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第74話 リオンハルトの苦闘
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――――エリーたちが修行、商売技術の練磨、そしてグロウの検査などを進める一方その頃。
エリー一行をはじめ、世界中のあらゆる人々からの憎悪と恐怖からなる悪罵を一身に注がれる、注がれるに足り過ぎる悪名高き超大国・ガラテア帝国でもまた動きがあった。
――漆黒の摩天楼に抱かれた、退廃的で無機質な鉄骨が幾つも連なるようにして、日夜不夜城として稼働し続けている軍事要塞を幾つも持つ大都市……その名をガラテア帝国首都・デスベルハイム。
ガラテア本国に、表向きは軍属に従順なる将と称しつつも、その内心ではいずれこの国の悪と闇を削いでやる、そう密かに正義感から野心を燃やす美しき相貌の『准将閣下』が帰投した。
「――失礼いたします。リオンハルト=ヴァン=ゴエティア准将。只今本国に帰還いたしました。」
リオンハルトが端末を手に入った部屋は、広々とした空間だが、金属質の構造物が目立つ薄暗い公務室で、床の隅から青白い光が照明として当たっている。実に寒々しい印象を受ける空間だ。
「――――うむ。これまでの活動を報告し給え、准将。」
リオンハルトの立つ床の高さから数メートルさらに高いこれも金属の机から、厳めしく、何とも冷たい目をした巨躯の上官が手元の無数の端末を操作しながら座り、報告を受ける。
「――はっ。小官はエンデュラ鉱山都市に赴き、戦地にて戦闘をする際に役立てる為の『治験』……否。『生体実験都市エンデュラ』での人体実験をファイナル・フェイズまで執り行いました。結果は、まずまず好調。強壮剤は適量を守ることがまず大前提であり、常習性は侮りがたし。しかし、これまでに我が崇高なるガラテアが調略して来た国々からのデータを総合的に判断した結果……戦地での使用は本格的に実行段階に移しても問題なしとしました。常習性と強精、活性効果は落としつつ、自己治癒力はさらに倍加して、このドーピング剤は完成として問題ない。」
「うむ」
「――しかし…………危険で肉体精神共に過酷な労働に従事する鉱山夫たちを実験体としたのは、そのまま戦地に赴く兵たちの擬似人材と言えます。僭越ながら、ここに我が崇高なるガラテア帝国の大きな落とし穴となり得る危険な側面があると、自己警鐘致したく思います。」
「と、言うと?」
――そこでリオンハルトは毅然とした態度のまま上官を睨み付けた。否。毅然とはし切れていない。強い憤りを持って『進言』をしようとするが、その上官はこちらの目を合わせようともせず、端末に目を落としてキーボードを叩くままだ。
「……我が軍の世界制覇への道は、もはや秒読みと見て相違ないでしょう。名立たる障害となりうる強国の既に89%以上は我らが手中にあります。ですが……世界制覇を目指す事をあまりに『急ぎ過ぎている』かと存じます。その姿勢は作戦内容にも如実に表れ…………エンデュラ――もはや治める者のいないあの地は更地になりましたが――――鉱山夫たちへの対等とは言い難い『治験』の契約の実力行使や武力弾圧。我らガラテアが飽きるほど繰り返してきた収奪行為は、あまりにも非人道的で、度が過ぎることを禁じえません。このままの強硬なやり方で世界制覇を進めても、いずれ各地で分裂が生じ、結局は群雄割拠の戦乱の世界に帰化してしまう可能性が――――」
「――――それが何か問題かね。准将。」
「――――何?」
明らかに、ガラテアのこれまでのやり方を批判するリオンハルト。だが、直属の上官は歯牙にもかけない、とばかりに冷たく言葉を返す。
「――そういった人間の蟠りや不満も、ある点でピークに達しよう。そこにリスクがあることは認める。だが……我がガラテアの世界制覇は単なる武力による無秩序な世界征服とは違う。」
――心なしか、上官の声に揺らぎと、硬さが生じる。
