57 / 223
第56話 仕事はつらいぜ 得難いぜ
しおりを挟む
――――それからエリー一行はここシャンバリアを駆けずり回り、資金稼ぎに奔走した。
まずエリーの場合。エリーは『鬼』の力からなる怪力があるので、作業着に身を纏い土木作業や運送業など力仕事をこなすのはお手の物だった。
「――よいしょっ! ……っこらしょーっ!! 酒樽の数、これで全部よねー?」
「おおっ……姉ちゃん、あんたすっげえな……あれだけの重さの酒樽を全部、もうトラックに運び切ったってのか!? すっげえタフだな……」
「へへへっ。そう?」
現場で叩き上げられたガテン系の屈強な作業員たちも、エリーの怪力には目を見張るばかりだった。
「OK! ここはもういいぜ。次は東地区のスペース拡大の為の突貫工事だ! 機材やスコップでひたすら穴掘るからな。安全には気を付けてやれよー!!」
「よっしゃ!! りょうかーい!!」
肉体労働者の中の荒くれたちに混ざって作業しているが、エリーのあけすけな気質と態度は現場の者たちには好意的に受け取られたようだ。現場に華を添えられたような気分にでもなっているのか、荒くれたちもどこか笑顔混じりで優しい。
<<
<<
<<
「…………」
「…………」
一方、ガイとセリーナは己の武道の心得を活かし、金品の保管所の警備や要人警護の仕事を受けていた。2人共特に有事でない時は、ただただ持ち場で棒立ちになって険しい顔で黙っている。
「なあ……あんたら、冒険者だろ……? なあんでこんなとこで警備のバイトやってんだあ?」
年配の警備員が、あまりに2人が無愛想なので時たま声をかけてくる。
「……色々と込み入った事情があってな……すぐに金が必要なんだ。ここ、シャンバリアなら金になる仕事が沢山あるって聞いてな……」
「……込み入った事情? 借金でもしてんのか?」
「う、そりゃあ――」
「……似たようなものだが、あまり詮索しないでくれると助かるんだが。」
「そっか。すまねえ、姉ちゃん…………」
「…………」
「…………」
警備員の仕事とは、有事に悪漢を撃退するよりも大抵の場合、ただただ持ち場で立ち尽くしていることがほとんどだ。ただでさえアクションの頻度の少ない仕事。エリーのようにじっとしているのが苦手な者には難しいが……かと言って何もせず棒立ちの2人は元々の無愛想さが出て、つい押し黙ってしまうのだった。
一緒に仕事をしている年配の警備員が、どこか遠慮がちにおずおずと2人につい話しかけてしまう。
「……その……踏み入ったこと聞くけどよお――――そんなんで、上手くいってんのか? その、カップルとしてデートとか――――」
「必要ねえ」
「必要ないな」
「――そ、そうかあ…………若えのに随分しみったれてるっつうか……かわいげのねえ恋人同士だなあ。ここはせっかくのカジノ都市なんだ。若えうちに遊びに行けよ。」
「違うぜ」
「恋人じゃあないな」
「……じゃ、なんで2人して行動共にしてんの…………」
カジノ都市に身を置きながらも至って平々凡々と生きて来たと見える年配の警備員からすれば、まだ若さの盛りである男女が行動を共にしていて、何故ここまで愛想もなしにいられるのか不思議でならなかった。せめて世間話とか冗談交じりで口説いたりとかしないのか、他に恋人がいるのなら恋バナでもしないのか、などと年寄りの冷や水かもしれないが余計な心配をしてしまう。
「――おい、バイトの2人。どちらかが交代だ。今から上客が北地区まで移動するから、身辺警護に移って欲しい。どっちが行く?」
管理職と見られる男が片方の交代を促す。上客の身辺警護も仕事のうちだ。
「私が行こう」
「そうか。頼むぜ。セリーナなら……上客の身辺警護をしててやりやすいだろうし、な……」
「……? どういう意味だ?」
「いや……言葉通りの意味だよ。何だかんだでおめえは頼り甲斐がある。気ぃ付けて、な」
「そうか……じゃあ行ってくる。持ち場を頼むぞ」
そう言い残してセリーナは上客のもとへ去っていった。
持ち場に残った年配の警備員が、どこか名残惜しい、と言った面持ちでガイに声をかけてくる。
「……兄ちゃん……もっと言ってやってもいいんじゃあねえの?」
