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第19話 恋人同士の切なる願い
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「――という薬です。これ、若しくはこれに類する薬を用いられたのが事実とみて間違いないでしょう。エンデュラ鉱山都市は地獄を見ている。これ以上ガラテア軍が介入せずとも滅ぶのは時間の問題でしょう」
「……やはりそうか……くそっ!!」
テイテツから改めてエンデュラで用いられていた薬剤のことを訊き、義憤に燃えるセリーナは拳骨を近くの岩に打ち据えた。
「私は元々ガラテア帝国の研究職でしたから、この薬品などは知っていました。しかし、元々武人の名家であるセリーナ、貴女もこの薬のことを?」
「――忘れるものか。『治験』と称して強引にグアテラ家に用いられたこの薬のせいで、父上は……父上の理性は――――!!」
セリーナもまた、激しい怒りに歯を食いしばる。
「そうでしたか。その影響でグアテラ家は没落を……他には何か?」
「……何かも何も、私自身もこの薬に類する薬物に頼っていた時期があったんだ! あの時は単なるストレス解消の安定剤だと周囲からは知らされていたんだぞ!? こんなもののせいで、私の脳は……私の恋人の身体は――――ッ!!」
炎のような怒りを滾らせるセリーナ。衝動的に任せ、赤い薬剤をその場でカプセルごと地に叩き付けた。地に染み入る赤い溶液は、まるで犠牲になった多くの人の血を想起させるようだった。
「落ち着いてください、セリーナ。薬剤の現物が無ければ、世界へガラテアの害悪を訴えることも出来ません。同じ薬がまた手に入るかどうか確証は――――」
「世界がどうかなんてどうでもいい!! 私はただ許せないだけだ……ガラテアの悪魔じみた所業も――――私自身の愚かさにもな!!」
「セ、セリーナ……恐いよ、大丈夫…………?」
グロウも心配そうに声をかける。
「――ちっ!」
セリーナは一人、苛立った歩調で歩き出す。
「何処へ行くの?」
「エリーとガイの所だ! このドス黒い所業……あの2人なら解るはずだ! こんな感情らしさを捨てているような……それも薬を作った張本人かもしれん科学者風情よりな!!」
「――セリーナ……それはあんまりだよ…………テイテツだって望んでそんなことは――――」
「うるさいッ!!」
グロウは、セリーナの鬼気の籠った一喝でびくり、と固まってしまう。
怒りの収まらぬセリーナは先ほど岩陰に作ったコテージにずかずかと近付き、玄関の扉を荒々しく開け放つ。
「――エリー、ガイ!! またあのガラテアの下衆な所業が解った! お前たちにもはな――――っ!?」
扉を開けて数歩踏み入った辺りで、2人の気配を感じた。そして、思わず声を抑えた。
「……あ……あン…………ありがとうっ……ガイ……凄いわ…………」
「……ふっ…………こうして2人でもつれ合ってりゃあ……ただの恋人同士でいられるのにな…………全くっ……早く冒険者稼業なんかやめにして、ガラテア軍の届かないトコへ、行きたいぜ……」
「――ンッ……ア、アアッ…………わ、私もよぉ…………こうしている時がっ…………一番……ガイと変わらない『人間』だって思えるわ…………『鬼』じゃあなくってね――」
「――エリー……今はっ…………いなこと、忘れろ…………ッ!」
「ウッ、あっアアンッ……!」
「――いずれ…………俺が幸せに、して見せるっ…………俺たちの子だってっ……こうしてりゃあ、いつか――――!」
「ああ、あッ……ま、待ち遠しい、よね――――アアッ――――」
――セリーナは、奥の部屋から絡み合う2人の情交の陰を見た。当然、喘ぐ声も聴こえる。2人は、正に男女の営みの真っ最中であった――――
「ッ…………」
セリーナは口元を抑え、密かに顔を赤くした。
(そ、そうか……男女の仲、だったな……しかし…………あんな朴念仁のような男と、あっけらかんとした女でも、やはりあんな風に絡み合うんだ…………)
セリーナはエリーとガイの紛れもない恋人同士とした絡みに、思わず気持ちが引けてしまった。邪魔をしてはならぬ、ということも重々思い出した。さっきまでの怒りが嘘のように引っ込んでしまっている。
「――セリーナ? どうしたの、エリーお姉ちゃんの所に行くんじゃあないの?」
「うわッ……!」
玄関から不安そうに声をかけてきたグロウの声に、今度はセリーナがびくっと驚き、肝を冷やした。
「――う……い、いや……今2人は取り込み中だ。後にする、後に――――」
