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EP01「〔魔女獄門〕事変」
SCENE-047
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「お前ら……そういうことは、せめて俺から見えないところでやれ」
祭壇ができる前、〔命名〕を終えた直後に同じような流れでカガリとくっついていた時は、何も言ってこなかったくせに。
今回に限って――今の〔魔力譲渡〕が、さほど緊急性のない、カガリがしたくてしているものだと見透かしたよう――祭壇の外にいるユージンが、苦り切った声をかけてきたものだから。
何食わぬ顔で、しらばっくれてしまえばよかったものを。思わず――ギクリ、と――震えた私の肩を、カガリが宥めるように抱いてくる。
……誰のせいだと……。
自分のやったことをすっかり棚に上げてしまったうえで、さも私のことを気遣っています、と言わんばかりの振る舞いに、羞恥が怒りに転じて。カガリを睨むと。
珍しく、カガリは私のことを見ていなくて。
「うるさい。ミリーに指図するな」
私から目を離したカガリの視線は、お世辞にも友好的とは言えない鋭さで、ユージンを睨んでいた。
……美人は怒ると怖いって言うけど……。
カガリくらい度を超した美形だと、『ちょっとイラついてる』くらいの顔つきでも、迫力は満点だ。
その視線の先にいるのが私ではないことが惜しいな、と思えてくるくらい。
「この状況でお前らを放っておく訳にもいかない俺の身にもなれよ。散々面倒を見てきた義妹が『悪い虫』に摘まみ食いされてるところなんざ見せられて、胸糞悪いにも程がある」
「見るな。減る」
敵意剥き出しと言ってもいいくらい、棘のある態度。
それに加えて、カガリがユージンへと向ける声の冷たさときたら。私に話しかけてくるときとは違いすぎて、まるで別人のそれだ。
それでいて、私の背中を抱いてくる腕の動きは、言葉どころか視線の一つも伴わないくせ、そんなものがなくてもこの上なく大事に扱われていることがわかるくらい柔らかく、気遣わしげで。
……温度差で風邪をひくって、こういうことよね。
「見せるなっつってんだよ」
私のことを抱き寄せようとする力に逆らわず、カガリの腕の中にぽすんっ、と収まると。処置無し、とでも言うように露骨な溜め息を吐いたユージンが、私を呼んだ。
「おい、朱」
聞いてんのか、とガラの悪い声をかけられて。居心地のいい腕の中で、うっかり落ち着きそうになっていた私が、はたと我に返ると。
「ミリー」
私のことを抱きしめる腕に、カガリが力を込めてきて。カガリから離れようとする私の動きをやんわり阻んだ。
「クエストはもう終わった?」
幻世から流れ込んできたり、プレイヤーが垂れ流しにする魔力が現世の環境に及ぼす、のっぴきならない影響だとか。このままだとAWO公式のアナウンス通り、とはいきそうになかったダンジョンのことだとか。
急を要する問題への対応が一段落して。だいぶ気の抜けていた私に、カガリが未完了のタスクをリマインドしてくる。
その声色と、私のことを見下ろしてくるカガリの面持ちは、すっかりいつものとおり。私が見慣れた『彼氏面の魔物』のそれだった。
「まだ……」
クエストを受注したその時は、今にも破裂してしまいそうな『闇』をどうにかする方に意識が向いていたこともあって。
そういえば、クエストの内容をきちんと共有していなかったな……と。カガリに抱き竦められたまま手を伸ばし、視界の隅に押し込めてあったインフォメーションウィンドウを引き寄せると。
ひょいっ、と私のことを抱え上げたカガリが、見えもしないウィンドウを一緒に覗き込もうとでもするように、私の手元を見つめてくる。
タイミングによっては通知音を聞き逃していた、なんてことも、なくはないから。念のため、最初から読み返したクエスト情報は、内容自体はそのままで、『達成条件一』の部分に、条件の達成を示す取り消し線が引かれていた。
「報酬のことで悩んでたみたいだけど、今はクエストを達成するつもりでいるんだよね? 達成条件は?」
この手の質問を、少し前まで、やたらと賢いNPCによる、ちょっと抜けたプレイヤーでも行き詰まることなくクエストを消化できるように、という便利な――エンジョイ勢の快適なゲーム体験を保障するための――お情け機能の類だと思っていたわけだけど。
事実は違っていたわけで。
……AWOのステータスにINTの項目はないけど、もしもあったら普通に負けてそう……。
「二つある条件のうち一つはもう終わってて、あとは『神の代理人として異邦の民と契約する』ってやつが残ってる」
「契約の内容については何か書かれてる?」
「ううん。それらしいことはなんにも」
私は『自分より利口な恋人』に嫉妬を覚えるタイプの女ではないので。カガリが素で賢いスライムで良かった、なんて他力本願なことを考えながら、インフォメーションウィンドウに映し出されているクエスト情報を、最初から最後まで余すことなく、カガリのために読み上げて。いつものように意見を求めた。
「これって、私の裁量で好きに決めちゃっていいってことだと思う?」
「そうだね。ミリーの好きにすればいいと思うよ。もし駄目だったとしても、ミリーにとって不都合なことは何もないんだし」
……確かに。
私とカガリがこんなやり取りをしているのに、クエスト情報へ更新がかからない時点で、この解釈で問題ない――あるいは、本当に契約の内容はどうでもよくて、契約をした、という事実さえあればいい――ということなのだろうけど。
「それもそうか……」
クエストを達成できなければ、それはそれで重たい報酬を受け取らずに済むと、納得した私が、祭壇の外にいるユージンを呼ぼうと振り返る。
