マテリアー

永井 彰

文字の大きさ
上 下
56 / 100
グランド・アーク

預言の書

しおりを挟む
 ダランの勘は、果たして当たるのだろうか。

 スフィアたちがヒルミスに到着して、早くも一週間が経過した。
 滞在する分には、特に支障はない。
 壁の心を持つ人々と言えども、最低限の商売はしているらしい。

 治安は良いとは言えなかった。そのため、なけなしのスフィアの所持金もダランが預かる事にした。
 ダランの腕前なら、まず盗まれたり脅し取られたりはしないだろう、というわけだ。


「さて、種は蒔いたが、どうなったか」

 ダランには、既に策があるらしい。すると、乞食がへらへらしながらダランに寄ってきた。

「旦那。まずは、あれを」
「ああ、そうだったな」

 ダランはチップを弾んだ。やり取りからして、スフィアが知らぬ間に何度も顔を会わせているらしい。

「では、案内しまさァ」
「いや、地図をくれ。我々だけで十分だ」

 信用してくれと膨れる乞食だが、さらにチップを渡すとニコニコしながら、目当てがある建物への粗末な地図を描いて寄越した。


 そこは、どう見てもただの酒場であった。
 〈ブラック・ボックス〉と言う名の、いかがわしさすらある怪しげな雰囲気の店だ。

「では、行ってくる」

 そう告げると、ダランはさっさと店に入ってしまった。呆気に取られたのはスフィアだ。
 ただ、ものの数十秒ほどで、すぐにダランはまた姿を現した。

「信頼出来る情報屋は、乞食すら知ってる。後は、地獄の沙汰も金次第だ」

 得意気に言いたいような微妙な顔付きでダランは、心なしか胸を張ったようにスフィアには見えたのだった。

 
「やはり、ここから繋がっていくのだ。さあ、お嬢さん。いよいよキミの出番だ」

 一人で納得した上で、スフィアにも手伝えと言う事のようだ。

「こちらが、かの高名な占い師アポーン先生の一番弟子、スフィーヌ様である」

 スフィアという名前を、迂闊に出すわけにはいかない。仮にも王女である。髪型を工夫して顔だけでは分からないようにはしているが、ダランにもスフィーヌと、実は名乗っているのだ。
 しかも、そんなダランに今度は一芝居打ってもらう。占い師のバーターに扮してもらい、自らはいつも通りの仕事を始めるのだ。

 占いを望むのは、情報屋を兼ねている酒場の主人だ。金には困っておらず、むしろ自らの人生が気になっていたらしいのだ。

 緊張の面持ちを悟られないように、スフィアは占いを始めた。


 スフィアの占いは、水晶占いだ。最も実力が必要な占いの一つである。

「見えます。あなたが川で、大切な人に再会するのが見えます」

 スフィアは魔法使いではないが、霊感が強い。実際、スフィアの占いはまずまず当たり、それゆえにママルマラのハード区でやっていけたのだ。

「川っていやあ、ふむ、心当たりがあんぞ。先生は本物だぁ」

 感服した店主は、ある神秘の書物について語り始めた。


「 預言の書。未来に起きる全てが記されているという、伝説レベルのアイテムがあります。
 それは、ここからまっすぐ東にある、鏡の塔って場所のどこかにあるらしいのです。
 ただ、塔の中は凶暴な魔物でいっぱいな上に、近頃じゃあ、ここで名を上げた大盗賊のワルガーが巣食っておるらしい。
 さらに悪い事には、鏡の塔と言うからには鏡ばりなんです。いくら歴戦の勇者でも、不慣れな戦いを強いられるに違いねえです」


 店主は一息にそれだけ言い終えると、「じゃあ、今日は店じまいなんで」とさっさと二人を追い返した。
 もしかしたら早速、占いの結果を確かめに行くのかもしれないが、それはこの物語とは全く関係ないので、記される事はない。


