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グランド・アーク
アイナム
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アイナムは、氷の宮殿の第五層にいた。
ゾーンによって転移されられたのである。
【勝手な事をしてくれたな】
「勝手はアンタでしょ。アタシで十分、アイツらには勝てたっつうの。まあ、あの女だけは格が違ったけど、―――それもあと少しだったんだからね」
【マジル=カヤルーサか。あの動きは恐らく、人を殺したことのある闇稼業の人間だ。ふむ、確かにアレは厄介だ。それに、王女】
「もう1人いた女かい?安心しな、あっちこそサンドバッグ。やりたい放題させてくれたよ」
【ヤツはまだ力を使いこなせていない。魂の杖がヤツの中にある限り、油断してはならぬ】
「そんな、なんとかの枝だかなんだか知らないわよ。アタシは勝手に動かせてもらう」
【ならぬ。キサマにはやるべき事があるのだ】
「―――やるべき事?」
アイナムにはグランド・アークの目覚めかたを探すという指令がゾーンから下りた。
「なにさ。自分が分からない事は全部アタシに押し付けやがる。バカじゃないっていうならアンタも考えろっつうの」
アイナムはその場にいないゾーンに向かって不平を言った。
「くそくそくそくそくそっ。何がワレス様に気に入られやがった?戦うチカラなら、アタシだってヤツに負けやしないのに」
グランド・アークは氷の宮殿の隠された地下に位置している。第五層からそこに行けるように、ゾーンは宮殿を作ったのだ。
そしてアイナムは、グランド・アークのある地下にいた。
「これが生きてるだって?どう見てもただの四角い大きな箱でしかないだろ。バカにしてんのかアイツ」
アイナムはいつしかゾーンへの悪口が癖だ。そうしないと、彼女はアイデンティティを見出いだせないほどには追い込まれていた。
大魔王軍は仁義の年功序列ではなく、完全なる実力社会。少しでもはみ出し者がいれば、存在ごと消されるのだ。
「アタシはまだ消えるワケには―――ん?」
アイナムもまた、大魔王のようにアークが呼吸している事に気付いた。
「へえ、本当に生きてるのかコイツ。なら、寝る子は起こさないとねェ」
アイナムは得意の炎キックをアークに打った。しかしグランド・アークは鋼よりもずっと堅く、むしろアイナムの足が腫れ上がったのだ。
「いてて。もぉー、なんでアタシばっかりこんな仕打ちなの、 ワレス様ぁあん」
いもしないワレスにすら媚びるアイナム。奴隷としてしっかり教育されており、どこにいてもワレスには逆らえない。絶対の忠誠を誓っているのだ。
「はあ。気は進まないけど猫人の技で無理にでも起こすわね」
滅ぼした自らの一族の技を使うのは、一族を滅ぼした自らを否定するに等しい。だからこそ、アイナムが猫人の技を使うのは、よほどの事態なのだ。
「はあァ。過れ、嵐炎王の環」
アイナムの頭上に、巨大な炎の輪が何十も出現した。そして、激しく回転しているその炎は嵐にも匹敵する風としての性質をも併せ持つ。
人に対してなら、たとえばマジルでさえも一瞬にして燃え尽きるだろう。
「うおお、これはアタシが変なプライドで強い女を殺し損ねた分ッ」
アイナムは炎の輪の1つをグランド・アークに向かって投げた。輪は大して大きくはないが、対象にぶつかると巻き込むために炎が絡み付き、対象を逃げられないようにしっかり焼ききっていく。
そして延焼を意図的に起こす事で、火の手はどんどん広がり、さらに嵐の力が火を勢いづかせるために、まさに炎嵐の王が生んだ輪のようになる。
ブレイズ・ループは対象を燃やし尽くす時に完成する、大自然の怒りの技なのだ。
巨大な箱は、炎の環ひとつで完全に炎上してしまった。少なくとも、アイナムから見ればそれほどによく燃えている。
「いっけない、やり過ぎちゃったかも。それはそれで消えちゃうかしら。はあ、もう、どのみちっていうならテキトーでいいや」
しかし炎が収まってもグランド・アークは傷ひとつ付いていない。燃えたはずが、びくともしていなかったのだ。
「えっ、嘘でしょ?ちょっとした本気を出してあげたのに。スゴすぎないかしら、この箱」
グランド・アークにへばり付いていた機械蝉ですら、焦げて機能を停止してしまった中で、アークはただひたすら呼吸していた。
「気味悪いわ、何かしゃべりなさい。アイナム様と呼びなさい」
不本意だが、今度はアイナムなりに愛情を注ぐ事にしたらしい。さんざん燃やしておいて、よくやるとしか言いようがないが、そのためかやはりアークは何の反応も示さない。
「あ、違った。覚えるべきはワレス様よ、ワ・レ・ス・さ・ま」
それからアイナムは、何度も何度もワレスの名を連呼した。あるかもしれないグランド・アークの記憶に、その名を植え付けるためだ。
【アイナム】
ゾーンからのテレパシーだ。
「何、やっと手伝う気になったのかい」
【もういい、戻れ】
非情の命令。しかし今はゾーンがアイナムより偉いので、逆らえないのだ。