「……トリコミチュウ……って何? お姉ちゃんたち、どこか具合が悪いの? そういえば、唸るような声が聴こえるような――――」
「き、き、気のせいだから! 具合が悪いんじゃあない! 2人とも元気だ、とっても!! あ、いやそういう意味じゃあなくて――――いやその――――」
まだ年端もいかぬ子供へ相対し、露骨に慌てふためくセリーナ。
「――ああ、もう! とにかく! グロウ、お前は今は入るな! 用事なら後で済ませるから…………テイテツの所へ戻ろう。なっ!? 怒ったりして悪かった。ちゃんと彼には謝るから――――」
グロウの背中を押して、コテージから離れる。
「――全く……エリーにガイめ……男女の仲なのは解るが、もう少しグロウへの配慮を――――」
「え? 僕がなあに?」
「何でもない。ぜんっぜん何でもないぞお!!」
セリーナは、平生嵐のような戦闘の中にあっても滅多に乱すことのない呼吸を乱し、心拍を動かし顔を紅潮させながら戻って来た。
<<
「……テイテツ。」
「おや、セリーナ。早かったですね。2人に情報の共有は出来ましたか?」
「……それなんだが……えーっと……グロウ! 私はテイテツと話をするから、その辺で遊んでいるか、勉強でもしてろ……」
「セリーナ?????」
「……いいから! 大丈夫だ!!」
「ふうん」
グロウをその場から離し、徐にテイテツと話し始めた。
「どうされました?」
「テイテツ……まずはさっきの非礼を詫びる。お前を侮辱する呼び方をして悪かった……ついカッとなった」
「ああ……それは構いませんが…………エリーとガイの所へ行ったのでは?」
「それが、その…………2人は恋人同士の営みの真っ最中だった。物凄いセックスしてた……」
「? それに何か問題が? 男女の生殖活動自体には何の罪も――――」
「あるんだよ! グロウのような子供の存在が!! 2人ともグロウの保護者なら、教育的配慮というものをだな……」
「性的な倫理観ですか。確かに、不足しているかもしれませんね。なにぶん、まだグロウを仲間に加えてから日が浅いので失念しておりました」
「……下手をしたら、子供心にトラウマになるやつだぞ! 後でグロウ以外で話し合って、配慮を徹底しないと――」
「PTSDの恐れ、ですか? そうでしょうか……これまでの発言や挙動と、エンデュラ鉱山都市の宿屋での一件を見るに、グロウも生殖というものを感覚的に理解しているようですし、これから教科書でも教える機会はあると思いますが」
「ああああ、もう! この学者馬鹿め…………はあ…………」
どうにも気持ちが通じないじれったさに、どっと疲れが出たセリーナは大きく溜め息を吐かずにいられなかった。
「……それにしても……あの2人は自分の子供を欲しがっているんだな…………あの様子なら、普段から頻繁にセックスするんだろう。実際、『鬼』の遺伝子が組み込まれたエリーの腹に、子供など出来るのか?」
少し気持ちを変える意味も込めて、素朴な疑問を投げかけた。
「――可能性はゼロではありませんが……それはかなり難しいかと。」
「……何故だ? 『鬼』の遺伝子が混じった奇形児や忌み子でも生まれそうなのか?」
「そういう可能性もあるにはありますが…………あの2人は普段の過酷な冒険者稼業が身に染みている分、平和な土地で一般人として家庭を持つことの憧れも強い。例え障害を持った子供が生まれようと、子を愛し続けるだけの覚悟はあるはずです。問題は――――」
「……問題は?」
「妊娠する確率が非常に低いということです」
「確率?」
「――エリーはご存知の通り、『鬼』の遺伝子があり、それは身体に大いに影響を与えています。生殖器……子宮なども機能していますし、排卵も正常。生理不順もありませんが――――『鬼』の遺伝子による外部からの細胞に対する『抵抗力が強すぎる』。」
「抵抗力……」
「『鬼』と『人』の遺伝子が掛け合わさった結果……エリーの身体は風邪やインフルエンザを始めとしたウイルス、またあらゆる毒物に対しても非常に強い耐性を持って産まれました。ですが……エリーを生み出したガラテア軍は生物兵器として利用することしか想定していなかった。エリーの体内は、無害かつ生殖に必要不可欠な男性の精子が入ってきても、『ウイルスやガン細胞』とでも判断して精子を攻撃してしまうようになっているのです。妊娠する可能性は……ガイ側の精子数や強さにも依りますが、健常な人間よりもかなり低いでしょう。」
「――――そんなことが…………」
意外な事実を知ったセリーナは、絶句した。
