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EP01「〔魔女獄門〕事変」
SCENE-027 >> わたしは思う。今のこの時の苦しみは、やがてわたしたちに現されようとする栄光に比べると、言うに足りない。
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あらかじめ告知されていたとおり、イユンクスが本社を置く人工島の一角を舞台に開催されたリアルイベント――『ワルプルギスの夕べ』――のメインステージプログラムが終了するとともにはじまったAWOの『大型アップデートに伴う臨時メンテナンス』は、かれこれ四十時間ほどが経過した今になっても、未だに終了予定時刻さえ明らかになっていないような有様で。
イユンクス――あるいは、『世界統合機構』なるマレウス・マレフィカルム――がやろうとしていることのとんでもなさを思えば、創世記よろしく七日くらいこのままの状態が続いても、私は驚かない。
と、いうわけで。
「AWOができないなら家にいてもやることないし。公衆タイムラインの阿鼻叫喚っぷりを見る限り、なんだか面白そうなことになってるみたいだから、ちょっと遠いけど、新造地区まで見に行ってみない?」
運営都合のAWO禁生活二日目にして、早くも退屈を持て余しつつある私が誘うと。
「いいよ」
バーミリオンの気紛れというか、ネットから情報を得て、物見遊山にあちこち出かけて行く、というパターンに慣れているカガリは、二つ返事でついてきた。
そもそも、カガリには私を一人で出歩かせる、という選択肢がないわけだから。私だって、断られるとは思っていない。
さっそく出番がきたローブに袖を通し、ブーツを引っかけて。玄関からマンションの通路に出ると。
まるで手綱でも引くよう、繋いだ手をカガリが引っ張ってくる。
「ミリー。靴、ちゃんと履かないと」
……バーミリオンの時は、もうちょっとちゃんとしてるからなぁ……。
あんまり駄目なところを見せると幻滅されるかも……なんて。この状況ならありえそうな不安を、まったくと言っていいほど私に感じさせないのが、カガリの凄いところだ。
「ロビーに座れる場所があるから、そこでね」
カガリに引っ張られた手を、逆に引っ張り返すと。繋いだ手がそのまま解けてしまっても構わない私の勢いに負けたカガリが後をついてくる。
「いつもそうしてるの?」
「うん」
私が臆面もなく頷くと。エレベーターホールに行き着いて足を止めたタイミングで、距離を詰めてきたカガリにぎゅっ、と抱きしめられて。
「はぁ……」
頭の上から、溜め息と呼ぶには熱っぽい吐息が降ってきた。
……あ。髪が……。
「ミリーって、こっちだと外でもそんななの?」
『身代わりのアミュレット』にした髪飾りを着けられるよう、家を出る前、着替えるついでにわざわざ纏めておいた髪が、無造作に差し込まれた指と、押しつけられたカガリの顔とでくしゃりと乱される感じがして。
何するの、と。批難混じりの視線をカガリに向ける。
すると。私のことを見下ろしていたカガリを、私が見上げる形になって。
「あんまり可愛いことすると、我慢できなくなっちゃうよ」
そんなつもりは、これっぽっちもなかったのに。結果として、まるでそれを強請るよう顔を上げた私の口に、カガリはがぶりと噛みついてきた。
それこそ何するの、だ。
「ずぼらで面倒臭がりなのは『可愛いこと』ではないでしょ……」
「可愛いよ。代わりに僕がなんでもしてあげたくなる」
それが言葉の綾でもなんでもない、カガリのまったき本心だということに、疑いを抱く余地はない。
それくらい、私に向けられるカガリの声は甘くて。その眼差しには、迂闊に触れるのが躊躇われるくらいの熱が込められていた。
一度好きになってしまえば、あばたもえくぼ。
多少の欠点は気にならなくなるどころか、むしろその欠点さえ愛おしく思えてくる。
人とは違う、魔物の執着というのはそれほど一途で、偏執的なものらしい。
「ねぇミリー。やっぱり、出かけるのは明日にしない?」
「しない」
……出てきたばっかの家に戻って何するつもりよ……。
ここぞとばかり甘い顔で誘惑してくるカガリを体ごと突っぱねる。
すると、カガリは心底残念そうに、浮かべる笑みをしおらしいものへと変えて。
「しょうがないなぁ」
チンッ、と控えめなベルの音とともに送り込まれてきたエレベーターへ、私のことを引っ張り込んだ。
二人きりの客を乗せ、なめらかにドアを閉めたエレベーターの籠がほんの数階分の高さを下りる間に、カガリはその手で台無しにした私の纏め髪をやり直して。一階に着いたエレベーターを下りた先のロビーでは、ソファに座らせた私の前に膝をつき、今にも解けてしまいそうだったブーツの紐を、編み上げの部分から丁寧に締め直してくれる。