アイナムはしぶしぶ第五層に戻った。
『ワ、レ、ス』
グランド・アークから声が聞こえたのが気のせいかどうか、それは定かでない。
ゾーンによって転移されられたのである。
【勝手な事をしてくれたな】
「勝手はアンタでしょ。アタシで十分、アイツらには勝てたっつうの。まあ、あの女だけは格が違ったけど、―――それもあと少しだったんだからね」
【マジル=カヤルーサか。あの動きは恐らく、人を殺したことのある闇稼業の人間だ。ふむ、確かにアレは厄介だ。それに、王女】
「もう1人いた女かい?安心しな、あっちこそサンドバッグ。やりたい放題させてくれたよ」
【ヤツはまだ力を使いこなせていない。魂の杖がヤツの中にある限り、油断してはならぬ】
「そんな、なんとかの枝だかなんだか知らないわよ。アタシは勝手に動かせてもらう」
【ならぬ。キサマにはやるべき事があるのだ】
「―――やるべき事?」
アイナムにはグランド・アークの目覚めかたを探すという指令がゾーンから下りた。
「なにさ。自分が分からない事は全部アタシに押し付けやがる。バカじゃないっていうならアンタも考えろっつうの」
アイナムはその場にいないゾーンに向かって不平を言った。
「くそくそくそくそくそっ。何がワレス様に気に入られやがった?戦うチカラなら、アタシだってヤツに負けやしないのに」
グランド・アークは氷の宮殿の隠された地下に位置している。第五層からそこに行けるように、ゾーンは宮殿を作ったのだ。
そしてアイナムは、グランド・アークのある地下にいた。
「これが生きてるだって?どう見てもただの四角い大きな箱でしかないだろ。バカにしてんのかアイツ」
アイナムはいつしかゾーンへの悪口が癖だ。そうしないと、彼女はアイデンティティを見出いだせないほどには追い込まれていた。
大魔王軍は仁義の年功序列ではなく、完全なる実力社会。少しでもはみ出し者がいれば、存在ごと消されるのだ。
「アタシはまだ消えるワケには―――ん?」
アイナムもまた、大魔王のようにアークが呼吸している事に気付いた。
「へえ、本当に生きてるのかコイツ。なら、寝る子は起こさないとねェ」
アイナムは得意の炎キックをアークに打った。しかしグランド・アークは鋼よりもずっと堅く、むしろアイナムの足が腫れ上がったのだ。
「いてて。もぉー、なんでアタシばっかりこんな仕打ちなの、 ワレス様ぁあん」
いもしないワレスにすら媚びるアイナム。奴隷としてしっかり教育されており、どこにいてもワレスには逆らえない。絶対の忠誠を誓っているのだ。
「はあ。気は進まないけど猫人の技で無理にでも起こすわね」
滅ぼした自らの一族の技を使うのは、一族を滅ぼした自らを否定するに等しい。だからこそ、アイナムが猫人の技を使うのは、よほどの事態なのだ。
「はあァ。過れ、嵐炎王の環」
アイナムの頭上に、巨大な炎の輪が何十も出現した。そして、激しく回転しているその炎は嵐にも匹敵する風としての性質をも併せ持つ。
人に対してなら、たとえばマジルでさえも一瞬にして燃え尽きるだろう。
「うおお、これはアタシが変なプライドで強い女を殺し損ねた分ッ」
アイナムは炎の輪の1つをグランド・アークに向かって投げた。輪は大して大きくはないが、対象にぶつかると巻き込むために炎が絡み付き、対象を逃げられないようにしっかり焼ききっていく。
そして延焼を意図的に起こす事で、火の手はどんどん広がり、さらに嵐の力が火を勢いづかせるために、まさに炎嵐の王が生んだ輪のようになる。
ブレイズ・ループは対象を燃やし尽くす時に完成する、大自然の怒りの技なのだ。
巨大な箱は、炎の環ひとつで完全に炎上してしまった。少なくとも、アイナムから見ればそれほどによく燃えている。
「いっけない、やり過ぎちゃったかも。それはそれで消えちゃうかしら。はあ、もう、どのみちっていうならテキトーでいいや」
しかし炎が収まってもグランド・アークは傷ひとつ付いていない。燃えたはずが、びくともしていなかったのだ。
「えっ、嘘でしょ?ちょっとした本気を出してあげたのに。スゴすぎないかしら、この箱」
グランド・アークにへばり付いていた機械蝉ですら、焦げて機能を停止してしまった中で、アークはただひたすら呼吸していた。
「気味悪いわ、何かしゃべりなさい。アイナム様と呼びなさい」
不本意だが、今度はアイナムなりに愛情を注ぐ事にしたらしい。さんざん燃やしておいて、よくやるとしか言いようがないが、そのためかやはりアークは何の反応も示さない。
「あ、違った。覚えるべきはワレス様よ、ワ・レ・ス・さ・ま」
それからアイナムは、何度も何度もワレスの名を連呼した。あるかもしれないグランド・アークの記憶に、その名を植え付けるためだ。
【アイナム】
ゾーンからのテレパシーだ。
「何、やっと手伝う気になったのかい」
【もういい、戻れ】
非情の命令。しかし今はゾーンがアイナムより偉いので、逆らえないのだ。
アイナムはしぶしぶ第五層に戻った。
『ワ、レ、ス』
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