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第84話 盲者の僧
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「――なんだあ、坊さん。」
「――私たちに用か……?」
突然、「何故強さを求めるのか」と問いかけられ、ガイとセリーナは驚いた。やや警戒しつつ、僧侶と思しき男に返事をする。
「――用と言うほどのものでは…………ただただ、強さを探求する道に、迷われ、困っているように聞こえましたので。」
法衣を着た男は、静かに大きな丼の中のバター粥のような食事を摂りながらも実に穏やかでゆとりのある立ち振る舞いで接してくる。
「……あんたも練気の修行を?」
「左様でございます。もっとも、戦に身を投じる為でなく……ただ心安らかに生きていたいがゆえ――――この目では貴方方のように戦えませぬからね。」
――――男は、両目とも塞がっていた。眼窩が窪んで、瞼には深い傷痕があった。盲者のようだ。
「……戦えないのに、練気を習得して、意味があるのか?」
セリーナも問う。
男は、粥を一口レンゲで啜り、喉に通してから答える。
「――ありますとも。練気は本来、戦う為ではなく、精神修養の行ないだと私は心得ております。練気の修行はこの身を剛健にするだけでなく、悟りの精神へと至る為のライフワークでもあるとおもいますゆえ。」
「……精神修養、悟り、ねえ……俺らは…………出来ればそういうことにかまけている暇はねエ。少しでも早く強くなりてえんだ。」
また一口、レンゲで粥を啜ってから、答える。盲者の僧との問答が始まりそうだ。
「――――強さを求めるのならば、なおのこと、なおのこと。焦ってはなりませぬよ――――私もかつては武の道を志し、この心は焦りで濁っておりました。それゆえに失ったものが、この目の光でございます。」
「む……」
「なんだと……」
――かつてガイやセリーナ同様、武の道に生きていたという僧。焦りゆえに大切なモノを失った、という言葉に2人は反応し、耳を傾けることにした。
「かつて私も……練気を用いて武の道を極めんと野心をする者でした。超大国・ガラテアの兵にも負けないような強さを求め……善き意味では仲間と切磋琢磨し……悪き意味では先を行く仲間に羨望と嫉妬、そして焦りを抱いては、心を掻き乱しておりました。焦燥感に駆られた私は…………同じように焦っていた仲間との組手で事故を起こし、両の目から光を失うに至りました。その瞬間に、もう武の道を極めるという若き日の大望は自らの手で打ち砕いてしまったのです。」
「………………」
「………………」
「今でこそ他人からは落ち着き払ったように見える、と言われますが……私自身は今なお激しい悔恨を引き摺っております。故意では無かったというのに、私の目を潰してしまったかつての修行仲間に憎悪すら抱いておる始末。愚かしいことに悲しみも後悔も憎しみも、完全には立ち退いてはくれませぬ。幸い、練気のエネルギーの流れをコントロールしようによっては知覚が鋭敏になるので、一般的な盲者よりは不自由しておりませんがね……それでもあれほど憧れた武の道は、あれほど情熱に満ち心を焦がしていた若き日の仲間との輝かしい日々は、二度とは戻ってきませぬ。毎日のようにかつての青春は夢に出て来ます。そして目が覚める頃には、『これは現実のものでは無かった』という事実にいつも打ちのめされます。」
――想像以上に辛い過去と現在を過ごしている、と語る盲者の僧。ガイがかぶりを振る。
「――だから……こうやって練気の修行をしつつも、同じように焦ってる奴に声掛けて、道を踏み外さないように説教してんのか…………?」
「――そう受け取って貰って差し支えございませぬ。ですが強要は致しませぬ。つまらない過ちを犯した愚僧の戯言と無視していただいても結構。勝手に説法させて頂く。」
――ガイとセリーナはお互いの顔を見合わせ、頷いた。
「――いや。あんたのような人には聞きたいこと、結構あるぜ。」
「――教えてもらえないだろうか。私たちは強さが欲しい。ガラテア帝国軍にも負けないような強さ……武力だけではなく、もっと精神的な力も。大切な人の為に強さが必要なんだ。それも出来れば今すぐにでも。」
――自分が求める強さの形が見えず、恐らくはかつてのこの僧と同じく焦燥感に駆られているガイとセリーナは切実な声で問うた。
「――――ふむふむ…………」
男は粥を飲み切った。続けて傍に置いてある茶の椀を注意深く探ってから手に取り、一口飲んだ。
「――貴方方は声から察するに、まだまだお若い様子。その若さで強さというものを腕力だけと決めつけていない。まずはそれだけで大きな才能と認識をお持ちだ。それは誇っても良いことですよ。」
「……おう。」
「そうなのか……」
「飽くまで私なりの経験と人生訓から来る見方ではありまするが…………何を『強さ』と定義するかは人の心ひとつで決まると思いまする。言ってしまえば、ガラテア帝国のようにひたすらに『力』を追求し崇拝することも強さ。他人の為に些細な行動、言葉や触れ合いで尽くせることもまた強さ。ですが、心を落ち着けてただただ無心に鍛錬に打ち込むことで見えるもございまする。それが何か、ご想像はつきますかな?」
――ガイとセリーナは、自分なりに考え言葉にしてみることにした――――
「――私たちに用か……?」
突然、「何故強さを求めるのか」と問いかけられ、ガイとセリーナは驚いた。やや警戒しつつ、僧侶と思しき男に返事をする。
「――用と言うほどのものでは…………ただただ、強さを探求する道に、迷われ、困っているように聞こえましたので。」
法衣を着た男は、静かに大きな丼の中のバター粥のような食事を摂りながらも実に穏やかでゆとりのある立ち振る舞いで接してくる。
「……あんたも練気の修行を?」
「左様でございます。もっとも、戦に身を投じる為でなく……ただ心安らかに生きていたいがゆえ――――この目では貴方方のように戦えませぬからね。」
――――男は、両目とも塞がっていた。眼窩が窪んで、瞼には深い傷痕があった。盲者のようだ。
「……戦えないのに、練気を習得して、意味があるのか?」
セリーナも問う。
男は、粥を一口レンゲで啜り、喉に通してから答える。
「――ありますとも。練気は本来、戦う為ではなく、精神修養の行ないだと私は心得ております。練気の修行はこの身を剛健にするだけでなく、悟りの精神へと至る為のライフワークでもあるとおもいますゆえ。」
「……精神修養、悟り、ねえ……俺らは…………出来ればそういうことにかまけている暇はねエ。少しでも早く強くなりてえんだ。」
また一口、レンゲで粥を啜ってから、答える。盲者の僧との問答が始まりそうだ。
「――――強さを求めるのならば、なおのこと、なおのこと。焦ってはなりませぬよ――――私もかつては武の道を志し、この心は焦りで濁っておりました。それゆえに失ったものが、この目の光でございます。」
「む……」
「なんだと……」
――かつてガイやセリーナ同様、武の道に生きていたという僧。焦りゆえに大切なモノを失った、という言葉に2人は反応し、耳を傾けることにした。
「かつて私も……練気を用いて武の道を極めんと野心をする者でした。超大国・ガラテアの兵にも負けないような強さを求め……善き意味では仲間と切磋琢磨し……悪き意味では先を行く仲間に羨望と嫉妬、そして焦りを抱いては、心を掻き乱しておりました。焦燥感に駆られた私は…………同じように焦っていた仲間との組手で事故を起こし、両の目から光を失うに至りました。その瞬間に、もう武の道を極めるという若き日の大望は自らの手で打ち砕いてしまったのです。」
「………………」
「………………」
「今でこそ他人からは落ち着き払ったように見える、と言われますが……私自身は今なお激しい悔恨を引き摺っております。故意では無かったというのに、私の目を潰してしまったかつての修行仲間に憎悪すら抱いておる始末。愚かしいことに悲しみも後悔も憎しみも、完全には立ち退いてはくれませぬ。幸い、練気のエネルギーの流れをコントロールしようによっては知覚が鋭敏になるので、一般的な盲者よりは不自由しておりませんがね……それでもあれほど憧れた武の道は、あれほど情熱に満ち心を焦がしていた若き日の仲間との輝かしい日々は、二度とは戻ってきませぬ。毎日のようにかつての青春は夢に出て来ます。そして目が覚める頃には、『これは現実のものでは無かった』という事実にいつも打ちのめされます。」
――想像以上に辛い過去と現在を過ごしている、と語る盲者の僧。ガイがかぶりを振る。
「――だから……こうやって練気の修行をしつつも、同じように焦ってる奴に声掛けて、道を踏み外さないように説教してんのか…………?」
「――そう受け取って貰って差し支えございませぬ。ですが強要は致しませぬ。つまらない過ちを犯した愚僧の戯言と無視していただいても結構。勝手に説法させて頂く。」
――ガイとセリーナはお互いの顔を見合わせ、頷いた。
「――いや。あんたのような人には聞きたいこと、結構あるぜ。」
「――教えてもらえないだろうか。私たちは強さが欲しい。ガラテア帝国軍にも負けないような強さ……武力だけではなく、もっと精神的な力も。大切な人の為に強さが必要なんだ。それも出来れば今すぐにでも。」
――自分が求める強さの形が見えず、恐らくはかつてのこの僧と同じく焦燥感に駆られているガイとセリーナは切実な声で問うた。
「――――ふむふむ…………」
男は粥を飲み切った。続けて傍に置いてある茶の椀を注意深く探ってから手に取り、一口飲んだ。
「――貴方方は声から察するに、まだまだお若い様子。その若さで強さというものを腕力だけと決めつけていない。まずはそれだけで大きな才能と認識をお持ちだ。それは誇っても良いことですよ。」
「……おう。」
「そうなのか……」
「飽くまで私なりの経験と人生訓から来る見方ではありまするが…………何を『強さ』と定義するかは人の心ひとつで決まると思いまする。言ってしまえば、ガラテア帝国のようにひたすらに『力』を追求し崇拝することも強さ。他人の為に些細な行動、言葉や触れ合いで尽くせることもまた強さ。ですが、心を落ち着けてただただ無心に鍛錬に打ち込むことで見えるもございまする。それが何か、ご想像はつきますかな?」
――ガイとセリーナは、自分なりに考え言葉にしてみることにした――――
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