「? 何をだ?」
「さっき姉ちゃんに言いかけてたじゃあねえか。『おめえは美人だから上客もきっと気に入って取り入りやすくなるだろうぜ』ぐらい言ってやれば……姉ちゃんも気を良くして笑顔のひとつも見せただろうによオ」
「ああ……あいつはあんまお世辞に乗るタイプじゃあねえからな……何より、俺にはエリー……いや、彼女がいるからな。」
「いや……彼女がいるのはわかったけどよお……なんつーか…………もうちょい、女には気遣いの言葉、かけてやんなよ…………その本命の彼女も、兄ちゃんの気付かないトコできっとがっかりしてるぜ。」
「……? そうか? 俺ら、結構上手くいってる方だと思うんだけどなあ……」
――エリーとは子供時代からの付き合いだが、確かな恋愛感情で結ばれていても、ガイは時々エリーの女心を察するに鈍だ。それはガイが比較的硬派な漢であることもあるが、冒険者として抜き差しならない情況で10年以上生きてきて、女性相手のコミュニケーションやリップサービスと言った労い、慰めの精神にどこか欠けていた。恋人は在れどもある種の朴念仁なのかもしれない。
それなりに酸いも甘いも噛みしめて来た年配の警備員が、ひと息大きく溜め息を吐いて言う。
「…………これからはもうちょい、女には優しい言葉をかけてやんなよ。愛情ってなァ、触れ合いだけじゃあねエ。こまめに言葉をかけてやるのも大事なんだよ…………花に水をやるように、な。覚えとけ、若い衆。」
「…………ああん?」
ピンとこないガイはひと声唸って、首を傾げるばかりだった。
<<
<<
<<
また一方。グロウはイロハの勧め通り、病院にいた。
とは言え、みだりにグロウの治癒の力を使えば異端視されるかもしれないし、連続で使い続ければ気力が持たない。なので敢えて傷病人の治療などではなく、病棟というよりは身体が不自由な障害者や年寄り、幼い子供など身体的弱者のヘルパーのようなアルバイトに申し込んだ。
「――はい。お茶だよお婆さん。熱いから気を付けて飲んでね。」
「おお、ありがとうねえ……全く、こんなかわいい子がヘルパーさんで来てくれるなんてねえ。わたしゃ、孫が出来たみたいで嬉しいわ…………この街はごみごみして落ち着かないけど私の故郷の方はもっとねえ――――」
お茶を汲んで老婆に渡し、年寄りにありがちな長ったらしい昔話が始まるが、優しいグロウは嫌な顔ひとつせず「うんうん、そうだよね」と相槌を打って話を聴いてあげている。
「今日来たばっかの坊主。悪りぃが、そこのテーブルまで……俺に肩貸してくんねえか。全く、いつもの看護の若造らは威張るだけで能無しだぜ。俺の杖も折っちまうしよお……」
「あっ、待ってね。今行く……」
かつてはガラテア軍人、とは言っても地方に勤務するほど外様扱いされた上に片足を戦火で失った末に退役したという男が、悪態を吐きつつもグロウに肩を借りる。
「……その無くした右脚…………痛むの?」
「……ああ。たま~に調子が悪いと、な……まるで脚があるかのように痛むんだ。その度に……脚を敵に吹っ飛ばされた時の記憶がちらついちまってな…………時々やり切れなくなっちまうんだよ……」
「――つらい、ね…………治してあげ…………たら良いのになあ……」
肩を貸して元軍人の歩行補助をしつつ、思わず失った彼の脚に手を触れて治癒の力を使いそうになったが…………一瞬歯を食いしばるような想いをして思いとどまった。
如何にグロウの治癒の力が強力でも、これまで四肢を失った人間まで治し切れたことはない。試してみれば出来るのかもしれないが、それはどんな結果や効能になるか未だにブラックボックスの中。もしやり方を間違えれば却って彼に苦痛や苦悩を味わわせてしまうかもしれない。そして何より、前述の通りグロウの力を異端視して悪目立ちするとどう他人に利用されるかわからない。
グロウは自分の力を過信してはならぬ、と断腸の思いで手をどけた。そしてどけたその手を男を支えるのに使った。
(――ごめんね、おじさん…………でも、そっか。僕、力に頼り過ぎなくても人の助けになれるんだ…………)
――神がかった謎の能力などに頼らなくても、自分には……人間として生まれたのではないにせよ、人間と同じ2本の腕と2本の脚がしっかりとある。それで出来ることがきっとあるはず。
