創世樹

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第50話 算盤弾き

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「――ヴェエエエッホ!! ゴッホッ、ゴホ…………うええ……ちょっとコレマジで洒落にならないぐらい不味いんだけどぉ……」




 激しく咳き込むエリー。咳き込んだ理由は、セリーナを回復させるためにイロハたちが調合したあの薬だ。




「駄目です、エリーさん! 貴女の『鬼』としての身体が人間とどう違うのか、私にはわかりかねますが……聞けば貴女も脳に激しい負荷の掛かる戦いをしたようではないですか。せっかく貴重な薬が余っているのです。エリーさんも可能な限り飲んでおくべきです!」




「うううう。無理無理無理無理、マジで無理。ホント無理。これ良薬がなんちゃらって次元突破してるって…………少なくとも煎じたのを直に飲むのは無理いいいいい~!!」




 如何にも薬だとか野菜類だとか苦味の強い物は嫌いそうなエリー。案の定、イロハが作った妙薬もすんなりと喉を通らない。




「……どうしても無理ですか?」





「うん……」





「――では、これ以降の服用はオブラートに包んで飲みましょう。澱粉と寒天を捏ねて作る餅のようなものです……ただし、もう煎じてしまったこれは飲んでください。シロップを大量に足しました。さあ、口開けて! 泣かないの!!」





「ひぎゃあああああ」






 エリーは半泣きになり、かつ情けない悲鳴を上げながらミラに薬を強制的に飲ませられる。傍らで見ていたセリーナがくすくす笑った。






「――おえええええぇ……ケッホ、ケッホ……何笑ってんのセリーナあああああ!! あんたは良いわよねえ、完全に気絶してる状態で飲んでたんだもん。薬の苦さなんて感じもしなかったでしょおおおお!!」





「良いわけねえだろが。重度の意識不明だったんだぞ……不味い薬と重症患者の苦しみを比べてんじゃあねエ」





「ふんぬぬぬぬ……」





 ガイが子供のように拗ねるエリーをいつものように窘める。





「ふふ……済まない、エリー。気持ちは解る。私も子供の頃は薬を飲むのが嫌だった」





「え……うっそお、全然そんなふうに見えないけど?」





「本当だ。真冬の寒さの中で稽古をして風邪をひいてしまった時も、そうやってミラに無理矢理薬を飲まされたものだ。ふっ……それを思い出してな」





「……その様子だと、もうすっかり飲食の好き嫌いも克服されたようですね。昔は風邪薬ひとつ、漬け物ひとつ我儘を言って口にするのを嫌がったのに。うふふ……」





「むっ、昔の……ほんの子供の頃の話だ。今は大丈夫なんだから、いいだろう?」




「ふふ。その通りですわ。セリーナ様は確かに成長なさいました」





 ――およそ5年ぶりに再会したセリーナとミラ。何気なく交わす会話の温かさから、かつての幼馴染であった頃からの変わらぬ親しみの深さを感じる。





 安定した関係性で穏やかに療養と看護をする2人。だが、グロウは心配だったので、思い切って切り出した。




「――ねえ……言いにくいんだけど…………セリーナはやっと大切な人と再会出来たんだよ、ね……危険だらけの世界で、奇跡って言っていいぐらいに。セリーナ、ここでお別れなの? ミラさんと一緒に暮らすの?」





「――そうだぜ。俺も気になってた…………俺とエリーの場合は両方とも敵と戦う力があるからずっと行動を共にしてるが、あんたらは違うだろ。どうするんだ、セリーナ? ……俺たちとしては、このままセフィラの街でミラさんと暮らしてもいいんだぜ――――」