「確かに、本人たちの希望を汲むのならば自然な生殖で子供を産むのが望ましい。ですが、その産まれてくるであろう子もエリーの体内での過剰な防衛反応で命を落とし、死産の恐れが非常に高い……私は、最新の技術を駆使した体外受精などを提案してはいますが……それは現在の人類の科学では」
「――ガラテア帝国軍の領地内しかない……ということか…………」
予想以上に重い、エリーとガイの未来に…………セリーナは自然と俯いてしまう。
「そうです。ですから、エリーとガイが言う『冒険者稼業を辞め家庭を築く』という目標は、安全に子供を作る技術を得た上で、尚且つガラテアの支配から避ける生き方ということを意味します。如何にエリーとガイが戦闘に於いて強力とはいえ、ガラテア軍を完全に退け続けながら生きることもまた非常に難しい。2人の目標を成就するのは、海底の中から針一本を探し出すより難しいでしょう。」
「……そうか…………」
セリーナも、2人の前に横たわる現実を知り、テイテツと共に座り込んだ。
「セリーナ~! テイテツ~! 教科書ほとんど読み終わっちゃったー!」
いつの間にやら、今日の分の勉強を終えたグロウが2人に駆け寄る。
「予想以上に早いですね。今日はもうお休みにしますか?」
「ううん! まだまだ勉強したい!」
グロウは知的好奇心を刺激され、ワクワク顔だ。
「そうですか。では現在エリーとガイが行なっている生殖活動についてでも――――」
「却下だ」
「何故です?」
「本人たちに許可を取れ。お前はデリカシーが無さすぎる……あっ。そういえば……」
「そういえば?」
グロウはオウム返しにセリーナ訊く。
「――テイテツ。お前は? お前の過去についても話してもらおうじゃあないか。思えば過去や身の上を話していないのはお前だけ。このままだと不公平だ」
「――――は?」
テイテツが、珍しく躊躇するような反応を返した。
「お前もガラテアに身を置いていたと言ったな。だが、それでも出奔した…………それどころかエリーとガイを助けた。何か抜き差しならない過去があるんじゃあないのか?」
「あっ、それ、僕も知りたいかも!!」
グロウも手を上げて賛成する。
「――私の、過去ですか…………思えば、話そうとしたことも滅多に無かったですね。現状、私は過去に興味を無くしたので。」
「……過去に興味を無くした?」
「何か、足しになるかは解りませんが……これもチームの結束を高めるのに必要かもしれませんね。いいでしょう。私は昔――――」
――――そこから、テイテツは滅多に振り返らぬ過去を思い、口を開いた――――
「……やはりそうか……くそっ!!」
テイテツから改めてエンデュラで用いられていた薬剤のことを訊き、義憤に燃えるセリーナは拳骨を近くの岩に打ち据えた。
「私は元々ガラテア帝国の研究職でしたから、この薬品などは知っていました。しかし、元々武人の名家であるセリーナ、貴女もこの薬のことを?」
「――忘れるものか。『治験』と称して強引にグアテラ家に用いられたこの薬のせいで、父上は……父上の理性は――――!!」
セリーナもまた、激しい怒りに歯を食いしばる。
「そうでしたか。その影響でグアテラ家は没落を……他には何か?」
「……何かも何も、私自身もこの薬に類する薬物に頼っていた時期があったんだ! あの時は単なるストレス解消の安定剤だと周囲からは知らされていたんだぞ!? こんなもののせいで、私の脳は……私の恋人の身体は――――ッ!!」
炎のような怒りを滾らせるセリーナ。衝動的に任せ、赤い薬剤をその場でカプセルごと地に叩き付けた。地に染み入る赤い溶液は、まるで犠牲になった多くの人の血を想起させるようだった。
「落ち着いてください、セリーナ。薬剤の現物が無ければ、世界へガラテアの害悪を訴えることも出来ません。同じ薬がまた手に入るかどうか確証は――――」
「世界がどうかなんてどうでもいい!! 私はただ許せないだけだ……ガラテアの悪魔じみた所業も――――私自身の愚かさにもな!!」
「セ、セリーナ……恐いよ、大丈夫…………?」
グロウも心配そうに声をかける。
「――ちっ!」
セリーナは一人、苛立った歩調で歩き出す。
「何処へ行くの?」
「エリーとガイの所だ! このドス黒い所業……あの2人なら解るはずだ! こんな感情らしさを捨てているような……それも薬を作った張本人かもしれん科学者風情よりな!!」
「――セリーナ……それはあんまりだよ…………テイテツだって望んでそんなことは――――」
「うるさいッ!!」
グロウは、セリーナの鬼気の籠った一喝でびくり、と固まってしまう。
