創世樹

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第53話 美味しい鍋と絆を深めるミソ

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 ――――砂漠に出る前の森の中での最後の夕食が出来上がった。




 テイテツとグロウが率先して調理し、他の仲間たちが薪や食器を準備した。今夜は肉と野菜とライスをふんだんに煮込んだ鍋料理だ。




「――ふはーっ!! 今回の本もすっごい良かったっス~!! メンタルチャージっスよ。昂るゥ~!! ……おお~……良い匂いして来たッスね。鍋料理とは都合が良いっス。これでも入れてみるっスかね……」




 『よいしょ本』を堪能したイロハは一頻り悦に浸ったのち、自分の食料をリュックサックから取り出してくる。




 鍋の具材として相性の良い肉類や野菜類、茸類、ライスにパン…………さらに、エリーたちには何やら馴染みの薄い物も取り出してきた。




「え、イロハちゃん……その桶の中の、何? ……なんか、茶色いし臭いし……まるで――――」





「うんことか言ってんじゃあねーぞ、エリー……」





「……ガイ…………それじゃ言ってるのと変わらんだろう……」





 一同が額に手を当て嘆息する。






「は? うんこ!? 失敬なことを言うもんじゃあないっス!! これはミソペースト!! ウチの祖国特産の調味料っス! 煮込み料理に混ぜると美味いんスよ?」





 イロハが否定するが、見慣れない、聴きなれない調味料にエリーたちは気が引けている。




「えー。嘘だー……うんこでしょ~」

「この色といい臭いといい、間違いねえ。牛馬かなんかのうんこだな」

「おい……お前ら……食事の前にそんな話するな」





「だっから、うんこじゃあないって言ってるっス!! 2度言わせるんじゃあないっスよ。まったく」




「データベースに……やや情報が少ないですがありました。大陸から見て東の果ての島国の一角……商業都市サカイなどで作られる、大豆や穀物を発酵して作る味噌と言う名の調味料です。塩味の効いた味がするそうですよ」




 テイテツがこんな時も冷静に、携帯端末で検索して皆に説明する。




「えー……マジ? サカイとか言う街、うんこ食うの~? 行きたくないな~……そんなとこ」



「全くだぜ。うんこなんて食う奴の気が知れねエ」



「だからお前ら、食事前に――」





「だあああー!! もう、くどいっス!! そんなに嫌なら、エリーさんたちは食べなくていいっス!! 自分の器で溶いて食べるっス……ったく……何が悲しくて生まれ故郷をうんこを喰らう蛮族みたいに言われなきゃあならないんスか……」





 イロハは馬鹿にされたような感覚に少し拗ねて、おたまで鍋からだし汁を自分の御椀に流し込むと、味噌を適量取り出し、チョップスティックでぐりぐりと溶き交ぜる。そこへ、肉とライスを多めによそってしっかり浸していく。




「うわあ~……せっかくの獣肉が台無しじゃ~ん……」



「ふんっ」




 鼻を鳴らして肉とライスを掻き込んで食べる。


「ヒエッ……」


「――ううーん!! やっぱ鍋にはよく合うっス! 身体も良い感じにあったまるっスねえ~。何処ぞの調味料を牛馬か何かのうんこと馬鹿にするような『お上品』な人たちにはわかんないっスねえー」




 そう言って毒づくイロハだが、性懲りもなくエリーは露骨に引いてしまう。





「ねえねえ。イロハ。僕は興味あるなあ……ちゃんと世界の記録に残ってる食べ物なんでしょ? 何だか塩気が強めで美味しそうだし、食べてみるよ!」




「むむ……」




「ちょっと、グロウ、マジで~……!?」





 商業都市サカイとやらで特産の発酵食品・味噌。見慣れない食材にもグロウは興味津々だ。食卓から立ち上がってしまいたくなるほど動揺するエリー。




 イロハは少しグロウの好奇心に満ちた清らな顔を見て、眉根を顰めたままだが、少し声のトーンを緩めて答える。





「……まあ、グロウくんとテイテツさんはうんことか言わなかったから…………特別に分けてあげるっスかね……と! く! べ! つ! っスからね!!」





「ありがとう、イロハ」


「ご相伴にあずかります」




「ちょっとちょっとテイテツまで~!?」





 テイテツはデータベースを信用し、グロウは単なる好奇心から。その肯定的な態度には応えねばならぬと思ったのか、渋々ながらも味噌を少しグロウとテイテツの御椀によそってあげた。




