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第1章 未曾有の新世界!?

4kg.シェア・ワールド

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 『エルド』独自のシステムとして、オンラインの友人、もしくは同じメモリーガジェットに入ったセーブデータ同士で世界をリンクさせる事が出来る。
 と言っても、完全に同期させてしまうのはゲームバランスに関わる。

 そこで『エルド』ではそれぞれのプレイヤーがいる世界をゲートで繋ぐという選択をした。
 つまり、ゲートを抜けた先にあるのは別のプレイヤーがいるエルドラであり、平行世界のようなものなのだ。

 その仕組みは次のような物だ。

 まず、他のプレイヤーが任意の場所にゲートを作り、そこから私のいる世界に遊びに行けますよ!と意思表示する。
  ゲートは作られた側は一方通行ではないが、門を作った側はそもそも通れない。
 招待制のSNSのように、ゲートを作るという招待をした後は、ゲスト待ちなのだ。そしてゲストとは、PS4に登録された友人に限定されている。
 ユーザーIDを入力して特定のプレイヤーの世界に行ける、という構想もあったが、個人情報が漏れるとオンラインユーザーなら誰の世界にも行けてしまう。
 つまり、クローズドテストでもないのに幾分、オンラインの自由度には課題を抱えているのだ。セキュリティを重んじているらしい。

 ただ、世界が繋がったプレイヤー同士でさえあれば、その世界で共に仲間としてクリアを目指すといった事まで出来る。
 某サンドボックス型ゲームで、ワールドが同じなら空間を共有できるのと同じ。一つのエルドラが一つのワールドなのである。

 その事をタクミが知ったのは『エルド』の時間・午後の部での事だ。

***

 噂に聞いていたゲート。それがギルドに入って右手に見えている。
 オンライン環境は整っていないので、招待の相手はシロン。ゲートの先にあるのはシロンのいるエルドラという事だ。

 まあ、一応顔だけでも出すか、とバッシュはゲートをくぐった。

 その先にあるのは、シロンのいる方のワダツィルの町だ。場合によっては何もない荒野から、プレイヤーが作ったカスタム・タウンと呼ばれる独自の町などに行けるが、デフォルトで用意された町の場合はこのように、一見何の変化も起きないのはザラだ。

 シロンのエルドラとバッシュのエルドラ。明確な違いがあるとすれば時間だ。
 バッシュの世界はいつの間にか夕方だが、シロンの世界は早朝。そして、ギルドでセーブしたらしく、シロンは受付あたりで仁王立ちしていた。

(会話とか可能なのか?)

 恐る恐る話しかける。
 だが残念ながら、キャラクターとしての整合性などの理由で非プレイ状態でプレイヤーキャラクターが話す事はない。
 ただ、冒険の仲間としては誘えるらしく、とりあえずいつの間にかやりこんでいてキャラクタ・レベルが7のシロンを仲間にした。

 そして補正がかかり、シロンのレベルが1になる。
 仲間のレベル上限はプレイヤーキャラの現在のレベルだ。よって、バッシュのレベルにシロンが抑制された、という訳である。

 だがまあ、連れ歩く仲間が多いに越した事はない。とりあえずの旅の仲間がここに誕生したのだ。
 バッシュはまたゲートをくぐった。

 元の世界に戻る。シロンも付いてきた。
 扱いとしてはNPCに近いようだが、相手もプレイしている時間帯ならば同時に操作可能だったり、別行動を取ったりとフレキシブルに対応可能らしい。

(あれ?セーブデータをたくさん作れば仲間に困らないって事か)

 確かにそうなる。しかし、プレイヤーキャラクターを仲間にしたプレイヤーNPCよりも、野良NPCや雇えるNPCの方が初期状態ならば確実に強い。

 このゲームのもう一つの特長、それは誰でも仲間に出来るという事だ。
 道具屋の主人すら仲間に出来るし、モンスターも然るべき道具や能力があれば仲間に出来る。

 ただ、例えば道具屋を仲間にするとその道具屋が休業状態にはなるので、仲間にするキャラクタは少なくとも序盤ではそれなりに絞られる。

 そんな事よりも、とバッシュはギルドの受付に向かう。そして、念願の演奏職、パフォーマーのクラスになった。
 シロンがガッツポーズなどを取っている。一応、ポージングはTPOを踏まえた物を選ぶ設定が為されているらしい。

 バッシュはパフォーマーとしての初期装備も手に入れた。「武器は装備しなければ意味がないよ」という有名なあの文句を思い出しつついそいそとバッシュは着替えた。
 ギルド支部長からの話がチュートリアルを兼ねていて少しばかり長く辟易したが、為になる話なのでと同じ内容を本にした鑑定済みの《ギルドリーダーズ・ブック》という名の手記を貰ったバッシュ。

(じゃあ最初からそれをくれ!)

 などと思いながら、まずはゲートをこちらにも作る事にした。同一座標に作る事が出来るらしいので、シロンと同じ場所に設置。アイテムなども特に必要なく、一瞬でゲート創造の演出画面と共に作業が完了した。

 つまり、あたかも往来できるかのようなゲートならば、こうして設置可能である。

(これでシロン、もといキョウコに怒られずに済むな)

 怒られる筋合いの事かは別として、タクミが持つ最低限の人としての勘は「こちらも準備すべきだ」だったからと準備させられたバッシュであった。

(さあ、それではいよいよ演奏職のレベル上げに入るぞ!)