その動きを、今度はカガリも邪魔してこなかった。
祭壇ができる前、〔命名〕を終えた直後に同じような流れでカガリとくっついていた時は、何も言ってこなかったくせに。
今回に限って――今の〔魔力譲渡〕が、さほど緊急性のない、カガリがしたくてしているものだと見透かしたよう――祭壇の外にいるユージンが、苦り切った声をかけてきたものだから。
何食わぬ顔で、しらばっくれてしまえばよかったものを。思わず――ギクリ、と――震えた私の肩を、カガリが宥めるように抱いてくる。
……誰のせいだと……。
自分のやったことをすっかり棚に上げてしまったうえで、さも私のことを気遣っています、と言わんばかりの振る舞いに、羞恥が怒りに転じて。カガリを睨むと。
珍しく、カガリは私のことを見ていなくて。
「うるさい。ミリーに指図するな」
私から目を離したカガリの視線は、お世辞にも友好的とは言えない鋭さで、ユージンを睨んでいた。
……美人は怒ると怖いって言うけど……。
カガリくらい度を超した美形だと、『ちょっとイラついてる』くらいの顔つきでも、迫力は満点だ。
その視線の先にいるのが私ではないことが惜しいな、と思えてくるくらい。
「この状況でお前らを放っておく訳にもいかない俺の身にもなれよ。散々面倒を見てきた義妹が『悪い虫』に摘まみ食いされてるところなんざ見せられて、胸糞悪いにも程がある」
「見るな。減る」
敵意剥き出しと言ってもいいくらい、棘のある態度。
それに加えて、カガリがユージンへと向ける声の冷たさときたら。私に話しかけてくるときとは違いすぎて、まるで別人のそれだ。
それでいて、私の背中を抱いてくる腕の動きは、言葉どころか視線の一つも伴わないくせ、そんなものがなくてもこの上なく大事に扱われていることがわかるくらい柔らかく、気遣わしげで。
……温度差で風邪をひくって、こういうことよね。
「見せるなっつってんだよ」
私のことを抱き寄せようとする力に逆らわず、カガリの腕の中にぽすんっ、と収まると。処置無し、とでも言うように露骨な溜め息を吐いたユージンが、私を呼んだ。
「おい、朱」
聞いてんのか、とガラの悪い声をかけられて。居心地のいい腕の中で、うっかり落ち着きそうになっていた私が、はたと我に返ると。
「ミリー」
私のことを抱きしめる腕に、カガリが力を込めてきて。カガリから離れようとする私の動きをやんわり阻んだ。
「クエストはもう終わった?」
幻世から流れ込んできたり、プレイヤーが垂れ流しにする魔力が現世の環境に及ぼす、のっぴきならない影響だとか。このままだとAWO公式のアナウンス通り、とはいきそうになかったダンジョンのことだとか。
急を要する問題への対応が一段落して。だいぶ気の抜けていた私に、カガリが未完了のタスクをリマインドしてくる。
その声色と、私のことを見下ろしてくるカガリの面持ちは、すっかりいつものとおり。私が見慣れた『彼氏面の魔物』のそれだった。
「まだ……」
クエストを受注したその時は、今にも破裂してしまいそうな『闇』をどうにかする方に意識が向いていたこともあって。
そういえば、クエストの内容をきちんと共有していなかったな……と。カガリに抱き竦められたまま手を伸ばし、視界の隅に押し込めてあったインフォメーションウィンドウを引き寄せると。
ひょいっ、と私のことを抱え上げたカガリが、見えもしないウィンドウを一緒に覗き込もうとでもするように、私の手元を見つめてくる。
タイミングによっては通知音を聞き逃していた、なんてことも、なくはないから。念のため、最初から読み返したクエスト情報は、内容自体はそのままで、『達成条件一』の部分に、条件の達成を示す取り消し線が引かれていた。
「報酬のことで悩んでたみたいだけど、今はクエストを達成するつもりでいるんだよね? 達成条件は?」
この手の質問を、少し前まで、やたらと賢いNPCによる、ちょっと抜けたプレイヤーでも行き詰まることなくクエストを消化できるように、という便利な――エンジョイ勢の快適なゲーム体験を保障するための――お情け機能の類だと思っていたわけだけど。
事実は違っていたわけで。
……AWOのステータスにINTの項目はないけど、もしもあったら普通に負けてそう……。
「二つある条件のうち一つはもう終わってて、あとは『神の代理人として異邦の民と契約する』ってやつが残ってる」
「契約の内容については何か書かれてる?」
「ううん。それらしいことはなんにも」
私は『自分より利口な恋人』に嫉妬を覚えるタイプの女ではないので。カガリが素で賢いスライムで良かった、なんて他力本願なことを考えながら、インフォメーションウィンドウに映し出されているクエスト情報を、最初から最後まで余すことなく、カガリのために読み上げて。いつものように意見を求めた。
「これって、私の裁量で好きに決めちゃっていいってことだと思う?」
「そうだね。ミリーの好きにすればいいと思うよ。もし駄目だったとしても、ミリーにとって不都合なことは何もないんだし」
……確かに。
私とカガリがこんなやり取りをしているのに、クエスト情報へ更新がかからない時点で、この解釈で問題ない――あるいは、本当に契約の内容はどうでもよくて、契約をした、という事実さえあればいい――ということなのだろうけど。
「それもそうか……」
クエストを達成できなければ、それはそれで重たい報酬を受け取らずに済むと、納得した私が、祭壇の外にいるユージンを呼ぼうと振り返る。
その動きを、今度はカガリも邪魔してこなかった。
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