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第58話 ある落ちぶれた男の独白~不完全な美への覚醒~
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――――今日も負けた。スロットマシンで大枚をスってしまった。
資産家も密かに遊びに来るという情報を得て、本国から『資産を何とか没収し、軍資金に充てる』という名目の任務で初めてこのカジノ都市・シャンバリアに来てからはや5年。当初は任務としての使命感に燃えていたはずのいち兵士の俺。今では碌に本国に帰らずここで遊興に耽る、ただの廃人賭博中毒になってしまった。
手持ちの煙草も最後の1本。俺は煙を溜め息と共に吐いた。
妻はいない。当然子供もいない。かつて軍人としての活気と争気に満ちていたはずの俺の心は、酒と煙草とギャンブルという怠惰と退廃で満たされてしまった。
当然、この体たらくではガラテア軍人は務まらない。3年前にとっくに除隊処分となり、残りの財産をチビチビ喰い潰しながら…………世間的には40そこそこの歳。まだ見ようによっては若く、働き盛りと言われそうな年齢だが、俺にとってはもはや未来に期待も希望も無い。命が尽きるか、財産が尽きるか、或いは両方か。退廃極まりない余生を送ることのみが存在理由のようになってしまった。
ここ、シャンバリアではじめのうちは良い思いもした。
ギャンブルで大当たりした時は、俺なんかには一生口に出来ないような豪勢な馳走や酒を浴びるように飲み食いしたし、娼館で女も抱いた。あらゆるエンターテインメント溢れる見世物も堪能してきた。
だが、あっという間に俺は堕ちた。落ちぶれた。
もう大枚稼いだとしても飯も酒も美味いと感じなくなってしまったし、若い娼婦は大体抱いて、物足りなくなってしまった。そもそも、娼婦の類いと言うものは男を悦ばせる為に、心の底で1ミクロンも思っていないような仮初めの愛情で思考と言葉を塗り固めていることを身を以て知り、冷めた。どんなに上等な情交をしたとしても、真に男を信頼した信実や承認に満ちた愛情などは得られず、俺の心に虚無が広がるのみだ。
はあ……このまま朽ち果てて、俺も終わりか。
――朽ちる、と言えば……ここ、歓楽街地区に古くからあったあの劇場はもう取り壊されてしまったのだろうか?
俺はふとその劇場があるはずの通りを見遣った。
――何と、建物自体はあちこちガタが来ているが、まだ営業している。何やら薄汚れた服を着てドでかいリュックサックを背負った少女が客引きをしている。
「――さあさあさあ!! 寄ってらっしゃい、観てらっしゃいっ!! 旅芸人一座によるカワイ子ちゃんの歌と踊りのショーが始まるっスよーっ!!」
――旅芸人一座。つまりは外から来た芸人たちか。
……今更、ストリップショーのひとつを観たところで大した感慨も無いだろうが…………外部から来たというならこのシャンバリアにはない、フレッシュなモノがあるかもしれない――――
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「観覧料4万ジルド、受け取りました。ごゆっくりどうぞ」
――――そう思うや否や、気が付けば俺は受付で客引きの少女とは対照的に随分とテンションの低いもぎりの男にチケット代を払っていた。
俺もヤキが回ったものだ……そう思いながらも、ほんの微かな外世界から来たフレッシュ感見たさに、奥に進み席に着いた。
他の座席には、たまたま興味を惹かれて来たと見える若い男もいたが、大半は恐らく俺同様……生き甲斐を見失って何となく劇場に来たらしい薄汚れた野郎共が多かった。
ステージの脇には、刀を2本腰に提げたスーツにサングラス姿で長髪の男もいる。
――多少なりとも武の道に生きる者を見てきた俺には解る。まだ若いようだが、相当の手練れだ。後ろ手に両腕を組んで仁王立ちしているその姿からは殺気が立ち昇っている。もしステージ上にこれから現れる『カワイ子ちゃん』とやらに触れようものなら、つまみ出すどころか斬り捨てるだろう。
くわばら、くわばら。俺は血を見るのも大いに飽いた。大人しく観劇するとしよう…………。
――――やがて、ショーの開演を告げるブザーが鳴り響いた。先ほどのテンションの低いもぎりの男と客引きの少女も前に出てきた。あの子が座長なのか?