「我々が真に行なっているのは世界征服ではない。人類のさらなる進化と力の恩恵を分配することだ。……人はあらゆる問題を『力』を使いこなせるならば解決可能である。それを我らが身を以て証明し、世界に人類の新たな進化の為のビジネスモデル。それこそ擬似人材として機能し、喧伝し、やがては世界に等しく『力』の恩恵を分配するのだ。ある者に――――例えば、特別腕力の強い者が居れば+1。例えば、回復法術の詠唱の速い者がいればそれも+1。暗示による知覚の鋭敏化が可能な者がいればそれも+1――――時には、重篤な傷病人を瞬時に癒す能力や…………物体の活性化、急成長をはじめとした超能力が使える者がいれば+30にはなりえるな。」
「――――!! それは――――」
「そうやって個性や特筆すべき能力の異なる、あらゆる+を研究し尽くし、時には産み出し…………やがて人類全体が生まれながらにして一切の-が無く、+100にも+1000にも『力』を持っている世界を想像出来るかね? そうなれば、もはや人類は何一つ恐れる物など存在しなくなる。この星の繁栄を足掛かりに、さらにあの宇宙の闇の果てまで恒久和平をもたらす超生物と我らはなるのだ。よしんば、途中で世界が群雄割拠と化し分裂しようとも、その世界を生き抜いた勝者こそ大きな+。弱者をふるいにかけて落とすのみだ。そう――――『果てなき約束の大地』。そこを抑えてようやく我ら弱き人類はスタートラインに立つ――――報告をするのならば、もっと子細に、もっと有益なことはその軍服の裏地に納めてあるであろう隠し端末の内容まで包み隠さず報告すべきだな。リオンハルトよ――――」
「――くっ――――!!」
――――見抜かれていた。リオンハルトが極秘裏に、ガラテアの誰にも伝えずにいたはずの……『鬼』と人間の混合体であるエリーや謎の異能力を使うグロウなど、エリー一行の情報が、いつの間にかこの直属の上官には筒抜けになっていた。実に、抜け目のない軍人である。
「――――大変失礼致しました…………こちらの報告を見落としておりました。……エンデュラ鉱山都市での一件において、小官は偶然にも……およそ20年ほど前から10年間ほどの生物混合ユニットの研究において、かつてこの星で闊歩していたと思われる戦闘種族・『鬼』と人間の遺伝子操作によって産み出した存在と遭遇いたしました。かつての反ガラテア精神を掲げていた都市での実戦実験を行なった末、事故により後から産み出した男性型のユニットは死亡しましたが、先に産み出した女性型のユニットは何者かの手により生き延び…………成長して冒険者の一派と化していました。『鬼』由来の練気による火炎を操り、人類を遙かに凌ぐ身体能力を持ちながら――――その力をある程度自己コントロールしていたと言う事実には驚愕を禁じえませんでした。一体、どこで助けがあったのか…………」
「――ふむ。それは恐らく、我らガラテアから出奔した何らかの研究者の手による可能性が高いだろう。『鬼』の力を起動して当時10歳程度の幼子が、そんな獰猛な獣の如き力を抑えられる理性や装置があったとは考えにくい。愚かしくも志を捨て、我が崇高なるガラテアを去った研究者は惜しくも1人や2人ではない。何らかの制御装置の類いを持ち去って在野への逃亡を手助けしたと見るのが妥当だろう。」
「――はっ。」
(――――制御装置…………あのショッキングピンクの髪の女冒険者……不自然な金具のようなものを首と四肢に取り付けていた。もしやあれがそうか――――? 持ち去った研究者は…………)
上官に返礼し、恭順の意を示しつつも、内なるリオンハルトはエリー一行について推理を重ねていく。
「――――それから、まだあるな? たった今、幾度も懲罰を与えているライセンサー持ちの特殊部隊4名の帰投を確認した。異種との遺伝子操作とはまた別に進めている、脳と肉体の改造による練気を使役する兵たちだ。セフィラの街近くの森林地帯で件の冒険者たちと交戦し…………どういうわけか不明だが、遙か北極圏から命からがら本国まで帰還してきたらしい。戦闘で負傷したほか、何らかの精神干渉を受けたと見られる者もいる。今、兵たちは専用のメンテナンスルームで治療中だ。この件に関しても何か知っているのではないかね?」
「――!! それは…………」
――――思わぬ情報さえこの上官の頭に届いていた。リオンハルトも准将として重々ガラテアの力は知っているつもりだが、それでもこの軍の手は長く、耳も鼻も敏いようだ。
「………………ッ」
