創世樹

mk-2

文字の大きさ
上 下
123 / 223

第122話 絶望の淵から見上げる空

しおりを挟む
 ――――アルスリアが明かした、想像もつかぬ世界の真実。創世樹が織り成す、世界システム。



 グロウはただ呆然と…………目の前の妖女、否――――『つがい』となる運命にある『種子の女』、人としての名をアルスリア=ヴァン=ゴエティアの顔を見つめた。



 『そんなことは認めない。僕はエリーお姉ちゃんの仲間だ』と叫びたい自分。『自分の正体が養分の男で、創世樹へと至ることが世界システムならば運命に従うしかない』と認めざるを得ない自分。『結局自分は何者なのか。全て忘れて静かに安寧に暮らしたいと願う』自分。グロウの心中は混乱の極みにあった。




 不安。恐怖。重圧。愛情。憤怒。緊張。希望。絶望。切望。寂寞――――そして混乱。




 思いもよらない。思いもよらぬ真実とやらにグロウの意識は霞み、気を失いそうになる――――




「――おっとっと…………あまりのことにショックが大きすぎたか…………しっかりして。そんなに思い悩むことなど無いのだよ。いずれ、君の心は自ずから創世樹へと至り、身を委ねることになる。その瞬間までは、私が君を守る。私が最後までエスコートし、リードするよ。そう誓う。その後は1つに溶け合い、もう何も不安に思うことなどなくなる。二柱の雌雄がまぐわいあい、この星の神になるんだ。」





 ショックで眩暈を催すグロウを、即座に席を立って近付き、支えるアルスリア。グロウに真実を伝え、ショックを与えてしまったが…………同時にグロウを同胞はらからであり、結ばれるべき雌雄、運命の人として心から愛情を傾けている。平生リオンハルトを弄び、他人にはアルカイックスマイルで通して陰惨な軍人として任務を執行してきた妖女の姿は今は無い。





 心から伴侶を労わり、愛する1人の婚約者フィアンセ。その姿に何ら偽りは無かった。





「…………少し刺激が強過ぎたか。このままだと食事も喉を通らないか……仕方ない――――」




 アルスリアは虚ろな目をして椅子の上でふらつくグロウを支えながら、その銀の頭に手を当て、何やら念じた。





「――あっ…………これ、は――――」





「私は『種子の女』として、あらゆる種を蒔く力がある。物理的なエネルギーだけでなく、生命体の精神にも種を蒔ける。ちょうど君は『養分の男』で、生命と精神を養う土壌がある…………そこへ私が『気をしっかりもたせる』という種を蒔けば――――」





「――――これは…………恐いけど、本当に現実なんだね…………僕は……僕たち2人は創世樹の為に生まれて来たんだね…………悲しみもあるけど、認めざるを得ないや…………」





「――よし。すぐに君の中で発芽して、グロウ自身を支える精神の木が根を張ったね。もうこれで少々のことでは動じない強い精神が手に入ったよ……一応言っておくけれど、これは洗脳とかじゃあなくて、気付けみたいなものだからね。君の自由意志や自我はそのままだよ。安心し給え。」





 ――アルスリアの種子の力でグロウの精神に種を蒔き、安定させた。




 これだけを見れば清らかな力に見えなくも無いが――――それは人の持つ悲哀や絶望、蟠りなどネガティブな精神の『土壌』にアルスリアが悪意を持って破滅的な『種子』を蒔けば、忽ちその者を破滅させたり洗脳したり出来てしまう力ということだ――――恐らくアルスリアはこの唯一の力を目的の為、或いは己の戯れの為に幾度となく使ってきたのだろう…………。





「……おっ。血色も良くなって来たね。ショックを受けて脳が疲弊すると腹が減るだろう。さあ、目の前のケーキを食べなさい。君の肉体も精神も育ち盛りの少年そのもの。ケーキと言わず美味しい物は何でも食べさせてあげよう。何でも言ってくれ……」






「……う、うん…………」




 ――アルスリアの言う通り、研究所に攫われてから恐怖や不安、憤怒と緊張で食事も碌に喉を通らない日も多かった。ましてやたった今重大なこの世の真実。己の使命を知ってショックを受けたグロウは疲労し、食欲が高進して来た――――目の前のケーキをワシワシと激しい勢いで口に運んで食べ、お茶も飲み干す。





「あははは。やはりお腹が空いていたんだねえ。食べたい物は……このメニューから選びなさい。落ち着くまで食べさせてあげよう。ほら。」





 グロウは一口飲みこみ、答える。





「――う、うん…………このまま飢えてしまっていたら……エリーお姉ちゃんも心配するし。取り敢えず、ええっと――――御馳走になります。」





「ふふふ。どうぞ、どうぞ。花婿様――――」





 ――グロウの心は、もちろん激しい動揺と迷いの中にある。





 だが、こんな時でも生物的な本能には抗えない。まず食わねば。アルスリアに従って己の『養分の男』としての使命を全うするかはさておき、今は己の身を養い、行動する時機を――――エリーとガイたちが助けに来るかもしれない可能性を捨てずに、待つことにした――――




 <<





 <<






 ――――一方、エリーは……今の独房では拘束が不十分と判断され、研究員に加え、重装備の兵士たちに捕縛されながら、所内のより拘束が厳重なエリアへと移送されている最中だった。





「――ほら。しっかり歩け、鬼女。」




「………………」




 エリーはもはや、絶望の底へと沈みかけていた。本気を出せば、この兵士たちを焼き殺して逃げることも出来るのかもしれないが…………そう想起した途端、ニルヴァ市国でアルスリアにやられたプレッシャーを思い出してしまう。