「できたよ」
今度は靴を履くところからやらせてね、と。タイツを履いた足の膝頭に、気障ったらしくキスをしてくる。
カガリの声には、私に対して隠すつもりもなさそうな、わかりやすい期待が滲んでいた。
//引用 ローマ人への手紙(口語訳)8:18
イユンクス――あるいは、『世界統合機構』なるマレウス・マレフィカルム――がやろうとしていることのとんでもなさを思えば、創世記よろしく七日くらいこのままの状態が続いても、私は驚かない。
と、いうわけで。
「AWOができないなら家にいてもやることないし。公衆タイムラインの阿鼻叫喚っぷりを見る限り、なんだか面白そうなことになってるみたいだから、ちょっと遠いけど、新造地区まで見に行ってみない?」
運営都合のAWO禁生活二日目にして、早くも退屈を持て余しつつある私が誘うと。
「いいよ」
バーミリオンの気紛れというか、ネットから情報を得て、物見遊山にあちこち出かけて行く、というパターンに慣れているカガリは、二つ返事でついてきた。
そもそも、カガリには私を一人で出歩かせる、という選択肢がないわけだから。私だって、断られるとは思っていない。
さっそく出番がきたローブに袖を通し、ブーツを引っかけて。玄関からマンションの通路に出ると。
まるで手綱でも引くよう、繋いだ手をカガリが引っ張ってくる。
「ミリー。靴、ちゃんと履かないと」
……バーミリオンの時は、もうちょっとちゃんとしてるからなぁ……。
あんまり駄目なところを見せると幻滅されるかも……なんて。この状況ならありえそうな不安を、まったくと言っていいほど私に感じさせないのが、カガリの凄いところだ。
「ロビーに座れる場所があるから、そこでね」
カガリに引っ張られた手を、逆に引っ張り返すと。繋いだ手がそのまま解けてしまっても構わない私の勢いに負けたカガリが後をついてくる。
「いつもそうしてるの?」
「うん」
私が臆面もなく頷くと。エレベーターホールに行き着いて足を止めたタイミングで、距離を詰めてきたカガリにぎゅっ、と抱きしめられて。
「はぁ……」
頭の上から、溜め息と呼ぶには熱っぽい吐息が降ってきた。
……あ。髪が……。
「ミリーって、こっちだと外でもそんななの?」
『身代わりのアミュレット』にした髪飾りを着けられるよう、家を出る前、着替えるついでにわざわざ纏めておいた髪が、無造作に差し込まれた指と、押しつけられたカガリの顔とでくしゃりと乱される感じがして。
何するの、と。批難混じりの視線をカガリに向ける。
すると。私のことを見下ろしていたカガリを、私が見上げる形になって。
「あんまり可愛いことすると、我慢できなくなっちゃうよ」
そんなつもりは、これっぽっちもなかったのに。結果として、まるでそれを強請るよう顔を上げた私の口に、カガリはがぶりと噛みついてきた。
それこそ何するの、だ。
「ずぼらで面倒臭がりなのは『可愛いこと』ではないでしょ……」
「可愛いよ。代わりに僕がなんでもしてあげたくなる」
それが言葉の綾でもなんでもない、カガリのまったき本心だということに、疑いを抱く余地はない。
それくらい、私に向けられるカガリの声は甘くて。その眼差しには、迂闊に触れるのが躊躇われるくらいの熱が込められていた。
一度好きになってしまえば、あばたもえくぼ。
多少の欠点は気にならなくなるどころか、むしろその欠点さえ愛おしく思えてくる。
人とは違う、魔物の執着というのはそれほど一途で、偏執的なものらしい。
「ねぇミリー。やっぱり、出かけるのは明日にしない?」
「しない」
……出てきたばっかの家に戻って何するつもりよ……。
ここぞとばかり甘い顔で誘惑してくるカガリを体ごと突っぱねる。
すると、カガリは心底残念そうに、浮かべる笑みをしおらしいものへと変えて。
「しょうがないなぁ」
チンッ、と控えめなベルの音とともに送り込まれてきたエレベーターへ、私のことを引っ張り込んだ。
二人きりの客を乗せ、なめらかにドアを閉めたエレベーターの籠がほんの数階分の高さを下りる間に、カガリはその手で台無しにした私の纏め髪をやり直して。一階に着いたエレベーターを下りた先のロビーでは、ソファに座らせた私の前に膝をつき、今にも解けてしまいそうだったブーツの紐を、編み上げの部分から丁寧に締め直してくれる。
「できたよ」
今度は靴を履くところからやらせてね、と。タイツを履いた足の膝頭に、気障ったらしくキスをしてくる。
カガリの声には、私に対して隠すつもりもなさそうな、わかりやすい期待が滲んでいた。
//引用 ローマ人への手紙(口語訳)8:18
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