返事に言いよどんでしまうリオンハルト。この上官は実際はどこまで知っているのだろう。リオンハルトが秘匿化していることがまるで意味を為していないようですらあった。
「――――どうした? 報告はまだ途中だろう。続け給え。それとも…………報告出来ない特別な理由でもあるのか? 場合によっては、貴官の身柄を拘束した後、謹慎処分……という判断もせざるを得ないぞ。」
――上官は、端末の間からリオンハルトを注視している。特別言下に怒鳴っているわけでもないのだが…………冷たく、殺伐とした圧を感じるのに充分である――――このままでは本気でリオンハルトを処罰するだろう――――
「――それは――――」
「――その件に関しては、私が報告致します。」
――リオンハルト危うし。そう思われた刹那だが、突然リオンハルトの後から自動ドアを開き、もう1人軍人が入室して来た。
リオンハルト同様に軍帽を被り、知的で凛とした佇まいの女性士官だった。心も体も身なりも整っている。
「――君は…………確かライザ=トラスティ准将補佐、だったか。代わりに報告とは?」
「――はっ。ライザ准将補佐、直ちにリオンハルト准将の報告義務の引き継ぎを致します! 理由は、セフィラの街の一件で准将閣下は本国への帰還の途中に様々な不確定要素、トラブルに巻き込まれ、充分にこの件について観測していませんでした。そこで代わりに、小官に観測権を移譲して代行を仰せつかっておりました。情報の共有が大きく遅れ、誠に申し訳ございません!!」
――ライザと名乗る女性。階級は准将補佐。敬礼をしながら、リオンハルトの報告を引き継ぐと言う。
「――まあ、いいだろう……ライザ=トラスティ准将補佐よりの報告代行を許可する。」
上官は殺気にも似た圧を解いて、報告を促す。リオンハルトが数歩下がり、代わりにライザが数歩前に出る。
「――はっ。……バルザック=クレイド曹長、ライネス=ドラグノン軍曹、目亘改子軍曹、メラン=マリギナ軍曹、以上4名は捕虜に対する暴行・殺害による軍規違反によりセフィラの街にて謹慎処分中、偶然に例の冒険者一派と接触し、これと交戦。戦闘はほぼ曹長ら4名の圧勝でしたが、突然、何者かが戦闘に介入。何らかの兵器を用いて4名を北極圏まで放逐。なお、その冒険者一派は『特に変わった能力は備えていなかった』と推察されます。何か能力を備えていたとしても、回復法術に毛が生えた程度の脆弱なものでしょう。我々崇高なるガラテアには何の害にもならないかと。」
「――――ライザ…………補佐官。」
――ライザという女性は、エリーたちの肝心の能力などを伏せた、虚実入り混じった報告をした――――リオンハルトの内々で事を進めようとしていた情報を隠し、リオンハルトを庇ったのだ。
「――活性化と急成長の異能力を使役すると見られるその冒険者一派のうちの1人の能力は?」
「今のところは不明としか。ただ、カメラで捉えた映像や特殊部隊4人の証言によると、『回復法術の亜種程度』の能力だそうです。見た目もまだ年端もいかぬ少年と見え、たまたま回復法術を自我流で習得していたと思われます。精神干渉の疑いもありますが、『戦闘中の特異なバイアスがかかった、何らかの集団心理効果』と見えます。元が脳を中心に改造された兵士たちですから……『偶然』認知機能に障害が発生したものかと。」
――ここも虚実混ぜた、しかし核心部分は伏せた報告をした。確かに、実際にその場で見ていたとしても言いくるめられそうな弁明である。
上官は、ひと息大きく溜め息を吐いた。
「……まあ、よかろう。そういうことにしておこう。だが――――」
「――――その冒険者一派は、要注意だね。今は大したことが無くとも、重大な意味を持って来るやも。特に――――その『回復法術の亜種』とか断定している少年に、ね――――」
「!?」
「!! おま――――貴女は…………!」
――突如、何の気配もなく上官の机の後ろから、別の軍人が現れた。リオンハルトもライザも驚く。
リオンハルトが『お前』と言い捨てたくなるようなその軍人も女性だったが――――背は高く、長く美しい黒髪に赤いメッシュを入れ、禍々しい輝きを持って光る金色の瞳。