グロウは、自分の能力ゆえに苦悩し、不安に陥ることも多いが、そういった仁の心でこの世界を生きる術もあるのではないか。そう思い始めるのだった。
「……? なんでぃ、泣きそうなツラしやがって……良いってことよ! この街の住人の多くはろくでなし共ばかりだが、時には坊主みてえな良い奴も来る。片脚が無かろうが、そういう奴さえいてくれればナンボか救われた気持ちにならあ。何の事情でこんな街に来て病院で働こうってのかは知らねえが、おめえは見上げた子供だよ……よっ、と……ありがとな。」
テーブルの椅子に腰掛けた男は、脚を欠損した苦悩や苦痛から来る闇を感じさせぬ屈託のない笑みをグロウに向けてくれた。じきに他の看護師が食事とお菓子を運んでくる。彼はそれが楽しみなようだ。
「――お兄ちゃーん!! 来て来てー!!」
「あそぼー!! お絵描きしたいー!!」
「わっ……はは……はいはい! すぐ行くよ!」
今度は幼い子供の甲高い声で呼び出された。大声に驚きつつも、子供たちの遊び場に駆け寄る。
「はい、お待たせ! 何描こっか?」
「怪獣! 怪獣描きたい!! がおーっ!!」
「あたちはお日様と……んっとねえ……おにぎり!! おにぎり描くー!!」
「わあ~!! かっこいいね、それ!! おにぎり美味しいよね。一緒に描こう!! …………ん?」
目の前の子供たちに気を取られかけたが、よく見ると、遊び場の隅っこで、カーテンにくるまりながら指を咥えてじいーっとグロウを見ている男の子がいる。
気になったグロウは、ある程度元気な子供の相手をしたのち、すぐに隅っこでじっとしている男の子に声をかけた。
「――どうしたの? 一緒に遊ばないの?」
「……遊びたい……でも、遊ばない。」
寂しい表情。眉も八の字にして顔も俯いている。
「……どうして、遊ばないの?」
「…………あのね……ぼくねえ……父さんと母さん待ってるの。」
「……父さんと母さん…………?」
「待ってるの。待ってるけど、全然来てくれないの…………いつか、おかねをいっぱい貯めたら迎えに来るね、って言ったはずなのに…………かじの? から……帰ってこないの。」
「――――!!」
父と母。
グロウ自身これまであまり意識してこなかったことだが、自分も両親と呼べる者がいない。もっと言えば、エリーにもガイにもテイテツにもセリーナにもいない。辛うじて片親だけいるのがイロハだけだ。
エリーやガイに面と向かって親の存在のことを聞いたこともなかったグロウだが…………目の前の、遊興に溺れ我を忘れたせいか、抜き差しならない情況になって帰ってこれないのか、はたまた、息子を捨てて何処かへ逃げ出してしまったのか。そんな悲しみと寂しさを抱えて生きるみなしごの存在を見て、グロウ自身初めて気付いた。
親の存在は本来、子にとってなくてはならないほど大きいことを。世の中には親を憎悪の対象として認識し、生きることの邪魔になってしまう悪しき親もどきは多くいるものだが、それでもなお幼心に親の存在というのは良くも悪くも強く刻み付けられてしまうものだと。もっと自分にかまって、愛して、承認して欲しいものなのだと。
「――――僕はね。父さんも母さんもいないんだ。顔も声も名前もわからない。」
「――えっ…………」
「寂しいよね。悲しいよね…………でもね。僕には父さんも母さんもいないけど、仲間……友達はいるんだ。友達に父さんや母さんは代わってくれないけどさ…………ただ傍にいて、一緒に泣いたり笑ったりしてくれる。僕はそんな友達を大事、大事にしたいと思うんだ――――君はどうだい? ここの子とも友達になれないかい?」
グロウが振り向くと――――遊び場ではクレヨンや落書き帳を握りしめながら、心配そうにカーテンにくるまる彼を見つめる子供たちがいる。
彼も感覚的に気付いたようだ。
親は選んだり自力で得たり出来ないが、友達や仲間はずっとずっと沢山、作り続けることが出来る宝物だということを――――
「――ぼく……ぼくねえ……いっしょにお絵描き、する!」
男の子は身体をよじらせて照れながらも、やがて他の子供たちのもとへ駆け寄っていった。
