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EP01「〔魔女獄門〕事変」
SCENE-049
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月女神が自らしたためた契約。
その文言は、現世にステータスシステムが実装されたワルプルギスの夜のように、世界の言葉として、現世に生きるあまねく人々へと届けられた。
神性がもたらす奇跡を直接目の当たりにした私がその事実を知るのは、ネットを介して観測できる『世間』がもう少し賑やかになってからのこと。
「私の、星……?」
目の前で起きたことしか知らないでいる私の関心は、もっぱら、カガリが口にした身に覚えのない言葉へと向けられていた。
……あのダンジョン・コアのことを言ってるの?
月女神が自らしたためた契約書にも『祈りの星』というフレーズが出てきたし、すぐそこに立っている女神像の手元には、『ダ・ヴィンチの星』や『星型八面体』と呼ばれる形状の、それこそ星のように輝く結晶体が浮いている。
この符合が、まさか偶然の一致なわけもない。
「ミリーが祈って、ミリーのために創られて、ミリーに与えられた『祈りの星』だ。ここには女神への信仰を禁じる決まりも、自分たちを見捨てた神への信仰に縋る有象無象もいないんだから、あれは異端者が落ちる地獄の門にはなり得ない。〔魔女獄門〕なんて、似合わないよ」
私の邪魔にならないように離れていたカガリがまた、私のことを絡め取るようにぎゅっ、と抱きついてくる。
「神によって祝福されたものだけがくぐることのできる門があったとして、その先にあるのはなんだと思う?」
その答えは、カガリが勿体振る様子もなく指を差して見せた晶紙――神性自身の手によって書き記された言葉の中――にあった。
……〔黄昏の園〕。
「『楽園』……?」
神性が関わる『園』と言えば、そういうものだと、相場は決まっている。
「そうだよ」
よくできましたと、小さな子供でも褒めるよう私の頭を撫でたカガリの手が、視線を誘うよう芝居がかった仕草で伸ばされて。私の魔力に支えられ、宙に浮かんだ晶紙に触れる。
「っ……」
その瞬間、私の目と鼻の先で、目が眩むほどの輝きとともに、金色の魔力が弾けた。
……まぶしっ。
目を閉じていてもわかるくらい強い輝きと大きな魔力が、祭壇の中央めがけて飛んでいく。
カガリが触れて、それ自体が燃え盛る火の玉のような『魔力の塊』に姿を変えた晶紙は、細かな魔力の粒子を火の粉のように撒き散らしながら、女神像の手元に浮かぶ星型の結晶体へと向かっていき、そのまま吸い込まれるよう、瞼越しに感じる輝きと、魔力の気配を小さくしていった。
まだ違和感が残っているような気のする目をそろりと開け、ともすれば目を焼かれてしまいかねないと、恐ろしくなるほどの輝きから咄嗟に背けていた顔を戻すと。
……うわ……。
それまでは結晶柱や女神像が放つ淡い輝きにぼんやりと照らされているだけだった祭壇の中を、星屑のように煌めく魔力が舞っていた。
カガリが触れた晶紙の輝きと魔力を取り込んだ星型の結晶体は、もともとオレンジ色がかっていた輝きに炎のような赤味を足され、夕焼けをそのまま閉じ込めたような色に変わっている。
……もっと綺麗になった……。
黄昏色に輝く結晶体の、えもいわれぬ美しさに魅入られたよう、女神像の手元を照らす『祈りの星』から、私が目を離せなくなると。
そんな私の視線を、顔の前に翳されたカガリの手が遮った。
「ミリー、契約用の晶紙をもう一枚出して」
そうやって目を塞ぐなら、眩しいことをする前にやってくれたらよかったのに。
「……契約なら、さっきのでいいんじゃないの?」
「あの文言だと人から溢れる魔力の問題は解決しないし、異邦人が〔黄昏の園〕に入ることもできないよ」
もちろんミリーは別だけど、なんて。カガリはなんでもないことのよう軽い調子で言いながら、私がインベントリから取り出した二枚目の晶紙を受け取った。
その手から、カガリの魔力を纏った晶紙がふわりと浮き上がる。
「『〔黄昏の園〕は開かれた』のに?」
「あれは天地開闢、『〔黄昏の園〕が創られた』って意味だよ。ダンジョンとして使わせるとはどこにも書いてなかったから、条件を決めて許可を与えるのがミリーの仕事なんじゃない?」
……そう言われると、そんな気もしてきた。
カガリが差し出してきたペンを受け取って、魔力を纏わせながら宙へと放す。
[【代行者】バーミリオンの名において、すべての子供たちの前に〔黄昏の園〕はその門を開き、祈りと奉仕によって神の恩寵へと報いるものだけが、その恩恵を享受できるものとする。]
そこまで書いたところで、私が自分で支えているわけでもない晶紙をユージンの方へと向き直らせた。
「その後に、こう続けて」
晶紙の傍に浮いていたペンを捕まえたユージンは、カガリが宙に放した小瓶からペン先にインクを足すと、躊躇う素振りも見せず、私が告げたとおりの言葉で余白を埋めていく。
[星の輝きが、幾久しくこの天地を照らさんことを。]
それで終わりと、私が手を伸ばしてペンを回収すると。もっと長い文章を書かされるとでも思っていたのか、ユージンは拍子抜けしたような顔をした。
「……これだけか?」
「こんなものでしょ」
ねぇ? と同意を求めて振り返った私に、カガリが微笑む。
「そうだね」
その手がおもむろに、ユージンの手元から私の手元へと戻ってきた晶紙に翳される。
「『裁きを司る太陽』の名において、ここに契約は結ばれた」
……あっ。
その文言は、現世にステータスシステムが実装されたワルプルギスの夜のように、世界の言葉として、現世に生きるあまねく人々へと届けられた。
神性がもたらす奇跡を直接目の当たりにした私がその事実を知るのは、ネットを介して観測できる『世間』がもう少し賑やかになってからのこと。
「私の、星……?」
目の前で起きたことしか知らないでいる私の関心は、もっぱら、カガリが口にした身に覚えのない言葉へと向けられていた。
……あのダンジョン・コアのことを言ってるの?
