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魔法の剣
魔法条約
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その日、世界は大きな節目を迎えた。
特別に魔法を扱ってきた十三傑の活躍により、魔法の存在が人間を害する禁忌であるという大原則が変わったのだ。
「魔法によって人間の文化、経済、またそれらに関わる一切の生活が損なわれる事がない限りにおいて、人間による魔法の使用は、これを認める」
世界中央府が発効した、魔法条約第1条の条文だ。
人に迷惑がかからないならば、魔法は誰が使っても良い。つまり、実質的な魔法使用の自由化が公に認められたのである。
「テック。今日は学校、休みよ」
ノジアの学生寮から冒険学校に向かう途中、アナに呼び止められてテックは思い出した。
「アナか。そういえば今日は、なんとかかんとか条約が決まったパーティーの日だな」
「うろ覚えにも程があるけど、まあぶっちゃけそうよ。これで私たちも魔法が使える―――ワクワクしてこない?」
「ショーンが聞いたら怒るぜ。今までやむなく魔法を使うしかないままに命を落とした、何千人もの魔法難民たちはどうなる、ってな」
「うっ。まあ、それはそうだけど」
この世界は完全な平和からは、まだ遠い。
だから戦争は大小あれど続くし、そんな時には、今まで普通に生きてきた人が魔法を使うしかなくなる時が何度もあった。
しかし魔法は原則として禁忌で、その禁忌は人が生きていくためにあった。世界が認めた十三傑やムデュマといった例外でなければ、やはり魔法を使うことは、いかなる理由があっても万死に値する。
それは長い長い間、世界が定めた掟であり続けたのだ。
そして禁忌を侵してまで魔法に手を出した人間は魔法難民というレッテルを貼られ、誰も殺してなくても、傷つけてすらなくても死罪となってきた歴史がある。
「テック。魔法が使えるのは、だったらダメな事なの?」
「―――分からねえ。ただ、魔法を使えるのは、やっぱり良い事ばかりではないだろ。下手したら、賢くて悪いヤツに悪用されて酷い時代になる。十三傑のおかげだからってだけで世間が浮かれすぎだとはショーンじゃなくても、俺も思ってるぜ」
「ショーンはあなたとは違う理由でしょ?あなたのそれは、十三傑を否定したいだけじゃないかな」
「違う、そんなんじゃないんだ。ただ、魔法ってのは単純じゃない気がするだけだ」
「ふーん・・・意外ね。ていうか、まるで魔法で物凄く苦労したおじいさまの主張にそっくりだわ」
アナの祖父の時代には、ある大犯罪者の魔法クーデターが発端となり、魔法推進派と魔法禁忌主義との全面戦争、魔法大戦争がフェセナ大陸を中心に世界全土で勃発した。
それが理由で、ティンフシーにある国政主司館前では大戦争の経験者たちが大規模なデモを敢行しているらしい。
「どうして傷付け合うのかしらね。戦争は終わったんだし、私たちになら新しい時代を良くしていけるはずなのに」
「まあ、そういう考え方はあるけどさ。大戦争の中にいた世代が人間を心から信じる事が出来ないのは、どうしようもない。色々と、どん底で最悪だったんだから」
「もう終わったじゃない。暮らしも良くなった。どこに戦争を予感させるモノがあるの?テックみたいな考えじゃ、逆に戦争しか考えられなくて危険だと思うけど」
「そう、だよな。みんながアナみたいに前を向いて生きていけたら、それが正しい未来なのかも」
テックはまるで、戦争に身を置くような日々を送っているけれど、アナやショーンはそれを知らない。至高の島の一件でさえ、魔法剣の存在はまだガーンダムや教師たちにしか伝わっていないという、テックにとっては壮絶な状況の連続なのだ。
そして、いつ死罪になってもおかしくなかった、ともテックは思う。蛮勇に近い勇ましさだけで走ってきた道は、振り返ればただ禁忌を侵した愚か者の道と否定されたなら、そこで終わる程度の浅くて脆い道でしかないのだ。
「魔法が禁忌だった時代も無駄ではなかったんだもの。そこで研究されてきた、正しい魔法の在りかたは、どう考えたって世界のためになるわ」
「テック、アナ。どうしたの、こんな道端で」
「ショーン。お前は魔法をどう思う」
「いきなりだな。―――魔法は、毒だ」
「どうして、ショーン。魔法の良い使い方、その基礎理論なら私たちは道徳として学んできたでしょう」
「それは、ただの道徳だよ。道徳は人間じゃない。人間が作ったという意味では魔法も道徳も同じで、抜け道が見つかって戦争はまた起きる」
アナはその日からしばらく、ショーンと話さなくなった。ショーンが言った事がよほどショックだったのだろう。
条約記念パーティーは夕方から、冒険学校近くの修道院で開かれた。
しかし突然欠席したアナに気を遣い、テックとショーンはパーティーを早々と退席した。
「ショーン。戦争が起きるなんて、たとえ思ってても言っちゃダメだ。やっぱり、アナには謝った方がいい」
「ボク、実はテックたちに、いや、みんなに隠してた事があるんだ」
