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EP01「〔魔女獄門〕事変」
SCENE-017
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廃ゲーマーの一人暮らし環境にダイニングテーブルなんて気の利いた家具はない。
かといって、対面式キッチンのカウンター席ではどうにも手狭だった――ギリいけそうな雰囲気はあったけど、私が嫌だった――ので。
遅起きした私の昼食であり、世間的には早めの夕食くらいの時間帯にとる食事は、いっそベランダに食卓を用意することにした。
たとえ森暮らしをしていても、地べたで飲み食いするなんて勘弁してほしいタイプの隠棲魔女がインベントリに入れて持ち歩いていた、まさに『屋外で食事をするためのテーブルセット』を一式、あまり掃除の行き届いていないベランダによいしょと出すと。布巾片手にベランダへ出てきたカガリが、テキパキと食卓の仕度をはじめる。
「ミリーは座ってて」
わざわざ手を取って、エスコートするよう椅子に座らされた挙句、持たされたグラスに封を開けたばかりのワインまで注がれたのは、つまるところ「邪魔だから余計なことはしないでここにいろ」ということだろう。
……目隠しと耳塞ぎの結界でも張っておくか。
幻世から持ち込んだワインをちびちびとやりながら魔力を練って、カガリとの食事を気兼ねなく楽しめるよう、私は私であれこれ用意していると。ベランダの内側にぐるりと張り巡らせた結界の目印も兼ねて仄かな明かりをいくつか浮かべたところで、料理を運び終わったカガリが向かいの席に腰を下ろした。
「お待たせ。食べようか」
私一人で同じようにテーブルセッティングをしようと思ったら、カガリの倍どころではない時間がかかっていただろうから、あまり待たされた気はしない。
「乾杯しましょ」
私が半分ほど中身の減ったグラスを差し出すと。カガリは律儀に私のグラスにワインを注ぎ足してから、自分のグラスにも同じワインをとぷりと注いだ。
「何に乾杯するの?」
「んー……月女神に祝福された食卓に?」
「ミリーのまともな食事に」
乾杯、とグラスをぶつけて、やや甘口の白ワインで唇を湿らせる。
グラスをフォークに持ちかえて、まずはサラダをひとつまみ……と。粉チーズのかかったレタスを口に入れ、咀嚼している途中で、はたと気が付いた。
「……よく考えたら、私、こっちで飲酒するのは初めてだわ」
「えっ?」
「そもそもまだ十九だし。こっちだと十八で成人なんだけど、法律の関係で飲酒は二十歳からなのよね。向こうでは普通に飲んでたから、うっかりしてたわ」
そう話しながらも、サラダの合間にグラスを傾けている私に、カガリが物言いたげな目を向けてくる。
「ミリー? 飲んで大丈夫なの?」
グラスが空く頃には口も出してきた。
「カガリが言わなきゃバレないわよ。結界も張ってるし」
「そうじゃなくて、お酒を飲むのは初めてなんだよね? そんなペースで飲んで平気? 向こうのミリーは全然酔わなかったけど、こっちのミリーもそうなの?」
「さぁ? アバターで酔わなかったのは、もしかすると二十歳未満ってことで、体質とは関係なく酔わないような設定になってたのかもしれないし。飲んだことないのにお酒の酔いやすさとか、わかるわけなくない?」
変なこと聞くのね、と首を傾げながら差し出したグラスにカガリが注いできたのは、ボトルにまだたっぷりと残っているワインではなく、新しく封を開けたガス入りの水だった。
……どうしてもお酒が飲みたいってわけじゃないから、別にいいんだけど。
「カガリがそんなに遵法精神に厚いなんて、知らなかった」
なんだか、妙に喉が渇いている。
グラスに残ったワインの風味を味わうように、私がガス入りの水を飲んでいると。カガリはぐいっ、と飲み干した自分のグラスにもワインではなく水を注ぎ直して、ワインのボトルは私から隠すようにしまってしまった。
「僕の法はミリーだよ。僕がミリーに逆らったこと、ある?」
「んー……ない?」
「そこは即答してほしかったかな」
向かいの席から、テーブルの角を挟んだ私の隣へ。椅子ごと移動してきたカガリが、私のことをひょいっ、と持ち上げて、膝に乗せてくる。
ぺろっ、と口の端を舐められて。「なぁに?」と首を傾げていると。一口大に切り分けられたハンバーグの欠片が、カガリの持つフォークで口元まで運ばれてきた。
「ほら。僕がこんなふうに尽くすのはミリーだけだよ」