 ステータスからチェックする限りにおいて、どうやらシロンは近接職・ソードエキップなのでレベル上げが簡単だったのだろう。
 演奏職はどうレベルを上げるか。

 道端で演奏するのは危険である。
 下手な演奏は怒りを買い、最悪の場合は教会送りだからだ。

 という事で、バッシュは今、隠れ家で演奏している。
 悲しいことに、これが最も安全で確実な演奏の上達法なのだ。
 しかし町の通りで演奏出来る日が来る気がしないバッシュ。試しに何度か演奏を試みたが全てにおいて、石を投げられて死んだのだ。

 教会で貰った食パンを齧りながらバッシュは途方に暮れていた。もしかして、演奏職でも物理で殴る脳筋プレイしか不可能なのか?

(何か方法があるはずだ)

 だが、すぐに名案が浮かぶ訳はない。
 そこで、しばらくは「食堂のお手伝い」クエストで小銭を稼ぎながら今後の事を考える事にしたバッシュである。

 クエストとは、依頼として引き受け、解決することで報酬が貰えるイベントである。
 「食堂のお手伝い」クエストは何度も受諾できるフリークエストだ。
 よって、何度も手伝いながら、アルバイト感覚で小銭を稼いでいける。

 このような些末な仕事にも『エルド』の演出は全力が注がれている。
 あたかも食堂でアルバイトしているかのように客から注文をとり、食事を客に運び、会計まで行うのである。
 間違えたら給料から天引きとなるほどの厳しさはないが、客にお詫びした上でクレーム対応が必要。まあ最低限、一生懸命働いていれば給料は出るし、優秀な成績なら昇給もある。

 その気があれば、ギルドの審査が必要な上位クラス・シェフになり食堂を開くことすら可能だ。
 
 バッシュはそこそこ頑張ったので、わずかエルドラ時間の3日間で昇給に漕ぎ着けたが、それは少しだけ先の話である。

 バイトで稼ぐ。一言で言うならそう決めたバッシュ。ひたすらに時間の許す限り、そして食堂の開店時間内である限りは働いて働いて働く。
 お腹が空けば、まかないまでは残念ながらないので自費で食パンをたくさん食べる。

 ただ、たまに料理のコツを実演しながら教えてくれるため、実はバッシュの料理スキルは少しずつ上がっていく。

(もしかしたら、演奏職よりこっちのが向いてんじゃね)

 なけなしの小銭で、料理家よろしく白いエプロンを購入し、アバター装備に設定。
 アバター装備は見た目上の装備だ。
 これで少なくとも、確実に演奏職とは思えなくなったが、ほんの遊び心である。

***

 夕方の4時頃にハヤトが帰ってきた。
 そしてすぐ後にケイ、やや空いてアオナが帰宅。
 キョウコはほぼ毎日残業なので、敢えて誰も気にしない。

「プログラマーは仕事がなければオフなんだよね」

 本当かどうか分からないハヤトの話は、話半分で聞き流すのが正解だ。
 まあ、まだハヤトは20代。これからのやる気次第でなんとでもなる時期だ。

 ケイもアオナも、今日は学習塾に通う日だ。
 タクミでなくキョウコの考えで、集団指導の塾に通わせている。勉強と友達付き合いを集団行動の中で両立が出来ないようなら、高卒でも就職しなさい、がキョウコの口癖である。
 タクミが介入する余地はない。悔しいが、大学に行った上での経験者の判断に従うのが正しいに決まっている。

 ハヤトはハヤトで現役で専門学校を出た程度なので、キョウコがそう決めたと知ってもただ黙って頷いただけだった。

 そう思うと、家族に大卒があまりいない我が家は大丈夫なのだろうか、とタクミは現実的な不安で胃がキリキリ痛む。

 事実として、本人たちに自覚があるかは差し置いても社会のトップや近代の偉人は皆と言っても良いほど高学歴だからだ。
 今は妻が設立した会社にしがみついているだけのタクミ。子育てに参加しているつもりでも実際には家事をしているだけだ。

 冷静に考えると、のんびりゲームに興じている場合ではないのか、とは思う。
 けれども、今さらキョウコのような偉大な労働者になれる訳もないしな、とタクミは夕飯の支度をしながら自嘲気味に笑った。

 バッシュのように、アルバイトに甘んじて家族を支える側に徹しようか。
 編集者としてうだつが上がるわけでもない毎日を思うと、それにダメ夫という負債を抱えていると裏で揶揄されているキョウコの為にもそうするのがいいのかもしれない、とタクミは真剣に考えている。

 子どもたちが塾に向かう姿を見届けながら、タクミはひっそりとため息を突いた。
 それは決心すべきかを図りきれないもどかしさからくる、感情の固まりのようなため息だった。

 そして、ハヤトはそんな兄を真意を知ってか厳しい眼差しで見守るのだった。
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