 一見すると微笑ましいが、イロハからすれば商売人として無料で相手が知らない食材を分けてあげるなど、本来損でしかないので本当に特別サービスなのだろう。




 だが、他人が知らない有益なモノや情報を広く世の中に共有すること。特にこれから仲間として寝食を共にする相手には。




 イロハはそういう意味では商売人と言ってもただのケチな人間ではなく、まだ良心的と言えるだろう。でなければ、高額を取り立てる相手にフレンドリーに振る舞いさえしないのかもしれない。柔軟な思考である。






「――本当だ! ちょっと塩っ辛いけど凄く美味しいや!! お肉にも野菜にもよく合う!!」





「ふむ……どうやら予想以上に調味料としての汎用性は高そうですね。ガラテア本国の人工調味料よりは遙かに健康志向と言えますね。大豆からこれが出来るのか…………製造過程に興味を惹かれます。これもデータに加えておきます――」





「マジでー!?」





 味噌の食文化を知り、肯定的な人なら言わずもがな。鍋の味付けとしてグロウやテイテツの口にもよく合うようだった。





「でしょー? でっしょーっ!? 東の島国を舐めるんじゃあないっス!! いずれ食に携わる人材ともビジネスパートナーを組んで、世界中にサカイの食文化を広めてやるっス!! にはははは!」




「……え、マジで……そんな美味かったの? グロウもテイテツも……?」




「……どうやら俺ら、藪蛇つついて損しちまったみてえだな……」




 エリーとガイは予想以上に美味しそうに食べるグロウとテイテツの反応を見て、内心「しまった」と思うのだった。





「……ね、ねえねえイロハちゃん。そのお~……謝るから。私にも味噌、ちょうだ――――」




「ダーメッス!! 後悔しても遅いっス!! どうしても食いたけりゃあ、別ルートでも探してみるっスね!! ウチからエリーさんガイさんセリーナさんには絶ッッッ対にやらんっス!!」





「……うそーん…………」


「しゃあねえな。馬鹿にした俺らが悪かった。弁護の余地ァねえや。」


「……なんで私まで…………」




 さりげなくセリーナにまでとばっちり。3人はやや気落ちしたまま数分間、黙って鍋を食す。





 ――だが、このままだと食卓の雰囲気が悪くなるので、エリーは話題を変えてみることにした。




「――ねえ。イロハちゃん。親父さんと一緒に旅してたみたいだけど……お母さんは?」




「んあ? 母ちゃんならウチが7歳の時に、病気で亡くなったっス。」



「え…………」




 ――――イロハはさらっと言うが、片親だった。雰囲気を変えるつもりで話したつもりだったが、またも藪蛇か。




「――その…………なんか、ごめんね。」




「あー……いいっスいいっス。もうウチの中でとっくに消化した事っスから。まあ、世界中廻る長旅を男親と付いて回ってたから、ミラさんみたいな人に『身だしなみがなってない』って怒られるのはしゃーないと思うんスけどね。ひひひ……」




 イロハは母の死に触れられたことよりは、厳格なミラのような教育者然とした人に怒られた恐さの方が痛かったのか、やや視線を伏す。




 だが、イロハはイロハで新たな寝食と冒険を共にする仲間たちの顔を見て、自分の身の上を話す気になったようだ。




「……ウチは、確かに片親で、祖国も言うほど馴染みが強いわけでもないんスけどね……鍛冶錬金術師ってのは商業都市サカイでは、専ら男の職人仕事ってイメージが根強くて……母ちゃんはそんなかでも一等気の強い人で、自分が世間に『女の鍛冶錬金術師みたいなガサツで荒い汚れ仕事を』って貶されても、マジパない反骨心を持って親父と2人3脚で鍛冶錬金を勤め上げたっス。自分が重い肺炎で生命が短くなっても…………」





 イロハは、これもサカイの工芸品なのか、赤い漆塗りの雅な御椀の中のだし汁に自分の顔を映しつつ、訥々と語り始める。





「そんな母ちゃんの生き方を見て、自分はどう生きるべきか、悩んだ時期もあったっス。でも、すぐに親父と母ちゃんの跡を継ぐって決めたっス! 亡くなって少し経ってから鉄を初めて打ってみたら、親父がすっげえ良い笑顔だったから…………『仕事姿が母ちゃんそっくりだな』って。」