 ――仲間との安穏とした別れか、それとも危険ながらも同行するのか。ガイとグロウは2人に尋ねた。





「……それは――――」




「それはもちろん。お身体が治り次第セリーナ様には再びエリーさんたちと旅立っていただきます。そうですよね、セリーナ様?」




「えっ? いいのか、ミラ?」





 驚くセリーナ。どうやら本人はエリーたちとの旅を続けたいと思いつつも、ミラに遠慮していたようだ。意外なほどあっさりとミラはセリーナが再び旅立つことを許した。




「……もちろん、やっとお会いできたのだから、本音を言えばずっと傍にいて欲しいです…………ですが、それはセリーナ様の真の幸福とは違うと思いました。」




 ミラは、姿勢を正して改めてエリーたちと話す。




「――世界は、私などが思っているよりずっとずっと広いのでしょう。そして、セリーナ様はもう、1人の冒険者です。仲間と共に真の強さを求めて世界を巡って…………改めて私のもとへお帰りになった時に一緒に暮らすべきと思っております。」




 ――セリーナは、本心は旅に出たいのだが戸惑う。




「し、しかし……私は未だに自分なりの真の強さを理解出来ずに、もう5年だ。5年も放浪して解ってないんだ…………本当に、武力だけを求めてしまう私が行っていいのか?」





「あら。ご自分で理解されているなら、大丈夫ではありませんか? 武力だけでは駄目だ、と。旅で得る強さとは、何も武力だけでは無いと思います。見知らぬ土地での文化の出会い。人との出会い。考え方との出会い…………貴女様が身に付けることが出来る知見や経験はもっとずっと多いと思いますわ。武力に限らず、全てが学びなのです。」




 ミラは表情を緩めて、朗らかに笑う。




「それに、本来、世界を旅することなんてなかなか出来ない体験ですわ。私のような非力な者はどうしても遠出は出来ません。私はセリーナ様の帰る場所を守りますが、セリーナ様……いえ、エリーさんたち皆さんはもっと多くの、もっと広い世界を探訪して廻れるのですよ? たとえ危険が待っていようと、それはとても貴重な人生での体験だと思います。私は、単なる『強さ』だけでなく、もっともっと多くのことを学んで、身に付けた新しいセリーナ様に会ってみたいですわ。」





 ――本当は伴侶に傍にいて欲しいはずなのに、セリーナ自身の冒険で得られる学びと成長を考え、尊重しようとする。ミラという人は何と寛大な人だろう、とエリーたちは重ね重ね想いを深めるのだった。





「……そうか。ありがとう、ミラ。また寂しい想いをさせてしまうが…………私は、もっと世界を巡ってから帰ってくる。危険な道中だが……ガラテア軍などに負けないくらい心も強くなって見せるさ。」





「そのお言葉が聴けただけで充分です。改めて誓います。この耳のピアスに――――」





 ――陽に照らされて、セリーナとミラの黄色いピアスが殊更美しく輝いた。






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 それから数日の後。療養生活はまだ続いているのだが、各々はもうかなり体力が回復し、行楽地でもあるセフィラの街で休んで心身共にリフレッシュ出来てきた。もうすぐ全快し、旅を再開出来るだろう。






 そんなある日……宿に泊まっていたイロハがやってきた。





「――おっ? ええと確か……イロハちゃん、だっけ? まだこの街に居たの?」




「意外だな。あんたらも冒険者だから、もう次の街に行ったのかと思ってたぜ」




 屋外のリハビリテーション用スペースで運動しているエリーたちに、イロハは声を掛けて来た――――何やら意地が悪そうに笑っている。





「――にっひっひっひ~。だーれが、みすみす見逃すような真似をするっスか。エリーさんたちのようなカモ相手に。タダで行かせはしないっスよ。」




「え……どういうこと? イロハ……」




 ボウガンの訓練をしていたグロウも、不安そうに問う。





「あれれ~っ? まさか…………忘れたわけじゃあないっスよねえ? 貴方達はウチらのおかげで助かったんスよ? 森の奥から命からがら運んできて、セリーナさんを治すための妙薬まで作ったっス。」





「……まさか、恩に着せるつもりかよ?」




 刀の素振りをしていたガイも、不審そうに聞く。





「呆れた人たちっスねえ…………ウチらはミラさんのような愛に生きる慈善活動者とは違うっス。れっきとした鍛冶錬金術師であり、商売人なんスよ? 報酬を貰わないと、割りが合わないっス!!」




