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第12話 退魔師の過去

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 ――十五年前。
 当時、千葉県に住む高校一年生だった六守破ろくすわ譲悟じょうごは、ひょんなことから霊能者の天海あまみ瑛舞えまに退魔師としての素質を見出された。田舎暮らしに辟易へきえきしていた譲悟は瑛舞の誘いに乗り、東京にあった彼女の探偵事務所で助手として働くことにした。

「こき使ってやるから、覚悟しな」

 さすがに冗談だろう、と楽観していた譲悟だったが、瑛舞の言葉は文字通りの意味だった。譲悟は親元を離れて東京で一人暮らしをする――というていで地元から離れたのだが、気づけば瑛舞の家に転がり込み、彼女の下着の洗濯までする羽目になっていた。

 さて、瑛舞や後の譲悟のように「霊能探偵」の看板を生業なりわいとして掲げる者の多くは、裏の顔を持つ。
 退魔師――古来この国の陰に巣食い、人にあだなす魑魅ちみ魍魎もうりょう祓除ふつじょしてきた者たちの肩書きだ。

 退魔師の中でも名家の血を引く瑛舞の薫陶くんとうを受け、譲悟は学業のかたわら退魔師の技能を身に着けていった。
 厳しい修行を積んである程度の技量に達した譲悟が理解したことは、「自分が生涯しょうがいを費やしたとしても、瑛舞の実力の足下にも及ばない」ということだった。規格外の天才である瑛舞とくらべれば、譲悟の退魔師としての才能はそこそこに過ぎなかった。

 それでも譲悟は修行を続け、高校卒業までに退魔師として一人前の資格と実力を得た。そして、しばらくはそのまま瑛舞の事務所に身を寄せることにした。
 事件はその一年後に起こった。

    †

「天海さんがいない? ――この際、あなたでも構いません!」

 事務所の主である瑛舞が不在の中、退魔師として緊急の依頼が入った。
 推定された依頼の難易度は中級中位。譲悟でも一人で対応可能なものだった。――そこに落とし穴があった。

「助けて……お願い……」

 人里離れた山奥の村では、若い娘たちが怯えていた。
 なんでも古くから山を根城とする怪異のたたりを恐れ、毎年一人の生娘きむすめを、行方不明を装って生贄いけにえにしていたのだそうだ。

(……これ、本当に中級の案件なのか……?)

 現場経験の浅い譲悟はそんな疑念を抱きながらも、助けを求める少女たちを放っておけなかった。

 結果は惨憺さんたんたるものだった。
 現れた怪異は、上級の退魔師でも手に余るほどの大物だった。
 譲悟はまるで太刀打ちできず、中途半端に手出ししたことで、かえって怪異の怒りを買った。譲悟が結界で保護した少女たちは全員、譲悟の目の前で殺され、喰われた。
 譲悟が五体満足で生き残れたのは、怪異にとってそれだけ取るに足らない存在だったからだ。

 大慌てで駆けつけた瑛舞に怪異があっさりとはらわれるのを見て、譲悟は悔しさから涙をこぼした。

「お前が無事で良かった」

 瑛舞のその言葉は、むしろ譲悟に無力感を募らせた。

 譲悟はこの一件で、「依頼の階級詐欺」という言葉を思い知った。
 退魔師の組織も完璧ではない。怪異の階級などの重要な情報は、現場におもむいた退魔師自身が確認せねばならない。


「――これを俺に……?」
「ああ。それを扱えるようになってみろ」

 例の村での一件から数日後。
 瑛舞は譲悟に、一目で値打ち物だとわかる小振りの日本刀を持たせた。

「神刀『神薙かんなぎ』。そいつが使えれば、そんじょそこらの怪異に遅れは取らんさ」

 力を欲していた譲悟が『神薙』を受け取ったのは自然なことだ。ただし当時の譲悟は、刀身を鞘から引き抜くことさえ出来なかった。
 その後、譲悟は血のにじむような修行によって神刀に己を認めさせた。その結果、祝詞のりとを奏上することで、ここぞというときに限り神刀の力を借りられるようになった。

    †

 山村での事件から二年後、譲悟は師にならって、退魔師と霊能探偵の二足の草鞋わらじを履いた上で独立開業した。
 譲悟が高校を卒業してから三年が経っていた。譲悟は神刀『神薙』の力もあり、上級退魔師になった上で一年以上の実績を積んだ。独り立ちして、自分の力を試すには良い時期だと思った。

二十歳はたちも過ぎたってのに、いつまでも師匠に頼ってたら駄目だろ)

 そんな男の意地のような思いもあった。

 師の下から独立した譲悟は、退魔師の業界が抱える構造的な問題に直面することになった。
 家門・家系を重んじる旧態依然とした体質、上層部の腐敗、政財界との癒着ゆちゃく、そして慢性的な人手不足……。若く意気軒昂けんこうだった譲悟は、これらの問題に自分なりに取り組もうとした。しかしいずれも、後ろ盾もない一介の退魔師に手に負える問題ではなかった。
 譲悟の試みはほとんどが空回りし、心にストレスを溜める結果に終わった。

 そして独立から一年後、譲悟にとって決定的な事件が起こる。
 
    †

「――な、何しやがるっ!?」

 苦悶くもんの声を上げる譲悟。その右腰には、鋭利な包丁が深く突き刺さっていた。
 刺したのは、依頼人の人間だった。

「……ごめんなさい。こうしたら、あの人に会わせてくれるって言われたから……」

 依頼人の女は怪異の話に耳を傾け、その手先として操られていた。譲悟から事前に警告されていたにも関わらず、怪異の甘言にそそのされてしまった。
 譲悟にとって、守るべき人間に裏切られたショックは大きかった。

 尚悪いことに、その後の負傷を抱えながらの怪異との戦いで、追い詰められた譲悟は右腕を犠牲にすることになった。辛うじて怪異を倒すことはできたが、失った腕は二度と戻らなかった。
 病院を退院後、譲悟は残った左手では神刀『神薙』を抜けないという事実に気づいた。右手の義手については、言うまでもない。
 神刀に見放されたのか、左手では何かが足りないのか。答えはわからなかった。そこで、譲悟は神刀を瑛舞に返そうとしたが、「もうお前に譲ったものだ」と固辞された。

 神刀の力を失った譲悟にとって、上級の怪異は再び脅威きょういに変わった。手に負えるもの、負えないものを厳しく線引しなければ、生き残ることさえできなかった。神刀が使えれば救えたはずの人命も、諦めることが増えた。譲悟が一月で消費する煙草の量は、以前の数倍に増えた。
 左手一本でも使える術や手札を増やし、譲悟が再び上級退魔師に返り咲くまでには五年が掛かった。その頃にはもう、譲悟の中から業界を変えようなどという気概きがいは失われていた。

 ――小を切り捨て、大を生かす。

 退魔師としてはごく普通のその行動方針が、今の譲悟にもすっかり染み付いていた。

 そして、譲悟が右腕を失った事件から数えて八年後。
 師走しわすに入った頃、彼は退魔師として一つの依頼を受けた。
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