創世樹

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第37話 幻惑されて

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 ――もう少しで改子を返り討ちに出来たかもしれない、熱線の一撃。


 だがそれも、あと一歩……否、半歩届かず。



 改子の身体能力、練気チャクラ、そして戦う為に一時的に自傷することを全く厭わない異常なまでに冷徹な判断力。



 改子は、笑った。



 エリー一行の中で最も弱いと見えるテイテツとグロウ相手に攻勢一方かと思ったが、思いの外の反撃に、満足そうにせせら笑う。



「――ひひひひひ……全然弱くて『はずれ』引かされたかと思ったけど、いいじゃん、いいじゃん!! 面白いじゃん、アンタらァ!! 次は何を見せてくれんの? ええ!?」




 ――やはり自分にとって不利に状況が転びそうでも、バルザックやメラン同様、地獄のような闘争の歓喜に身震いし、相手への期待を込めた殺意を向けてくる。4人の中で普段から最も凶暴性が高いと見える改子は、なおそのこげ茶の瞳を収縮させぎらつかせる。




 ――――ここで臆している場合ではない。




「木たち! お願いッ!!」



 グロウが再び地に手をついて念じる!!




「あ!?」





 蔦の次は、改子を取り囲むように伸びている木枝を急成長、活性化させ――――巨大な無数の針と化し、突き刺さる!!




「――ぐっ……わけわかんねえ、術を――――」




 木枝の針は改子の全身を何箇所も貫通している――――が、またも改子は手にしているナイフで木枝を叩き切っていく。




「――ごめんね、木たち…………『化合』だ!!」




「!?」





 グロウの攻撃は木枝を刺したり蔦で絡めとるだけでは終わらなかった――――今度は刺した木枝を通じて、極小の細菌を活性化させ、改子の血に化合させた!! エンデュラ鉱山都市の時の、捕縛されたガンバの鎖を錆びさせた物理現象のさらなる応用である――――





「――ぐあ……か…………御丁寧に、毒入り、かよ――――!!」




 忽ち細菌による熱毒が全身に回り…………改子は肌の色がどんどんと紫がかっていく。




「――や、やった!!」




 グロウは勝利を確信し、木の陰から飛び出る。





「――ぐぐっ…………こ、のガキ……一体、ど、んな手品を――――」




 改子は苦痛に顔を歪めながら、目の前のグロウを睨む。




「……痛い? 苦しいよね…………?」




 グロウはやはり、相手が人を喜んで殺す殺人狂だとしても、生命を尊ぶ情に脆い。毒に苦しむ改子を憐みの目で見つめる。




「……僕は…………無駄に生命を殺したくないんだ。もう、お前をそんなにする為に何本もの木の生命を殺してしまったんだ――――どうか、降参して欲しい。仲間と共に逃げてよ。」



「――!!」




 改子は、熱毒の灼けるような苦痛の中でもハッキリと驚愕の表情を浮かべる。



「――グロウ。先ほども言った通り、生き延びるための戦闘です。情けをかけてはなりません。よしんば彼女を生かしたら、他の仲間に報復される恐れもあります。とどめを刺しましょう。」




 テイテツが冷然とグロウに諭す。




「……駄目だよ。僕には出来ない。この人たちだってガラテア軍に生命を弄ばれて、生命を蹂躙されてこんな目に遭っているんだ…………このまま殺すなんて悲し過ぎるよ」




「グロウ。そんな道理は彼女らには――――」




 そうテイテツが止めかけた時、改子が叫んだ。




「――ああああああ……痛い痛い…………苦しい、苦しい…………た、頼むよオ……アンタ、グロウ、って言った? そういうからには毒を治すことも出来るん、だろぉ? 助けて、助けてよオオ…………!」




 改子は、木枝と切り損ねた蔦に絡まり身動きが取れないが、どうやらまだ声は出せるようだ。身体を震わせながら命乞いを始めた。




「……もう、人を殺したりしないか? 諦めて仲間と一緒に、自然の中で平和に暮らすか?」




 グロウは良心が痛み、改子に問いかける。




「はあっ、はあっ……わかった、わかったよおおお! もう人殺しはやめる……降参だ、降参!! 軍も抜けて田舎でオレンジ農園でもやって静かに暮らすよおお……だから助けて――――誓う! 誓うぅうよおおおおおぉぉぉぉ……!」





 改子は、涙まで浮かべて懇願してくる…………。




「グロウ。恐らく罠です。騙されてはなりません。とどめを――――」





「大丈夫だよ、テイテツ。こんなに言っているんだ…………それにこの人はもう身動き取れない。例え、嘘をついて見逃してもらうつもりでも……セリーナの時みたいに心を入れ換えさせて見せる。」





 グロウは、力を使って解毒と改心をするため…………改子のすぐ傍まで駆け寄った。





「あああ…………信じて、くれんのね…………助けてくれてありがとう……きっと罪滅ぼししてみせるわ…………」




「うん。今楽にしてあげる。じっとしてて――――」




「ああぁ……あんたが、ね――――」







「――え?」

「グロウ、飛び退いて!」





 刹那――――改子は動けないふりをしていた左手のナイフを振ってきた!!




 ――間一髪。グロウは首をはねられるところを、何とか頬に切り傷を負う程度で回避出来た――――




「――――な~んて、なあぁあ~♪ ――うらぁッ!!」




 突然、改子が怒号を放ちながら力を込めると、一瞬にして木枝も蔦も一気に引きちぎってしまった!!





「――だぁあああれが、オレンジ農家になんぞなるかァ、ボケがアァッ!! 舐め腐りやがって、脳がお花畑の坊ちゃん❤」




「――くっ…………」




 グロウが息をつく間に、騙し討ちに出た改子は、改造軍服のポケットから、大きなカプセル状の薬を取り出す。





「改造手術と、練気チャクラで身体をマシマシに強化してるあたしらに……この程度のちっぽけな毒で殺せると思ったんかァ!? その毒も…………あたしらが常備してる解毒剤飲めば一発で打破なんだよぉ!!」





 そう突き刺すような声をグロウに浴びせると、改子は薬を飲んだ――――みるみるうちに、血色が回復していく。




 ――グロウは、ようやく思い知った。




 この目の前の妖女は、わざわざ破壊と殺戮の悦びを得るためだけに、セフィラの街の子供たちを戯れに傷付け、騙し、殺そうとした卑劣極まりない人間であることを、思い出した。




「――くっそお――――」




 今度は、グロウが悔し涙を流した。




 自分が間違っていたこと。人間の中には、度し難い悪意に染まり切った者もいること。生命を侮辱するだけの生命もまた、この世には混在すること。




 その残酷過ぎる事実を、その身を以て学んだ。




「グロウ。次が来ます、構えて。」




「――――ちくしょうっ!!」




 グロウは飛び退いたのち、涙ながらに矢を掴み、ボウガンに束にして撃った!





「ひゃはは、とうとう泣き出して、ヤケクソになったねえ!? かっわいいわねえ~っ!! ――今更、そんな矢が当たると思ってんのか、カスがあ!!」



 やはり、束にして撃っても矢は一本も当たらない。掠りもしない。改子の軽やかなフットワークで容易く避けられる……矢はあちこちの木に刺さるだけ。




「無駄無駄ァ!! そろそろおっ死ねやコラアッ!!」
「くうっ――」




 グロウはなおも、改子の周りを円を描くように動きながら、ありったけの矢を撃ち続ける。




 だが、やはり当たらない。





「――去ねや、クソガキぃッ!!」




「ぐあっ!!」





 ――矢を避けられ、グロウは腹を蹴られて吹っ飛ばされた!




「――ごほっ、げほっ――――」





 苦痛と腹圧に咽ぶ。




「――さあ~っ……もう逃げられない。これで終わりだ!!」





 ――ナイフを振りかぶり突進しようとする改子に――――グロウは毅然と睨み、言い放った。






「――これで、いいんだ。逃げられないのは、お前だ――――!!」




「――何ィ!?」





 改子が気付いた。




 いつの間にか、グロウは糸の束のような物を持っている。





「ふんっ!!」





 非力ながらもグロウがその糸の束を引っ張ると――――無数の糸が結界のように張り巡らされた!!





 ――――金属製のワイヤーだ。激昂しながら撃っていたように見えたボウガンの矢には全て、このワイヤーが括り付けてあったのだ。もしもの時の為にボウガンを渡されたその日から、暇があれば内職のようにワイヤーを括り付ける作業をしていた――――




「――くっ……何を、はな――――」





 蔦の次は張られたワイヤーで捕縛された改子。引きちぎろうにも、ワイヤーの強度の方が勝っているようだ――――



「テイテツ!!」



「了解。光線銃《ブラスターガン》を最大出力。電磁圧パラライズモードに切り換え――――」




 テイテツは光線銃を何やらツマミを操作して切り換え、ワイヤーに銃口を当てがった。





「――プランC、完了――――!」




 引き金を引いた瞬間――――猛烈な電撃がワイヤーを走り、辺りを真っ白に照らし出した!!




「――あばばばばがががが、ぎゃあああああああーーーーッ!!」





 ――ブラスターの強力な電磁圧が、改子を襲った。





 改子は忽ち感電し――――無残な黒い塊になった。辺りに不快な悪臭が立ち込める。





「――うっく…………今度こそ、やった――――」




 グロウが嗚咽し、安堵した。





「――え!?」






 だが、どうやら勝ったのではなかった。





 何故なら、改子の黒焦げの死体が――――煙のように消えたからだ。セフィラの街でグロウと最初に出会った時と同じ――――



「――がっ!!」
「!?」





 グロウが振り向くと、テイテツが頭を蹴り飛ばされ、忽ち昏倒した。蹴り飛ばしたのは勿論――――




「お、まえ……なんで――――」





 ――感電死したはずの、改子だった。




「――ふう~っ…………やるわね、アンタら。ここまでやるとは、正直舐めてたのはこっちだわ。獲物を嬲る時の悪い癖…………油断したわね。」




 さっきまでの狂気に歪んだ喜色満面とは違い、冷静さを感じる面持ちになっている。




「あたしの練気は、こうやって相手の認知を騙す、幻覚を見せるやつ…………ホントは、奥の手を見せるまでもなく殺すつもりだったんだけどねー……」



「幻……覚――――!?」





 ――そう。




 改子はワイヤーで捕縛される直前に、実は飛び退いて回避していた。だが練気によって幻覚をグロウとテイテツに見せ…………まんまと出し抜いたのだ。





 だが、手の内は隠しておきたかったらしい。戦力的に最弱と見込んでいた2人が、思わぬ働きを見せたので一旦冷静になったようだ。




「――あたしゃ、弱い奴がいっちばん嫌い。されるがままでおっ死ぬ奴なんざ、この世界の糞っしょ。」

「――うわっ!?」


 そう呟くなり、一瞬にしてグロウに間合いを詰め――――組み伏した。





「――でも、アンタらは一応合格。せめて、気持ちいいことした後に、痛みを感じない程度に殺ったげる――――お楽しみはこれから……❤」





「――――!! やっ、やめて、離せっ!!」




 改子は、地に押さえつけたままグロウの衣服を剥ぎ取ろうとする――――貞操を蹂躙して殺す気だ――――



「――ぐっ!?」




 グロウは、せめて最後の抵抗とばかりに――――服の中に仕込んでいた最後の矢を掴み、改子の右目に突き刺した!!





「――お前らは馬鹿丸出しだッ!! こんなちっぽけな僕一人にさえ、片目を奪われたんだ――――土に還った後で、お前らがくだらない死に方をするのを…………楽しみに待っててやる!!」




 ――グロウは、初めて、呪詛を吐いた。




 それは、グロウにとって初めて人間の魂の穢れを知った瞬間だったのかもしれない。




「――――こぉのクソガキが…………!! 犯しつくして、バラバラにしてやるッ!!」





(お姉ちゃん……ガイ……テイテツにセリーナ…………ごめん。もう終わりみたい――――)




 ――グロウはとうとう、蹂躙され尽くして殺される覚悟を決め、目を閉じた――――
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