怒りの収まらぬセリーナは先ほど岩陰に作ったコテージにずかずかと近付き、玄関の扉を荒々しく開け放つ。
「――エリー、ガイ!! またあのガラテアの下衆な所業が解った! お前たちにもはな――――っ!?」
扉を開けて数歩踏み入った辺りで、2人の気配を感じた。そして、思わず声を抑えた。
「……あ……あン…………ありがとうっ……ガイ……凄いわ…………」
「……ふっ…………こうして2人でもつれ合ってりゃあ……ただの恋人同士でいられるのにな…………全くっ……早く冒険者稼業なんかやめにして、ガラテア軍の届かないトコへ、行きたいぜ……」
「――ンッ……ア、アアッ…………わ、私もよぉ…………こうしている時がっ…………一番……ガイと変わらない『人間』だって思えるわ…………『鬼』じゃあなくってね――」
「――エリー……今はっ…………いなこと、忘れろ…………ッ!」
「ウッ、あっアアンッ……!」
「――いずれ…………俺が幸せに、して見せるっ…………俺たちの子だってっ……こうしてりゃあ、いつか――――!」
「ああ、あッ……ま、待ち遠しい、よね――――アアッ――――」
――セリーナは、奥の部屋から絡み合う2人の情交の陰を見た。当然、喘ぐ声も聴こえる。2人は、正に男女の営みの真っ最中であった――――
「ッ…………」
セリーナは口元を抑え、密かに顔を赤くした。
(そ、そうか……男女の仲、だったな……しかし…………あんな朴念仁のような男と、あっけらかんとした女でも、やはりあんな風に絡み合うんだ…………)
セリーナはエリーとガイの紛れもない恋人同士とした絡みに、思わず気持ちが引けてしまった。邪魔をしてはならぬ、ということも重々思い出した。さっきまでの怒りが嘘のように引っ込んでしまっている。
「――セリーナ? どうしたの、エリーお姉ちゃんの所に行くんじゃあないの?」
「うわッ……!」
玄関から不安そうに声をかけてきたグロウの声に、今度はセリーナがびくっと驚き、肝を冷やした。
「――う……い、いや……今2人は取り込み中だ。後にする、後に――――」
「……トリコミチュウ……って何? お姉ちゃんたち、どこか具合が悪いの? そういえば、唸るような声が聴こえるような――――」
「き、き、気のせいだから! 具合が悪いんじゃあない! 2人とも元気だ、とっても!! あ、いやそういう意味じゃあなくて――――いやその――――」
まだ年端もいかぬ子供へ相対し、露骨に慌てふためくセリーナ。
「――ああ、もう! とにかく! グロウ、お前は今は入るな! 用事なら後で済ませるから…………テイテツの所へ戻ろう。なっ!? 怒ったりして悪かった。ちゃんと彼には謝るから――――」
グロウの背中を押して、コテージから離れる。
「――全く……エリーにガイめ……男女の仲なのは解るが、もう少しグロウへの配慮を――――」
「え? 僕がなあに?」
「何でもない。ぜんっぜん何でもないぞお!!」
セリーナは、平生嵐のような戦闘の中にあっても滅多に乱すことのない呼吸を乱し、心拍を動かし顔を紅潮させながら戻って来た。
<<
「……テイテツ。」
「おや、セリーナ。早かったですね。2人に情報の共有は出来ましたか?」
「……それなんだが……えーっと……グロウ! 私はテイテツと話をするから、その辺で遊んでいるか、勉強でもしてろ……」
「セリーナ?????」
「……いいから! 大丈夫だ!!」
「ふうん」
グロウをその場から離し、徐にテイテツと話し始めた。
「どうされました?」
「テイテツ……まずはさっきの非礼を詫びる。お前を侮辱する呼び方をして悪かった……ついカッとなった」
「ああ……それは構いませんが…………エリーとガイの所へ行ったのでは?」
「それが、その…………2人は恋人同士の営みの真っ最中だった。物凄いセックスしてた……」
「? それに何か問題が? 男女の生殖活動自体には何の罪も――――」
「あるんだよ! グロウのような子供の存在が!! 2人ともグロウの保護者なら、教育的配慮というものをだな……」
「性的な倫理観ですか。確かに、不足しているかもしれませんね。なにぶん、まだグロウを仲間に加えてから日が浅いので失念しておりました」
「……下手をしたら、子供心にトラウマになるやつだぞ! 後でグロウ以外で話し合って、配慮を徹底しないと――」
「PTSDの恐れ、ですか? そうでしょうか……これまでの発言や挙動と、エンデュラ鉱山都市の宿屋での一件を見るに、グロウも生殖というものを感覚的に理解しているようですし、これから教科書でも教える機会はあると思いますが」
「ああああ、もう! この学者馬鹿め…………はあ…………」
どうにも気持ちが通じないじれったさに、どっと疲れが出たセリーナは大きく溜め息を吐かずにいられなかった。
「……それにしても……あの2人は自分の子供を欲しがっているんだな…………あの様子なら、普段から頻繁にセックスするんだろう。実際、『鬼』の遺伝子が組み込まれたエリーの腹に、子供など出来るのか?」
少し気持ちを変える意味も込めて、素朴な疑問を投げかけた。
「――可能性はゼロではありませんが……それはかなり難しいかと。」
「……何故だ? 『鬼』の遺伝子が混じった奇形児や忌み子でも生まれそうなのか?」
「そういう可能性もあるにはありますが…………あの2人は普段の過酷な冒険者稼業が身に染みている分、平和な土地で一般人として家庭を持つことの憧れも強い。例え障害を持った子供が生まれようと、子を愛し続けるだけの覚悟はあるはずです。問題は――――」
「……問題は?」
「妊娠する確率が非常に低いということです」
「確率?」
「――エリーはご存知の通り、『鬼』の遺伝子があり、それは身体に大いに影響を与えています。生殖器……子宮なども機能していますし、排卵も正常。生理不順もありませんが――――『鬼』の遺伝子による外部からの細胞に対する『抵抗力が強すぎる』。」
「抵抗力……」
「『鬼』と『人』の遺伝子が掛け合わさった結果……エリーの身体は風邪やインフルエンザを始めとしたウイルス、またあらゆる毒物に対しても非常に強い耐性を持って産まれました。ですが……エリーを生み出したガラテア軍は生物兵器として利用することしか想定していなかった。エリーの体内は、無害かつ生殖に必要不可欠な男性の精子が入ってきても、『ウイルスやガン細胞』とでも判断して精子を攻撃してしまうようになっているのです。妊娠する可能性は……ガイ側の精子数や強さにも依りますが、健常な人間よりもかなり低いでしょう。」
「――――そんなことが…………」
意外な事実を知ったセリーナは、絶句した。
「確かに、本人たちの希望を汲むのならば自然な生殖で子供を産むのが望ましい。ですが、その産まれてくるであろう子もエリーの体内での過剰な防衛反応で命を落とし、死産の恐れが非常に高い……私は、最新の技術を駆使した体外受精などを提案してはいますが……それは現在の人類の科学では」
「――ガラテア帝国軍の領地内しかない……ということか…………」
予想以上に重い、エリーとガイの未来に…………セリーナは自然と俯いてしまう。
「そうです。ですから、エリーとガイが言う『冒険者稼業を辞め家庭を築く』という目標は、安全に子供を作る技術を得た上で、尚且つガラテアの支配から避ける生き方ということを意味します。如何にエリーとガイが戦闘に於いて強力とはいえ、ガラテア軍を完全に退け続けながら生きることもまた非常に難しい。2人の目標を成就するのは、海底の中から針一本を探し出すより難しいでしょう。」
「……そうか…………」
セリーナも、2人の前に横たわる現実を知り、テイテツと共に座り込んだ。
「セリーナ~! テイテツ~! 教科書ほとんど読み終わっちゃったー!」
いつの間にやら、今日の分の勉強を終えたグロウが2人に駆け寄る。
「予想以上に早いですね。今日はもうお休みにしますか?」
「ううん! まだまだ勉強したい!」
グロウは知的好奇心を刺激され、ワクワク顔だ。
「そうですか。では現在エリーとガイが行なっている生殖活動についてでも――――」
「却下だ」
「何故です?」
「本人たちに許可を取れ。お前はデリカシーが無さすぎる……あっ。そういえば……」
「そういえば?」
グロウはオウム返しにセリーナ訊く。
「――テイテツ。お前は? お前の過去についても話してもらおうじゃあないか。思えば過去や身の上を話していないのはお前だけ。このままだと不公平だ」
「――――は?」
テイテツが、珍しく躊躇するような反応を返した。
「お前もガラテアに身を置いていたと言ったな。だが、それでも出奔した…………それどころかエリーとガイを助けた。何か抜き差しならない過去があるんじゃあないのか?」
「あっ、それ、僕も知りたいかも!!」
グロウも手を上げて賛成する。
「――私の、過去ですか…………思えば、話そうとしたことも滅多に無かったですね。現状、私は過去に興味を無くしたので。」
「……過去に興味を無くした?」
「何か、足しになるかは解りませんが……これもチームの結束を高めるのに必要かもしれませんね。いいでしょう。私は昔――――」
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