創世樹

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第82話 努力の先の希望

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「――そうだ。その調子…………もう少しだけ出力を上げてみよう。」



「――ふうううう…………」




 ――練気チャクラをコントロールする修行を始めて1週間。一行の中で最も練気に慣れているエリーは、徐々にではあるがかなりの高出力のエネルギーの流れを安定して維持出来るようになってきている。




 カシムがマンツーマンで教え、ひたすら練気を練った。出力の加減と安定化は非常に難しく、度々ほんの僅か集中を乱しただけでエネルギーが強く出過ぎてしまうが、そうなる度、カシムが例の『練気の当身』をエリーの額に打ち込んで強制的に練気の流れをリセットした。





「――いいぞ……かなりの高出力……60%ぐらいまで安定しているし、エネルギーの形も流れも綺麗で丁寧だ。一旦休憩だ、エリー。」




「――ぷふぅ~っ…………練気の修行って、もっと派手なの想像してたけど、意外と地味なもんね……でも疲れるわあ~……」




 カシムの判断で練気の集中を解き、一旦休憩。こまめに水分や栄養補給などをしながらではあるが、毎日何時間とぶっ続けで練気のコントロールに費やしている。




「……とんでもない。そのペースで修行をする者がいるとしたら、とっくに過労で倒れて身動きも出来ない状態になっているよ。『鬼』とのミックスである君の肉体と精神は…………称えるべきか、嘆くべきか複雑だが、やはり常人離れしているほどに強く、タフだ。君が冒険者を志して毎日厳しいトレーニングを積んで地力を高め続けている賜物でもあるだろうね。」





「――へへ~っ。だったら称えられてる方に取っちゃうかしらね~ん!」




「おや。実に前向きだね。」





 ――カシムが言う通り、『鬼』との遺伝子操作で産み出された時点でエリーは超人的な身体能力を誇る。一見すると静かでテンションも低い練気のコントロール訓練だが、普通ならば疲労で参ってしまうほどのペースでこなし、どんどんと上達していく。





 ――エリーは、純粋に楽しいし、嬉しかった。






 自分の強過ぎる力によってもたらしてしまう他者への加虐行為や暴走した精神。望んで手にしたわけでは決してない強大な、呪われた力。





 そんな力を持って生を受けてしまった自分の悲哀をガイ以外にも心から理解し、助力してくれていることもそうだが、何より、そんな『呪われた力』をコントロールし切って、『呪われてはいないただ強い力』へと変えられるかもしれない。






 その希望と成果へと日を追うごとににじり寄っているという実感が、エリーにとってはこの上なく嬉しい、楽しいことだった。






 ゆえに、修行の厳しさも、己の出自への憐憫も…………目の前に見えている希望を頼りに、前向きに受け取ることが出来た。元々エリーは陽気な性格の側面もあるが、それは本来、ガイの献身や自分の運命を受け入れようともがいた結果の後天的な部分も非常に多い。





 自分の存在の中核へと繋がっている練気をコントロール出来るかもしれない。その実感が彼女の心を充たしてくれた。






(……あまり口にしたくはないが、『鬼』との混血ともなると凄まじい逸材だ…………これほどハイペースで、これほど早く練気のコントロールする感覚を身に付けていくとは……だが、普通ならば――――)





 そう思いかけて、カシムは少し離れた処で、もっと基本的な……練気の出力から取り組んでいるガイとセリーナを見遣った。





「――くはーっ……はーっ……はーっ…………」


「――ぜっ……ぜっ……ぜっ…………」






 ――ガイもセリーナも激しく汗を流し、肩で息をしたまま、木にもたれて座ったり這いつくばったり、まともに立つことすら出来ないほど疲労している。






 そう。素質があり、常に心身を厳しく鍛えているこの2人ですらも、人間ならばかなりスタミナ、メンタル共に堪える厳しい修練であった。





 2人に指南するヴィクターも困った顔で告げる。





「――お前たち、初日から思うがペースが早すぎるぞ。確実に練気の出力は安定して引き出せるようになってきているのだ。もっと己を大切にせんか。焦って後が続かぬほど無理をしてもどうにもなるまい……」





 ――傍らで仲間と共に無意識に競争してしまっているのか。或いはエリーのような逸材が目に見えて成果を上げているからなのか。ストイックな気質のガイとセリーナは焦り、つい無理をしてしまっていた。





「――はあーっ……はあーっ…………こりゃあ……見かけは地味だが……思ったよりっ……かなり、キツい修行だぜ…………」

「――ぜっ……ぜっ…………成果が出てるとっ……言われても…………まだまだ遠い気が……する……朝稽古をっ…………控えめにして……正解だ……すまなかった、ガイ。」





 覚悟していた修行のつらさだが、予想を上回る、それもストイックにやりこんでしまう2人がゆえのつらさに、セリーナも当初の前言を撤回し、ガイも「いいよ、もうそんなことは」といった感じで首と掌を左右に振る。





「――とにかく、その調子じゃあこれ以上続けられん。そういえば、そろそろ飯時だな。一旦飯をしっかり食べてこい。出る力も出なくなるぞ。」





 ヴィクターが諌言する。しかし2人は――――





「――はあっ……何の…………こんなもん……エリーと一緒に旅を始めた当初のっ…………地獄みてえな状況に比べりゃっ……屁でもねえ……」


「――ぜえっ……ぜえっ……まだまだ……私はっ……ミラの為にもっ…………強くならねば……」






 ――相も変わらずオーバーワークを続けようとする。





 その様子を見て、ヴィクターは、ぎっ、と面を強張らせて、ひと呼吸、腹に力を入れた――――






「――――かあああああああああああつッッッ!!」




「うおッ!?」
「うわッ!!」





 ――突然の、ヴィクターの大気が鳴動するかと思われるほどの大声での一喝。強烈な圧に、2人は驚いて飛び跳ねる。





「――ふん!! 驚いて飛び跳ねるぐらいの元気は残っとるようだな。その元気で、今すぐ飯を食いに行けっ!! さもなくば、もう稽古を付けてやらんぞ!!」





 ――怒髪天を突く。断じて行えば鬼神も之を避く。まさに鬼神のように腕組みをして仁王立ちをするヴィクターを、2人は自然と恐ろしく思った。







「――う……わかった、わかったってよォ!!」

「――怒声でビビるのはミラ以来だな……」





 ――2人の体調を気遣っての喝なのだが、鬼の形相のヴィクターに、素直にガイとセリーナはあの飯処へとそそくさと歩き去っていくのだった。






「――ビビッた~っ…………すっごい一喝ね……あれも練気の力とか応用してんのかしら……」




「おっ。良いところに気が付くねえ。」




 少し離れていたとはいえ、ヴィクターの一喝はエリーにももちろん聴こえていたので、彼女も肩を竦み上がらせて驚いた。




「練気は全身を血液のように循環している、云わば生命エネルギーそのものだ。これはまだ応用編だが、高めた練気を一点に集中するだけでもかなりのパワーが出るよ。それは単なる肉体訓練を遙かに凌駕する。」




「はえ~っ……やっぱ練気って、奥が深いのね~……よっし! あたしもこの調子でやってやるわ!!」




「はは。やる気を持ち続けるのは結構だが……君も体感していないだけでかなり疲れている。すぐにガイとセリーナと共に飯を食べて来なさい。君も休憩だ。」





「…………もしあたしも無理したら~……カシムさんもあの声、出すの…………?」




「聴いてみるかい?」




「――あいーっ! あたしもメシ食ってきまー!!」





 ――ヴィクターに比べると幾分か柔和な態度のカシムだが、『怒ると恐い先生』のような畏怖も感じたので、エリーもまた素直に飯処へと駆け出していくのだった――







 <<







 ――一方。グロウの身体を検査し続けているテイテツとタイラーにも異変があった。





「――――何なんだ……これは――――!?」




「……どうしました、タイラー?」




「――こんなことが、あり得るのか…………!?」





 グロウの身体を調べるうち、何か尋常ならざる点を発見したようだ――――
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