、うん!! セックスなら後で干からびるまで相手しちゃうからあン…………仲間同士で殺し合うのは、もうやめてえン――――!!」




「――メラン…………おめえ――――」




 ――バルザックと改子は気付きもしなかったが…………メランの右目からは、改子を抱き締めつつ――――温かな涙を流していた。自らは重傷を負いながらも、何とか帰還した全員の無事と……要らぬ争いをして欲しくない、慈愛から来る落涙だった。ライネスは、そのメランの涙を見遣り、何か心をチクチクと刺されるような感覚を覚えた――――




「――――バルザック曹長の言う通りだぞ、諸君。友軍同士の私闘は許さん。睦み合うのもプライベートの範疇にしろ。それから……これからの作戦に向け、私の話を聴き給え。」





 ――メランの後を追ってきたのか、リオンハルトが例の冷たい鉄のような顔をしながら、応接室に入ってきた――――
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界転生目立ちたく無いから冒険者を目指します

桂崇
ファンタジー
小さな町で酒場の手伝いをする母親と2人で住む少年イールスに転生覚醒する、チートする方法も無く、母親の死により、実の父親の家に引き取られる。イールスは、冒険者になろうと目指すが、周囲はその才能を惜しんでいる

Condense Nation

SF
西暦XXXX年、突如としてこの国は天から舞い降りた勢力によって制圧され、 正体不明の蓋世に自衛隊の抵抗も及ばずに封鎖されてしまう。 海外逃亡すら叶わぬ中で資源、優秀な人材を巡り、内戦へ勃発。 軍事行動を中心とした攻防戦が繰り広げられていった。 生存のためならルールも手段も決していとわず。 凌ぎを削って各地方の者達は独自の術をもって命を繋いでゆくが、 決して平坦な道もなくそれぞれの明日を願いゆく。 五感の界隈すら全て内側の央へ。 サイバーとスチームの間を目指して 登場する人物・団体・名称等は架空であり、 実在のものとは関係ありません。

スペースランナー

晴間あお
SF
電子レンジで異世界転移したけどそこはファンタジーではなくSF世界で出会った美少女は借金まみれだった。 <掲載情報> この作品は 『小説家になろう(https://ncode.syosetu.com/n5141gh/)』 『アルファポリス(https://www.alphapolis.co.jp/novel/29807204/318383609)』 『エブリスタ(https://estar.jp/novels/25657313)』 『カクヨム(https://kakuyomu.jp/works/1177354054898475017)』 に掲載しています。

また、つまらぬものを斬ってしまった……で、よかったっけ? ~ 女の子達による『Freelife Frontier』 攻略記

一色 遥
SF
運動神経抜群な普通の女子高生『雪奈』は、幼なじみの女の子『圭』に誘われて、新作VRゲーム『Freelife Frontier(通称フリフロ)』という、スキルを中心としたファンタジーゲームをやることに。 『セツナ』という名前で登録した雪奈は、初期スキルを選択する際に、0.000001%でレアスキルが出る『スーパーランダムモード』(リセマラ不可)という、いわゆるガチャを引いてしまう。 その結果……【幻燈蝶】という謎のスキルを入手してしまうのだった。 これは、そんなレアなスキルを入手してしまった女の子が、幼なじみやその友達……はたまた、ゲーム内で知り合った人たちと一緒に、わちゃわちゃゲームを楽しみながらゲーム内トップランカーとして走って行く物語!

完結•flos〜修理工の僕とアンドロイドの君との微かな恋の物語〜

SF
 AIとの大戦後、壊れた機材の中で生活していた。廃材を使えるように修理することを仕事として生活をしているキラは、廃材の山でアンドロイド拾う。  修理したアンドロイドは家事をしてキラを助けるようになったが、エネルギー補充のため月が出る夜に外出をしていた。そして、いつからか花を持って帰るように。  荒廃し、自然がない世界に咲く一輪の花。変化していく二人の関係。  それでも、キラはこの生活がずっと続くと思っていた―――― ※小説家になろう・pixivにも投稿 本日中に完結

お兄様、冷血貴公子じゃなかったんですか?~7歳から始める第二の聖女人生~

みつまめ つぼみ
ファンタジー
 17歳で偽りの聖女として処刑された記憶を持つ7歳の女の子が、今度こそ世界を救うためにエルメーテ公爵家に引き取られて人生をやり直します。  記憶では冷血貴公子と呼ばれていた公爵令息は、義妹である主人公一筋。  そんな義兄に戸惑いながらも甘える日々。 「お兄様? シスコンもほどほどにしてくださいね?」  恋愛ポンコツと冷血貴公子の、コミカルでシリアスな救世物語開幕!

Plasma_Network~プラズマネットワーク(アルファポリス版)

カチコミぱいせん
SF
「人が星を作るとき、その星は人のために尽くすように役目を与える。失敗するかもしれないけど、その人の願いが必ず宿っているんだ…。」 …人類は予言者・占星術師・科学者たちから告げられる、数多の人類滅亡の予言を乗り越えた。新たな国造りのために人工惑星が造られた遠い未来でも、生きるため争い、執着する。AIプログラムを施された惑星は何を思うのか。かつて星に世界を与えたと言われる巨大機体【タイタン号】とともに、レジスタンスの少女【レオ・キャンソン】は戦地へと赴く。そして遠く、長く、険しい旅路が彼らを襲う…。 多種多様なロボットを駆使し、人工惑星を駆け抜ける超未来ロボットSF冒険譚! ※注記を必ず一読してから閲覧してください。

魔法と科学の境界線

北丘 淳士
SF
時代は22世紀半ば。 一人で留守番をしていた幼少の旭(あきら)は自宅の廊下で、ある少女と出会う。 その少女は映像だったが意思疎通をし仲が深まっていく。 その少女との約束を果たす前に彼女は消えてしまう。そこから科学者の道へと舵を切る旭。 青年になった彼を待ち受ける真実とは。 宗教、戦争、科学技術、未来、の根本を問うS(少し)F(不思議な)物語。

処理中です...