 イロハは、実に得意げそうに、そして不遜に笑い、腕組みをする。傍らで今後の身の振り方を端末で計算して纏めていたテイテツも、口を開く。





「……やはり、利益と報酬を要求して来ましたか。こちらを全面的と言っていいほど助けて来たという既成事実を作った上での交渉の主導権を握る…………実に商人らしい考えです。我々の旅への多大な影響を与える可能性がこの時点で87%上昇――――」





 感情を抜きにして、理論で物事を進めるテイテツも冷静にそう告げる。俄かに、一行に不安な空気が漂う……。





「報酬って…………お金!? やっぱ、お金取んの!? ヤッバ……持ち合わせあるかしら……」




 エリーが路銀の心配をする間髪も入れず、イロハはずいっ、と話し始める。




「行っときますけど、ただの『お金』なんてモンじゃあないっスからね? かなーりの『大金』ッスよこりゃあ…………まずッスねえ――――」





 そこから一気に、イロハは自分の端末のキーを弾きながらまくし立てた。




「――まずは何と言ってもガラテア軍人さん、それも特殊部隊って言う『ヤバい』と『危険』が何乗にも掛け合わさったような連中を撃退したことへの報酬。直後にエリーさんたちを鎮めてからセフィラの街まで連れ帰った危険と労力への補償費、報酬、手数料。然る後、セリーナさんを治す為に森に入って素材を調達し、薬を調合したことの報酬、手数料。ウチらとエリーさんたちが療養生活でかかった食費、医療費、薬代、宿代。あとッスねえ――――」






「ちょちょちょ、ちょっと待てやコラ……確かに世話になったけどよお――――」




「しゃーないよ、ガイ……イロハちゃんだけじゃあなくて街の人たち全員に貸しがあるわけだし……で? 最終的にいくら払えば――――」





「75000000」






「――はい?」






「占めて7500万ジルドになるっス! あ、これでもこの時期の25%引きキャンペーン適応の超出血大サービス価格ッスよ?」







 ――――思いもよらぬ請求。そしてとてつもない大金。






 一同はテイテツ以外はあんぐりと口を開け、数秒は凍り付いた――――






「「――はあああーッ!?」」




 まず悲鳴にも似た声を上げたのは、言うが早いかエリーとガイ。





「な……7500万…………そんなお金、どこに…………」






「――法外にも程があるぞ…………払えるわけがない…………」





 続いてグロウがあわあわと慌てふためき、セリーナも嘆息する。





「――いえ、絶妙な相場です。イロハさんと親父さんはプロの商売人ですね。旅への影響度が150%へ増加」






 テイテツはこんな時でも合理的に端末に情報を打ち込むのみ。




「冷静に分析してる場合かよ!! こんなもん払えるわけ…………俺らの旅はどうなっちまうんだ…………!?」





 一行のリーダーであるガイも、とうとう頭を抱える。世話になった手前、無下に踏み倒せないのもこちらの性格をよく分析した上での読みであり絶妙な商売である。



 イロハは端末の計算アプリの画面をエリーたちにかざしたまま、きししし、とますます不遜に嗤う。





「――一括では払えないっス? 払えないっスよねえ!? ――そんなエリーさんたちお客の為に……請求額を大幅に減らす、及び資金源になるような情報提供も加味した現実的なプランも用意してるっス!!」





 当然払えないと読んでいたイロハは端末の別の画面を表示し、エリーたちにプランとやらを提案する。皆、注目し近付いて見る。





「まず1つ目~。テイテツさんから聞いた、どっかの遺跡から採取したとか言う鉱石! ウチらで買い取らせてもらうっス! パッと見た感じ、かなり貴重な鉱石っスよね? この街にいる鍛冶屋のおっちゃんからも聞いて確信したっス。4:3:2:1=武器:端末:車:宝飾品(金目の品)だったッスよね? ウチらが特別に鍛え直してやるっス!! これでまず35%引きにしてやるッスよ!!」




