『世界統合に伴う大型アップデートのお知らせ』

葉月+(まいかぜ)

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EP01「〔魔女獄門〕事変」

SCENE-052

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 浴室には、現世の私が普段から使っているヘアケア用品も並んでいるのに。カガリは幻世のホームにストックしてあったバーミリオン用のものを、自分の〔胃袋〕からわざわざ取り出して。『【魔女術師ウィッチクラフター】謹製』であることを端的に証明する、幻世では今のところ、神殿に異端認定された【魔女術師】以外に使い手の確認されていない魔女の術れんきんじゅつによって作られた特製の小瓶に詰められたシャンプーを、しっとり濡らした私の髪にとろりと垂らした。

 ……『バーミリオン用』がこっちの私の体質に合わないとかだったら、確かにことにはなりそう。
 もちろん、カガリがそんなつもりで『いつものシャンプー』を持ち出してきたのではないと、私はわかっているし、カガリの〔胃袋〕経由で現世に持ち込んだ幻世の食材を口にして(なんなら調理も幻世の神性の力を借りた魔法系クラフトれんきんじゅつでやった)、ポーションもがぶ飲みしているのだから、今更といえば今更だけど。直接肌に触れるこの手の――そもそも人によって体質的に合う合わないがあるような――スキンケア、ヘアケア用品は、魔物由来の魔力を帯びた素材を使っているという事実を抜きにしても、なんのバフもついていない『ただの料理』や誰が飲んでも同じように効果のあるポーション類とは違うベクトルで、私の不安を煽ってくる。

 AWOのアバターとは違う現世の生身の体に、体質的に合わない化粧品の類を使うと、どうなるか。わかりやすくまとめられた動画でも探してきて、そのうちカガリに見せた方がいいのかもしれないな、とは思いつつ。
「ミリー?」
 私の顔色の変化には敏感で。名前を呼ぶ声の響きでどうかしたのかとお伺いを立ててくるカガリには、今のところ不都合は無いという意味で「なんでもない」と答えておいた。
 ……少しくらい肌荒れしたって、今なら簡単に治せるし。

 ただ髪を洗われるのとは違う、頭皮を揉み込むマッサージ混じりの手つきが気持ち良くて。うっとりとしているうちに、細かいことはどうでもよくなってしまったとも言う。

   ◇ ◇ ◇  

 バーミリオンの体から女神が触れた痕跡――こびりついた魔力の気配におい――を洗い流すだけでは気が済まず、これは己のものだと所有権を主張するよう、カガリの魔力においで上書きして。
 バーミリオンの体から、バーミリオン自身の魔力よりも強くカガリの魔力が香るようになって、ようやく。バーミリオンにだけは気取られないようひた隠しにしていた内心の怒りや苛立ちが慰められるのを、カガリは感じた。

 ……ずるいなぁ。
 盲目的と言えるほどの信仰心を持たずとも、ただ形ばかり祈るだけで神性かみ権能ちからを思うがままに引き出すことができるほどの、優れた、という言葉だけでは到底言い表すことができないほどに、卓越した神子。
 その手にかかれば異郷の荒ぶる神でさえ、バーミリオン自身が特別何かをする必要さえなく、こうも容易く鎮められてしまうのだから、凄まじいとしか言いようがない。


                                    
「ミリー、終わったよ」
 カガリに髪を洗わせているうち、瞬きの回数が増えていき、次第に間隔も長くなって。そのうち閉じた瞼が開かなくなってしまった、痩せっぽちの少女。
 バスタブにもたれながら寝息を立てているバーミリオンを起こさないよう、ひそめた声で呼びかけて。返らぬ応えに、カガリは仕方がないなと目を細めた。
「お風呂で寝ちゃうなんて、ミリーの方こそ、溺れたらどうするのさ。僕と違ってミリーは息ができないと苦しいのに」

 そうは言っても、カガリが傍についていて、バーミリオンを溺れさせることなどありはしないのだが。


                                    
「ミリーが心配だから、僕も一緒に入っていい?」
 バーミリオンが首から下げている、アンバーのペンダント。
 革紐で巻いた一粒のアンバー――カガリとバーミリオンが、こちら側の世界で初めて作った『身代わりのアミュレット』――を僅かに逸れた濡れ肌にちゅっ、と口づけて。バスタブの外からバーミリオンの胸元へと屈み込んだカガリの、エルフを模した〔擬態〕がどろっ、と解け落ちる。

 そのまま、スライムというより棲み家の沼へ戻ろうとするマッドマンの如きもったりとした動きでバスタブの中へと滑り込んだカガリは、アンバースライムの体よりも薄く、妖蜜スライムハニーのそれに近い蜜色の湯を追い退けるようバーミリオンの肢体へ絡みつき、その、人でいうところの『手』であり『舌』であるスライムの体を押しつけた。

   ◇ ◇ ◇   

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