凡人と超人

永井 彰

文字の大きさ
上 下
8 / 14
代理戦争

神雷

しおりを挟む
 藤太郎が釈放されてから、一週間が経った。
 その間に藤太郎の周りで起きた事に特記すべき事はない。至って静かで穏やかで、家族に会えない以外は、さほど不自由ない生活だった。

 藤太郎は立命館の素性を、よく知らない。
 一週間の間に、立命館は藤太郎に対して、物心付いた頃から現在に至るまで、ありとあらゆる人生の記憶を話させた。しかしその割には、自らの事については固く口を閉ざしていた。藤太郎が強いて問うような事をしなかったというのもあるが、立命館は業務外、、、では無口なのだ。

 そして、藤太郎に関する情報がなぜそこまで必要なのかは教えない代わりに、真犯人についての秘密を、立命館は話し始めた。

 立命館にとっての神。その人が黒幕で、立命館もまた共犯者だと言うのだ。藤太郎は、混乱が収まらない頭をますます混乱させた。

 誰なのかすら分からない女が、自分を嵌めた犯人の一人?

 しかし立命館としては、無実の人間を陥れる事に抵抗があったらしい。だからこそ神を捕らえ、罪を償わせる事に協力してほしいと言うのが彼女の主張だ。
 信じられるわけはないし、都合が良すぎると藤太郎は率直に思った。もしくは何らかの罠で、今は安心させるために嘘を吐いているのかもしれないと疑いもした。
 ただ、熟慮の末に出した彼の結論は、協力しても良い、という物だった。

 珍しくほっとしたような表情を浮かべる立命館。美人ではあるだけに、ほんのわずか動揺してしまう藤太郎だが、決してその美貌に屈服したわけではない。
 藤太郎には考えがあった。信用してほしいという立命館の態度を逆手に取り、あくまでさりげなく、徐々に信頼を示していく。彼女の言葉に偽りがないのなら、真犯人に繋がる手掛かりとして立命館ほど有力な存在はなさそうなのだから、やむを得ないというわけである。

 その時、遠くで雷鳴が響いた。
 変だな、と藤太郎は思った。7月の夕方とは言え、空は晴れ渡っているのに雷が鳴るのはおかしいのだ。だがまた、たまにはそんな事もあるか、と藤太郎はふと山小屋の窓に近づき、空を見やる。

 光の柱が、夕空を貫いていた。

 ますます変だ、と思うものの、藤太郎はなんとなく立命館の方を振り返った。すると、なぜか彼女は尋常でなく急ぎ足で、小屋を出ていく所だった。

「あれは神の力。彼は暴走すると、いや、それでも神雷あれはあなたたち普通の人には見えないはずなんだけど」

 慌てて事情を聞く藤太郎に、立命館はそう説明した。

 神の力?

 そして藤太郎はひとつの仮説に辿り着いた。

「なんだ、夢かよ」

 そう、とびきり不条理な悪夢でない限り、これほど普通とは程遠い事態になどなるはずがない。そんな事にはならないよう、普通から逸脱しないように、誰よりも気を付けて生きていたのが藤太郎なのだ。

「夢ではない。藤太郎、ならば神に会うか」

 馴れ馴れしく呼び捨てにするな、とは思うものの、まさかの直球。真犯人との対峙を提案してきた立命館の言葉を、藤太郎は二つ返事で承諾した。

 車などと言う便利な文明の利器はない。山小屋に来るまでこそ、立命館の味方らしき黒服の男が運転する赤いポルシェに揺られてきたものの、今は二人分の自転車で神の居場所へと向かっていた。
 藤太郎たちが載ってきたポルシェ911には、不自然にならないように、予め二台の自転車が不思議と、ポルシェ911の車体との見た目の調和を保ちながらその屋根に積まれていたのだ。

 自転車を、光の柱に向かって漕ぎ続ける二人。見た目よりもずっと遠く、光の柱が出ている小高い丘に辿り着いたのは、山小屋を出てから40分ほど後のことだった。

 時間が掛かり過ぎたのか、光の柱は最初に見た時よりもかなり薄くなってきていた。
 立命館は、すぐさま辺りを見渡す。

 けれども、神と呼ばれる男の姿は無かった。

 その後も近辺をくまなく捜索したものの、神は見当たらないまま空はすっかり暗くなった。それから山小屋に帰るので、夜道を行く猪に出くわしたりもしたが、なんとか二人は無事に山小屋に帰って来られた。

 そして、すぐさま踵を返し、立命館は帰路に着く。神を裁くために自分が必要という彼女の思いは本心なのかもしれないな、と藤太郎は思った。
  いつも、仰々しい挨拶は互いに発しない。おやすみなさいでは気楽過ぎるし、さよならでは学校みたいだ、というのが藤太郎なりの理由だが、立命館が同じような気持ちなのかは分からない。

 表情がないのだ。

 美人なのにやけに立命館を藤太郎が警戒してしまうのは、状況のせいもあるが、たまにしか表情を崩さない様子が尚更そうさせるのかもしれない。終始、徹底して仕事と割りきった以上の、何も読み取れない顔の人だと言うのが藤太郎の素直な感想だ。

 神とは何なのだろう、と藤太郎は思わず、光の柱があった辺りの空を眺めた。
 もうすっかり夜の暗がりに打ち消されたかのように、幻だったかのように、そこには名も知らない星がぽつりと浮かんでいた。
 近くにある月光の明るさで消えかけているその星に、藤太郎は妙に懐かしさに似た感情を覚えた。

 それが懐古ではなく共感だと気付いたのは、ちょうど月が雲に隠れ、それでもその星が実はそんなに明るいわけでもないのが分かってからなのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

[恥辱]りみの強制おむつ生活

rei
大衆娯楽
中学三年生になる主人公倉持りみが集会中にお漏らしをしてしまい、おむつを当てられる。 保健室の先生におむつを当ててもらうようにお願い、クラスメイトの前でおむつ着用宣言、お漏らしで小学一年生へ落第など恥辱にあふれた作品です。

妻がヌードモデルになる日

矢木羽研
大衆娯楽
男性画家のヌードモデルになりたい。妻にそう切り出された夫の動揺と受容を書いてみました。

RUBBER LADY 屈辱の性奴隷調教

RUBBER LADY
ファンタジー
RUBBER LADYが活躍するストーリーの続編です

タイムワープ艦隊2024

山本 双六
SF
太平洋を横断する日本機動部隊。この日本があるのは、大東亜(太平洋)戦争に勝利したことである。そんな日本が勝った理由は、ある機動部隊が来たことであるらしい。人呼んで「神の機動部隊」である。 この世界では、太平洋戦争で日本が勝った世界戦で書いています。(毎回、太平洋戦争系が日本ばかり勝っ世界線ですいません)逆ファイナルカウントダウンと考えてもらえればいいかと思います。只今、続編も同時並行で書いています!お楽しみに!

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

GAME CHANGER 日本帝国1945からの逆襲

俊也
歴史・時代
時は1945年3月、敗色濃厚の日本軍。 今まさに沖縄に侵攻せんとする圧倒的戦力のアメリカ陸海軍を前に、日本の指導者達は若者達による航空機の自爆攻撃…特攻 で事態を打開しようとしていた。 「バカかお前ら、本当に戦争に勝つ気があるのか!?」 その男はただの学徒兵にも関わらず、平然とそう言い放ち特攻出撃を拒否した。 当初は困惑し怒り狂う日本海軍上層部であったが…!? 姉妹作「新訳 零戦戦記」共々宜しくお願い致します。 共に 第8回歴史時代小説参加しました!

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

♡蜜壺に指を滑り込ませて蜜をクチュクチュ♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショート♡年末まで毎日5本投稿中!!

処理中です...