 鏡の塔に向かいたい所だが、皆さんはお忘れだろうか。
 スフィアは、戦う力がない事を。

「焦るのは分かるが、手がかりは見えた。運命があるのなら、時間は待ってくれるさ」

 そう言うとダランは、町を出る決心をしたのだった。


「お嬢さん、いや、スフィア王女」

 唐突に、ダランは真実を言った。

「黙っていて申し訳ございません。まずは今までの不行き届きな振舞いをお許しください」

 そして、騎士のようにダランは片膝を付き、背筋をしゃんと伸ばしてスフィアの手を取り、そっとその手に口づけをした。


 ママルマラにいた時から、王女の正体に気付いていたのだと言う。
 上級冒険者は、常識も一流である。一国の王女の顔を知らないはずがなかったのだ。

「何か悲しい顔をなさっている姫様を、お助けしないわけには行きませんでした」

 まるで重い罪を犯したように、慎ましく言葉を紡いでいく。あるいは、本当にかつては騎士だったのかもしれない。

「顔を上げてください、ダランさん。今、私は王女ではありません」

 スフィアはダランに、姿勢を楽にするように伝えた上で続けた。

「理由がなんであれ、私は祖国がなくなるのを見捨てました。だから、私には務めがあります。ワレスを討ち、再びマテリアーを取り戻す。その旅を遂げるため、あなたを師として迎えたいのです」

 スフィアは丁重に頭を下げた。

 一国の王女が、王族でない者に頭を下げる。
 それは途轍もない覚悟が必要な事なのであった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

婚約者の幼馴染?それが何か?

仏白目
恋愛
タバサは学園で婚約者のリカルドと食堂で昼食をとっていた 「あ〜、リカルドここにいたの?もう、待っててっていったのにぃ〜」 目の前にいる私の事はガン無視である 「マリサ・・・これからはタバサと昼食は一緒にとるから、君は遠慮してくれないか?」 リカルドにそう言われたマリサは 「酷いわ!リカルド!私達あんなに愛し合っていたのに、私を捨てるの?」 ん?愛し合っていた?今聞き捨てならない言葉が・・・ 「マリサ!誤解を招くような言い方はやめてくれ!僕たちは幼馴染ってだけだろう?」 「そんな!リカルド酷い!」 マリサはテーブルに突っ伏してワアワア泣き出した、およそ貴族令嬢とは思えない姿を晒している  この騒ぎ自体 とんだ恥晒しだわ タバサは席を立ち 冷めた目でリカルドを見ると、「この事は父に相談します、お先に失礼しますわ」 「まってくれタバサ!誤解なんだ」 リカルドを置いて、タバサは席を立った

婚約者の浮気相手が子を授かったので

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ファンヌはリヴァス王国王太子クラウスの婚約者である。 ある日、クラウスが想いを寄せている女性――アデラが子を授かったと言う。 アデラと一緒になりたいクラウスは、ファンヌに婚約解消を迫る。 ファンヌはそれを受け入れ、さっさと手続きを済ませてしまった。 自由になった彼女は学校へと戻り、大好きな薬草や茶葉の『研究』に没頭する予定だった。 しかし、師であるエルランドが学校を辞めて自国へ戻ると言い出す。 彼は自然豊かな国ベロテニア王国の出身であった。 ベロテニア王国は、薬草や茶葉の生育に力を入れているし、何よりも獣人の血を引く者も数多くいるという魅力的な国である。 まだまだエルランドと共に茶葉や薬草の『研究』を続けたいファンヌは、エルランドと共にベロテニア王国へと向かうのだが――。 ※表紙イラストはタイトルから「お絵描きばりぐっどくん」に作成してもらいました。 ※完結しました

夫から国外追放を言い渡されました

杉本凪咲
恋愛
夫は冷淡に私を国外追放に処した。 どうやら、私が使用人をいじめたことが原因らしい。 抵抗虚しく兵士によって連れていかれてしまう私。 そんな私に、被害者である使用人は笑いかけていた……

信用してほしければそれ相応の態度を取ってください

haru.
恋愛
突然、婚約者の側に見知らぬ令嬢が居るようになった。両者共に恋愛感情はない、そのような関係ではないと言う。 「訳があって一緒に居るだけなんだ。どうか信じてほしい」 「ではその事情をお聞かせください」 「それは……ちょっと言えないんだ」 信じてと言うだけで何も話してくれない婚約者。信じたいけど、何をどう信じたらいいの。 二人の行動は更にエスカレートして周囲は彼等を秘密の関係なのではと疑い、私も婚約者を信じられなくなっていく。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

ヒューストン家の惨劇とその後の顛末

よもぎ
恋愛
照れ隠しで婚約者を罵倒しまくるクソ野郎が実際結婚までいった、その後のお話。

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

処理中です...