創世樹

mk-2

文字の大きさ
上 下
116 / 223

第115話 帰ってきた聖騎士

しおりを挟む
 ――――廃屋も同然なかつての孤児院跡の部屋で、元院長は軽鎧や具足、腕当て……そして剣を用意し、装備し始めた。ガイは近くの椅子に腰掛け、元院長が逃げ出さないか、また卑怯な手を使わないか見張っている。





 そして…………元院長が上着を脱いだ辺りでひとつの事実に気が付いた――――





「…………!! それは…………そうか、それが――」






「――ああ、そうだガイ。私はもうすぐ死ぬ。この腹に出来た病巣によってな…………お前に言い遺せたものではないが、私はこうなって当然の人間だ。悔いはない。むしろ最後に会う人間がかつての養子で幸せだと思うよ…………」





「……けっ。俺たちを絶望のどん底に叩き落としといて、今更しみったれたこと言って誤魔化してんじゃあねえ。殺してやるからさっさと装備しやがれ。」





 ――ガイは思わず目を逸らしてしまいそうになった。元院長の腹には、寄る年波と激しい悔恨がゆえか、あるいは霞を喰うようにして孤児院を経営してきた辛苦の積み重ねがゆえか…………瘤状に肥大化した病魔が巣食っていた。





 もしこの場にグロウが居れば、彼の治癒の力で病巣を癒そうとしただろう。だが今は彼はいない。





 いるのはただ目の前の元院長へ引導を渡そうとするガイと、その決闘を見守るイロハとテイテツのみであった。





 武具を装備しながらも、かつての養子であるガイへの愛情は消えない元院長。ところどころでガイへこれまでの10年あまりの人生を尋ねて来る。






「……10年前……あの後エリーとお前は孤児院へ戻ってこなかったが…………今までどうやって暮らしてきたんだ。」





「……仲間のテイテツに助けられた。あのバイザーを被った科学者っぽい奴だよ。エリーの『鬼』の力を何とか制御しつつの世渡り。地獄そのものだったぜ。てめえのおかげでな。」






「……そうか。そうだろうな…………お前は昔から……エリーのことを愛していたが…………今も共に在るのか…………?」






「――当たり前だ、と言いてえとこだが…………今あいつは恐ろしく強え軍人に取っ捕まって、この近くの研究所に囚われてる、必死に抵抗してるぜ――――もちろん俺が助け出す。あいつを俺はいつか花嫁にすんだ。一緒に幸せに暮らすんだよ。あいつは……俺の全てだからな…………」







「――ふふ、そうかそうか…………エリーもひとまずは元気か…………お前の愛は変わらない――――いや、もう大人の男と女にまで成長したんだな。子供も作るつもりなのか……?」







「……あいつの『鬼』の体質上、酷く難しいんだがな…………だが諦めねえ。いつか科学的な、どんな方法を使ってでもあいつと俺の子を授かるんだ。『鬼』と人間の合いの子。障害を持って生まれて来るかもしれねえが、構わねえ。覚悟してるぜ。」






「……そうか…………。」






「……おう。」






「……その練気チャクラ……相当に強いが、何処で修行したんだ……?」







「……10年前のあの日から、俺は徹底的に己を鍛え抜こうと努力してきてるぜ。身体も、精神も、刀も。練気なら、ニルヴァ市国へ最近は訪ねていった…………」






「……そうだったか…………ニルヴァ市国は私も昔行って修行したことがある。今はどうなってる?」







「……あんた、知らねえのか。ニルヴァ市国はついこの前、ガラテア軍の糞ったれ共の侵略で滅んだよ。あの小さな国に居た果たして何人が国の外へ無事脱出出来たんだろうな――――」







「――――!!」






「――俺らが世話になった練気使いの師匠たちも…………テイテツの伝手で協力してくれたタイラー=アドヴェントって奴も……わからねえ。多分死んだ。運良く生きてても、ガラテア軍の人体実験やら何やらに遭って…………ひっでぇ末路を辿っているだろうぜ――――糞ったれ!! 糞ったれが…………!! 俺らがあの女軍人にぶっ飛ばされなけりゃあ、こんなことには!!」






