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SCENE-003
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十歳というのは、魔法の素養がある子供なら〔灯火〕くらいは使えるようになっていて当然の――そうでなければ〝見込み無し〟と判断されるような――年齢だ。
領主としての責を担えるほどの魔法使いとなるには、二人いる兄たちがそうであるように、十歳どころかもっと幼い頃から修練を積む必要がある。
私は父が望むような〝魔法の才〟を持ち合わせていなかった。
交易都市にこの人ありと名を馳せた凄腕の魔法使いにして竜騎士でもある父の娘としては〝出来損ない〟だと匙を投げられ、その翌年には王都にある貴族の子弟向けの学園へと送り込まれて。それから五年。
十六歳になった私の卒業が決まるまで手紙の一つも送ってこなかった父が私の入学以来、初めて寄越した連絡は、私の将来に関することだった。
その内容も、極めて事務的なもので。
〝領主の娘〟として嫁ぐか、独立するか。どちらか選ぶようにと書かれていた手紙に「娘がいることを覚えていたのか」と、思わず驚いてしまったことは記憶に新しい。
選ばせてくれるつもりがあるならと、これ幸い、私は独立の道を選んだわけだけど。
今の時代、貴族を親に持つ娘が政略の道具として使われることは、少なくなってきたとはいえ珍しくもない。
〝出来損ない〟だと見放した娘をわざわざ学園に通わせ、学をつけさせたのは、それこそ〝領主の娘〟としてそれなりの相手に嫁がせるためだろうとばかり思っていたのに。蓋を開けてみればこの有様で。
拍子抜けしたというか、なんというか。
「……本当に、領主のオシゴトにしか興味が無いのね」
溜め息混じりに呟いてから、これではまるで引き止めてほしかったみたいだと乾いた笑いがもれた。
そんなつもりはこれっぽっちもなかったのに……と、考えれば考えるほど未練がましくなるような気がして。今日付で正式に縁の切れた父親――血の繋がりがあるというだけの他人――のことを考えるのはもうやめようと、交易都市に背を向ける。
「帰ろ……」
そう呟いて、私が足を向けたのは、王都からここまで来るのに使った乗合馬車の停留所ではなく、竜の離着陸のために開けている広場の方だ。
きっちり梱包された荷物をぶら下げた竜が飛び立ったり、人を乗せた竜が下りてきたり。
交易都市の中では王都に最も近い離着陸場とその周辺は、あくせく働く労働者や積み上げられた荷を確認する商人やらで騒がしいほど賑わっている。
竜籠と呼ばれる人運び用の大きな籠から飛竜便の乗客が降りてくる様子を、なんとなし眺めながら。
私は自分の服の下からペンダント――革紐に結んだ指環――を引っ張り出した。
大粒のアクアマリンを贅沢にくり抜いたような薄氷色の指環を口に含んで、笛でも吹くよう魔力を吹き込む。
すると、長いこと服の下へしまっていたというのに、私の体温に馴染むこともなくひんやりとした冷たさを保っていた指環に、今更のよう人肌程度の熱が灯った。
……応えた。
用の済んだ指環を口の中から引っ張り出し、唾液まみれになった表面を拭っているうちに。鱗を通して呼ばれてやってきた竜の羽ばたきが耳朶を打つ。
「この辺りでは見かけない竜だな」
「属性竜か? 水竜にしては色が薄いが」
「あれは――」
衆目を集めた薄氷色の竜がここへ下りてくるとわかった途端、離着陸場の内側で荷物を括り付けられる途中だった竜が突然、後からやってきた竜に場所を譲るよう動き出したものだから。その竜の周りで作業をしていた職員も、慌ただしく管理施設の方へと捌けていった。
どんなに飼い慣らされた竜でも、自分より格上の竜がいる状態ではその竜を押し退けるような振る舞いはしないし、手綱を握っている馭者が無理にやらせることもできない。
それは竜の気配を感じた魔獣が街や街道を避けるのと同じ、本能的なものだから、竜の離着陸場の使用順は受付をした順でも、離着陸場を使うために払った額面の大きさ順でもなく、常に〝より強い竜から先に〟だ。
なので、現場の人間はこういう急な順番の入れ替えにも慣れたものなのだろう。
私が見ている限り、動きが多少慌ただしかったというだけで、離着陸場の職員やその周囲に混乱する様子は見られなかった。
下りてくる当人――というか、当の竜――は、言わずもがな。
他の竜が先に使おうとしていたから、なんて遠慮は無く。自分のために場所が開けられて当然という堂々たる態度で下りてきたその竜は、木の杭とロープで簡単に区切られた離着陸場の外側に突っ立っている私の方を振り返ると、中途半端に口を開け、喉の奥からキュルキュルと親に甘える仔竜のような声を出して私を呼んだ。
そうなると、このあたりでは見かけない竜に向かっていた衆目は自然と私の方に流れてくるわけで。
「…………」
