創世樹

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第51話 新装

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 ――エリー一行は、気の遠くなるような鬱々とした気分で、目の前の食事を摂っている。




 既に皆の傷や疲労は癒えた。ガイは激しく傷めた全身を筋一本まで修復したし、セリーナは治療不可能かと思われた意識障害をも妙薬でカムバックした。その妙薬の残りで、こちらはグロウの治療のアフターケアのようなものだが不味い薬を苦労して飲み干してエリーもまた完全回復した。




 だが、問題は当然…………宿屋の食堂の窓から聴こえる、軽快な掛け声だった――――



「――よいしょおーっ!!」


「そうらッ!!」




 ――声の主は、熱した炉から取り出したばかりの真っ赤な金属を、激しく火花を撒き散らしながらハンマーで打つ、イロハと親父だ。




 そう。イロハから『大負けに負けた』とは言われつつも莫大な報酬を請求され…………一行は渋々『現実的な返済プラン』を呑むことにしたのだ。





 7500万ジルド請求されるところを、返済プランを2つひとまず履行することで-92%、600万ジルド。破格の申し出ではあるが、特別大きなヤマを当てたわけでもない一介の冒険者であるエリーたちには、少なくともすぐにはとても払えない金額だった。




 (※ちなみにジルドという通貨の価値だが、地方や社会情勢によって相場は変わるものの、大体現代西暦2022年の日本の『円』と同じくらいである)





 即ち、1つ目はナルスの街の近くの、グロウと出会った謎の遺跡で採掘した貴重な鉱石を全てイロハに渡し、強力な装備や情報端末、車の装甲などに鍛えてもらうことだ。もっと一行全員でこの鉱石の使い道を吟味したかったのだが、イロハからの『取り立て』と言う名の脅迫。報酬600万を支払えない場合は方々で悪評を喧伝し、ガラテア軍にもリークするというのだからたまったものでは無い。




 幸い、鍛え上げた装備はエリーたちにくれるというのだから、まあ、本来求めていた結果に近い成果ではあったかもしれないが。




「……ねえ~……あの子ら、鉱石を強力な装備にしてくれるってんのは良いんだけどさ~……その後はさあ~……600万……」




「……何も言うな。何も訊くんじゃあねえ。俺ァもうちょい現実逃避してたいってんだ……」





 優秀な鍛冶錬金術師に出会い、生命を救ってくれたのは多大に恩を感じてはいるのだが、よもや借金取りに付きまとわれることになるとは……全くの想定外の展開に、エリーもガイも怠そうにテーブルに突っ伏した状態で果物ジュースを啜る。




「――確かに、ピンチと言えばピンチな状況ですが……こうして装備の新調に協力してくれている上に、実力が確かな鍛冶錬金術師が仲間に加わるとまで言っているのです。接し方によっては、これはむしろチャンスと捉えることも出来るのでは?」




 合理的思考を常とするテイテツは意外にも楽観的とも取れる意見を述べる。




「……確かに、私たちとは違う技能を持った仲間が加わったり、装備が強くなるのは幸運だと言えるだろう。だが、やはり金が…………」





 セリーナもエリーやガイ同様、椅子に座って腕組みをしながらも陰鬱に俯いてしまう。





 冒険において、予想外の出費や財産の損失などはよくあることだ。エリーも賭け事などで大金を失ったり、旅の同行者に騙されて金品を盗られたことも経験上あった。




 だが、ネックなのは600万もの請求額を完済するまでイロハに一旦旅の主導権を握られ、イロハの要求優先で動かねばならないことだった。





 ――地図を見ればニルヴァ市国はセフィラの街より遙か南。だが、足りない資金稼ぎにイロハが行けという『カジノ都市』とやらは森を抜けて東の砂漠。目的地からは遠く寄り道をすることになる。しかも、ガラテア軍の追跡を搔い潜って進むにはこの森林地帯を出なければならない。




 ガラテア軍に直接動向をリークされるよりはマシとは言え、存外にまたも危険な旅のルートとなりそうである。




「……お姉ちゃん、ところで『カジノ』って何?」




 ――恐らく『カジノ都市』などいう世俗にまみれた場所とは心が最も遠そうな、無垢なグロウが尋ねる。





「……お宝やお金がいっぱい集まるトコよ。ついでにこわーい大人たちもいっぱいで。みんなでお金を賭けて、大儲けしたり大ハマりしたりすんの。明けても暮れてもギャンブルで遊び狂ってる場所だと思っててちょーだい。そんで、大概の人は大損して身ぐるみ剝がされて破滅すんの。わあー……こわーいこわーいお金こわーいスーツのおっさんこわーい」





「??? ……なんかいまいちわかんないけど、遊んでまわるなんて楽しそうー!!」





「「「であ~…………」」」





 金に目が眩んだ者たちが遊興に耽る、場合によっては人生が破滅する。そんな俗な世界を知らぬグロウはただ1人心湧きたつ。エリー、ガイ、セリーナとまともな辛苦を重ねてきた大人たち3人は異口同音に嘆息した。






