『世界統合に伴う大型アップデートのお知らせ』

葉月+(まいかぜ)

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EP01「〔魔女獄門〕事変」

SCENE-025

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 一休みしてから、今度はローブとセットで使う予定のブーツを用意した。

 ブーツ自体はデザインを気に入っているものが手持ちにあったので、シューズクローゼットから引っ張り出してきたそれをそのまま『魔女の大釜』へと入れて。先に作ったローブと色やデザインを揃えるために二種類の染料を足し、〔修繕〕や〔軽業〕、〔跳躍〕といった鈍臭い後衛職向けの護符数種類と錬成するだけの、革から一足仕立てるよりは、比較的簡単な作業だ。


                                    
 あとは、カガリと用意した『身代わりのアミュレット』のホルダーというか、アミュレットとして持ち歩きやすいような形にするための装飾部分を、手作業で細工するより楽だからという理由で、これも『魔女の大釜』を使って用意する。

 『身代わりのアミュレット』は、まとめて装備するよりある程度は分散した方がいざという時の備えとして有用なので。七つある『スライム入りのアンバー』のうち、一つはペンダントとして私が身に着けたままにするとして、一つは髪飾りに仕立て、二つは飾り石に混ぜてローブへ縫い付け、残りの三つはいわゆるキーホルダーやチャームのような適宜付けかえられるものに細工して、ひとまずローブの内側にぶら下げておく。

 ついでに、インベントリに入れてあった作り置きの薬や使い捨てにするような護符なんかをローブの内ポケットへ詰め込んだり、そのために作っておいたループに引っかけたりしているうちに、軽かったローブがじわじわと重くなってくる。
 体を揺らすたびじゃらじゃら音がするくらいになってくると、カガリも一安心だろう。


                                    
「ミリー? 顔布は新しく作らないの?」
 ……そうでもなかったか。

 錬金作業はこれでおしまい、と『魔女の大釜』をインベントリへ片付けた私に、スパイダーシルクの端布――刺繍や模様を入れて、護符に仕立てたりするのに手頃なサイズにカットした状態でストックしてあるもの――を手にしたカガリが尋ねてくる。
 それに、あぁそのことね……と、私は何食わぬ顔で答えた。
「向こうなら『なんだ魔女か』で済むけど、こっちであんなの着けてられないわよ。ジーンの同僚おともだちに職質されちゃう」
「しょくしつ?」
「街で衛士なんかに誰何すいかされる、あれよ。こっちだと顔を隠したくらいじゃ何も誤魔化せなくて、簡単に名前から何から突き止められちゃうし、街で守らないといけない決まり事も向こうより多くて細かいの。面倒なことは極力したくないから、顔布もなしで」
 これについては、そうする、ともう決めてしまっている私がきっぱり断言すると。
 それを見たカガリは、まるで道理のわからない子供のように無邪気な仕草で「どうして?」と、首を傾げた。
「そんなの、気にしなければいいのに」

 ……そういうわけにもいかないのよねぇ。
 確かに。幻世では世間体なんて一切気にしたことがないので、カガリには今更のように感じられるのかもしれないけど。
「衛士の元締めがジーンだから、無理」
 私にだって怖いものの一つくらい、あるわけで。


                                    
 どうやら、気配遮断や認識阻害系のスキル及び魔法で、街頭カメラと専属AIによるオケアノスの警備網を掻い潜ることはできないらしい(手持ちのカメラとアプリによる検証報告がネットに上がっていた)ので。『目を合わせること』をトリガーとする呪いや魔眼対策は、もう少し目立たない形でどうにかしたい。
 ……私の顔を見れば声をかけくるようなのはいないだろうけど、肝心の顔が見えないんじゃあね。
 ジーンはあれで結構なシスコンなので。そうでもしないと、私に職質なんてした方がかわいそうなことになる。

「一応、顔布の代わりになるものを考えてはいるんだけど――」
 カガリの手から取り上げたスパイダーシルクもインベントリにしまって。どう説明したものかな……と、考えながら。床の上でこんもりとしていたアンバースライムの塊にぼすっ、と体を沈める。

 私が一所に落ち着いて動かなくなると。カガリもくっついてきて、自分の体から〔分裂〕させたスライムボディの上に落ち着いた。

「こっちには眼球に直接くっつけられるくらい薄くて柔らかいレンズがあるの。『コンタクトレンズ』って言うんだけどね。それにマジックサークルを描き込めたら、わざわざ顔を覆って視線を遮るようなことをしなくても、呪いや魔眼対策の護符としては使えると思うのよね」
 ネットから拾ってきた、コンタクトレンズについての資料をあれこれ、リビングのテレビスクリーンに映し出すと。商品画像や『コンタクトレンズの正しいつけ方』系の映像資料を目にしたカガリは、私の隣でわかりやすく嫌そうに顔を顰めた。
「……ミリーの目に、直接くっつけるの? を?」
「そう。とりあえず、度無しのレンズを注文して――」
 届いた現物に上手く刻印できたらね、と。私が言い終わる前に。電脳接続端末リンカーデバイスから投影される、私の視界にしか存在していないブラウザのウィンドウへ伸ばした手を、カガリがきゅっ、と握ってくる。

「目の中に入れても痛くないくらい薄くて柔らかければ、いいんだよね?」
 ……えぇ……?

 その発言がカガリの口から出てきた時点で、なんとなく話の流れが読めてしまって。
「本気で言ってる……?」
「まだ何も言ってないよ」
 私がなんともいえない顔をすると。カガリはいけしゃあしゃあとそんなことを言いながら、まるでリクライニングするよう、背もたれにしていた部分がぺしゃりと潰れてしまったスライムクッションの上に、私のことを縫い止めるようのし掛かってきて。その目を潤ませた。
「コンタクトレンズに刻印した方が楽だし簡単だと思う……」
「瞼の下って、口の中と同じくらいミリーの体の中だと思うんだよね」
 哀しくもないのに、カガリがぽたぽたと滴り落ちてくるほど流した涙は、まるで黄金でも溶かしたような、甘い蜜の色をしている。
「そこに入れていいのは僕だけだよ」
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