『世界統合に伴う大型アップデートのお知らせ』

EP01「〔魔女獄門〕事変」

SCENE-028

　AWOが、まだただのゲームのままで、ここがカガリといつも過ごしている幻世なら。カガリのそんな振る舞いも、『バーミリオン』というアバター越し、半ば他人事のよう、無邪気に楽しむことができただろうけど。
　カガリと私の二人きりというわけでもない公共の場所では、さすがに恥ずかしさの方が勝る。

　……こうして、少しずつまともな人間に矯正されていくのよね。
　わざとらしい愛想笑いを浮かべ、私が座っているソファへとまっすぐ向かってくる知り合いの姿を視界の隅に捉えて。せめて、カガリに手を引かれた時点で立ち止まっておけばよかったと、今更でしかない後悔と少しばかりの気恥ずかしさがない交ぜになった息を吐く。
「ミリー？」
　そんな私の内心を知ってか知らずか。カガリは近付いてくる男の方にさり気なく視線を向けてから、私のことを見上げて気持ち首を傾けた。
　言外に、放っておいていいの？　とでも、尋ねるように。

　どうしてそんなことを聞くのだろうと、私も首を傾げて。改めてしっかりと目を向けた先には、カガリもよく知っているはずのプレイヤー――その『中の人』――がいる。
「月龍おぼろがどうかした？」
「……月龍おぼろ？」
　私の言葉に、カガリははて、と首を傾げた。

　……そうか。アバターじゃないから、わからないのか。
　そういえばユージンのこともわかっていなかったな……と。日付的にはつい昨日――私の感覚的には一昨日――の出来事を思い出して、なんだかしみじみとしてしまう。

　どちらかというと、カガリが私をバーミリオンと分かってくれたことの方が、奇跡のような出来事だ。


                                    
「こちらでは、どうもはじめまして。異邦人プレイヤーとしては月龍おぼろと名乗っていますが、こちらではどうかリオンと呼んでくださいね」
　私が座っているソファのだいぶ手前で足を止め、知り合い同士の挨拶にしてはやたらと丁寧に頭を下げてきたリオンの、わりと切実そうな『お願い』に、カガリはうんともすんとも答えない。
　無言のまま私の前に立ち上がると。『バーミリオンの女友達』だと名乗る男をこれでもかと訝しげに見遣り、どうにも納得のいかなそうな表情で、私のことを振り返った。
「……あれが、月龍おぼろ？」
「そうよ。正真正銘、あれが月龍おぼろの『中の人』」
　最初からそう言っているのに。私の言葉でもすんなりと呑み込めないくらいだから、よっぽど驚いたのだろう。
「本人がああ言ってるから、こっちではリオンって呼んであげてね」
「うん……」

　カガリが知っている月龍おぼろは、雪女然とした大和撫子（そういうコンセプトでキャラメイクされた、ロールプレイ用のアバター）なので。ネカマなんてものの存在を今の今まで知らなかっただろうカガリには、色々とショックが大きかったのかもしれない。