「……でえ~? 取り敢えず鉱石は使ってもらうとして、カジノ都市なんか行って、あたしらどうやって稼ぐのよ~? また賭けんの~?」





「ふざっけんな。おめえがギャンブルの世界で絶頂的なまでに終わってんのは俺が末代まで保証すらあ。ギャンブル抜きだとしたら……テイテツ、なんか俺らでも稼げそうなことあんのか?」




 倦怠感に包まれる一行に、感情に飲まれることのないテイテツはただ1人冷静に告げる。




「データベースにも碌に載っていない都市である以上、詳細は行ってみるまで解りません。ですが、ギャンブル以外にも仕事はあるはずです。私たちならば、腕前さえ認めてもらえれば……賭場のガードマンくらいはあるかもしれません」






「……ガードマン、ねえ~……それって何ヶ月…………いや、何年働けばお金貯まんのよ? そうしてるうちにガラテア軍に捕まったり~?」





「その可能性も充分あります。これ以降の行動は単なる計算や計画を練ることでのコントロールは不可能と見ていいでしょう。プラスの要素に目を向けるべきかと。精神衛生的にも。」





 これまでエリーたちに対し事実に基づいた正論のみを言ってきたように見えるテイテツだが、珍しく精神状態の在り方を気に掛けるようなことを言う。『ふてくされたり思い悩んでも仕方がない』と。





「でも、そうだよ! 楽しいこともあるじゃあないか! お金をせびりに来るとは言っても、仲間が増えるんだよ? イロハ。何だか明るい女の子だし! きっと一緒に旅をしてて楽しいよ!!」






 最初に大金を請求された時はグロウも含め一様に困惑したグロウだが、意外にも前向きだ。『頼もしい仲間が増える』。ただそれだけでうきうきとした気持ちになっている。





「――グロウ……おめえは……なんつーか本当に場に馴染むっつーか、状況に適応する精神性がすげえな…………そういう点においては俺らの中で一番冒険者向きだぜ……」




「……ほーんと。最初はただ弱い、かわいいって思ってたけど、案外あたしらの中で一番強いのかもね~……よしっ! 不安になってへそ曲げててもしょうがないわ! ありがとね、グロウ。」




「そうだな。年少の仲間がこんなに前向きなんだ。落ち込んでいても仕方がない――――また、ガラテア軍の特殊部隊のような手強い敵と伍して戦う日が来るかもしれない。その為に少しでも戦力を付けるんだ。死にたくなければな。」





 ――セリーナは気持ちを切り換えると共に、苦々しい敗北の記憶を思い起こし……全員に向上心を促した。





 もっと強くならねば。





 『強さ』は単なる武力のみではない、としつつも、やはり過酷な旅で手痛い1つの負けが命取りになりかねない。一行は顔を見合わせて、一層強さを磨くことを改めて決意するのだった――――







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 ――――翌日の朝。一行が宿での朝食を終えてすぐ、イロハは駆け寄り、皆を呼び出してきた。






「お待たせっス!! すンばらしいモンが沢山出来上がったっスよー!! すぐに確かめてみて欲しいっス!!」





「おっ! もう出来たの!? はやー……すぐ行くわ!」




 そう促され、エリーたちはイロハが炉をくべている場所へ歩いて行った。





「――――こりゃあ…………思った以上にすげえな…………」





 目にしただけで、ガイは思わず口を開けて感嘆した。





 ガイには白銀の、刃紋が雪のように美しく煌びやかに輝く太刀と脇差。持ってみると金属の塊であることも忘れてしまうそうな程に軽い。試しに二刀で素振りをしてみるが、まるで最初から自分の手足であったかのようによく馴染む。握り心地も玉鋼の芯の微妙な重さも申し分ない。果たして真似出来る刀工がいるのか、と思えてしまうほど見事だ…………。





「――――これが……私の新しい槍……」





 セリーナには元々持っていた収納性はそのままのギミックの大槍。これも槍の刃が、今にも空を突き刺すように鋭く輝いている。セリーナも試しに持って、型を幾つか試してみるが、体感が羽のように軽い。槍の重量など微塵も感じないほどだ。





「あ、セリーナさんにはこっちも。空中走行盤エアリフボードの改造にも使わせてもらったっス。この辺とかはテイテツさんも設計に協力してもらったっスよ」





 ――セリーナの空中走行盤には、エネルギーの噴射機構にも細工が施され、さらに先端には鋭い刃が出し入れ出来るようになっていた。これも試しに乗ってバランスを取ってみたが……どうやら少々重心の取り方などに慣れが必要そうだが、これまでより速く、より軽やかに、そして鋭く飛び回ることが出来そうだ。




「……またひとつ、修行だな。望むところだ」



「おおっ!? これカッコイイじゃ~ん!! やるわね、イロハちゃん!!」





 エリーには、パンチンググラブ。手の甲側を覆うように装甲が張られている。これは鉱石の余りで作った感じだろうか。こちらは硬さなどを追求したのか、逆にエリーの手にどっしりと重みが感じられる。