その女は、この冷酷な上官とも、また改造手術を受けた殺人狂の特殊部隊4人ともまた違う……神秘的で、かつこの世のものとは思えない。人の姿をしているが、人であることを疑いたくなるような禍々しい雰囲気を漂わせていた――――
エリー一行をはじめ、世界中のあらゆる人々からの憎悪と恐怖からなる悪罵を一身に注がれる、注がれるに足り過ぎる悪名高き超大国・ガラテア帝国でもまた動きがあった。
――漆黒の摩天楼に抱かれた、退廃的で無機質な鉄骨が幾つも連なるようにして、日夜不夜城として稼働し続けている軍事要塞を幾つも持つ大都市……その名をガラテア帝国首都・デスベルハイム。
ガラテア本国に、表向きは軍属に従順なる将と称しつつも、その内心ではいずれこの国の悪と闇を削いでやる、そう密かに正義感から野心を燃やす美しき相貌の『准将閣下』が帰投した。
「――失礼いたします。リオンハルト=ヴァン=ゴエティア准将。只今本国に帰還いたしました。」
リオンハルトが端末を手に入った部屋は、広々とした空間だが、金属質の構造物が目立つ薄暗い公務室で、床の隅から青白い光が照明として当たっている。実に寒々しい印象を受ける空間だ。
「――――うむ。これまでの活動を報告し給え、准将。」
リオンハルトの立つ床の高さから数メートルさらに高いこれも金属の机から、厳めしく、何とも冷たい目をした巨躯の上官が手元の無数の端末を操作しながら座り、報告を受ける。
「――はっ。小官はエンデュラ鉱山都市に赴き、戦地にて戦闘をする際に役立てる為の『治験』……否。『生体実験都市エンデュラ』での人体実験をファイナル・フェイズまで執り行いました。結果は、まずまず好調。強壮剤は適量を守ることがまず大前提であり、常習性は侮りがたし。しかし、これまでに我が崇高なるガラテアが調略して来た国々からのデータを総合的に判断した結果……戦地での使用は本格的に実行段階に移しても問題なしとしました。常習性と強精、活性効果は落としつつ、自己治癒力はさらに倍加して、このドーピング剤は完成として問題ない。」
「うむ」
「――しかし…………危険で肉体精神共に過酷な労働に従事する鉱山夫たちを実験体としたのは、そのまま戦地に赴く兵たちの擬似人材と言えます。僭越ながら、ここに我が崇高なるガラテア帝国の大きな落とし穴となり得る危険な側面があると、自己警鐘致したく思います。」
「と、言うと?」
――そこでリオンハルトは毅然とした態度のまま上官を睨み付けた。否。毅然とはし切れていない。強い憤りを持って『進言』をしようとするが、その上官はこちらの目を合わせようともせず、端末に目を落としてキーボードを叩くままだ。
「……我が軍の世界制覇への道は、もはや秒読みと見て相違ないでしょう。名立たる障害となりうる強国の既に89%以上は我らが手中にあります。ですが……世界制覇を目指す事をあまりに『急ぎ過ぎている』かと存じます。その姿勢は作戦内容にも如実に表れ…………エンデュラ――もはや治める者のいないあの地は更地になりましたが――――鉱山夫たちへの対等とは言い難い『治験』の契約の実力行使や武力弾圧。我らガラテアが飽きるほど繰り返してきた収奪行為は、あまりにも非人道的で、度が過ぎることを禁じえません。このままの強硬なやり方で世界制覇を進めても、いずれ各地で分裂が生じ、結局は群雄割拠の戦乱の世界に帰化してしまう可能性が――――」
「――――それが何か問題かね。准将。」
「――――何?」
明らかに、ガラテアのこれまでのやり方を批判するリオンハルト。だが、直属の上官は歯牙にもかけない、とばかりに冷たく言葉を返す。
「――そういった人間の蟠りや不満も、ある点でピークに達しよう。そこにリスクがあることは認める。だが……我がガラテアの世界制覇は単なる武力による無秩序な世界征服とは違う。」
――心なしか、上官の声に揺らぎと、硬さが生じる。
「我々が真に行なっているのは世界征服ではない。人類のさらなる進化と力の恩恵を分配することだ。……人はあらゆる問題を『力』を使いこなせるならば解決可能である。それを我らが身を以て証明し、世界に人類の新たな進化の為のビジネスモデル。それこそ擬似人材として機能し、喧伝し、やがては世界に等しく『力』の恩恵を分配するのだ。ある者に――――例えば、特別腕力の強い者が居れば+1。例えば、回復法術の詠唱の速い者がいればそれも+1。暗示による知覚の鋭敏化が可能な者がいればそれも+1――――時には、重篤な傷病人を瞬時に癒す能力や…………物体の活性化、急成長をはじめとした超能力が使える者がいれば+30にはなりえるな。」