「えっ……テイテツ、これ何の話?」




 エリーが尋ね、テイテツも簡潔に答える。




「ナルスの街近くにあったあの遺跡から採取した鉱石です。どう活用すれば最適かを吟味しておりました。データベースや専門記事、専門家から情報を集めた結果、4:3:2:1=武器:端末:車:金銭類で加工すれば最適解と判断しました。もっとも……皆さんが全快してから全員で相談して最終決定するつもりでしたが、この状況ではそうも言ってられないようですね。何より、この万能と言っていい鉱石を加工し切れる技術と知識がある鍛冶錬金術師が目の前にいるというのは、むしろ僥倖なくらいです。」





「テイテツ、おめえ……! 貴重な旅の資金だぞ。もっと早く俺に相談してれば――!!」



「それは不可抗力だ、ガイ。あのガラテア軍人4人に目を付けられたのがそもそもの不幸だったんだ……あれさえなければ吟味する時間と余裕もあったんだろう…………」




 慌てるガイに、セリーナも頭を抱えつつ現実を受け入れようとする。




「はい、2つ目~!! それでも払えない場合は、うってつけの場所が近くにあるっス!! この森林地帯を南東に抜けた砂漠地帯に、毎日大金がうごめく『カジノ都市』があるっス! 単なるギャンブルでひと山当ててもいいっスけど、真面目に働いてもなかなかの収入が見込める穴場ッス。そこで足りない資金を集めてもらうっス!!」





 ――突如言い渡された『カジノ都市』。そこへ行けと命じられ、一行はますます戸惑うばかり。





「カジノ都市、だあ!? んなもん、地図に乗ってねえぞ!? おいテイテツ。どういうこった!?」




「……確かに南東の砂漠に地上には都市らしきものはガラテアの監視衛星からの映像を見ても観測出来ません。ですが……『地下深くに』多数の金属や人間の群れらしき反応を感知。ジャミングされていますが、僅かに解ります。それこそ、鉱石を素に最新の端末を作ればより正確に観測出来るかと。」






 ――地図にすら載っていない秘密のカジノ都市の存在。イロハは一体どの筋からそんな情報を手に入れたのだろうか。本人が自称する通り、鍛冶錬金術師であり根っからの商売人である。






「まだプランはあるっス!! 最後3つ目!! ――――ウチら、タタラ=イロハと親父を旅に連れていくッス。これは請求額を完済するまでの『取り立て』と思って欲しいっス! もちろん、旅の道中お手伝いはさせていただくし、協力もするっス!! 貴重な技術者が仲間に!! これでさらに+57%引いてやるっス!! にししし」





「――――取り立てぇ!? 仲間ァ――――!?」





 ――意外な提案、否。『現実的な返済プラン』とやらには、イロハを連れて行けば大幅に値引くというものまで。当然一行は輪をかけて混乱する。





「……な、7500万ジルドから……35パー引いて、さらに57パー? 引くと……ええっと、えっと――――」




「±は生じるでしょうが、-92%で600万ジルド。これでも大金ですが、カジノ都市での働きによっては負債を返済することも可能ではあります。もっともどれほどの労力と時間を要するか不明ですが。」





 暗算が苦手なエリーに即座にテイテツが答える。だが、どうやら要約すれば結局、イロハたちを連れた状態で600万もの負債を『カジノ都市』での働き如何によっては返済出来るらしい……。





「――ふっふっふ~……返済プランは以上で全部っス。もし踏み倒した場合は――――これから行く先々でエリーさんたちの悪評を喧伝して廻るっスよ……『約束ひとつ、人の恩ひとつ返せない冒険者エリー一行の行方や如何に!?』的な見出し付きで――あっ、賞金が出るなら……皆さんが散々嫌がってるガラテア軍に情報をリークするのもアリっスねえ…………きひひひっひひひ。さあ、どうするっス? こちとら仏のように充分易しいプランを提供してるつもりなんスがねえ――――」






 ――――一行は、眩暈で卒倒しかけた。否。現実を手放して卒倒したくなる心持ちであった――――
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