そう言うとショーンは、テックの前で火の玉を作ってみせた。
「ボクの家系は隠れ魔術師の一族。だから戦争の怖さは、誰よりも知っているのさ」
特別に魔法を扱ってきた十三傑の活躍により、魔法の存在が人間を害する禁忌であるという大原則が変わったのだ。
「魔法によって人間の文化、経済、またそれらに関わる一切の生活が損なわれる事がない限りにおいて、人間による魔法の使用は、これを認める」
世界中央府が発効した、魔法条約第1条の条文だ。
人に迷惑がかからないならば、魔法は誰が使っても良い。つまり、実質的な魔法使用の自由化が公に認められたのである。
「テック。今日は学校、休みよ」
ノジアの学生寮から冒険学校に向かう途中、アナに呼び止められてテックは思い出した。
「アナか。そういえば今日は、なんとかかんとか条約が決まったパーティーの日だな」
「うろ覚えにも程があるけど、まあぶっちゃけそうよ。これで私たちも魔法が使える―――ワクワクしてこない?」
「ショーンが聞いたら怒るぜ。今までやむなく魔法を使うしかないままに命を落とした、何千人もの魔法難民たちはどうなる、ってな」
「うっ。まあ、それはそうだけど」
この世界は完全な平和からは、まだ遠い。
だから戦争は大小あれど続くし、そんな時には、今まで普通に生きてきた人が魔法を使うしかなくなる時が何度もあった。
しかし魔法は原則として禁忌で、その禁忌は人が生きていくためにあった。世界が認めた十三傑やムデュマといった例外でなければ、やはり魔法を使うことは、いかなる理由があっても万死に値する。
それは長い長い間、世界が定めた掟であり続けたのだ。
そして禁忌を侵してまで魔法に手を出した人間は魔法難民というレッテルを貼られ、誰も殺してなくても、傷つけてすらなくても死罪となってきた歴史がある。
「テック。魔法が使えるのは、だったらダメな事なの?」
「―――分からねえ。ただ、魔法を使えるのは、やっぱり良い事ばかりではないだろ。下手したら、賢くて悪いヤツに悪用されて酷い時代になる。十三傑のおかげだからってだけで世間が浮かれすぎだとはショーンじゃなくても、俺も思ってるぜ」
「ショーンはあなたとは違う理由でしょ?あなたのそれは、十三傑を否定したいだけじゃないかな」
「違う、そんなんじゃないんだ。ただ、魔法ってのは単純じゃない気がするだけだ」
「ふーん・・・意外ね。ていうか、まるで魔法で物凄く苦労したおじいさまの主張にそっくりだわ」
アナの祖父の時代には、ある大犯罪者の魔法クーデターが発端となり、魔法推進派と魔法禁忌主義との全面戦争、魔法大戦争がフェセナ大陸を中心に世界全土で勃発した。
それが理由で、ティンフシーにある国政主司館前では大戦争の経験者たちが大規模なデモを敢行しているらしい。
「どうして傷付け合うのかしらね。戦争は終わったんだし、私たちになら新しい時代を良くしていけるはずなのに」
「まあ、そういう考え方はあるけどさ。大戦争の中にいた世代が人間を心から信じる事が出来ないのは、どうしようもない。色々と、どん底で最悪だったんだから」
「もう終わったじゃない。暮らしも良くなった。どこに戦争を予感させるモノがあるの?テックみたいな考えじゃ、逆に戦争しか考えられなくて危険だと思うけど」
「そう、だよな。みんながアナみたいに前を向いて生きていけたら、それが正しい未来なのかも」
テックはまるで、戦争に身を置くような日々を送っているけれど、アナやショーンはそれを知らない。至高の島の一件でさえ、魔法剣の存在はまだガーンダムや教師たちにしか伝わっていないという、テックにとっては壮絶な状況の連続なのだ。
そして、いつ死罪になってもおかしくなかった、ともテックは思う。蛮勇に近い勇ましさだけで走ってきた道は、振り返ればただ禁忌を侵した愚か者の道と否定されたなら、そこで終わる程度の浅くて脆い道でしかないのだ。
「魔法が禁忌だった時代も無駄ではなかったんだもの。そこで研究されてきた、正しい魔法の在りかたは、どう考えたって世界のためになるわ」
「テック、アナ。どうしたの、こんな道端で」
「ショーン。お前は魔法をどう思う」
「いきなりだな。―――魔法は、毒だ」
「どうして、ショーン。魔法の良い使い方、その基礎理論なら私たちは道徳として学んできたでしょう」
「それは、ただの道徳だよ。道徳は人間じゃない。人間が作ったという意味では魔法も道徳も同じで、抜け道が見つかって戦争はまた起きる」
アナはその日からしばらく、ショーンと話さなくなった。ショーンが言った事がよほどショックだったのだろう。
条約記念パーティーは夕方から、冒険学校近くの修道院で開かれた。
しかし突然欠席したアナに気を遣い、テックとショーンはパーティーを早々と退席した。
「ショーン。戦争が起きるなんて、たとえ思ってても言っちゃダメだ。やっぱり、アナには謝った方がいい」
「ボク、実はテックたちに、いや、みんなに隠してた事があるんだ」
そう言うとショーンは、テックの前で火の玉を作ってみせた。
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