 もう、自分はあの妖女には敵わない。ガイもグロウも、守れはしない――――そんなトラウマにも等しい強迫観念が、エリーから抵抗する意志すら奪ってしまっていた。





 ――移送の途中、久方ぶりに屋外エリアを通った。





 空はよく晴れていて、エリーは一瞬太陽の眩しさに目を細めた。





(――――ああ、綺麗な青空ね…………)





 生きる気力を失いつつあるエリーは、空を見上げて、ただ端的にそう思った。それ以外の感慨は何も浮かんでは来なかった。






「――――いたっスよお~っ!! そりゃあ、発破ァッ!!」




「――――!?」





 ――――何処かで聴いた覚えのある声が聴こえると同時に、研究所の各部署で爆発音が響き渡った――――
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

ゾンビ作品の死に役みたいな俺はゾンビ作品の知識で生き残れますか?

月影光貴
SF
ゾンビ作品オタクの精神病ニート(23)が、本当にゾンビが発生した世界でそのオタク知識、特技、仲間などで何とか生き残ろうとする。

異世界召喚失敗から始まるぶらり旅〜自由気ままにしてたら大変なことになった〜

ei_sainome
ファンタジー
クラスメイト全員が異世界に召喚されてしまった! 謁見の間に通され、王様たちから我が国を救って欲しい云々言われるお約束が…始まらない。 教室内が光ったと思えば、気づけば地下に閉じ込められていて、そこには誰もいなかった。 勝手に召喚されたあげく、誰も事情を知らない。未知の世界で、自分たちの力だけでどうやって生きていけというのか。 元の世界に帰るための方法を探し求めて各地を放浪する旅に出るが、似たように見えて全く異なる生態や人の価値観と文化の差に苦悩する。 力を持っていても順応できるかは話が別だった。 クラスメイトたちにはそれぞれ抱える内面や事情もあり…新たな世界で心身共に表面化していく。 ※ご注意※ 初投稿、試作、マイペース進行となります。 作品名は今後改題する可能性があります。 世界観だけプロットがあり、話の方向性はその場で決まります。 旅に出るまで(序章)がすごく長いです。 他サイトでも同作を投稿しています。 更新頻度は1〜3日程度を目標にしています。

願いの守護獣 チートなもふもふに転生したからには全力でペットになりたい

戌葉
ファンタジー
気付くと、もふもふに生まれ変わって、誰もいない森の雪の上に寝ていた。 人恋しさに森を出て、途中で魔物に間違われたりもしたけど、馬に助けられ騎士に保護してもらえた。正体はオレ自身でも分からないし、チートな魔法もまだ上手く使いこなせないけど、全力で可愛く頑張るのでペットとして飼ってください! チートな魔法のせいで狙われたり、自分でも分かっていなかった正体のおかげでとんでもないことに巻き込まれちゃったりするけど、オレが目指すのはぐーたらペット生活だ!! ※「1-7」で正体が判明します。「精霊の愛し子編」や番外編、「美食の守護獣」ではすでに正体が分かっていますので、お気を付けください。 番外編「美食の守護獣 ~チートなもふもふに転生したからには全力で食い倒れたい」 「冒険者編」と「精霊の愛し子編」の間の食い倒れツアーのお話です。 https://www.alphapolis.co.jp/novel/2227451/394680824

素質ナシの転生者、死にかけたら最弱最強の職業となり魔法使いと旅にでる。~趣味で伝説を追っていたら伝説になってしまいました~

シロ鼬
ファンタジー
 才能、素質、これさえあれば金も名誉も手に入る現代。そんな中、足掻く一人の……おっさんがいた。  羽佐間 幸信(はざま ゆきのぶ)38歳――完全完璧(パーフェクト)な凡人。自分の中では得意とする持ち前の要領の良さで頑張るが上には常に上がいる。いくら努力しようとも決してそれらに勝つことはできなかった。  華のない彼は華に憧れ、いつしか伝説とつくもの全てを追うようになり……彼はある日、一つの都市伝説を耳にする。  『深夜、山で一人やまびこをするとどこかに連れていかれる』  山頂に登った彼は一心不乱に叫んだ…………そして酸欠になり足を滑らせ滑落、瀕死の状態となった彼に死が迫る。  ――こっちに……を、助けて――  「何か……聞こえる…………伝説は……あったんだ…………俺……いくよ……!」  こうして彼は記憶を持ったまま転生、声の主もわからぬまま何事もなく10歳に成長したある日――

王女の夢見た世界への旅路

ライ
ファンタジー
侍女を助けるために幼い王女は、己が全てをかけて回復魔術を使用した。 無茶な魔術の使用による代償で魔力の成長が阻害されるが、代わりに前世の記憶を思い出す。 王族でありながら貴族の中でも少ない魔力しか持てず、王族の中で孤立した王女は、理想と夢をかなえるために行動を起こしていく。 これは、彼女が夢と理想を求めて自由に生きる旅路の物語。 ※小説家になろう様にも投稿しています。

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

100000累計pt突破!アルファポリスの収益 確定スコア 見込みスコアについて

ちゃぼ茶
エッセイ・ノンフィクション
皆様が気になる(ちゃぼ茶も)収益や確定スコア、見込みスコアについてわかる範囲、推測や経験談も含めて記してみました。参考になれればと思います。

のほほん異世界暮らし

みなと劉
ファンタジー
異世界に転生するなんて、夢の中の話だと思っていた。 それが、目を覚ましたら見知らぬ森の中、しかも手元にはなぜかしっかりとした地図と、ちょっとした冒険に必要な道具が揃っていたのだ。

処理中です...