「――仲間。友達…………いつの間にか出来ていたけど…………いるとしたら、僕の親は、どんな人なんだろう…………」
グロウは一瞬、遠巻きに眺めながら、存在するはずの無い父と母に想いを馳せ、胸が苦しくなるのだった――――
まずエリーの場合。エリーは『鬼』の力からなる怪力があるので、作業着に身を纏い土木作業や運送業など力仕事をこなすのはお手の物だった。
「――よいしょっ! ……っこらしょーっ!! 酒樽の数、これで全部よねー?」
「おおっ……姉ちゃん、あんたすっげえな……あれだけの重さの酒樽を全部、もうトラックに運び切ったってのか!? すっげえタフだな……」
「へへへっ。そう?」
現場で叩き上げられたガテン系の屈強な作業員たちも、エリーの怪力には目を見張るばかりだった。
「OK! ここはもういいぜ。次は東地区のスペース拡大の為の突貫工事だ! 機材やスコップでひたすら穴掘るからな。安全には気を付けてやれよー!!」
「よっしゃ!! りょうかーい!!」
肉体労働者の中の荒くれたちに混ざって作業しているが、エリーのあけすけな気質と態度は現場の者たちには好意的に受け取られたようだ。現場に華を添えられたような気分にでもなっているのか、荒くれたちもどこか笑顔混じりで優しい。
<<
<<
<<
「…………」
「…………」
一方、ガイとセリーナは己の武道の心得を活かし、金品の保管所の警備や要人警護の仕事を受けていた。2人共特に有事でない時は、ただただ持ち場で棒立ちになって険しい顔で黙っている。
「なあ……あんたら、冒険者だろ……? なあんでこんなとこで警備のバイトやってんだあ?」
年配の警備員が、あまりに2人が無愛想なので時たま声をかけてくる。
「……色々と込み入った事情があってな……すぐに金が必要なんだ。ここ、シャンバリアなら金になる仕事が沢山あるって聞いてな……」
「……込み入った事情? 借金でもしてんのか?」
「う、そりゃあ――」
「……似たようなものだが、あまり詮索しないでくれると助かるんだが。」
「そっか。すまねえ、姉ちゃん…………」
「…………」
「…………」
警備員の仕事とは、有事に悪漢を撃退するよりも大抵の場合、ただただ持ち場で立ち尽くしていることがほとんどだ。ただでさえアクションの頻度の少ない仕事。エリーのようにじっとしているのが苦手な者には難しいが……かと言って何もせず棒立ちの2人は元々の無愛想さが出て、つい押し黙ってしまうのだった。
一緒に仕事をしている年配の警備員が、どこか遠慮がちにおずおずと2人につい話しかけてしまう。
「……その……踏み入ったこと聞くけどよお――――そんなんで、上手くいってんのか? その、カップルとしてデートとか――――」
「必要ねえ」
「必要ないな」
「――そ、そうかあ…………若えのに随分しみったれてるっつうか……かわいげのねえ恋人同士だなあ。ここはせっかくのカジノ都市なんだ。若えうちに遊びに行けよ。」
「違うぜ」
「恋人じゃあないな」
「……じゃ、なんで2人して行動共にしてんの…………」
カジノ都市に身を置きながらも至って平々凡々と生きて来たと見える年配の警備員からすれば、まだ若さの盛りである男女が行動を共にしていて、何故ここまで愛想もなしにいられるのか不思議でならなかった。せめて世間話とか冗談交じりで口説いたりとかしないのか、他に恋人がいるのなら恋バナでもしないのか、などと年寄りの冷や水かもしれないが余計な心配をしてしまう。
「――おい、バイトの2人。どちらかが交代だ。今から上客が北地区まで移動するから、身辺警護に移って欲しい。どっちが行く?」
管理職と見られる男が片方の交代を促す。上客の身辺警護も仕事のうちだ。
「私が行こう」
「そうか。頼むぜ。セリーナなら……上客の身辺警護をしててやりやすいだろうし、な……」
「……? どういう意味だ?」
「いや……言葉通りの意味だよ。何だかんだでおめえは頼り甲斐がある。気ぃ付けて、な」
「そうか……じゃあ行ってくる。持ち場を頼むぞ」
そう言い残してセリーナは上客のもとへ去っていった。
持ち場に残った年配の警備員が、どこか名残惜しい、と言った面持ちでガイに声をかけてくる。