 徐々に神妙な雰囲気になってきて、今度はイロハが気を遣う。




「――も、もちろん、ウチが母ちゃんの代わりに、なんてつもりは無かったっスよ? 商売も鍛冶も、やっててただただめちゃくちゃ楽しいんス。世間様の風当たりはきつくても、職人の技を必要として、感謝してくれる人は必ずいたから……そんで、決めたんス!!」





 湿っぽい雰囲気を振り払うように、大袈裟にだし汁をずずずっ、と啜る。ひと口飲んで、豪快な笑みで言う。





「『こんな島国の一国だけで鍛冶錬金術師の技が小さく纏まるなんてもったいない。この技術力は世界に通用するはずだ』って!! ふふ~ん。実際、ここまでのウチらの働きぶりは、エリーさんたちも評価してくれるっスよね?」




「……うん! もっちろん!!」


「結果論抜きで言えるぜ。マジですげえ。おかげで俺たちゃ命拾いしたもんな。」


「負傷から全快出来たことにも文句のつけようがないな。」




 エリーもガイもセリーナも、異口同音に感謝の言葉を改めて述べると共に、イロハの鍛冶錬金術師の技の凄さを痛感する。





 セリーナを意識障害から治した妙薬。強力な新装備。さらにはガラテア軍特殊部隊を名もなきただの一投で撃退した玉――――どれも凡百の職人の技量で出来ることではない。





「あ!! そういえばさ。後でグロウから聞いたけど、あのガラテア軍人ども、やっつけてくれたのよね…………転移玉テレポボール、だっけ? 今思うとマジ凄いモン作るわね…………」





「でしょ!! でっしょー!? ふふん!! 正確にはやっつけたんじゃあなくて、何処か遠くに吹っ飛ばしただけで、倒してはいないスけどね…………あれもウチの中でベスト10には入る業物っス!! 敵に襲われて絶体絶命の状況での切り札だったんスけど、まさにあの時が使い時だったッスね……」





 イロハは歯を光らせて豪快に笑う。実に得意げそうだ。




「……だが…………負けることが決定的だったあの状況で……よくガラテア軍人ではなく私たちに味方する気になったな……一介の冒険者である私たちより羽振りの良いガラテア軍人についていた方が報酬も大きかったんじゃあないのか?」





 セリーナが疑問をぶつける。





「簡単な事っス!! 確かにあの時勝つのは絶対軍人さんたちだと思ったっス。けど……より『商売になる』のは断然エリーさんたちと判断したっス!! だからここにいるっス」




「……『商売』って?」




 グロウも続けてイロハに問う。




「……まず、相手はどんな利益よりも戦闘を好む戦闘狂バトルジャンキーだとすぐに解ったっス。セフィラの街の人からも、街のあちこちで連中が異常な行動を取っていたのも聴いていたっス。んな連中に商売の話を持ち掛けたって、碌なことになんないっス! 戦闘狂の軍人さんの方に加勢したら、むしろ『獲物を盗られた』とブチギレられて殺されてたかもっス。それこそウチの鍛冶錬金術師の技の価値もわかんない蛮族っス。何より、例え報酬を請求出来たとしても、超大国ガラテアッスよ? 高額請求なんかしたら武力で踏み倒される可能性がアリアリっス!! 下手したら、逆にウチらが取っ捕まって技術力を無理矢理ガラテア軍に掠め取られ、搾り取られることもあるっス!! んなことなったら全てが破産っス、大損もいいトコっス。おお恐ッ」






 途端に饒舌に、かつ得意げに語り出すイロハ。仕事ぶりを褒めてもらえたのもあるのだろうか。自分の商売人としての采配と判断を威勢よく語る。





「――だから、いくら高い報酬を貰えたとしても、そんなリスクまみれのヤバい相手より、まだ冒険者であるエリーさんたちに加勢した方が良いと判断したっス。逃げることも出来たっスけど、あのまま逃げてたら今度はセフィラの街の人たちが殺されてたかもしれないっスからね……貴重な冒険の拠点が消し炭にされることだけは避けたかったっス。何より――――」





 イロハは鍋から次の一杯分の具材を取り、御椀に味噌を溶きながら言う。




「――――ガラテア軍は技術力や武力はあっても『心』はあるもんか怪しいもんス。単なる力やお金なら既に向こうは充分過ぎるっス。でも、どうせお金の遣り取りをするなら……ちゃんと人の心を持った人間にするべきっス。そうでないやくざな人間にウチらがハンマーを振るって仕事するなんて、社会的にも割りに合わないことこの上無いっス!!」





