54 / 63
EP01「〔魔女獄門〕事変」
SCENE-052
しおりを挟む
浴室には、現世の私が普段から使っているヘアケア用品も並んでいるのに。カガリは幻世のホームにストックしてあったバーミリオン用のものを、自分の〔胃袋〕からわざわざ取り出して。『【魔女術師】謹製』であることを端的に証明する、幻世では今のところ、神殿に異端認定された【魔女術師】以外に使い手の確認されていない魔女の術によって作られた特製の小瓶に詰められたシャンプーを、しっとり濡らした私の髪にとろりと垂らした。
……『バーミリオン用』がこっちの私の体質に合わないとかだったら、確かに酷いことにはなりそう。
もちろん、カガリがそんなつもりで『いつものシャンプー』を持ち出してきたのではないと、私はわかっているし、カガリの〔胃袋〕経由で現世に持ち込んだ幻世の食材を口にして(なんなら調理も幻世の神性の力を借りた魔法系クラフトでやった)、ポーションもがぶ飲みしているのだから、今更といえば今更だけど。直接肌に触れるこの手の――そもそも人によって体質的に合う合わないがあるような――スキンケア、ヘアケア用品は、魔物由来の魔力を帯びた素材を使っているという事実を抜きにしても、なんのバフもついていない『ただの料理』や誰が飲んでも同じように効果のあるポーション類とは違うベクトルで、私の不安を煽ってくる。
AWOのアバターとは違う現世の生身の体に、体質的に合わない化粧品の類を使うと、どうなるか。わかりやすくまとめられた動画でも探してきて、そのうちカガリに見せた方がいいのかもしれないな、とは思いつつ。
「ミリー?」
私の顔色の変化には敏感で。名前を呼ぶ声の響きでどうかしたのかとお伺いを立ててくるカガリには、今のところ不都合は無いという意味で「なんでもない」と答えておいた。
……少しくらい肌荒れしたって、今なら簡単に治せるし。
ただ髪を洗われるのとは違う、頭皮を揉み込むマッサージ混じりの手つきが気持ち良くて。うっとりとしているうちに、細かいことはどうでもよくなってしまったとも言う。
◇ ◇ ◇
バーミリオンの体から女神が触れた痕跡――こびりついた魔力の気配――を洗い流すだけでは気が済まず、これは己のものだと所有権を主張するよう、カガリの魔力で上書きして。
バーミリオンの体から、バーミリオン自身の魔力よりも強くカガリの魔力が香るようになって、ようやく。バーミリオンにだけは気取られないようひた隠しにしていた内心の怒りや苛立ちが慰められるのを、カガリは感じた。
……ずるいなぁ。
盲目的と言えるほどの信仰心を持たずとも、ただ形ばかり祈るだけで神性の権能を思うがままに引き出すことができるほどの、優れた、という言葉だけでは到底言い表すことができないほどに、卓越した神子。
その手にかかれば異郷の荒ぶる神でさえ、バーミリオン自身が特別何かをする必要さえなく、こうも容易く鎮められてしまうのだから、凄まじいとしか言いようがない。
「ミリー、終わったよ」
カガリに髪を洗わせているうち、瞬きの回数が増えていき、次第に間隔も長くなって。そのうち閉じた瞼が開かなくなってしまった、痩せっぽちの少女。
バスタブにもたれながら寝息を立てているバーミリオンを起こさないよう、ひそめた声で呼びかけて。返らぬ応えに、カガリは仕方がないなと目を細めた。
「お風呂で寝ちゃうなんて、ミリーの方こそ、溺れたらどうするのさ。僕と違ってミリーは息ができないと苦しいのに」
そうは言っても、カガリが傍についていて、バーミリオンを溺れさせることなどありはしないのだが。
「ミリーが心配だから、僕も一緒に入っていい?」
バーミリオンが首から下げている、アンバーのペンダント。
革紐で巻いた一粒のアンバー――カガリとバーミリオンが、こちら側の世界で初めて作った『身代わりのアミュレット』――を僅かに逸れた濡れ肌にちゅっ、と口づけて。バスタブの外からバーミリオンの胸元へと屈み込んだカガリの、エルフを模した〔擬態〕がどろっ、と解け落ちる。
そのまま、スライムというより棲み家の沼へ戻ろうとするマッドマンの如きもったりとした動きでバスタブの中へと滑り込んだカガリは、アンバースライムの体よりも薄く、妖蜜のそれに近い蜜色の湯を追い退けるようバーミリオンの肢体へ絡みつき、その、人でいうところの『手』であり『舌』であるスライムの体を押しつけた。
◇ ◇ ◇