「……兄ちゃん……もっと言ってやってもいいんじゃあねえの?」
「? 何をだ?」
「さっき姉ちゃんに言いかけてたじゃあねえか。『おめえは美人だから上客もきっと気に入って取り入りやすくなるだろうぜ』ぐらい言ってやれば……姉ちゃんも気を良くして笑顔のひとつも見せただろうによオ」
「ああ……あいつはあんまお世辞に乗るタイプじゃあねえからな……何より、俺にはエリー……いや、彼女がいるからな。」
「いや……彼女がいるのはわかったけどよお……なんつーか…………もうちょい、女には気遣いの言葉、かけてやんなよ…………その本命の彼女も、兄ちゃんの気付かないトコできっとがっかりしてるぜ。」
「……? そうか? 俺ら、結構上手くいってる方だと思うんだけどなあ……」
――エリーとは子供時代からの付き合いだが、確かな恋愛感情で結ばれていても、ガイは時々エリーの女心を察するに鈍だ。それはガイが比較的硬派な漢であることもあるが、冒険者として抜き差しならない情況で10年以上生きてきて、女性相手のコミュニケーションやリップサービスと言った労い、慰めの精神にどこか欠けていた。恋人は在れどもある種の朴念仁なのかもしれない。
それなりに酸いも甘いも噛みしめて来た年配の警備員が、ひと息大きく溜め息を吐いて言う。
「…………これからはもうちょい、女には優しい言葉をかけてやんなよ。愛情ってなァ、触れ合いだけじゃあねエ。こまめに言葉をかけてやるのも大事なんだよ…………花に水をやるように、な。覚えとけ、若い衆。」
「…………ああん?」
ピンとこないガイはひと声唸って、首を傾げるばかりだった。
<<
<<
<<
また一方。グロウはイロハの勧め通り、病院にいた。
とは言え、みだりにグロウの治癒の力を使えば異端視されるかもしれないし、連続で使い続ければ気力が持たない。なので敢えて傷病人の治療などではなく、病棟というよりは身体が不自由な障害者や年寄り、幼い子供など身体的弱者のヘルパーのようなアルバイトに申し込んだ。
「――はい。お茶だよお婆さん。熱いから気を付けて飲んでね。」
「おお、ありがとうねえ……全く、こんなかわいい子がヘルパーさんで来てくれるなんてねえ。わたしゃ、孫が出来たみたいで嬉しいわ…………この街はごみごみして落ち着かないけど私の故郷の方はもっとねえ――――」
お茶を汲んで老婆に渡し、年寄りにありがちな長ったらしい昔話が始まるが、優しいグロウは嫌な顔ひとつせず「うんうん、そうだよね」と相槌を打って話を聴いてあげている。
「今日来たばっかの坊主。悪りぃが、そこのテーブルまで……俺に肩貸してくんねえか。全く、いつもの看護の若造らは威張るだけで能無しだぜ。俺の杖も折っちまうしよお……」
「あっ、待ってね。今行く……」
かつてはガラテア軍人、とは言っても地方に勤務するほど外様扱いされた上に片足を戦火で失った末に退役したという男が、悪態を吐きつつもグロウに肩を借りる。
「……その無くした右脚…………痛むの?」
「……ああ。たま~に調子が悪いと、な……まるで脚があるかのように痛むんだ。その度に……脚を敵に吹っ飛ばされた時の記憶がちらついちまってな…………時々やり切れなくなっちまうんだよ……」
「――つらい、ね…………治してあげ…………たら良いのになあ……」
肩を貸して元軍人の歩行補助をしつつ、思わず失った彼の脚に手を触れて治癒の力を使いそうになったが…………一瞬歯を食いしばるような想いをして思いとどまった。
如何にグロウの治癒の力が強力でも、これまで四肢を失った人間まで治し切れたことはない。試してみれば出来るのかもしれないが、それはどんな結果や効能になるか未だにブラックボックスの中。もしやり方を間違えれば却って彼に苦痛や苦悩を味わわせてしまうかもしれない。そして何より、前述の通りグロウの力を異端視して悪目立ちするとどう他人に利用されるかわからない。
グロウは自分の力を過信してはならぬ、と断腸の思いで手をどけた。そしてどけたその手を男を支えるのに使った。
(――ごめんね、おじさん…………でも、そっか。僕、力に頼り過ぎなくても人の助けになれるんだ…………)
