創世樹

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第27話 淫靡な林檎

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 エリーの温かな声がけにより平静を取り戻した一行は、やがて次の目標である森林都市セフィラの街へと到着した。



 都市とは言っても、森や川に囲まれ、農耕牧畜を産業の基礎として生活している住民たちの様子を見ると、とても平和で穏やかな田舎という印象だった。



 辺りは上空から見ても木枝や葉が深々と覆いかぶさるように樹木が生えており、エリーたちのような冒険者が入ってきても遠目に見て何の異変も生じない。ガラテア軍からひとまず身を隠すにはうってつけの場所だ。



「着いた着いたーっ! 落ち着いた良い街じゃん~!!」


「おめえがキンキン騒ぎ立てたら落ち着きは無くなるだろうぜ……追われる身なんだから、もうちょい大人しくしろぃ」



 エリーとガイが降りたのに続いて、他の3人も降りてくる。



「座標軸確認……整合。森林都市セフィラに間違いありません」




「此処がそうか……長閑な街だな。取り敢えず道中にまたあの化け物たちや野盗に出くわさなくて良かったというべきか……」





「――あったかい……ここにはこの星の清々しいエネルギーがいっぱいだね……」




 皆が辺りを睥睨すると、農作業や木の整備、露天商や資材を運ぶ労働者ほか、威勢のいい声を張り上げて品物の販売をする行商人や走り回って楽しく遊ぶ子供たちの姿なども見える。皆、エリーたち冒険者を見ても構えることなく、笑顔で会釈してくれた。どうやら歓迎されているようだ。




「さて……まずは宿の確保か。取り敢えず、あの中央の掲示板の前で日没までには集合な。俺とエリーは宿を探してくっから、テイテツは遺跡で発掘した鉱石を売ってきてくれ。加工できそうな職人もいたら教えてくれよ。セリーナは食糧とか消耗品の買い足しを頼むわ。グロウはー……」




 『グロウは引き続き勉強か、ボウガンの扱いの訓練』……と言いかけたガイだが、川辺で楽しそうに遊ぶ街の子供たちをじーっと見つめるグロウの表情を見て、考えを変えた。




「――フッ。あそこの子供たちと遊んできていいぞ。仲良くしろよな?」




「……本当? いいの!? わあ~っ……行ってくる!」




 グロウはそう嬉しそうに告げるなり、川辺に向かって走り出した。





「お前、誰~? どっから来たのー?」


「僕、冒険者のグロウ……グロウ=アナジストン! お姉ちゃんたちと旅をしてるんだ!」


「冒険者!? か、カッケー!! なあ、どんな冒険してきたのか教えてくれよ~!」



「ふふ~。じゃあ代わりに一緒に川遊び教えてよ!!」




 グロウは、遠巻きに見ていてもすぐに街の子供たちと打ち解けそうだ。早くも川の水をかけあって遊んでいる。



「……へっ。とんでもねえ力持ってても……こうして見ると、ホントまだまだ子供だよな……」



「そうよ~。ただの男の子だもん……グロウが他の子と打ち解けそうで良かった~……親心ってのかしらん。涙が出そうよ……」



「……おめえ、まだそういう歳でもねえだろが……そーいうのはガキが出来た時に――――あっ! そういやあ、エンデュラでの戸籍作る時! あの時ァマジで俺ァなあ――――」




 エリーとガイがいつもの通り夫婦漫才を繰り出しながら並んで歩き、宿を探し始めた。




「……こうして見ると、本当にエリーとガイって、ただの恋人同士ね……荒事の時の凄まじさが嘘のようだ……勝手に廻ってもらおう。私は買い出しに行くからな」




「了解です。私は鉱石の売却と加工職人捜しに行ってきます。後ほど掲示板前で」





 そうしてエリー一行はしばし仲間と別れた。





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「砥石とバッテリーチャージャー、あと食糧の類いを頼む」




「あいよ、お姉さん! 砥石ならそこの棚に……バッテリーチャージャーはカウンターまで来てくだせえ。食糧は携帯食料から生鮮食品、魚や肉までバッチリ揃ってますぜ。特にこの森で出来るリンゴなんか、地元でも旅人さんにも絶品と評判でさあ!」




