『世界統合に伴う大型アップデートのお知らせ』

葉月+(まいかぜ)

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EP01「〔魔女獄門〕事変」

SCENE-048

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「ジーン、こっちに来て」
 場数を踏んでいるだけあって、さすがに用心深いユージンは、私に呼ばれたからといって二つ返事で祭壇の中に入ってくる……なんて真似はしない。
「入って大丈夫なんだろうな?」
 ここに、とユージンが目を落とした先では、限りなく飴色に近い、深くて艶のある色味のアンバーが、つるりと地面を覆っている。

 私が最初に見たときは五本の結晶柱に囲まれ、月女神の像を中心に置く『祭壇』の内側にきちんと収まっていた蜜色の床は、それこそ零した蜜が垂れ広がるように、今では結晶柱より外側までその範囲を広げていた。

 ユージンは当然のよう、じわじわと広がっていく蜜色の床よりも外側に立っていて。私の気のせいでなければ、その立ち位置は、月女神に祈るため、私がユージンから目を離す前よりも祭壇から遠ざかっている。

 ユージンの態度からは、カガリに対する不信がありありと透けて見えていた。

 ……カガリのことを信じてないというか、カガリならやりかねないと確信してるしんじてるというか……。
 それでいて、現世での初対面の時といい、イベント会場で分かれた時といい、私――これでも、随分大切にされていると自覚のある身内――のことを簡単に任せてしまうのだから、利口な義兄あにの思考回路は難解だ。


                                    
「私が招いてるんだから、大丈夫に決まってるでしょ」
「本当かよ……」

 ユージンがあまりにも警戒するものだから。なんとなく、私も固唾を呑むような気持ちでその瞬間を見守ってしまったわけだけど。
 見るからに気乗りしない様子で足を踏み出したユージンが、祭壇の外まで垂れ広がった蜜色の床を踏みつけた途端、天罰のごとく降り注いだ雷に打たれて倒れる……なんてことは、もちろんなくて。

 ごついブーツで猫のよう足音も無く歩くユージンは、そのまま何事もなく女神像の前までやってきた。


                                    
「さっきの話、聞いてた? 私の方に来たクエストなんだけど、月女神さまは『異邦人との契約』をお望みだから、ジーンも手伝って」
 異邦の民、つまるところプレイヤーの代表ね、と。クエストの達成に必要なロールを割り振った私に向けられるユージンの視線には、どことなく生温いものがある。
「色々と言いたいことはあるが……まぁいい。お前に任せると決めたのは他でもない、この俺だからな。責任は取ってやる」
 溜め息混じりだろうと、渋々だろうと、同意は同意だ。
「そうこなくっちゃ」

 インベントリから取り出した、手持ちの中で一番質の良い晶紙しょうし――魔力結晶マテリアを加工して作られる、幻世ではありふれた魔法紙――と、魔法契約用に特別に調合したインクが入った小瓶、『黄金の林檎』が実る樹の枝から作った軸にミスリル製のペン先を付けたペンに魔力を纏わせ、ふわりと宙に浮かび上がらせると。さすがに空気を読んで、私のことを抱き上げていたカガリも腕を緩めた。


                                    
 祭壇の床に下ろされたブーツの底が『賢者の石』の細かい粒を踏み躙り、じゃりっ、と音を立てて。私の罪悪感を煽る。
 ……もったいな……。
 周囲を囲む結晶柱や女神像が放つ仄かな輝きを反射して煌めく赤砂のようなその結晶たちを、カガリはいくらでも湧いてくるものだと思っているからこその扱い、なのだろうけど。

 どうしても気が咎めてしまう私が、女神像の台座として設えられた水盤の縁に届くほど積み上がり、さらさらと周囲に崩れだしている赤砂の範囲から出るよう動くと。カガリはそれをおかしそうに、くすりと笑いながらついてきた。


                                    
 ユージンは、もともと『賢者の石』を踏むような距離まで女神像に近付いていなかったから。女神像の前で、これから契約書になる予定の晶紙を挟み、ユージンと向き合うように立って。
 さて、と宙に浮かべていたインク瓶を手に取り、ポーション瓶に使うような〔密封〕が施されている栓をきゅぽんっ、と引き抜く。

 口の開いた瓶の中身にペン先をちょんっ、と浸けて。余分なインクを瓶の縁で落としながらペンを離すまで。魔力操作の感覚には少しの違和感もなく、いたって良好で。
 このまま契約書を認めるのになんの問題も無いと判断して。準備の出来たペンを、宙に浮かべた晶紙へと近付ける。
「ダンジョンの名前は〔ヘクセントーア〕でいいのよね? 公式からそういうアナウンスが出てたし」
「よくはないだろ」

「えっ?」
 そこへ至るまでの経緯はさておき、結果さえ公式発表通りにまとまれば、それで構わないだろうと。すっかり辻褄合わせをするつもりでいた私が、晶紙の上に下ろしかけていたペンを止めると。
「そうだよ、ミリー」なんて、甘い声とともに手を出してきたカガリが、所在なく宙に浮いているペンを手に取って。私の手から取り上げたインク瓶を、まだ何も書かれていない晶紙の上で傾けた。

「あっ……」
 零れる、と思ったインクは、確かに小瓶の中から零れはしたけど。私が思っていたような形で晶紙を汚すことはなくて。
「ミリーが『魔女』の肩書きを気に入ってるのは知ってるけど、あれはミリーの『星』なんだから」
 晶紙の上に零されたインクは、それこそ魔法のよう、まっさらな晶紙に幻世の文字を浮かび上がらせた。
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