――神がかった謎の能力などに頼らなくても、自分には……人間として生まれたのではないにせよ、人間と同じ2本の腕と2本の脚がしっかりとある。それで出来ることがきっとあるはず。
グロウは、自分の能力ゆえに苦悩し、不安に陥ることも多いが、そういった仁の心でこの世界を生きる術もあるのではないか。そう思い始めるのだった。
「……? なんでぃ、泣きそうなツラしやがって……良いってことよ! この街の住人の多くはろくでなし共ばかりだが、時には坊主みてえな良い奴も来る。片脚が無かろうが、そういう奴さえいてくれればナンボか救われた気持ちにならあ。何の事情でこんな街に来て病院で働こうってのかは知らねえが、おめえは見上げた子供だよ……よっ、と……ありがとな。」
テーブルの椅子に腰掛けた男は、脚を欠損した苦悩や苦痛から来る闇を感じさせぬ屈託のない笑みをグロウに向けてくれた。じきに他の看護師が食事とお菓子を運んでくる。彼はそれが楽しみなようだ。
「――お兄ちゃーん!! 来て来てー!!」
「あそぼー!! お絵描きしたいー!!」
「わっ……はは……はいはい! すぐ行くよ!」
今度は幼い子供の甲高い声で呼び出された。大声に驚きつつも、子供たちの遊び場に駆け寄る。
「はい、お待たせ! 何描こっか?」
「怪獣! 怪獣描きたい!! がおーっ!!」
「あたちはお日様と……んっとねえ……おにぎり!! おにぎり描くー!!」
「わあ~!! かっこいいね、それ!! おにぎり美味しいよね。一緒に描こう!! …………ん?」
目の前の子供たちに気を取られかけたが、よく見ると、遊び場の隅っこで、カーテンにくるまりながら指を咥えてじいーっとグロウを見ている男の子がいる。
気になったグロウは、ある程度元気な子供の相手をしたのち、すぐに隅っこでじっとしている男の子に声をかけた。
「――どうしたの? 一緒に遊ばないの?」
「……遊びたい……でも、遊ばない。」
寂しい表情。眉も八の字にして顔も俯いている。
「……どうして、遊ばないの?」
「…………あのね……ぼくねえ……父さんと母さん待ってるの。」
「……父さんと母さん…………?」
「待ってるの。待ってるけど、全然来てくれないの…………いつか、おかねをいっぱい貯めたら迎えに来るね、って言ったはずなのに…………かじの? から……帰ってこないの。」
「――――!!」
父と母。
グロウ自身これまであまり意識してこなかったことだが、自分も両親と呼べる者がいない。もっと言えば、エリーにもガイにもテイテツにもセリーナにもいない。辛うじて片親だけいるのがイロハだけだ。
エリーやガイに面と向かって親の存在のことを聞いたこともなかったグロウだが…………目の前の、遊興に溺れ我を忘れたせいか、抜き差しならない情況になって帰ってこれないのか、はたまた、息子を捨てて何処かへ逃げ出してしまったのか。そんな悲しみと寂しさを抱えて生きるみなしごの存在を見て、グロウ自身初めて気付いた。
親の存在は本来、子にとってなくてはならないほど大きいことを。世の中には親を憎悪の対象として認識し、生きることの邪魔になってしまう悪しき親もどきは多くいるものだが、それでもなお幼心に親の存在というのは良くも悪くも強く刻み付けられてしまうものだと。もっと自分にかまって、愛して、承認して欲しいものなのだと。
「――――僕はね。父さんも母さんもいないんだ。顔も声も名前もわからない。」
「――えっ…………」
「寂しいよね。悲しいよね…………でもね。僕には父さんも母さんもいないけど、仲間……友達はいるんだ。友達に父さんや母さんは代わってくれないけどさ…………ただ傍にいて、一緒に泣いたり笑ったりしてくれる。僕はそんな友達を大事、大事にしたいと思うんだ――――君はどうだい? ここの子とも友達になれないかい?」
グロウが振り向くと――――遊び場ではクレヨンや落書き帳を握りしめながら、心配そうにカーテンにくるまる彼を見つめる子供たちがいる。
彼も感覚的に気付いたようだ。
親は選んだり自力で得たり出来ないが、友達や仲間はずっとずっと沢山、作り続けることが出来る宝物だということを――――
「――ぼく……ぼくねえ……いっしょにお絵描き、する!」
男の子は身体をよじらせて照れながらも、やがて他の子供たちのもとへ駆け寄っていった。
「――仲間。友達…………いつの間にか出来ていたけど…………いるとしたら、僕の親は、どんな人なんだろう…………」
グロウは一瞬、遠巻きに眺めながら、存在するはずの無い父と母に想いを馳せ、胸が苦しくなるのだった――――
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
透明の「扉」を開けて
美黎
ライト文芸
先祖が作った家の人形神が改築によりうっかり放置されたままで、気付いた時には家は没落寸前。
ピンチを救うべく普通の中学2年生、依る(ヨル)が不思議な扉の中へ人形神の相方、姫様を探しに旅立つ。
自分の家を救う為に旅立った筈なのに、古の予言に巻き込まれ翻弄されていく依る。旅の相方、家猫の朝(アサ)と不思議な喋る石の付いた腕輪と共に扉を巡り旅をするうちに沢山の人と出会っていく。
知ったからには許せない、しかし価値観が違う世界で、正解などあるのだろうか。
特別な能力なんて、持ってない。持っているのは「強い想い」と「想像力」のみ。
悩みながらも「本当のこと」を探し前に進む、ヨルの恋と冒険、目醒めの成長物語。
この物語を見つけ、読んでくれる全ての人に、愛と感謝を。
ありがとう
今日も矛盾の中で生きる
全ての人々に。
光を。
石達と、自然界に 最大限の感謝を。
ちょいダン? ~仕事帰り、ちょいとダンジョンに寄っていかない?~
テツみン
SF
東京、大手町の地下に突如現れたダンジョン。通称、『ちょいダン』。そこは、仕事帰りに『ちょい』と冒険を楽しむ場所。
大手町周辺の企業で働く若手サラリーマンたちが『ダンジョン』という娯楽を手に入れ、新たなライフスタイルを生み出していく――
これは、そんな日々を綴った物語。
『エンプセル』~人外少女をめぐって愛憎渦巻く近未来ダークファンタジー~
うろこ道
SF
【毎日20時更新】【完結確約】
高校2年生の美月は、目覚めてすぐに異変に気づいた。
自分の部屋であるのに妙に違っていてーー
ーーそこに現れたのは見知らぬ男だった。
男は容姿も雰囲気も不気味で恐ろしく、美月は震え上がる。
そんな美月に男は言った。
「ここで俺と暮らすんだ。二人きりでな」
そこは未来に起こった大戦後の日本だった。
原因不明の奇病、異常進化した生物に支配されーー日本人は地下に都市を作り、そこに潜ったのだという。
男は日本人が捨てた地上で、ひとりきりで孤独に暮らしていた。
美月は、男の孤独を癒すために「創られた」のだった。
人でないものとして生まれなおした少女は、やがて人間の欲望の渦に巻き込まれてゆく。
異形人外少女をめぐって愛憎渦巻く近未来ダークファンタジー。
※九章と十章、性的•グロテスク表現ありです。
※挿絵は全部自分で描いています。
VRおじいちゃん ~ひろしの大冒険~
オイシイオコメ
SF
75歳のおじいさん「ひろし」は思いもよらず、人気VRゲームの世界に足を踏み入れた。おすすめされた種族や職業はまったく理解できず「無職」を選び、さらに操作ミスで物理攻撃力に全振りしたおじいさんはVR世界で出会った仲間たちと大冒険を繰り広げる。
この作品は、小説家になろう様とカクヨム様に2021年執筆した「VRおじいちゃん」と「VRおばあちゃん」を統合した作品です。
前作品は同僚や友人の意見も取り入れて書いておりましたが、今回は自分の意向のみで修正させていただいたリニューアル作品です。
(小説中のダッシュ表記につきまして)
作品公開時、一部のスマートフォンで文字化けするとのご報告を頂き、ダッシュ2本のかわりに「ー」を使用しております。
【VRMMO】イースターエッグ・オンライン【RPG】
一樹
SF
ちょっと色々あって、オンラインゲームを始めることとなった主人公。
しかし、オンラインゲームのことなんてほとんど知らない主人公は、スレ立てをしてオススメのオンラインゲームを、スレ民に聞くのだった。
ゲーム初心者の活字中毒高校生が、オンラインゲームをする話です。
以前投稿した短編
【緩募】ゲーム初心者にもオススメのオンラインゲーム教えて
