『世界統合に伴う大型アップデートのお知らせ』

葉月+(まいかぜ)

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EP02「異郷にて」

SCENE-002

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 あくる日。
 腹部の違和感に目を覚ました私が、カガリもいるベッドの上で散々のたうち回った末、一緒に寝ていたアンバースライムこいびととは似ても似つかないを一匹、ぽこりと生み落としたものだから。ただでさえ嫉妬深く、独占欲の強いカガリの機嫌は、朝から地を這っていた。



「ミリーの浮気者……」
「ごめんって」
 私としては、もちろん故意にやらかしたことではない。
 とはいえまったく心当たりがない、というわけでもなかったし。膨らみかけのビーチボールくらいの大きさで、硬いシリコン製の『皮』に柔らかめのシリコンでも詰まっていそうな触感をした真珠色のスライムを、怒り心頭のカガリから咄嗟に庇うよう抱きかかえてしまったのも、良くなかったのだろうけど。
「本当に悪いと思ってるなら、そいつをこっちに寄越して」
「渡したらキーラに酷いことするでしょ」
「名前までつけたの? 信じられない……」
 見るからに月女神と関係ありそうな――十中八九、昨日のクエスト報酬にあった『神造生物』に違いない――このスライムを生むのに私が費やした労力は、カガリが気軽に〔托卵〕してくるサクリファイススライムとは雲泥の差で。
 私が寝ている間にどこからか湧いてきたスライム一匹分の質量ではち切れんばかりに膨らんでいたお腹の苦しさもさることながら、それを生み落とすのにも、今までの〔托卵〕はなんだったんだといっそ腹が立ってくるほどの痛みと苦しみを味わう破目になったものだから。
 せめて、あれだけの辛苦に耐えた甲斐はあったのだと思いたくて。

 怒れるカガリへ煮るなり焼くなりお好きにどうぞ、と生贄よろしく差し出すのが惜しくなってしまったキーラのことを、私が胸に抱えて放さないでいると。
 巣穴の前をうろつく猛獣よろしく、私がいるベッドの周りを落ち着きなく歩き回っていたカガリが唐突に崩れ落ちるよう、ベッドの上に上半身を突っ伏して動かなくなる。
「酷いことをされたのは僕の方だよ……ミリーがあいつの【代行者】にされたことだってはらわたが煮えくりかえるほど腹立たしいのに。インマヌエルなんて……」

 怒りが喉元を過ぎて、嘆きの段階に入ったらしい。



「インマヌエル?」
「……〔神性受胎〕。あいつがミリーを孕ませたスキルだよ」
 耳慣れない単語を、私がオウム返しにすると。ベッドに突っ伏したままのカガリから、この状況でそんなことが気になるのかとでも言いたげな、批難がましい声で返事があった。

 この状況でそんなことが気になっているような私が聞けば律儀に答えてくれるあたり、カガリも大概、私に甘い。

「〔托卵〕とは違うの?」
「僕がいて、ミリーに〔托卵〕なんてさせるわけない」
 そんな〝もしも〟について想像するだけでたまらなく不快だと、カガリは露骨に苦い声を出し。幸せどころか魂まで落としてしまいそうなほど深くて長い溜め息の末、重い体を引きずるようにベッドの上へと戻ってきた。



 キーラのことは視界へ入れるのも嫌そうに、ベッドの上でぐんなりしている私の背中へくっついてきて。いつにも増して慎重に、そっと腰に回された腕が、キーラを生むまではぽっこりと見事に膨らんでいた、今はその名残もなく平坦なお腹を撫でてくる。
「〔神性受胎インマヌエル〕は向こうの神性かみが自分の信徒に眷属を生ませるスキルだよ。アナンシエイション……〔聖告〕があったでしょ」
「あれが告知と言われてみれば、そんな感じの夢を見た気もする」
「孕まされる側の〔信仰〕も成否に影響するから、〔聖告〕で補助しても失敗する方が普通なんだよ。それなのにミリーときたら。簡単に孕まされた挙句、そいつを庇うし……」

 ぶつくさ言いながらも、朝から慣れないことをさせられて、すっかり疲れ切っている――濁ったHPヘルスと削れたLPライフはポーションで回復できても、疲労はどうにもならない――私のことを労るよう触れてくるカガリの手と、背中の体温が心地良くて。
 つい、うとうとと瞼が落ちた。

 ……寝そう……。
「ミリー?」
「聞いてる……ちゃんと聞いてるから……」
「眠いなら寝ていいよ」
 優しく唆してくるカガリの手が、シーツを引っ張り上げたついでにキーラを掴み、私の腕から引き抜こうとしてくる。
「駄目だってば……」
 目は閉じたまま、体を丸めてそれに抗っていると。
 これみよがしの溜め息を吐いたカガリが、キーラを放したその手で私の腕をぽすぽす叩いた。
「ベッドの上から下ろすだけだよ」
「勝手に食べたりしない……?」
「それだけは天地がひっくり返ってもありえないから心配しなくていい」
 ……ほんとかなぁ……?
 なにしろカガリには前科があるので。
 すっかり重くなった瞼を苦労して開けた私が、カガリのことを振り返って目を合わせると。キーラに対する敵愾心よりも、疲れて寝落ちしそうになっている私のことを労る気持ちの方が勝ったらしいカガリの唇が、私の視界を塞ぐように触れてくる。
「ミリーがどうしてもダメって言うなら我慢するよ。ミリーが寝てる間にそいつを痛めつけたりしない。約束するから、ゆっくり休んで」
 無理矢理取り上げようとするのではなく、やんわりと促してくるカガリの手にまんまと絆された私が、カガリに対する警戒とともに腕の力を緩めると。
 今度こそ、私の手元から引き抜かれていったキーラのスライムボディは、脱いだ服でも捨てるようベッドの外へと放り投げられて。びたんっ、と鈍い音を響かせた。

「なげた……」
「スライムには痛覚がないんだから、あれくらい痛くもなんともないよ」
「下の階に音が響くから、近所迷惑でしょ」
 投げ落とされてしまったキーラのことも、もちろん気がかりではあるけれど。
 さすがに、あれくらいのことでどうにかなってしまうほど脆いとは思いたくなかったので。私が、集合住宅暮らしとは切っても切り離せないご近所付き合いの心配ばかりしていると。それを聞いたカガリはくすりと笑い、キーラのことを捨てたその手で、ベッドの上に投げ出していた私の手を握ってくる。
「下に住んでるやつが何か言ってきたら、僕が黙らせてあげる」
「かわいそうじゃない……」

 〔擬態〕が解けかけているのか、それともまた〔分裂〕でもしたのか。シーツの下で、冷えた足先が温かなスライムにとろりと包まれる感触がして。
 それからいくらもしないうち、私の意識はふつりと途切れた。
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