「――――ガイ…………」







 ――そこで元院長も不幸な報せに固まった。ガイも拳を地に打ち付け、激しい義憤と後悔を露わにしている。






「――エリーとグロウはまだ生きてるが……俺はまた……また、愛する家族を守れなかったんだ…………!! まるで成長してねえ…………あの日から何も変わってねえ…………!!」






「――――ガイ。そんなことは――――」







「うるせえ!! てめえに…………てめえなんかに、何が解るってんだ!!」






「――よすんだ、ガイ。それは……お前は最大限、出来ることをやったのだよ。ニルヴァ市国でも……10年前の悲劇でも――――」






「――――近寄るんじゃあねエッッッ!!」







 ――元院長はガイの両肩に手を置き慰めようとするが、激情に駆られたガイは立ち上がり衝動的に、元院長の頬を打ち据えてしまった。






 殴られた衝撃で2歩3歩と後ずさる元院長だが――――静かに、ガイの方へ向き直った。







「――――いいか。ガイ。お前が本気で聖騎士らしく気高い強さを求めてエリーと、今のグロウを守りたいなら……己の過去を咎めるのはやめろ。そんなものは聖騎士として穢れや呪いでしかない。」






「――――ッ!!」







 ――先ほどまでの病魔に冒された弱々しい養父ではなく…………ガイの崩壊しそうな苦悩する心に、元院長は毅然とした勇敢な目付きで、ガイを見つめた。






 それは、弱々しい老人でも優しいだけの養父でもなく――――1人のかつての聖騎士の、強い光を目に宿した男の目であった。







 ――その目は、ガイは初めて見たものではない。






 孤児院に居た頃、いたずらをした時に厳しい父として巌とした態度で叱ってくれた時の目。






 そして、聖騎士の技を教える師匠としての気高さと誠実さ――――何より、ガイたち孤児を守る寛容の心を持った育ての父そのものの、強い眼差しであった。







 ガイの心の危機に、元院長はきっと本当は老いさらばえて朽ちていくだけのはずだったが――――ガイの為に、今一度。子を守る父親としての己を呼び起こしたのだ。





「――さあ。準備は調ったぞ、ガイ。お前も準備をするんだ。そして――――成長した証をしかと私に見せつけ、斬れ。そして――――エリーを救え。」






 ――聖騎士としての装備に身を包み、かつての父としての己を揺り起こした元院長は、もはや弱々しい老人らしさは微塵も感じられない。しっかりとした足取りで、先ほどの開けた中庭へと歩いて行った。






「――何をしてる。早く支度を調えないか。私を斬るんだろう?」







 ふと振り返り、ガイを叱る。






「――――お、おお! やってやるぜ。俺の肉体、精神、技の全てを以て――――おめえを斬る!!」






 ガイも慌てて装備を調え、解けかけた戦意を持ち直した――――
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

後宮の棘

香月みまり
キャラ文芸
蔑ろにされ婚期をのがした25歳皇女がついに輿入り!相手は敵国の禁軍将軍。冷めた姫vs堅物男のチグハグな夫婦は帝国内の騒乱に巻き込まれていく。 ☆完結しました☆ スピンオフ「孤児が皇后陛下と呼ばれるまで」の進捗と合わせて番外編を不定期に公開していきます。 第13回ファンタジー大賞特別賞受賞! ありがとうございました!!