の連載版です。
連載するにあたり、短編は削除しました。
恋するジャガーノート
まふゆとら
SF
【全話挿絵つき!巨大怪獣バトル×怪獣擬人化ラブコメ!】
遊園地のヒーローショーでスーツアクターをしている主人公・ハヤトが拾ったのは、小さな怪獣・クロだった。
クロは自分を助けてくれたハヤトと心を通わせるが、ふとしたきっかけで力を暴走させ、巨大怪獣・ヴァニラスへと変貌してしまう。
対怪獣防衛組織JAGD(ヤクト)から攻撃を受けるヴァニラス=クロを救うため、奔走するハヤト。
道中で事故に遭って死にかけた彼を、母の形見のペンダントから現れた自称・妖精のシルフィが救う。
『ハヤト、力が欲しい? クロを救える、力が』
シルフィの言葉に頷いたハヤトは、彼女の協力を得てクロを救う事に成功するが、
光となって解けた怪獣の体は、なぜか美少女の姿に変わってしまい……?
ヒーローに憧れる記憶のない怪獣・クロ、超古代から蘇った不良怪獣・カノン、地球へ逃れてきた伝説の不死蝶・ティータ──
三人(体)の怪獣娘とハヤトによる、ドタバタな日常と手に汗握る戦いの日々が幕を開ける!
「pixivFANBOX」(https://mafuyutora.fanbox.cc/)と「Fantia」(fantia.jp/mafuyu_tora)では、会員登録不要で電子書籍のように読めるスタイル(縦書き)で公開しています!有料コースでは怪獣紹介ミニコーナーも!ぜひご覧ください!
※登場する怪獣・キャラクターは全てオリジナルです。
※全編挿絵付き。画像・文章の無断転載は禁止です。
死滅(しめつ)した人類の皆(みな)さまへ
転生新語
SF
私は研究所(ラボ)に残されたロボット。どうやら人類は死滅したようです。私は話し相手のロボットを作りながら、山の上に発見した人家(じんか)へ行こうと思っていました……
カクヨムで先行して投稿しています→https://kakuyomu.jp/works/16817330667541464833
また小説家になろうでも投稿を開始しました→https://ncode.syosetu.com/n3023in/
王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません
きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」
「正直なところ、不安を感じている」
久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー
激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。
アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。
第2幕、連載開始しました!
お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。
以下、1章のあらすじです。
アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。
表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。
常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。
それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。
サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。
しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。
盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。
アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる