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心のカタチ
こわい
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母から、おつかいを頼まれた。
歯みがき粉と、ボディーソープ。どちらも兄の専用だ。
気分が良くないと、兄は誰にも分からない場所に、そういう生活品を捨ててしまう。
誰にも分からない場所なので、新しく買うしかないのだ。
兄が引きこもって、七年もの歳月が経った。
色々あった。
最初こそ、すぐにまた元気に学校に行くと思っていた。
兄は、今年で20歳。
中学校中退だ。
いじめは、本当に酷かった。
「自殺してしまうかもしれません。だから家から出ません」
兄に、家族に充てたこんな手紙を書こうと思わせたほどだ。
私はそんな兄が、最初は嫌だった。
早く大人になり、家を出て、兄の事を忘れるためだけに猛勉強したりもした。
少なくとも、私は自分の事を、普通だと思っている。
だって、家族に引きこもりがいたら嫌。
それは自然な気持ちだと思うから。
でも、家族を見捨てるのは簡単ではないんだ。
だから、いつかは助けるしかない。
引きこもりだけでなく、私の一族には無職もいる。
母方の叔母だ。
主婦とかではない。バツイチ独身。
ただ、叔母に関してはまだ穏やかだ。
言い訳が子どもの頃から得意らしく、働いていた頃の貯金を切り崩し、何なら何度か旅行に連れて行かれた。
無職と過ごすと思えない、静かで落ち着いたバカンスだった。
昔、兄も一緒に一度だけ家族旅行に行った事がある。
お好み焼きを、一緒に食べた。
兄はまずいまずいと言いながら、母が残した分までぺろりと平らげていた。
それをふとした瞬間に思い出してしまうと、どこにいても泣いてしまう。
私は、兄の部屋のドアをノックした。
「今日は、昼飯、残す。ごめんね」
催促してもないのに、弱気に兄は言った。
「気にしないし、また後で来るから。少しでも栄養、取った方がいいと思うよ」
返事はない。まあ、これはいつもの事だ。
引きこもるのもエネルギーを使うみたいで、本当に食欲がないのは珍しい事ではない。
センセイは、そう言っていた。
それに、不安からのイライラした感情が、食べる事を嫌いにしてしまうらしい。
ただ、今、聞きたい兄の言葉があった。
「おにい、一緒に旅行に行かない?二人で」
勇気を出して、私はそう告げた。
返事はない。
「おにい、あのね。また、聞くからさ。ゆっくりで良いから、考えてみてね」
聞き取りやすいように、一言一言を丁寧に話す。
ドア越しだと、思っているより声は聞こえにくいからだ。
「なんで」
兄は明らかに不安そうに、そう言った。
「練習だよ。いつか、おにいが外に出るための練習」
「いやだ、怖い」
それきり、その日は兄と話せなかった。
歯みがき粉と、ボディーソープ。どちらも兄の専用だ。
気分が良くないと、兄は誰にも分からない場所に、そういう生活品を捨ててしまう。
誰にも分からない場所なので、新しく買うしかないのだ。
兄が引きこもって、七年もの歳月が経った。
色々あった。
最初こそ、すぐにまた元気に学校に行くと思っていた。
兄は、今年で20歳。
中学校中退だ。
いじめは、本当に酷かった。
「自殺してしまうかもしれません。だから家から出ません」
兄に、家族に充てたこんな手紙を書こうと思わせたほどだ。
私はそんな兄が、最初は嫌だった。
早く大人になり、家を出て、兄の事を忘れるためだけに猛勉強したりもした。
少なくとも、私は自分の事を、普通だと思っている。
だって、家族に引きこもりがいたら嫌。
それは自然な気持ちだと思うから。
でも、家族を見捨てるのは簡単ではないんだ。
だから、いつかは助けるしかない。
引きこもりだけでなく、私の一族には無職もいる。
母方の叔母だ。
主婦とかではない。バツイチ独身。
ただ、叔母に関してはまだ穏やかだ。
言い訳が子どもの頃から得意らしく、働いていた頃の貯金を切り崩し、何なら何度か旅行に連れて行かれた。
無職と過ごすと思えない、静かで落ち着いたバカンスだった。
昔、兄も一緒に一度だけ家族旅行に行った事がある。
お好み焼きを、一緒に食べた。
兄はまずいまずいと言いながら、母が残した分までぺろりと平らげていた。
それをふとした瞬間に思い出してしまうと、どこにいても泣いてしまう。
私は、兄の部屋のドアをノックした。
「今日は、昼飯、残す。ごめんね」
催促してもないのに、弱気に兄は言った。
「気にしないし、また後で来るから。少しでも栄養、取った方がいいと思うよ」
返事はない。まあ、これはいつもの事だ。
引きこもるのもエネルギーを使うみたいで、本当に食欲がないのは珍しい事ではない。
センセイは、そう言っていた。
それに、不安からのイライラした感情が、食べる事を嫌いにしてしまうらしい。
ただ、今、聞きたい兄の言葉があった。
「おにい、一緒に旅行に行かない?二人で」
勇気を出して、私はそう告げた。
返事はない。
「おにい、あのね。また、聞くからさ。ゆっくりで良いから、考えてみてね」
聞き取りやすいように、一言一言を丁寧に話す。
ドア越しだと、思っているより声は聞こえにくいからだ。
「なんで」
兄は明らかに不安そうに、そう言った。
「練習だよ。いつか、おにいが外に出るための練習」
「いやだ、怖い」
それきり、その日は兄と話せなかった。
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