ココア

永井 彰

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優しさのカタチ

まっしろ

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 引きこもるしかない兄。

 どこに行けるというの。

 私も、家族も、センセイや天恵も、みんなで必死に探した。


 だけど、兄はどこにもいない。

 本当に、いないのだ。


 3日探した。

 私はその日、ある神社に来ていた。

 私たち家族が、兄と一度だけお参りした、少し遠くにある神社だ。

 まさかな、とは思う。
 だって、歩いて行くと1日休まず歩かないと、辿り着けないからだ。

 兄は、そこで眠っていた。
 両手で大切そうに抱えていたのは、私たちがそこで買ったらしいお守りだった。


「おにい、起きて」

 返事はない。

「ねえ、おにい。死んじゃったの?起きてよ」

 返事はない。


 救急車を呼ぼうか、とスマホを取り出す。
 兄の顔は、引きこもっている中で一番ひどい時期より、ずっと青白かった。


「う、お、おはよう」

 聞こえるか聞こえないかの、小さな声なものだから、私は気のせいかと、兄の顔をわざわざ見た。

「これ、返そう。俺のせいで、お守りがダメになったろ」

 今までになく、しっかりとした口調で兄は言葉を紡いだ。


 アルプスの少女ハイジ。あの物語に、クララという少女が登場する。


 クララは本当は立てるけれど、心がそれを認めないのか、立てないと思い込んでいた。

 兄もそうだったのだ。


 兄は、引きこもりにしては本をよく読んでいた。
 それで創造力とか、会話することとかを頭の中ではしっかり学んでいたらしい。

 ただ、いざ実行するとなると、いじめで傷付いていた心が邪魔をした。
 喋ろうとしても、言葉が出てこなかったのだ。


「お守りのせいじゃない。おにいは悪くないよ。帰ろう、一緒に、帰ろう」


 家に帰ると、兄は小説を見せてくれた。

 兄が自分で書いた小説だ。

 私は驚いた。正直に言うと、兄とは思えない素晴らしい小説だった。


 私は涙した。

 泣くとは思わなかった。


 兄は、人生をちゃんと考え始めていたのだ。

 恥ずかしくないように。迷惑にならないように。


「ここからは、まだまっしろ」

 未完の小説の、まだまっさらなノートのページをぱらぱらめくる兄。

 それは、私たち家族をありのままに描いた小説だ。

 そこでは、私は元気で明るく、面倒見の良い模範的な妹で、父や母は笑顔を絶やさない、優しい両親。
 センセイも出てくる。


 ありのままにしては、話が美しくすぎるよ。


 そういうと、兄は照れ笑いを浮かべた。

 兄も泣いていた。笑いながら、泣いていたのだ。


 センセイに報告しないと。

 兄は前を向いて生きています、と。


 私は涙を拭いながら、不思議と落ち着けた。

 だから、そんなこれからを見る事が出来たんだと思う。
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