創世樹

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第15話 『力』の一端

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 ――――エンデュラ鉱山都市奥地での戦いは、まさに嵐のようであった。



 エリーは単騎。屈強な鉱山夫たちを相手に絶え間なくある者は拳で、ある者は蹴りで殴り飛ばし続けている。



 激しい打撃音が鳴り響き、大勢の男が蠢く中での戦闘。



 見た目は嵐の如き激しさだが、常人相手ならエリーは20%程度『鬼』の力を開放するだけで事足りるようだった。



 俊敏な動きで、男たちの斧や飛び道具を躱し、素早く体術を叩き込んでいく。


「はっ! でやっ! おっと……ていっ……おりゃッ!!」



 快活な掛け声と共に、過たず身を躱し、また過たず連撃を浴びせるエリー。



 だが――――



「――こ、こいつら…………本当に人間なの…………?」




 エリーは数が多いとはいえ、とっくに一人一人に昏倒するか、怪我の痛みで悶絶するか……それほどのダメージを与えているはず。



 ましてや、全力の25%程度で軽々と重戦車を持ち上げて投げ捨てるほどのエリーの怪力。いくら筋肉が山のように盛り上がる鉱山夫が相手とはいえ、荷が勝ちすぎるほどの力を出しているはずなのだ。



 なのに、男たちは倒れても倒れても……まるで平然としてまた斧を拾い、襲い掛かってくる。



「一体、こいつら……何……!? どこからこんな力が湧いてくんのよ――――わっと!! ――たああッ!!」



 戦慄を覚えながらも、動きは止めずに攻撃と回避をし続ける――――



 <<



 一方ガイたちは、エリーが切り拓いた僅かな隙で群衆を抜け出し、まずガンバが停めてある場所へと走る。



 だが、ガンバに全ての荷物や武器が置いてあるとは限らない。むしろ武器や道具の類いは簡単に取り返されないように何処かへ隠されていると考えるのが現実的だろう。



「――くそっ! テイテツ! おめえのそのゴーグル……武器やガンバの場所はわかるか!?」



「――先ほどから検索しているのですが……何しろ鉱山都市ですので金属の反応が多過ぎて特定し切れません。大型の車両もガラテア軍が駐留しているものもありますし、もう少し近づかなければ特定は困難です」


「ちいい……いくらエリーでも長時間戦い続けりゃあ……どうなるかわからねえ……もっと効率よく探せねえのか!?」



「!! そうだ、それなら私が――――!」



 セリーナは脚部の噴射装置が生きていることを確認し――――上空へ舞い上がり、高所からの探索を試みる。



「セリーナ、どうだ!?」



「待て。今、集中する――――」




 真夜中のエンデュラは寝ている住民が多いためか、光源も少なく街は暗い。セリーナの視力では闇夜しか見えない。



 そこで彼女は英気オーラを高め、拳を眉間に当て例の暗示催眠を自らにかける――――



(視覚、聴覚鋭敏化……視野広大化、暗視力向上調整、認知、処理力増大…………!!)




 ゆっくりと瞼を開くセリーナ。



 常人には真っ黒な闇夜にしか見えないエンデュラ鉱山都市。



 今のセリーナの眼には昼間よりも明るく細部までよく見え、民家で寝ている住民の衣擦れの音まではっきり聴こえている。




 研ぎ澄まされた視覚と聴覚で飛び回りながら、セリーナは探す――――




「――あったぞ! ガンバはそこから西へ200メートルほどのガラテア軍の兵舎に停まっている! 赤い消火栓が目印だ……武器は北150メートルほどの小屋に並べてある!!」



「マジか! だが、方角が違う上に遠いぜ……」



「私はまず武器を取り戻してくる! ガイたちはガンバを!! 私にはガンバの細かい整備まではわからないからな!!」



「わかった! 頼むぜ!! ――西へ行くぜ、テイテツ、グロウ!」



「了解」
「うん!」



 ガイたちは兵舎へと向かい、セリーナは武器を取り返しに向かった。




 セリーナの方が空を飛べる分、当然速く移動できる。脚部の噴射装置を巧みに出力調整し、北へ飛ぶ。




「――――そこだな」




 すぐに、奪われた武器が置いてあるのが窓越しに見えた小屋へと着いた。小屋の前はやはり門番が待ち構えていた。



「おい! な、なんだあれは……鳥じゃあねえ!」


「女……今夜の獲物になるはずの女が、空を飛んでるうぅ!?」



 門番の男たちは4人。皆、突然のセリーナの出現に狼狽えている。



「確実に……せいやあーッ!!」



 セリーナは勢いをそのままに門番を飛び越え――――窓を蹴り割って侵入した! 



「むううッ! ふっ!」



 割れた窓ガラスが飛び散りながらも、飛び込んだ衝撃を床を転がるようにして収め、すぐに立ち上がって室内を確認する。



 近くの壁に、ガイの2本の刀、テイテツの光線銃ブラスターガン、セリーナの大槍、その他武具や道具類が入った荷物が一纏めにしてあった! 