……『バーミリオン用』がこっちの私の体質に合わないとかだったら、確かに酷いことにはなりそう。
もちろん、カガリがそんなつもりで『いつものシャンプー』を持ち出してきたのではないと、私はわかっているし、カガリの〔胃袋〕経由で現世に持ち込んだ幻世の食材を口にして(なんなら調理も幻世の神性の力を借りた魔法系クラフトでやった)、ポーションもがぶ飲みしているのだから、今更といえば今更だけど。直接肌に触れるこの手の――そもそも人によって体質的に合う合わないがあるような――スキンケア、ヘアケア用品は、魔物由来の魔力を帯びた素材を使っているという事実を抜きにしても、なんのバフもついていない『ただの料理』や誰が飲んでも同じように効果のあるポーション類とは違うベクトルで、私の不安を煽ってくる。
AWOのアバターとは違う現世の生身の体に、体質的に合わない化粧品の類を使うと、どうなるか。わかりやすくまとめられた動画でも探してきて、そのうちカガリに見せた方がいいのかもしれないな、とは思いつつ。
「ミリー?」
私の顔色の変化には敏感で。名前を呼ぶ声の響きでどうかしたのかとお伺いを立ててくるカガリには、今のところ不都合は無いという意味で「なんでもない」と答えておいた。
……少しくらい肌荒れしたって、今なら簡単に治せるし。
ただ髪を洗われるのとは違う、頭皮を揉み込むマッサージ混じりの手つきが気持ち良くて。うっとりとしているうちに、細かいことはどうでもよくなってしまったとも言う。
◇ ◇ ◇
バーミリオンの体から女神が触れた痕跡――こびりついた魔力の気配――を洗い流すだけでは気が済まず、これは己のものだと所有権を主張するよう、カガリの魔力で上書きして。
バーミリオンの体から、バーミリオン自身の魔力よりも強くカガリの魔力が香るようになって、ようやく。バーミリオンにだけは気取られないようひた隠しにしていた内心の怒りや苛立ちが慰められるのを、カガリは感じた。
……ずるいなぁ。
盲目的と言えるほどの信仰心を持たずとも、ただ形ばかり祈るだけで神性の権能を思うがままに引き出すことができるほどの、優れた、という言葉だけでは到底言い表すことができないほどに、卓越した神子。
その手にかかれば異郷の荒ぶる神でさえ、バーミリオン自身が特別何かをする必要さえなく、こうも容易く鎮められてしまうのだから、凄まじいとしか言いようがない。
「ミリー、終わったよ」
カガリに髪を洗わせているうち、瞬きの回数が増えていき、次第に間隔も長くなって。そのうち閉じた瞼が開かなくなってしまった、痩せっぽちの少女。
バスタブにもたれながら寝息を立てているバーミリオンを起こさないよう、ひそめた声で呼びかけて。返らぬ応えに、カガリは仕方がないなと目を細めた。
「お風呂で寝ちゃうなんて、ミリーの方こそ、溺れたらどうするのさ。僕と違ってミリーは息ができないと苦しいのに」
そうは言っても、カガリが傍についていて、バーミリオンを溺れさせることなどありはしないのだが。
「ミリーが心配だから、僕も一緒に入っていい?」
バーミリオンが首から下げている、アンバーのペンダント。
革紐で巻いた一粒のアンバー――カガリとバーミリオンが、こちら側の世界で初めて作った『身代わりのアミュレット』――を僅かに逸れた濡れ肌にちゅっ、と口づけて。バスタブの外からバーミリオンの胸元へと屈み込んだカガリの、エルフを模した〔擬態〕がどろっ、と解け落ちる。
そのまま、スライムというより棲み家の沼へ戻ろうとするマッドマンの如きもったりとした動きでバスタブの中へと滑り込んだカガリは、アンバースライムの体よりも薄く、妖蜜のそれに近い蜜色の湯を追い退けるようバーミリオンの肢体へ絡みつき、その、人でいうところの『手』であり『舌』であるスライムの体を押しつけた。
◇ ◇ ◇
0
お気に入りに追加
21
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
俺だけ永久リジェネな件 〜パーティーを追放されたポーション生成師の俺、ポーションがぶ飲みで得た無限回復スキルを何故かみんなに狙われてます!〜
早見羽流
ファンタジー
ポーション生成師のリックは、回復魔法使いのアリシアがパーティーに加入したことで、役たたずだと追放されてしまう。
食い物に困って余ったポーションを飲みまくっていたら、気づくとHPが自動で回復する「リジェネレーション」というユニークスキルを発現した!