王女の夢見た世界への旅路

ライ
ファンタジー
侍女を助けるために幼い王女は、己が全てをかけて回復魔術を使用した。 無茶な魔術の使用による代償で魔力の成長が阻害されるが、代わりに前世の記憶を思い出す。 王族でありながら貴族の中でも少ない魔力しか持てず、王族の中で孤立した王女は、理想と夢をかなえるために行動を起こしていく。 これは、彼女が夢と理想を求めて自由に生きる旅路の物語。 ※小説家になろう様にも投稿しています。

入れ替われるイメクラ

廣瀬純一
SF
男女の体が入れ替わるイメクラの話

海道一の弓取り~昨日なし明日またしらぬ、人はただ今日のうちこそ命なりけれ~

海野 入鹿
SF
高校2年生の相場源太は暴走した車によって突如として人生に終止符を打たれた、はずだった。 再び目覚めた時、源太はあの桶狭間の戦いで有名な今川義元に転生していた― これは現代っ子の高校生が突き進む戦国物語。 史実に沿って進みますが、作者の創作なので架空の人物や設定が入っております。 不定期更新です。 SFとなっていますが、歴史物です。 小説家になろうでも掲載しています。

ニート 終末 人間兵器

沢谷 暖日
ライト文芸
僕はニートだからか兵器に改造されてしまった。

ペーパードライバーが車ごと異世界転移する話

ぐだな
ファンタジー
車を買ったその日に事故にあった島屋健斗(シマヤ)は、どういう訳か車ごと異世界へ転移してしまう。 異世界には剣と魔法があるけれど、信号機もガソリンも無い!危険な魔境のど真ん中に放り出された島屋は、とりあえずカーナビに頼るしかないのだった。 「目的地を設定しました。ルート案内に従って走行してください」 異世界仕様となった車(中古車)とペーパードライバーの運命はいかに…

【完結】虐げられた武闘派伯爵令嬢は辺境伯と憧れのスローライフ目指して魔獣狩りに勤しみます!~実家から追放されましたが、今最高に幸せです!~

雲井咲穂(くもいさほ)
ファンタジー
「戦う」伯爵令嬢はお好きですか――? 私は、継母が作った借金のせいで、売られる形でこれから辺境伯に嫁ぐことになったそうです。 「お前の居場所なんてない」と継母に実家を追放された伯爵令嬢コーデリア。 多額の借金の肩代わりをしてくれた「魔獣」と怖れられている辺境伯カイルに身売り同然で嫁ぐことに。実母の死、実父の病によって継母と義妹に虐げられて育った彼女には、とある秘密があった。 そんなコーデリアに待ち受けていたのは、聖女に見捨てられた荒廃した領地と魔獣の脅威、そして最凶と恐れられる夫との悲惨な生活――、ではなく。 「今日もひと狩り行こうぜ」的なノリで親しく話しかけてくる朗らかな領民と、彼らに慕われるたくましくも心優しい「旦那様」で?? ――義母が放置してくれたおかげで伸び伸びこっそりひっそり、自分で剣と魔法の腕を磨いていてよかったです。 騎士団も唸る腕前を見せる「武闘派」伯爵元令嬢は、辺境伯夫人として、夫婦二人で仲良く楽しく魔獣を狩りながら領地開拓!今日も楽しく脅威を退けながら、スローライフをまったり楽しみま…す? ーーーーーーーーーーーー 読者様のおかげです!いつも読みに来てくださり、本当にありがとうございます! 読みに来てくださる皆様のおかげです!本当に、本当にありがとうございます!! 1/23 HOT 1位 ありがとうございました!!! 1/17~22 HOT 1位 ファンタジー 最高7位 ありがとうございました!!! 1/16 HOT 1位 ファンタジー 15位 ありがとうございました!!! 1/15 HOT 1位 ファンタジー 21位 ありがとうございました!!! 1/14 HOT 8位 ありがとうございました! 1/13 HOT 29位 ありがとうございました! X(旧Twitter)やっています。お気軽にフォロー&声かけていただけましたら幸いです! @hcwmacrame

異世界でリサイクルショップ!俺の高価買取り!

理太郎
ファンタジー
坂木 新はリサイクルショップの店員だ。 ある日、買い取りで査定に不満を持った客に恨みを持たれてしまう。 仕事帰りに襲われて、気が付くと見知らぬ世界のベッドの上だった。

処理中です...