条件反射でぱくっ、と口に入れたものを大人しく咀嚼している私を、何が面白いのか、カガリは飽きもせず眺めていた。
かといって、対面式キッチンのカウンター席ではどうにも手狭だった――ギリいけそうな雰囲気はあったけど、私が嫌だった――ので。
遅起きした私の昼食であり、世間的には早めの夕食くらいの時間帯にとる食事は、いっそベランダに食卓を用意することにした。
たとえ森暮らしをしていても、地べたで飲み食いするなんて勘弁してほしいタイプの隠棲魔女がインベントリに入れて持ち歩いていた、まさに『屋外で食事をするためのテーブルセット』を一式、あまり掃除の行き届いていないベランダによいしょと出すと。布巾片手にベランダへ出てきたカガリが、テキパキと食卓の仕度をはじめる。
「ミリーは座ってて」
わざわざ手を取って、エスコートするよう椅子に座らされた挙句、持たされたグラスに封を開けたばかりのワインまで注がれたのは、つまるところ「邪魔だから余計なことはしないでここにいろ」ということだろう。
……目隠しと耳塞ぎの結界でも張っておくか。
幻世から持ち込んだワインをちびちびとやりながら魔力を練って、カガリとの食事を気兼ねなく楽しめるよう、私は私であれこれ用意していると。ベランダの内側にぐるりと張り巡らせた結界の目印も兼ねて仄かな明かりをいくつか浮かべたところで、料理を運び終わったカガリが向かいの席に腰を下ろした。
「お待たせ。食べようか」
私一人で同じようにテーブルセッティングをしようと思ったら、カガリの倍どころではない時間がかかっていただろうから、あまり待たされた気はしない。
「乾杯しましょ」
私が半分ほど中身の減ったグラスを差し出すと。カガリは律儀に私のグラスにワインを注ぎ足してから、自分のグラスにも同じワインをとぷりと注いだ。
「何に乾杯するの?」
「んー……月女神に祝福された食卓に?」
「ミリーのまともな食事に」
乾杯、とグラスをぶつけて、やや甘口の白ワインで唇を湿らせる。
グラスをフォークに持ちかえて、まずはサラダをひとつまみ……と。粉チーズのかかったレタスを口に入れ、咀嚼している途中で、はたと気が付いた。
「……よく考えたら、私、こっちで飲酒するのは初めてだわ」
「えっ?」
「そもそもまだ十九だし。こっちだと十八で成人なんだけど、法律の関係で飲酒は二十歳からなのよね。向こうでは普通に飲んでたから、うっかりしてたわ」
そう話しながらも、サラダの合間にグラスを傾けている私に、カガリが物言いたげな目を向けてくる。
「ミリー? 飲んで大丈夫なの?」
グラスが空く頃には口も出してきた。
「カガリが言わなきゃバレないわよ。結界も張ってるし」
「そうじゃなくて、お酒を飲むのは初めてなんだよね? そんなペースで飲んで平気? 向こうのミリーは全然酔わなかったけど、こっちのミリーもそうなの?」
「さぁ? アバターで酔わなかったのは、もしかすると二十歳未満ってことで、体質とは関係なく酔わないような設定になってたのかもしれないし。飲んだことないのにお酒の酔いやすさとか、わかるわけなくない?」
変なこと聞くのね、と首を傾げながら差し出したグラスにカガリが注いできたのは、ボトルにまだたっぷりと残っているワインではなく、新しく封を開けたガス入りの水だった。
……どうしてもお酒が飲みたいってわけじゃないから、別にいいんだけど。
「カガリがそんなに遵法精神に厚いなんて、知らなかった」
なんだか、妙に喉が渇いている。
グラスに残ったワインの風味を味わうように、私がガス入りの水を飲んでいると。カガリはぐいっ、と飲み干した自分のグラスにもワインではなく水を注ぎ直して、ワインのボトルは私から隠すようにしまってしまった。
「僕の法はミリーだよ。僕がミリーに逆らったこと、ある?」
「んー……ない?」
「そこは即答してほしかったかな」
向かいの席から、テーブルの角を挟んだ私の隣へ。椅子ごと移動してきたカガリが、私のことをひょいっ、と持ち上げて、膝に乗せてくる。
ぺろっ、と口の端を舐められて。「なぁに?」と首を傾げていると。一口大に切り分けられたハンバーグの欠片が、カガリの持つフォークで口元まで運ばれてきた。
「ほら。僕がこんなふうに尽くすのはミリーだけだよ」
条件反射でぱくっ、と口に入れたものを大人しく咀嚼している私を、何が面白いのか、カガリは飽きもせず眺めていた。
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