「――ハイハイハイハイ!! 皆様、当劇場へご足労頂き、誠にありがとうございますっス!! 最後までごゆっくりお楽しみくださいッス!! ――――なお、ウチの踊り子ちゃんにはムラムラ来てもお触りは厳禁っス…………もし違反した場合は、ウチのSPに斬り殺されるか、撃ち殺されるかするので、そのつもりでお願いするっス!!」
――むう。随分物騒なことを臆面も無しに言うものだな。
そう思うな否や、ショーの幕が上がった。暗かったステージ上に、スポットライトが灯る――――
「――はーい♡ お客の皆さーん!! 私をじっと見てー!! ギャンブルよりも熱い……火遊びをしましょ♪ そうりゃっ!!」
――はじめに出て来たのは、ピンクの髪をした背の高い踊り子だった。快活な笑みを浮かべて、ステージを縦横無尽に動き回る。
……のだが、踊り子と言う割りには、ダンスに大したキレが無い。鍛え抜かれていると見える肢体は腹筋が6つに割れ、艶やかと言うより逞しい健康的な色気と言った感じだろうか。
「――はいっ!!」
――と、俄かに踊り子が掛け声をかけると…………右の掌から、炎が出た。炎を掌で転がすように掲げ、ステージ上でのステップも段々激しくなる。
火遊びとは、比喩ではなくそのままのようだ。どういう仕組みかわからないが、ピンクの踊り子は炎を操ってド派手にパフォーマンスを決める。
「――せいっ! りゃっ! ……ここからよ~♪」
炎は右の掌だけでなく見る間に左の掌、そして両足にも灯った。
四肢を炎に包み、実にダイナミックな演舞を次々と決める。
おいおい。そんな凄い勢いで炎を振り回して、大丈夫なのか? ちょっと不安になってきたぞ。
「――あちちちっ! てめえ、エリー!! 加減しろや馬鹿野郎っ!!」
――案の定、ステージの脇で控えていたSPに火花が飛んだらしい。男がショーの最中にも拘らず踊り子に罵声を浴びせる。
「――あっらら~♪ ごめんなさいねえ~ん♪ みんな、ちょっとはそこの兄さん恐いと思ってたと思うんでこれで許してやってね~ん♪」
――ピンクの髪の踊り子は悪びれもせずそう言っていなす。男も渋い顔をしたが、黙って元の配置についた。
なるほど。SPが強面なことへのちょっとした配慮か。男が怒ったのも恐らく演出の一環だろう。なかなかに新しいな。
「――さあ~て!! 次なる踊り子は……こっちら~♪」
ピンクの髪の踊り子が一旦ステージの隅まで遠ざかった刹那――――これも踊り子の出す炎の演出か、火柱が上がると同時に、舞台袖から槍を構えた長髪の踊り子が飛び出て来た。
「――ふうううう……はっ!!」
2人目の踊り子も背が高くなかなかの美人。1人目と同じく肌の露出の多い装束だが、筋肉は引き締まり、やはり腹筋は6つに割れている。
大槍をド派手に振り回して、これまたステージ上で縦横無尽に演舞を決めていく。武闘派なのだろうか? 演舞のひとつひとつの型のキレや掛け声の鋭さは1人目よりも真に迫り、練磨されている。黒い長髪を振り乱し、実に迫力満点だ。
――ははあ。さてはこの旅芸人一座、元は冒険者か武闘家の集まりだな、と思った。2人の踊り子の肢体も顔の造作も美しく目を見張るものがあるが、それ以上に筋肉や鍛え上げた技を活かした演舞の身体表現が大半だ。