「リンゴ……か……うん、確かにこれは美味そうだ…………」




 セリーナは雑貨屋で、店主が勧めるコーナーに置いてあるリンゴを手に取った。色も張りも瑞々しく、嗅いでみると森の草木の青さが混じった甘酸っぱい良い香りがした。




「……いいな、これ。1ダースほど買っていくか――――あの人がいれば……喜ぶだろうな。ふふふ…………」





 美味そうなリンゴを箱ごと手に取りながら…………セリーナは出奔した貴族の家に残してきた、リンゴが好きな想い人を思い出し、どこか切なそうだがにこやかに笑った。




「――――あらあン。貴女もリンゴが好きなのお?」




 突然、背後から声を掛けられる。




「――むっ……まあ、そうだが? ……何だ、貴女は?」




 振り返った瞬間、セリーナはすぐに感じ取った。




 ――長髪の美女。紫色の派手な髪をたなびかせ、豊満な肢体はセリーナも含め、見る者の多くの視線を奪いそうだ。




 だが、異変を感じ取ったのはそこではない。




 大きく改造してはいるが、女が着ているのは――――ガラテア軍の特殊部隊と思しき軍服だった。何故か、腹部から胸部にかけて大きく服が裂けている。




 そして、何より――――すぐ背後に近づかれるまで、セリーナほどの武芸者が気配を全く感じなかった。




 それだけで、この目の前の美女が只者ではないことを感じ取るのに充分だった。




「ああン、ごめんごめん~。気配を消して人に近づいちゃうのは癖でねえン。気を悪くしないでぇ? うふ♡――――私もリンゴ、好きよおん……」




 派手に裂けた服から覗く柔らかで瑞々しい肢体。女は店主をはじめ店内にいる客から情欲を伴った目で見られている。どこか満足気に鼻を鳴らしながら、女もリンゴを手に取る。




「――リンゴはいいわね。甘酸っぱくて、香りも良くて……スイーツにも欠かせないわよ。ねえン?」




「あ? ああ……」



(――何なんだ、この女は…………ガラテア軍にもうバレたのか!? この私が全く気付かないほどの戦闘の実力……只者じゃあないはず…………)


 唐突に会話を続けられ、セリーナは戸惑うが、何とか追われる身であることは気取られないように緊張する。





「――――果物は、生命の象徴。張りがあって、でもどこか柔らかで甘美なもの。植物にとっての生命のエネルギーが満ち満ちているわ。まるで、若い女や子供のカラダみたいに、ねン…………」





 女はリンゴを一つ掴み、どこか情欲のようなものを込めて撫で上げて、妖艶に見つめる…………。




「――中でも、リンゴって罪な果実よ。知ってる? リンゴを齧ると、脳から特殊な脳波がギンギン出て……人間を新たな英知と精神を持った存在へと、ほんのちょっぴり『進化』させるんですって……ガラテア歴より遙か昔に発掘された書物にも、そんなことが書かれているのよン。そうして、人間は領分を超えようとする神に罰せられ……限りある不自由と怠惰極まりない人生を呪いとして与えた……神に化けた蛇にそそのかされたんですって。」




「………………」




 妖艶に、されど突然語り始める女に、セリーナは不気味な感覚を禁じ得ない。




「――ああンッ……その時、蛇ってどんな気持ちだったのかしらン……獲物の全てを喰らい尽くした優越感? 戯れに望むものを傷付け、手に入れた嗜虐と征服の悦び!? はああン……それって、ス・テ・キ♪ でもね――――」





 徐々に女の表情に鬼気が籠り――――



「――――!?」



「――――こうして、獲物の心臓を、大事な肉の塊を、台無しにして握り潰す感覚が…………私にはまずは必要なのよン。そしてやがては征服し、辱め、悦びへと…………」




 突如、女はリンゴを握りつぶした。まるで獲物の心臓に喩えて…………辺りに果肉と果汁が飛び散り、女は顔を紅潮させゾクゾクと情欲が高まった危うい表情を浮かべる。





「ちょ、ちょーっとお姉さん!! 商品を粗末に扱っちゃあ困りますよォ!! 大事な食いモンを――――ヒィッ!?」





 瞬間――――冷たい殺気を帯びた鋭い眼光が店主の焦点と合った瞬間――――店主は、幻を見た。まるで、巨大で獰猛な蛇に一飲みにされるような恐ろしい感覚を――――




「――――あらあン、ごめんなさあい♡ ついうっかりうっかり~。お代は払いますから~。お釣りいらな~い♪」





 女はサッと明るい表情に戻り、一見すると呑気なトーンで、弁償代の金貨を…………恐怖で腰が抜けた店主に向けて指で弾いて渡した。




「♪ふんふふ~ん♪ふふふんふ~ん…………」




 小躍りして店を出ようとする女。当然、セリーナは放っておけない。




「――――待て。お前は…………何者だ。」





 セリーナもまた、胸元に仕舞ってある縮めた槍に手をかけ、殺気を女に向ける。ゆっくりと女は振り返る。




「…………知りたいかしらン? やっぱり気になっちゃう~? うふふン…………慌てな~いの♡ 貴女一人だけだと物足りないわあン…………一人ずつ嬲ってもいいんだけどお~……やっぱ、貴女のお仲間が揃ってから…………たっぷり楽しみましょ♪」




 向き直り、小躍りしながら女は店を出ていく。




「……待て!!」




 エリーたちにも危害が及ぶかもしれない。エリーたちを呼ばなくては……そう直感的に思ったセリーナは、女を追って扉を開け、外へ出た――――




「――!?」





 ――――いない。





 女が店を出て2秒と経たないはずなのに、淫靡な雰囲気を撒き散らす女は、影も形も無かった。まるで幽霊だ。





「……舐めた真似を…………!!」





 セリーナはただならぬ殺気を放っていた女に危険を感じつつも、一旦呼吸を整え、冷静になろうとする。




(……ここで深追いしたら危険だ。くっ……エリーたちと合流しなくては…………)




 いきり立つセリーナの鼻を、握り潰したばかりのリンゴの匂いが潜った――――
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