「――――!! それは――――」
「そうやって個性や特筆すべき能力の異なる、あらゆる+を研究し尽くし、時には産み出し…………やがて人類全体が生まれながらにして一切の-が無く、+100にも+1000にも『力』を持っている世界を想像出来るかね? そうなれば、もはや人類は何一つ恐れる物など存在しなくなる。この星の繁栄を足掛かりに、さらにあの宇宙の闇の果てまで恒久和平をもたらす超生物と我らはなるのだ。よしんば、途中で世界が群雄割拠と化し分裂しようとも、その世界を生き抜いた勝者こそ大きな+。弱者をふるいにかけて落とすのみだ。そう――――『果てなき約束の大地』。そこを抑えてようやく我ら弱き人類はスタートラインに立つ――――報告をするのならば、もっと子細に、もっと有益なことはその軍服の裏地に納めてあるであろう隠し端末の内容まで包み隠さず報告すべきだな。リオンハルトよ――――」
「――くっ――――!!」
――――見抜かれていた。リオンハルトが極秘裏に、ガラテアの誰にも伝えずにいたはずの……『鬼』と人間の混合体であるエリーや謎の異能力を使うグロウなど、エリー一行の情報が、いつの間にかこの直属の上官には筒抜けになっていた。実に、抜け目のない軍人である。
「――――大変失礼致しました…………こちらの報告を見落としておりました。……エンデュラ鉱山都市での一件において、小官は偶然にも……およそ20年ほど前から10年間ほどの生物混合ユニットの研究において、かつてこの星で闊歩していたと思われる戦闘種族・『鬼』と人間の遺伝子操作によって産み出した存在と遭遇いたしました。かつての反ガラテア精神を掲げていた都市での実戦実験を行なった末、事故により後から産み出した男性型のユニットは死亡しましたが、先に産み出した女性型のユニットは何者かの手により生き延び…………成長して冒険者の一派と化していました。『鬼』由来の練気による火炎を操り、人類を遙かに凌ぐ身体能力を持ちながら――――その力をある程度自己コントロールしていたと言う事実には驚愕を禁じえませんでした。一体、どこで助けがあったのか…………」
「――ふむ。それは恐らく、我らガラテアから出奔した何らかの研究者の手による可能性が高いだろう。『鬼』の力を起動して当時10歳程度の幼子が、そんな獰猛な獣の如き力を抑えられる理性や装置があったとは考えにくい。愚かしくも志を捨て、我が崇高なるガラテアを去った研究者は惜しくも1人や2人ではない。何らかの制御装置の類いを持ち去って在野への逃亡を手助けしたと見るのが妥当だろう。」
「――はっ。」
(――――制御装置…………あのショッキングピンクの髪の女冒険者……不自然な金具のようなものを首と四肢に取り付けていた。もしやあれがそうか――――? 持ち去った研究者は…………)
上官に返礼し、恭順の意を示しつつも、内なるリオンハルトはエリー一行について推理を重ねていく。
「――――それから、まだあるな? たった今、幾度も懲罰を与えているライセンサー持ちの特殊部隊4名の帰投を確認した。異種との遺伝子操作とはまた別に進めている、脳と肉体の改造による練気を使役する兵たちだ。セフィラの街近くの森林地帯で件の冒険者たちと交戦し…………どういうわけか不明だが、遙か北極圏から命からがら本国まで帰還してきたらしい。戦闘で負傷したほか、何らかの精神干渉を受けたと見られる者もいる。今、兵たちは専用のメンテナンスルームで治療中だ。この件に関しても何か知っているのではないかね?」
「――!! それは…………」
――――思わぬ情報さえこの上官の頭に届いていた。リオンハルトも准将として重々ガラテアの力は知っているつもりだが、それでもこの軍の手は長く、耳も鼻も敏いようだ。
「………………ッ」
返事に言いよどんでしまうリオンハルト。この上官は実際はどこまで知っているのだろう。リオンハルトが秘匿化していることがまるで意味を為していないようですらあった。
「――――どうした? 報告はまだ途中だろう。続け給え。それとも…………報告出来ない特別な理由でもあるのか? 場合によっては、貴官の身柄を拘束した後、謹慎処分……という判断もせざるを得ないぞ。」
――上官は、端末の間からリオンハルトを注視している。特別言下に怒鳴っているわけでもないのだが…………冷たく、殺伐とした圧を感じるのに充分である――――このままでは本気でリオンハルトを処罰するだろう――――
「――それは――――」
「――その件に関しては、私が報告致します。」
――リオンハルト危うし。そう思われた刹那だが、突然リオンハルトの後から自動ドアを開き、もう1人軍人が入室して来た。
リオンハルト同様に軍帽を被り、知的で凛とした佇まいの女性士官だった。心も体も身なりも整っている。
「――君は…………確かライザ=トラスティ准将補佐、だったか。代わりに報告とは?」
「――はっ。ライザ准将補佐、直ちにリオンハルト准将の報告義務の引き継ぎを致します! 理由は、セフィラの街の一件で准将閣下は本国への帰還の途中に様々な不確定要素、トラブルに巻き込まれ、充分にこの件について観測していませんでした。そこで代わりに、小官に観測権を移譲して代行を仰せつかっておりました。情報の共有が大きく遅れ、誠に申し訳ございません!!」
――ライザと名乗る女性。階級は准将補佐。敬礼をしながら、リオンハルトの報告を引き継ぐと言う。
「――まあ、いいだろう……ライザ=トラスティ准将補佐よりの報告代行を許可する。」
上官は殺気にも似た圧を解いて、報告を促す。リオンハルトが数歩下がり、代わりにライザが数歩前に出る。
「――はっ。……バルザック=クレイド曹長、ライネス=ドラグノン軍曹、目亘改子軍曹、メラン=マリギナ軍曹、以上4名は捕虜に対する暴行・殺害による軍規違反によりセフィラの街にて謹慎処分中、偶然に例の冒険者一派と接触し、これと交戦。戦闘はほぼ曹長ら4名の圧勝でしたが、突然、何者かが戦闘に介入。何らかの兵器を用いて4名を北極圏まで放逐。なお、その冒険者一派は『特に変わった能力は備えていなかった』と推察されます。何か能力を備えていたとしても、回復法術に毛が生えた程度の脆弱なものでしょう。我々崇高なるガラテアには何の害にもならないかと。」
「――――ライザ…………補佐官。」
――ライザという女性は、エリーたちの肝心の能力などを伏せた、虚実入り混じった報告をした――――リオンハルトの内々で事を進めようとしていた情報を隠し、リオンハルトを庇ったのだ。
「――活性化と急成長の異能力を使役すると見られるその冒険者一派のうちの1人の能力は?」
「今のところは不明としか。ただ、カメラで捉えた映像や特殊部隊4人の証言によると、『回復法術の亜種程度』の能力だそうです。見た目もまだ年端もいかぬ少年と見え、たまたま回復法術を自我流で習得していたと思われます。精神干渉の疑いもありますが、『戦闘中の特異なバイアスがかかった、何らかの集団心理効果』と見えます。元が脳を中心に改造された兵士たちですから……『偶然』認知機能に障害が発生したものかと。」
――ここも虚実混ぜた、しかし核心部分は伏せた報告をした。確かに、実際にその場で見ていたとしても言いくるめられそうな弁明である。
上官は、ひと息大きく溜め息を吐いた。
「……まあ、よかろう。そういうことにしておこう。だが――――」
「――――その冒険者一派は、要注意だね。今は大したことが無くとも、重大な意味を持って来るやも。特に――――その『回復法術の亜種』とか断定している少年に、ね――――」
「!?」
「!! おま――――貴女は…………!」
――突如、何の気配もなく上官の机の後ろから、別の軍人が現れた。リオンハルトもライザも驚く。
リオンハルトが『お前』と言い捨てたくなるようなその軍人も女性だったが――――背は高く、長く美しい黒髪に赤いメッシュを入れ、禍々しい輝きを持って光る金色の瞳。
その女は、この冷酷な上官とも、また改造手術を受けた殺人狂の特殊部隊4人ともまた違う……神秘的で、かつこの世のものとは思えない。人の姿をしているが、人であることを疑いたくなるような禍々しい雰囲気を漂わせていた――――
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