「テイテツさんから聞いたっスよ。『鬼』の力とやらでものスッゴイパワーが出るうえに炎を出せるんスよね? 簡単には砕けないように頑丈にしたっス! 攻撃する時に出す火炎の熱の伝導率も良いはずっスよ!!」





 さらに、ガイとセリーナには鉱石から鍛え上げた軽鎧、胸当て、脛当て、ガントレットなどの防具も贈られた。




「うおっ……普段の防護服の上から着てんのに、めちゃくちゃ軽いじゃあねえか……!」



「こんなに軽くて、本当に守れるのか?」





 武器に続いて驚く2人だが、セリーナの問いにイロハは即答する。




「充分っス!! 戦車砲が直撃したとしても傷ひとつ付かないほど頑丈っスよ!! 何ならこのハンマーで試してみるっス?」





「お、おう……」





 言うや否や、イロハは戦闘用……あのガラテア軍特殊部隊との戦いでエリーを鎮めるのに用いた巨大なハンマーを振りかぶり――――ガイへフルスイング――――!!






 ――――ガイイイインンン……と、金属がぶつかり合う鋭い音がこだまする。このイロハのハンマーもかなりの威力のようだが、ガイは多少振動や圧を感じるものの、本当にびくともしないほど頑強である、と確認した。






「おおう、すっげえな……! こんな業物が出来るたあ!!」





 予想を遙かに上回る強力な装備に、ガイは柄にもなく小躍りしてしまう。






「グロウくんにはこれっス。ガイさんやセリーナさんよりも小さい胸当て、脛当て、ガントレットッスけど、その分さらに軽いっス!! ボウガンの改造にも使わせてもらったっス。今まで通り鉄とかの矢を撃てるスけど、スリングショット的な機構もプラスしたっスから、矢以外にも色んなモン飛ばすのに使えるっスよ!!」





「わあ……本当に軽い! スリングショットかあ…………色んな物を遠くへ飛ばす――――色んな使い方が出来るかも…………」





 湧きたつエリー一行。エリーたちの満足げな顔を見て、イロハは『いい仕事をしたものだ』と言った自負の頷きと笑み。




「私の光線銃ブラスターガンも設計通り加工出来ました。より色んな機能を搭載しています」





 テイテツも改造した光線銃を持ち、手応えを確かめている。




「にひひ。続いて、端末の改造なんスけど、金属加工や触媒を作るのはウチ、朝飯前っスけど……精密機械のハードの細かい配線組みとかOSだのソフトだののプログラミングとかは門外漢ッス。でも、ガラテア軍の最新式にも負けないぐらいのパーツは作っておいたから、テイテツさん、自分で組み上げてみて欲しいっス!」





「さすがに鍛冶錬金術師と言えどデジタル関係は難しいですか。しかし、これだけパーツがあるなら……わかりました。やってみましょう。」






 貴重な金属類から作り出されたレアなパーツ類を渡され、テイテツは顎に手を当て、どうモンスタースペックな端末に仕上げるべきか、と考え始める。





「最後! エリーさんたちの車……ガンバって名前っスか? まずは悪路でもものともしないタイヤとホイールを鍛えといたっス! あと敵と戦闘になった時を想定して、車体の前面部中心に装甲板を張ってみたっス。2階席はテイテツさんがレーダーとか使いながら座るんスよね? つーわけで、2階席は特に頑丈に組み上げておいたから、安心して欲しいっス!!」





 ――愛車・ガンバも様変わりした。イロハの言う通り、前面部を中心に銀の装甲板が日光をギラギラと反射し、タイヤとホイールも金属部が、まるで豪烈な肉食獣の体躯を思わせるほどマッシヴに強化されている。テイテツが乗る2階席も計器類を中心に分厚く、ダメージを軽減するように板に角度を付けながら装甲が張られている。





「うおーっ!! すっごいすっごいー!! めちゃくちゃ強そうになってんじゃん、ガンバ!!」




 ガンバの名付け親でもあったエリーは駆け寄って色んな箇所を触り、色んな角度から見遣り嬌声を上げる。目に見えた強化にテンションを高揚させる。




「おい馬鹿エリー。改造してもらったばっかなんだ。はしゃいで壊すんじゃあねえぞ」




「壊さないわよ馬鹿! ……うんうん。結構ガタが来てたかと思ったけど、益々逞しくなったじゃん~」




「気に入ってもらえたみたいっスね……腕を振るった甲斐があったってもんスよ……さて!! これで返済プランの1つは完了っス」





 一行は、改めてイロハに向き直る。





「この様子だと、もういつでも旅立てるっスよね? だったら…………東のカジノ都市・シャンバリアへレッツでゴーっス!! 当分はこの鍛冶錬金術師タタラ=イロハ16歳の取り立てに付き合ってもらうっスよ~っ!!」





 ――一行は装備を新調した喜びもあるが、豪快な笑みを浮かべ手を腰に当ててエッヘン、と威張るイロハに不安から苦笑いを贈るしかなかった。





 ――またも徹夜で作業でもしたのかやや汗臭いタタラ=イロハが仲間になった。まもなく、次の目的地・カジノ都市シャンバリアへと出発だ――――
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