 ――――ここまで、ガラテア軍に虐げられてきた者たちはエリー自身を含め、大勢見て来た。だが、特別ガラテア軍相手に割りを食ったことの無いイロハですらも、彼女が信じる職人の技と誇り、そしてまともな商売気質という視点から圧倒的強者であるガラテア軍を否定する。まだ弱者でも、エリーたちのような人間相手の方が良いと。





 職人の技も銭も、本来必要なものへと正しく分配する。イロハの健啖と矜持に、お金を取り立てられるという立場でどこか距離を置いて疑念を抱いていたエリーたちも、そんな想いはすとんと胸に落ちた。





「……そこまで考えて、あたしらに味方してくれたのね…………なんつーか、誤解してたわ。イロハちゃんのこと。」



「……俺にぁ商売も職人仕事もよくわかんねえが……ただの成金商売人じゃあねえことはよくわかったぜ。」



「職人仕事の在り方も商売の在り方も人それぞれではありますが、話を聞いた限りではイロハさんのやり方は最適解に非常に近いと感じます。」



「16歳の若さ……いや、この際若さなどどうでもいいか。見上げた心構えだ。重ねて感謝する。」




「――にひひひひぃ~」





 お金の負い目はあるものの、一行がイロハを承認するのを見て、イロハもまた単なる損得とは別の温かな感情が胸に沁みるのを感じるのだった。少女の平生の癖のある笑い声にひと際喜びが混じる。




「……ところで…………グロウくん、本当は何歳なんスか? 見た目は12歳かそこらくらいに見えるっスけど…………冒険者の割りには、なんか世間知らずなトコ多くないっスか?」




「僕?」



「あっ……それは――」



「いいだろ、エリー。この嬢ちゃんは信頼に足る奴だぜ。俺たち全員の過去も話しとこうぜ――――」




 ――それから一行はそれまでの半生を口々に語った。




 つらさを分かち合うのではない。




 信頼出来る仲間と認めたうえでの告白を――――






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「――――そうだったんスかあ…………皆、揃いも揃って人生トゥーマッチベリーハードモードもいいトコっスね…………食べながら聴いてるうちに二重の意味で腹いっぱいっス…………」




 大体は既に聴いていただろうが、改めてエリーとガイの悲惨な生まれの過去、テイテツの天才の悲劇と狂気、セリーナの歪められた人生……そしてグロウの謎。イロハは大抵の人間の過去の凄惨な傷跡を見聞きしても揺らぎ過ぎないほどの胆力は持っているが、さすがにこれだけの悲壮な人生を送る冒険者の話を聞いて胸焼けがしそうだった。




「……で。グロウくんは遺跡から現れた謎の存在……本人が自覚しているのは『自分は人間ではないこと』と色んな不思議な力、んで記憶もまるでないってことスね。だから他の12歳そこそこの子と何かが違うんスね。こりゃあ思った以上に大きなヤマを背負っちまったもんス!! ――――これから腕の振るい甲斐があるってもんス。」





 イロハ曰く『トゥーマッチベリーハードモード』な人生を歩むエリー一行とグロウの存在を見て、気に病むどころか闘志を燃やし始めた。エリー一行は、『実に頼もしい限りである』といった顔を浮かべた。





 いつの間にやら鍋はすっかり空になった。完食だ。




「ごちそうさまでした! イロハ、味噌美味しかったよ!!」





「おおう、そう素直に言われるとこっちも嬉しいもんスね……お粗末様でしたっス!」





「味噌、見た途端に感じたもん。凄く作物の生気が放たれてるのが……食べたらすっごく元気になったよ!!」





「ムムッ? グロウくんは……そういうスピリチュアルな物も感覚が鋭いんスね……だから味噌も恐れず食べた? ……もし生気とやらを感じ取れなかったら、どうしてたっスか?」





 ふと興味を惹かれ、グロウに問う。





「え? それでも食べてたよ~! 生き物のうんこでもモノによってはすっごく生気に満ちてるじゃあないか。作物の肥料になるのと同じできっと食べることで――――」





「「「「やめなさい。次からは絶対やめなさい。」」」」





 ――――グロウの異様な環境への適応力の行き過ぎた高さに、皆シンクロしてグロウをしかった。






 ――もう夜の帳は降りた。後は寝るだけだ。明日からは砂漠地帯へ進出する――――
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