まあ、今日では単なる乳だの尻だのを放り出してセックスアピールをするショーガールだけでなく、鍛え上げられた筋肉による身体美を追求するモデルだの女優だのもいるからな。踊りの艶姿よりも筋肉による力強い身体表現を志向した筋肉饗宴舞踊と言ったところか……確かに、この街だけにとどまっている娼婦にはちょっと真似しにくいものだな……。
「――ふっふ~ん……見せ場はここから、ここからぁ!!♪」
「はッ!!」
ピンクの髪の踊り子が促すと――――何と、炎を長髪の踊り子に向けて放ち、大槍の両端に火を灯した。
そうして、2人の踊り子が猛然とステージ上で格闘と炎の演舞――――否、『炎舞』を豪快に披露する。ショーの熱そのものも上がってきたようだ。俄かに歓声を上げる男たちがいる。
――だが、悲しいかなそれまでだろう。
この娯楽都市で様々な見世物や好事家が好みそうな奇妙奇天烈な出し物など、俺は沢山見た。見過ぎた。
今更、冒険者崩れの旅芸人一座の筋肉美を主体にした炎舞など見ても…………少なくとも俺には物足りなかった。
はあ…………。
また時間と金を無為に放り込んでしまったか。もう今日は家に帰ろう。この街の片隅に狭っ苦しく構えた、あばら家に。
そう思いかけたが――――
「――はーい!! 皆さん、おっまたせー♪ ウチの……当劇団のアイドルを紹介するわねー!!」
――は? アイドル?
まだ隠し玉があるのか?
俺は、立ち上がりかけた腰を、再び席に下ろした。
「ウチら自慢の踊り子…………それが! キャット!! 『シルバーキャット』ちゃん!! 何と、この見た目でかわいい男の子でーす!!」
――――へ?
――ピンクの髪の踊り子が放つ火柱が上がり、現れたのは――――
「――――ご紹介に預かりましたぁ! シルバーキャットでーす!! みんなのハートを…………撃ち抜くぞお♡」
――――ま、ま、待て。男の子、だと…………!?
――現れた『シルバーキャット』なる踊り子は、他の2人よりも遙かに扇情的で艶やかな衣装を着ていた。否! もはや『着ている』と言うより肢体のあちこちに布地を『貼っている』ようだ。
紅潮した美少年が、色気たっぷりに歌を歌いあげながら、踊りを披露している。
綺麗なボーイソプラノでの歌そのものは、何と言うか牧歌的なものを感じるが――――明らかに他の2人の踊り子より艶やかだ!! 色香が凄まじい…………ッ!!
危うい、キワドい表情を浮かべながら、艶のある肢体を披露し、歌声もまた美しく…………それは、この街で一番の男娼にも表現できない色香と心の純真さを併せ持っていた。
――美しい。雪のようにすべすべの白い肌も、華奢で儚さを感じる体躯も、特徴的な猫ッ毛のような髪の毛も、輝く碧色の瞳も――――
――――俺は、雷に打たれた。
全身に、全霊に電流が走ったような感覚を受け――――気が付けば、他の観客同様、席を立ちあがって歓声を上げていた!!
目の前の美少年が艶やかに歌う度……扇情的な表情を浮かべる度……しなやかで艶のある肢体を輝かせる度…………俺の心と魂に、何か清も濁も超えた何か尊いエネルギーが津波のように押し寄せ、気持ちがときめき、昂るのだった。
――――そうか。
俺は、きっとこの瞬間の為に、この街へ流れ着き、5年間を彷徨っていたのだ!!
こんな話をガラテア帝国本国の学者崩れの友人から聞いたことがある。
この世に原始の生命体が生まれた時、それは性別などない、単細胞生物だった。
だが、ある時突然変異が起こり、生命は環境に適応するための多様性を確保して種を生き延ばせる為に、オスを作り出した。
オスはただただ精子を提供して種の完全体であるメスに与え、子を孕んで種を生き長らえる。メスこそが種の完全体であり、種を存続さえ出来るならオスは用済みなのだ。
それ故に、オスと言うものは実に儚い、消耗品のような存在だ。
オスであることを決定づけるY染色体が今にも砕け散りそうな程弱々しいのは、オスと言うモノが不完全で、不安定である証拠のようなものだ。
オスは儚い。メスは強く、完全に美しい。
――だが、だからこそだ。だからこそ、不安定で儚いオスの美しさこそが、真に尊ぶべき存在だったのだ――――目の前の華奢で儚い美とエロスを体現している美少年が、まさしく『しるべ』なのだ――――!!
――――決めた。俺は決めたぞ!!
俺は、この街で……単なる男娼で儚き生を終えさせるのではなく、少年という少年の儚く不安定な男性の美を愛する為、探求する為、尊ぶため…………少年主体の劇団を創ってみせる!!
少年は花の盛りだ。きっと神か、神の如く巨大な存在の相手役、夜伽役こそ相応しい!!
そういえば、伝記にもあった。
『12歳の花の盛りの少年は素晴らしい。13歳の少年はもっと素敵だ。14歳の少年はなお甘美な愛の花だ。15歳になったばかりの少年は一層素晴らしい。16歳だと神の相手が相応しい。17歳の少年となるとおれの相手じゃなく天上最高神の相手だ、おお!』
――古代の人が、何故少年に美を見出したのか、解った気がする。そう。時は今だ! 少年だけが持つ美と儚さと愛を尊ぶ一団を挙するのだ!! 彼らはもっと輝かねばならない――――これは、きっと神のような何かの思し召しなのだ…………ッ!!
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――――その覚醒した元軍人が、カジノ都市・シャンバリアから始まり、やがて世界中の少年たちの美意識を追求する団体を立ち上げ、大衆文化に深く広く貢献する活動を始めるのに、1年とかからなかった。
ちなみに、覚醒した彼とその後のエリー一行の行方とは、なんら関わりのないことだった。故に、件の美少年であるグロウと再会することも二度となかった――――
資産家も密かに遊びに来るという情報を得て、本国から『資産を何とか没収し、軍資金に充てる』という名目の任務で初めてこのカジノ都市・シャンバリアに来てからはや5年。当初は任務としての使命感に燃えていたはずのいち兵士の俺。今では碌に本国に帰らずここで遊興に耽る、ただの廃人賭博中毒になってしまった。
手持ちの煙草も最後の1本。俺は煙を溜め息と共に吐いた。
妻はいない。当然子供もいない。かつて軍人としての活気と争気に満ちていたはずの俺の心は、酒と煙草とギャンブルという怠惰と退廃で満たされてしまった。
当然、この体たらくではガラテア軍人は務まらない。3年前にとっくに除隊処分となり、残りの財産をチビチビ喰い潰しながら…………世間的には40そこそこの歳。まだ見ようによっては若く、働き盛りと言われそうな年齢だが、俺にとってはもはや未来に期待も希望も無い。命が尽きるか、財産が尽きるか、或いは両方か。退廃極まりない余生を送ることのみが存在理由のようになってしまった。
ここ、シャンバリアではじめのうちは良い思いもした。
ギャンブルで大当たりした時は、俺なんかには一生口に出来ないような豪勢な馳走や酒を浴びるように飲み食いしたし、娼館で女も抱いた。あらゆるエンターテインメント溢れる見世物も堪能してきた。
だが、あっという間に俺は堕ちた。落ちぶれた。
もう大枚稼いだとしても飯も酒も美味いと感じなくなってしまったし、若い娼婦は大体抱いて、物足りなくなってしまった。そもそも、娼婦の類いと言うものは男を悦ばせる為に、心の底で1ミクロンも思っていないような仮初めの愛情で思考と言葉を塗り固めていることを身を以て知り、冷めた。どんなに上等な情交をしたとしても、真に男を信頼した信実や承認に満ちた愛情などは得られず、俺の心に虚無が広がるのみだ。
はあ……このまま朽ち果てて、俺も終わりか。
――朽ちる、と言えば……ここ、歓楽街地区に古くからあったあの劇場はもう取り壊されてしまったのだろうか?
俺はふとその劇場があるはずの通りを見遣った。
――何と、建物自体はあちこちガタが来ているが、まだ営業している。何やら薄汚れた服を着てドでかいリュックサックを背負った少女が客引きをしている。
「――さあさあさあ!! 寄ってらっしゃい、観てらっしゃいっ!! 旅芸人一座によるカワイ子ちゃんの歌と踊りのショーが始まるっスよーっ!!」
――旅芸人一座。つまりは外から来た芸人たちか。
……今更、ストリップショーのひとつを観たところで大した感慨も無いだろうが…………外部から来たというならこのシャンバリアにはない、フレッシュなモノがあるかもしれない――――
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「観覧料4万ジルド、受け取りました。ごゆっくりどうぞ」
――――そう思うや否や、気が付けば俺は受付で客引きの少女とは対照的に随分とテンションの低いもぎりの男にチケット代を払っていた。
俺もヤキが回ったものだ……そう思いながらも、ほんの微かな外世界から来たフレッシュ感見たさに、奥に進み席に着いた。
他の座席には、たまたま興味を惹かれて来たと見える若い男もいたが、大半は恐らく俺同様……生き甲斐を見失って何となく劇場に来たらしい薄汚れた野郎共が多かった。
ステージの脇には、刀を2本腰に提げたスーツにサングラス姿で長髪の男もいる。
――多少なりとも武の道に生きる者を見てきた俺には解る。まだ若いようだが、相当の手練れだ。後ろ手に両腕を組んで仁王立ちしているその姿からは殺気が立ち昇っている。もしステージ上にこれから現れる『カワイ子ちゃん』とやらに触れようものなら、つまみ出すどころか斬り捨てるだろう。
くわばら、くわばら。俺は血を見るのも大いに飽いた。大人しく観劇するとしよう…………。
――――やがて、ショーの開演を告げるブザーが鳴り響いた。先ほどのテンションの低いもぎりの男と客引きの少女も前に出てきた。あの子が座長なのか?
「――ハイハイハイハイ!! 皆様、当劇場へご足労頂き、誠にありがとうございますっス!! 最後までごゆっくりお楽しみくださいッス!! ――――なお、ウチの踊り子ちゃんにはムラムラ来てもお触りは厳禁っス…………もし違反した場合は、ウチのSPに斬り殺されるか、撃ち殺されるかするので、そのつもりでお願いするっス!!」
――むう。随分物騒なことを臆面も無しに言うものだな。
そう思うな否や、ショーの幕が上がった。暗かったステージ上に、スポットライトが灯る――――
「――はーい♡ お客の皆さーん!! 私をじっと見てー!! ギャンブルよりも熱い……火遊びをしましょ♪ そうりゃっ!!」
――はじめに出て来たのは、ピンクの髪をした背の高い踊り子だった。快活な笑みを浮かべて、ステージを縦横無尽に動き回る。
……のだが、踊り子と言う割りには、ダンスに大したキレが無い。鍛え抜かれていると見える肢体は腹筋が6つに割れ、艶やかと言うより逞しい健康的な色気と言った感じだろうか。
「――はいっ!!」
――と、俄かに踊り子が掛け声をかけると…………右の掌から、炎が出た。炎を掌で転がすように掲げ、ステージ上でのステップも段々激しくなる。
火遊びとは、比喩ではなくそのままのようだ。どういう仕組みかわからないが、ピンクの踊り子は炎を操ってド派手にパフォーマンスを決める。
「――せいっ! りゃっ! ……ここからよ~♪」
炎は右の掌だけでなく見る間に左の掌、そして両足にも灯った。
四肢を炎に包み、実にダイナミックな演舞を次々と決める。
おいおい。そんな凄い勢いで炎を振り回して、大丈夫なのか? ちょっと不安になってきたぞ。
「――あちちちっ! てめえ、エリー!! 加減しろや馬鹿野郎っ!!」
――案の定、ステージの脇で控えていたSPに火花が飛んだらしい。男がショーの最中にも拘らず踊り子に罵声を浴びせる。
「――あっらら~♪ ごめんなさいねえ~ん♪ みんな、ちょっとはそこの兄さん恐いと思ってたと思うんでこれで許してやってね~ん♪」
――ピンクの髪の踊り子は悪びれもせずそう言っていなす。男も渋い顔をしたが、黙って元の配置についた。
なるほど。SPが強面なことへのちょっとした配慮か。男が怒ったのも恐らく演出の一環だろう。なかなかに新しいな。
「――さあ~て!! 次なる踊り子は……こっちら~♪」
ピンクの髪の踊り子が一旦ステージの隅まで遠ざかった刹那――――これも踊り子の出す炎の演出か、火柱が上がると同時に、舞台袖から槍を構えた長髪の踊り子が飛び出て来た。
「――ふうううう……はっ!!」
2人目の踊り子も背が高くなかなかの美人。1人目と同じく肌の露出の多い装束だが、筋肉は引き締まり、やはり腹筋は6つに割れている。
大槍をド派手に振り回して、これまたステージ上で縦横無尽に演舞を決めていく。武闘派なのだろうか? 演舞のひとつひとつの型のキレや掛け声の鋭さは1人目よりも真に迫り、練磨されている。黒い長髪を振り乱し、実に迫力満点だ。
――ははあ。さてはこの旅芸人一座、元は冒険者か武闘家の集まりだな、と思った。2人の踊り子の肢体も顔の造作も美しく目を見張るものがあるが、それ以上に筋肉や鍛え上げた技を活かした演舞の身体表現が大半だ。
まあ、今日では単なる乳だの尻だのを放り出してセックスアピールをするショーガールだけでなく、鍛え上げられた筋肉による身体美を追求するモデルだの女優だのもいるからな。踊りの艶姿よりも筋肉による力強い身体表現を志向した筋肉饗宴舞踊と言ったところか……確かに、この街だけにとどまっている娼婦にはちょっと真似しにくいものだな……。
「――ふっふ~ん……見せ場はここから、ここからぁ!!♪」
「はッ!!」
ピンクの髪の踊り子が促すと――――何と、炎を長髪の踊り子に向けて放ち、大槍の両端に火を灯した。
そうして、2人の踊り子が猛然とステージ上で格闘と炎の演舞――――否、『炎舞』を豪快に披露する。ショーの熱そのものも上がってきたようだ。俄かに歓声を上げる男たちがいる。
――だが、悲しいかなそれまでだろう。
この娯楽都市で様々な見世物や好事家が好みそうな奇妙奇天烈な出し物など、俺は沢山見た。見過ぎた。
今更、冒険者崩れの旅芸人一座の筋肉美を主体にした炎舞など見ても…………少なくとも俺には物足りなかった。
はあ…………。
また時間と金を無為に放り込んでしまったか。もう今日は家に帰ろう。この街の片隅に狭っ苦しく構えた、あばら家に。
そう思いかけたが――――
「――はーい!! 皆さん、おっまたせー♪ ウチの……当劇団のアイドルを紹介するわねー!!」
――は? アイドル?
まだ隠し玉があるのか?
俺は、立ち上がりかけた腰を、再び席に下ろした。
「ウチら自慢の踊り子…………それが! キャット!! 『シルバーキャット』ちゃん!! 何と、この見た目でかわいい男の子でーす!!」
――――へ?
――ピンクの髪の踊り子が放つ火柱が上がり、現れたのは――――
「――――ご紹介に預かりましたぁ! シルバーキャットでーす!! みんなのハートを…………撃ち抜くぞお♡」
――――ま、ま、待て。男の子、だと…………!?
――現れた『シルバーキャット』なる踊り子は、他の2人よりも遙かに扇情的で艶やかな衣装を着ていた。否! もはや『着ている』と言うより肢体のあちこちに布地を『貼っている』ようだ。
紅潮した美少年が、色気たっぷりに歌を歌いあげながら、踊りを披露している。
綺麗なボーイソプラノでの歌そのものは、何と言うか牧歌的なものを感じるが――――明らかに他の2人の踊り子より艶やかだ!! 色香が凄まじい…………ッ!!
危うい、キワドい表情を浮かべながら、艶のある肢体を披露し、歌声もまた美しく…………それは、この街で一番の男娼にも表現できない色香と心の純真さを併せ持っていた。
――美しい。雪のようにすべすべの白い肌も、華奢で儚さを感じる体躯も、特徴的な猫ッ毛のような髪の毛も、輝く碧色の瞳も――――
――――俺は、雷に打たれた。
全身に、全霊に電流が走ったような感覚を受け――――気が付けば、他の観客同様、席を立ちあがって歓声を上げていた!!
目の前の美少年が艶やかに歌う度……扇情的な表情を浮かべる度……しなやかで艶のある肢体を輝かせる度…………俺の心と魂に、何か清も濁も超えた何か尊いエネルギーが津波のように押し寄せ、気持ちがときめき、昂るのだった。
――――そうか。
俺は、きっとこの瞬間の為に、この街へ流れ着き、5年間を彷徨っていたのだ!!
こんな話をガラテア帝国本国の学者崩れの友人から聞いたことがある。
この世に原始の生命体が生まれた時、それは性別などない、単細胞生物だった。
だが、ある時突然変異が起こり、生命は環境に適応するための多様性を確保して種を生き延ばせる為に、オスを作り出した。
オスはただただ精子を提供して種の完全体であるメスに与え、子を孕んで種を生き長らえる。メスこそが種の完全体であり、種を存続さえ出来るならオスは用済みなのだ。
それ故に、オスと言うものは実に儚い、消耗品のような存在だ。
オスであることを決定づけるY染色体が今にも砕け散りそうな程弱々しいのは、オスと言うモノが不完全で、不安定である証拠のようなものだ。
オスは儚い。メスは強く、完全に美しい。
――だが、だからこそだ。だからこそ、不安定で儚いオスの美しさこそが、真に尊ぶべき存在だったのだ――――目の前の華奢で儚い美とエロスを体現している美少年が、まさしく『しるべ』なのだ――――!!
――――決めた。俺は決めたぞ!!
俺は、この街で……単なる男娼で儚き生を終えさせるのではなく、少年という少年の儚く不安定な男性の美を愛する為、探求する為、尊ぶため…………少年主体の劇団を創ってみせる!!
少年は花の盛りだ。きっと神か、神の如く巨大な存在の相手役、夜伽役こそ相応しい!!
そういえば、伝記にもあった。
『12歳の花の盛りの少年は素晴らしい。13歳の少年はもっと素敵だ。14歳の少年はなお甘美な愛の花だ。15歳になったばかりの少年は一層素晴らしい。16歳だと神の相手が相応しい。17歳の少年となるとおれの相手じゃなく天上最高神の相手だ、おお!』
――古代の人が、何故少年に美を見出したのか、解った気がする。そう。時は今だ! 少年だけが持つ美と儚さと愛を尊ぶ一団を挙するのだ!! 彼らはもっと輝かねばならない――――これは、きっと神のような何かの思し召しなのだ…………ッ!!
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――――その覚醒した元軍人が、カジノ都市・シャンバリアから始まり、やがて世界中の少年たちの美意識を追求する団体を立ち上げ、大衆文化に深く広く貢献する活動を始めるのに、1年とかからなかった。
ちなみに、覚醒した彼とその後のエリー一行の行方とは、なんら関わりのないことだった。故に、件の美少年であるグロウと再会することも二度となかった――――
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