月女神が自らしたためた契約書にも『祈りの星』というフレーズが出てきたし、すぐそこに立っている女神像の手元には、『ダ・ヴィンチの星』や『星型八面体』と呼ばれる形状の、それこそ星のように輝く結晶体が浮いている。
この符合が、まさか偶然の一致なわけもない。
「ミリーが祈って、ミリーのために創られて、ミリーに与えられた『祈りの星』だ。ここには女神への信仰を禁じる決まりも、自分たちを見捨てた神への信仰に縋る有象無象もいないんだから、あれは異端者が落ちる地獄の門にはなり得ない。〔魔女獄門〕なんて、似合わないよ」
私の邪魔にならないように離れていたカガリがまた、私のことを絡め取るようにぎゅっ、と抱きついてくる。
「神によって祝福されたものだけがくぐることのできる門があったとして、その先にあるのはなんだと思う?」
その答えは、カガリが勿体振る様子もなく指を差して見せた晶紙――神性自身の手によって書き記された言葉の中――にあった。
……〔黄昏の園〕。
「『楽園』……?」
神性が関わる『園』と言えば、そういうものだと、相場は決まっている。
「そうだよ」
よくできましたと、小さな子供でも褒めるよう私の頭を撫でたカガリの手が、視線を誘うよう芝居がかった仕草で伸ばされて。私の魔力に支えられ、宙に浮かんだ晶紙に触れる。
「っ……」
その瞬間、私の目と鼻の先で、目が眩むほどの輝きとともに、金色の魔力が弾けた。
……まぶしっ。
目を閉じていてもわかるくらい強い輝きと大きな魔力が、祭壇の中央めがけて飛んでいく。
カガリが触れて、それ自体が燃え盛る火の玉のような『魔力の塊』に姿を変えた晶紙は、細かな魔力の粒子を火の粉のように撒き散らしながら、女神像の手元に浮かぶ星型の結晶体へと向かっていき、そのまま吸い込まれるよう、瞼越しに感じる輝きと、魔力の気配を小さくしていった。
まだ違和感が残っているような気のする目をそろりと開け、ともすれば目を焼かれてしまいかねないと、恐ろしくなるほどの輝きから咄嗟に背けていた顔を戻すと。
……うわ……。
それまでは結晶柱や女神像が放つ淡い輝きにぼんやりと照らされているだけだった祭壇の中を、星屑のように煌めく魔力が舞っていた。
カガリが触れた晶紙の輝きと魔力を取り込んだ星型の結晶体は、もともとオレンジ色がかっていた輝きに炎のような赤味を足され、夕焼けをそのまま閉じ込めたような色に変わっている。
……もっと綺麗になった……。
黄昏色に輝く結晶体の、えもいわれぬ美しさに魅入られたよう、女神像の手元を照らす『祈りの星』から、私が目を離せなくなると。
そんな私の視線を、顔の前に翳されたカガリの手が遮った。
「ミリー、契約用の晶紙をもう一枚出して」
そうやって目を塞ぐなら、眩しいことをする前にやってくれたらよかったのに。
「……契約なら、さっきのでいいんじゃないの?」
「あの文言だと人から溢れる魔力の問題は解決しないし、異邦人が〔黄昏の園〕に入ることもできないよ」
もちろんミリーは別だけど、なんて。カガリはなんでもないことのよう軽い調子で言いながら、私がインベントリから取り出した二枚目の晶紙を受け取った。
その手から、カガリの魔力を纏った晶紙がふわりと浮き上がる。
「『〔黄昏の園〕は開かれた』のに?」
「あれは天地開闢、『〔黄昏の園〕が創られた』って意味だよ。ダンジョンとして使わせるとはどこにも書いてなかったから、条件を決めて許可を与えるのがミリーの仕事なんじゃない?」
……そう言われると、そんな気もしてきた。
カガリが差し出してきたペンを受け取って、魔力を纏わせながら宙へと放す。
[【代行者】バーミリオンの名において、すべての子供たちの前に〔黄昏の園〕はその門を開き、祈りと奉仕によって神の恩寵へと報いるものだけが、その恩恵を享受できるものとする。]
そこまで書いたところで、私が自分で支えているわけでもない晶紙をユージンの方へと向き直らせた。
「その後に、こう続けて」
晶紙の傍に浮いていたペンを捕まえたユージンは、カガリが宙に放した小瓶からペン先にインクを足すと、躊躇う素振りも見せず、私が告げたとおりの言葉で余白を埋めていく。
[星の輝きが、幾久しくこの天地を照らさんことを。]
それで終わりと、私が手を伸ばしてペンを回収すると。もっと長い文章を書かされるとでも思っていたのか、ユージンは拍子抜けしたような顔をした。
「……これだけか?」
「こんなものでしょ」
ねぇ? と同意を求めて振り返った私に、カガリが微笑む。
「そうだね」
その手がおもむろに、ユージンの手元から私の手元へと戻ってきた晶紙に翳される。
「『裁きを司る太陽』の名において、ここに契約は結ばれた」
……あっ。
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