(勝機! ――思ったより散逸していなくて助かった)



 だが、門番もすぐに扉を蹴破り、なだれ込んでくる――――セリーナはまず自分の槍を持ち、構えた――――



 <<



 <<




 また一方、ガンバを求めてガラテア駐留部隊の兵舎まで来たガイたち。テイテツのゴーグルの暗視機能も駆使して探す。



「目印の赤い消火栓――――ありました。約5メートル直進したあの車両です」



「ビンゴ! セリーナ、仲間になって早々頼りになる奴だぜ――」



 ガンバに駆け寄るガイたち。しかし――――



「――ちっ。やっぱりかよ。鎖で車体ごと――――!」



 ガンバは、ブ厚い鎖で車体ごとぐるぐる巻きにされ、とても運転席を開けられる状態ではない。



 ガイも必死に引っ張ってみるが、びくともしない。



「――ちっくしょう! 何か……何か手はねエのか? せめてなまくらでも剣がありゃあ、ぶった切れるのによお!」



「そういえば――グロウ。」



 何か閃いたのか、テイテツは視線をグロウと同じ高さにまで下げてしゃがみ、尋ねる。



「……何?」


「貴方は先ほど、宿で捕縛されていた際、鎖を変形させていましたね。ならばこのガンバを縛る鎖も変形させ……自由にすることが出来るのではありませんか?」



「僕が?」



 ガイたちの脳裏に、先ほどの棘だらけにした錠や鎖の異様な形が浮かぶ。




「――なるほど。可能性はあるな……グロウ、頼む。」



「で、でも本当に僕の力なのか、実感が――――」



「やれるだけのことをやってみるだけの話だ。安心しろ。もう少しすりゃあセリーナが来る。あいつならこの鎖を切ることも出来るだろうし、俺の刀もきっと持ってくる。だが、少しでも早い方が良いに決まってんだ――――頼む。」


「…………」



 グロウは、戸惑いながらもガンバに近づき……鎖に手を当てて念じ始めた…………。



「すうううぅぅぅ…………」



 グロウの呼吸と共に、例の緑色の爽やかな光を帯び始める。



 しかし――――



「――わっ!」



 ビキッ、と金属が変質する鋭い音と共に、手に触れた鎖は、先ほどと同じ棘だらけになってしまった。グロウは驚き、のけぞる。



「ご、ごめん……僕…………」


「おいグロウよ――――」


「ガイ、お待ちを」



 苛立つガイを手で制し、テイテツは再びグロウに声をかける。



「――グロウ。貴方は自分で理解し切ってはいないでしょうが……恐らく、これまでの現象を私なりに分析するに――――貴方のその力は『物体を急成長』及び『活性化する』力……というのがほんの一端ですが推察出来ます」


「急成長と、活性化……だと…………?」



 テイテツの仮説に、思わずガイも驚嘆にも似た声が出る。



 人間が持ちうる『力』にも様々なものがある。



 ガイのように精神集中と鍛錬で会得できる回復法術ヒーリングなど生物を癒す力。



 セリーナのように己の意識を強力に操作し、身体能力や精神能力を限界まで引き出す自己暗示の力。



 エリーのように生まれつき別の種の力と人間の形質が交わった『鬼人』の力。




 いずれもカラクリを解いてみれば、先天的なモノや特殊な訓練で得た力だというのは解る。



 しかし、グロウの持つ力……それもほんの一端だが『物体を急成長させる力』と『活性化する力』は、それだけでもこの世界の人間が持ち得る『力』の中でも異彩を放っている。この世界の人類史に登場しない能力だし、グロウの生まれが不明な分、先天的とも後天的とも断定しきれないモノだ。



 だが、いずれにせよ大事なことは……持ちうる『力』をどのように役立て、どう使うか…………テイテツはひとつの可能性をグロウに見出しかけていた。



「いいですか、グロウ。貴方の『物体を急成長させる力』と『活性化させる力』。応用すればこの窮地を脱することも出来るはず……まず、空気中には『酸素』がありますね?」



 ――突然、理科の授業の復習が始まる。



「え、さ、『酸素』……うん。エリーお姉ちゃんと習った……人間が活動するのに必要で呼吸で取り込んで…………」



「そうです。そして、『酸素』というのは結合した物質を『酸化』させ、その強度や活力を弱体化させる効用もあります。もしも、空気中の『酸素』を『活性化』させ、この鉄の鎖を『酸化』させることが出来れば――――」



「――――酸化鉄――――つまり、錆びさせることが出来るってわけか!!」



 ガイが気付き、グロウの肩に手を置く。



「この鎖を錆びさせることが出来れば、脆くなって俺の腕力でも外せるかもしれねえ…………いいか? まず酸素を『活性化』してこの鎖の鉄と結合して、そんで『急成長』だ。おめえなら出来るかもしれねえ。もう一度、やってみろ。」



 グロウには、酸素や酸化化合などの理科の知識はまだ乏しかった。充分理解し切っていないはずだ。しかし――――



「――う、うん。やってみるよ」




 最初に出会った時と同じように……グロウは自分自身で思考するより、目の前のガイとテイテツの目を見て『心を読み取る』かのような不思議な察し方で理解を示した。



 再び、棘が刺さらぬように鎖に手を当て、瞼を閉じる――――そしてひと際大きく深呼吸をし、念じた。



「ふうううぅぅぅぅ…………」




 またグロウの手の辺りが光り始める……しかし、今度は緑色だけではない。



 緑や赤、青、黄、紫などと周期的に変色しながら発光している。まるで大都会のネオンのようだ。



(――お願い…………鉄よ……君の生命いのち、早く終わらせるね…………その分、僕たち生きて見せるから――ごめんね――――)




 グロウは、生物どころか、触れている『鉄』にさえ生命が終わることを悲しんで念じていた。



 そして――――




「――おお! 本当にやったぜ!」




 ガイが言うが早いか、ガンバに巻き付いているブ厚い鎖は、途端に赤錆びてボロボロと崩れ始めた! 棘の部分など末端の細い部分は、そのまま朽ちて落ちてしまった。



「でかしたぜ、グロウ! ――ふんッ……りゃっ!!」



 すぐさまガイが錆びた鎖を掴み、全身の力を込めて再び引っ張った。



 バギィイン、と金属の千切れる鈍い音が響く。



 ガイたちは何とかガンバの捕縛を断ち切った。3人とも鎖を車体から解いて剥がしにかかる。



 グロウの力の影響か、ガンバの車体も所々錆びが付いてしまっていたが、何とか整備すれば問題のない状態のようだ。



「――おい! 貴様らァ!! そこで何をしている!? 我が軍が押収した車両から離れよ!!」



 すると、さすがに兵舎の近く。ガラテア軍の駐留部隊が気付いたのか、数人の兵士に見つかった! 



「やべえ、2人とも急げ!!」



 3人はなお、急いで鎖を解いていく……。



「そこで止まれーーッ! 止まらんと撃つぞッ!!」



 兵士たちが拳銃を構え銃口をこちらに向ける! 



「――乗れ!!」



 運転席のドアを塞いでいる鎖を何とかどかし、ガイは席に着き、幸いいつも定位置に置いたままだったキーでエンジンをかける。もちろんテイテツとグロウも飛び乗る。



 ――間一髪。ガンバの車内に入って兵士たちが撃つ静音化サイレンサー付きの拳銃の銃弾をしのいだ。



「――かかったぜ! まずはセリーナと別れた辺りに戻るぞ! テイテツ、案内を頼む!!」



 エンジンがかかったのを確認し、すぐにアクセルを全開にし、ガンバを発進させる! 兵士たちの撃つ銃弾が車体に当たり、小さく爆ぜて火花が散る。



 急発進させてタイヤが不快な悲鳴を上げる。だが、タフな車体はしっかりと無茶な運転にも持ち堪え、夜の街を駆けだした! 



「――おのれエ!! これでも――――」


「やめておけ。仮にも市街地だ……街を傷付ければ住民も多少なりとも抵抗する。――――例の密約も反故にしかねん…………」



 ガイたちを追い、手榴弾を投げようとする兵士に、別の兵士がそう制止した――――



 <<



「――でいやッ!!」



「ぐええッ!!」



 セリーナは大槍を振るい、何の問題もなく4人の門番を倒した。



「――はああッ!!」


「うぎッ……ぎゃあああああーーーーッッ!!」



 さらに容赦なく、追いかけてこないよう、4人の男たちの踵の腱を断ち切ってしまった。もう、走る事は出来ないだろう…………。




「――生命だけは残しておいてやる。む?」



 すると、セリーナは男のうちの一人の懐から、何かがパラパラと落ちたのが見えた。



 注意深く近づき、拾ってみる。



「――これは…………まさか!!」



 男たちが落とした物は……赤く光る溶液が入った瓶と、薬剤用カプセルのようだった。



「――ガラテア軍どもめ……ここでも不幸の種を蒔き続けるか…………ッ!」



 セリーナは強く憤慨し、瓶を握って破壊したい衝動に駆られながらも、何とか堪えて、脇のポシェットに仕舞った。



(すぐにガイたちと合流しなくては……荷物全てを背負った状態では脚部噴射や空中装甲盤エアリフボードでは重すぎて飛べない、か――――)



「痛覚緩和……筋力リミッター解除……心肺機能活発化――――!」



 セリーナはさらに暗示をかけ、エリーたちの荷物と武具を背負って、全速力で駆けだした!! 
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