私は元々被っていたフードの端を引っ張りながら、木の杭の間に渡されたロープを跳び越え、離着陸場のど真ん中に着陸した竜の元へと駆け寄った。
領主としての責を担えるほどの魔法使いとなるには、二人いる兄たちがそうであるように、十歳どころかもっと幼い頃から修練を積む必要がある。
私は父が望むような〝魔法の才〟を持ち合わせていなかった。
交易都市にこの人ありと名を馳せた凄腕の魔法使いにして竜騎士でもある父の娘としては〝出来損ない〟だと匙を投げられ、その翌年には王都にある貴族の子弟向けの学園へと送り込まれて。それから五年。
十六歳になった私の卒業が決まるまで手紙の一つも送ってこなかった父が私の入学以来、初めて寄越した連絡は、私の将来に関することだった。
その内容も、極めて事務的なもので。
〝領主の娘〟として嫁ぐか、独立するか。どちらか選ぶようにと書かれていた手紙に「娘がいることを覚えていたのか」と、思わず驚いてしまったことは記憶に新しい。
選ばせてくれるつもりがあるならと、これ幸い、私は独立の道を選んだわけだけど。
今の時代、貴族を親に持つ娘が政略の道具として使われることは、少なくなってきたとはいえ珍しくもない。
〝出来損ない〟だと見放した娘をわざわざ学園に通わせ、学をつけさせたのは、それこそ〝領主の娘〟としてそれなりの相手に嫁がせるためだろうとばかり思っていたのに。蓋を開けてみればこの有様で。
拍子抜けしたというか、なんというか。
「……本当に、領主のオシゴトにしか興味が無いのね」
溜め息混じりに呟いてから、これではまるで引き止めてほしかったみたいだと乾いた笑いがもれた。
そんなつもりはこれっぽっちもなかったのに……と、考えれば考えるほど未練がましくなるような気がして。今日付で正式に縁の切れた父親――血の繋がりがあるというだけの他人――のことを考えるのはもうやめようと、交易都市に背を向ける。
「帰ろ……」
そう呟いて、私が足を向けたのは、王都からここまで来るのに使った乗合馬車の停留所ではなく、竜の離着陸のために開けている広場の方だ。
きっちり梱包された荷物をぶら下げた竜が飛び立ったり、人を乗せた竜が下りてきたり。
交易都市の中では王都に最も近い離着陸場とその周辺は、あくせく働く労働者や積み上げられた荷を確認する商人やらで騒がしいほど賑わっている。
竜籠と呼ばれる人運び用の大きな籠から飛竜便の乗客が降りてくる様子を、なんとなし眺めながら。
私は自分の服の下からペンダント――革紐に結んだ指環――を引っ張り出した。
大粒のアクアマリンを贅沢にくり抜いたような薄氷色の指環を口に含んで、笛でも吹くよう魔力を吹き込む。
すると、長いこと服の下へしまっていたというのに、私の体温に馴染むこともなくひんやりとした冷たさを保っていた指環に、今更のよう人肌程度の熱が灯った。
……応えた。
用の済んだ指環を口の中から引っ張り出し、唾液まみれになった表面を拭っているうちに。鱗を通して呼ばれてやってきた竜の羽ばたきが耳朶を打つ。
「この辺りでは見かけない竜だな」
「属性竜か? 水竜にしては色が薄いが」
「あれは――」
衆目を集めた薄氷色の竜がここへ下りてくるとわかった途端、離着陸場の内側で荷物を括り付けられる途中だった竜が突然、後からやってきた竜に場所を譲るよう動き出したものだから。その竜の周りで作業をしていた職員も、慌ただしく管理施設の方へと捌けていった。
どんなに飼い慣らされた竜でも、自分より格上の竜がいる状態ではその竜を押し退けるような振る舞いはしないし、手綱を握っている馭者が無理にやらせることもできない。
それは竜の気配を感じた魔獣が街や街道を避けるのと同じ、本能的なものだから、竜の離着陸場の使用順は受付をした順でも、離着陸場を使うために払った額面の大きさ順でもなく、常に〝より強い竜から先に〟だ。
なので、現場の人間はこういう急な順番の入れ替えにも慣れたものなのだろう。
私が見ている限り、動きが多少慌ただしかったというだけで、離着陸場の職員やその周囲に混乱する様子は見られなかった。
下りてくる当人――というか、当の竜――は、言わずもがな。
他の竜が先に使おうとしていたから、なんて遠慮は無く。自分のために場所が開けられて当然という堂々たる態度で下りてきたその竜は、木の杭とロープで簡単に区切られた離着陸場の外側に突っ立っている私の方を振り返ると、中途半端に口を開け、喉の奥からキュルキュルと親に甘える仔竜のような声を出して私を呼んだ。
そうなると、このあたりでは見かけない竜に向かっていた衆目は自然と私の方に流れてくるわけで。
「…………」
私は元々被っていたフードの端を引っ張りながら、木の杭の間に渡されたロープを跳び越え、離着陸場のど真ん中に着陸した竜の元へと駆け寄った。
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