しかし、そんな便利なスキルが放っておかれるわけもなく、はぐれ者の魔女、孤高の天才幼女、マッドサイエンティスト、魔女狩り集団、最強の仮面騎士、深窓の令嬢、王族、謎の巨乳魔術師、エルフetc、ヤバい奴らに狙われることに……。挙句の果てには人助けのために、危険な組織と対決することになって……?
「俺はただ平和に暮らしたいだけなんだぁぁぁぁぁ!!!」
そんなリックの叫びも虚しく、王国中を巻き込んだ動乱に巻き込まれていく。
無双あり、ざまぁあり、ハーレムあり、戦闘あり、友情も恋愛もありのドタバタファンタジー!

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います
霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。
得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。
しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。
傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。
基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。
が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。
[鑑定]スキルしかない俺を追放したのはいいが、貴様らにはもう関わるのはイヤだから、さがさないでくれ!
どら焼き
ファンタジー
ついに!第5章突入!
舐めた奴らに、真実が牙を剥く!
何も説明無く、いきなり異世界転移!らしいのだが、この王冠つけたオッサン何を言っているのだ?
しかも、ステータスが文字化けしていて、スキルも「鑑定??」だけって酷くない?
訳のわからない言葉?を発声している王女?と、勇者らしい同級生達がオレを城から捨てやがったので、
なんとか、苦労して宿代とパン代を稼ぐ主人公カザト!
そして…わかってくる、この異世界の異常性。
出会いを重ねて、なんとか元の世界に戻る方法を切り開いて行く物語。
主人公の直接復讐する要素は、あまりありません。
相手方の、あまりにも酷い自堕落さから出てくる、ざまぁ要素は、少しづつ出てくる予定です。
ハーレム要素は、不明とします。
復讐での強制ハーレム要素は、無しの予定です。
追記
2023/07/21 表紙絵を戦闘モードになったあるヤツの参考絵にしました。
8月近くでなにが、変形するのかわかる予定です。
2024/02/23
アルファポリスオンリーを解除しました。
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

幸福の魔法使い〜ただの転生者が史上最高の魔法使いになるまで〜
霊鬼
ファンタジー
生まれつき魔力が見えるという特異体質を持つ現代日本の会社員、草薙真はある日死んでしまう。しかし何故か目を覚ませば自分が幼い子供に戻っていて……?
生まれ直した彼の目的は、ずっと憧れていた魔法を極めること。様々な地へ訪れ、様々な人と会い、平凡な彼はやがて英雄へと成り上がっていく。
これは、ただの転生者が、やがて史上最高の魔法使いになるまでの物語である。
(小説家になろう様、カクヨム様にも掲載をしています。)
田舎暮らしと思ったら、異世界暮らしだった。
けむし
ファンタジー
突然の異世界転移とともに魔法が使えるようになった青年の、ほぼ手に汗握らない物語。
日本と異世界を行き来する転移魔法、物を複製する魔法。
あらゆる魔法を使えるようになった主人公は異世界で、そして日本でチート能力を発揮・・・するの?
ゆる~くのんびり進む物語です。読者の皆様ものんびりお付き合いください。
感想などお待ちしております。
やっと買ったマイホームの半分だけ異世界に転移してしまった
ぽてゆき
ファンタジー
涼坂直樹は可愛い妻と2人の子供のため、頑張って働いた結果ついにマイホームを手に入れた。
しかし、まさかその半分が異世界に転移してしまうとは……。
リビングの窓を開けて外に飛び出せば、そこはもう魔法やダンジョンが存在するファンタジーな異世界。
現代のごくありふれた4人(+猫1匹)家族と、異世界の住人との交流を描いたハートフルアドベンチャー物語!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる